第3話「貴方はお姉さんでしょう?」


 エルナは端的に、この国の騎士には頼れない──そのように断言した。

 言葉の意味は分かるが彼女の意図が分からず、リアはおずおずと尋ねる。


「あの……何を仰っているんですか……?」

「いざという時以外、騎士には頼れない」

「それが……?」


「同情はする。親身にもなる……けれど、自分を顧みず捜索してくれる人はいない。残酷だけど、そういう意味よ」


 人任せにするにも限界はある。我慢が出来なければ自分で動くしかない。

 暗にエルナは教えているつもりだが、果たして伝わっているかどうか? それとも彼女は理解しつつも聞こえない、分からない振りをしているのだろうか?


 エルナは彼女の出方をうかがい、話しかけてくるのを待った。そして──


「エルナさんは……」

「何?」


「何をするつもりなんですか?」

「私が? ……いいえ、することはないわ」


 素っ気なくエルナは言い切った。そう、彼女は自分からすることはない。


 ──先程からエルナは真っ直ぐにリアを見つめているが彼女は気圧されているのか伏し目がちで、ばつが悪そうに手すりの外へ視線をやっていた。しかし、いつまでも逃げてはいられない。


 相変わらずまともに目を合わせられないが、それでもリアはぽつりとつぶやいた。


「エルナさんは私にどうしろっていうんですか……」

「私はどうしろとは言えないわ。か、は貴方が決めることなのよ」


「そんな……そんな無責任な……!」


「無責任というのは見て見ぬ振りすることよ。上に立つ者は見過ごしてはいけない。だけど、私は強制するつもりもない。見捨ててほしいなら、そうするわ」


「……人をけしかけるような真似をしておいて、ですか?」

「必要だと思ったからよ。例え気休めの現実逃避でも何かに没頭できれば救いになるかもしれない──そう思ったの」


 エルナは続ける。


「残念だけれど、私は貴方に共感は出来ないでしょうね。……年の離れた兄二人に、姉が一人。末っ子なの、私。両親に祖父母も健在で恵まれた家庭に育ったわ。それはそれは何不自由なく甘やかされてきたわね。だからこれは何不自由なく甘やかされて育った、甘ったれのぐさ。『どうして、助けてくれないの?』 ……貴方はでしょう?」


「──今の私に出来ることなんてあるんですか!?」

「出来るか、出来ないかではないわ。か、よ」


 思わず声を荒げるリアに対し、エルナは一貫してそのように言っていた。


 選択するのは彼女だ。本人の意志、執念、家族に対する愛情がどれほどのものか、エルナには分からない──である以上、リアがどのような決断をしようと責める事は出来ないし、してはならない。


「するもしないも……ここで貴方を否定すれば私はただの悪人じゃないですか……」

「それは違うわね。貴方は悪人ではなく、被害者よ。被害者の救済はされなければならない。必ずね。これは方法の問題」


「方法……」


「信じて待つのもひとつのかいよ。人に頼るのも、助けを求めるのも無責任ではない。神に祈ってもいい。被害者である貴方が救われるならね」


 エルナとしては彼女が前向きになれるなら、どんな選択でもよかった。

 リアに対して自力救済という過激な案をほのめかしたのは結果として一種のショック療法になったが、結局のところ、彼女の不安や罪悪感が少しでも紛れたならなんでもいいのだ。


「私は──」


 リアが口を開き、弱弱しく言葉にしたのは〝願い〟だった。


「弟と妹を助けたい……ううん、もう一度ベンやベスと生きて会いたい……」


 被害者である貴方が救われるなら──エルナが最後に付け足した何気ない一言こそリアが自らの希望を見出すきっかけであり、思考停止していた彼女に再び行動を促すだった。


 もしもこの時、エルナが「神に祈ってもいい」とそこで言葉を区切っていたなら。

 彼女の自主性に任せて突き放していたなら、おそらく未来は違っていただろう。


 ──彼女にとっての救済とは何か? それを考えさせたエルナの失言では、ある。


「そう。分かったわ」


 ……だが、あやまちであったかどうかは分からない。運命はまだ決まっていない。

 未来はまだ、不確定なのだから。


「私たちでもやれることをやりましょう。祈るだけが方法ではないでしょう?」

「でも、どうやって……?」


 リアは尋ねるが、エルナは迷わず明快に答えた。


「子供が困っているなら大人が、生徒が困っているなら教師が助けるのが役目というものでしょ? それとさっき言ったでしょう、やるべきことをやるなら人に頼るのも悪くないものよ」


「先生を……?」


「そうよ。それじゃ方針も決まったことだし一旦、図書館に戻りましょうか。授業が終わるまで待って、それから学舎に向かいましょう。貴方のはやる気持ちは分かるけどいてはダメよ?」


 エルナはそう言って微笑みかけると階段を上がり、リアの横に並び立った。


 そうして、その背中を軽く押して先に上がるように促すも、リアは戸惑った表情で自分からは動かない。それを察してエルナは彼女の前に階段を上り始め、少し遅れてリアもまた二段下から彼女の後ろを付いていった──




*****


<続く>


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