第31話「狂犬と呼ばれた男」


「もう少しってくれると思ったんだがね。まぁ、こんなものかな」


 ジュリアスの興味は最早、打ちのめした人間にはなく自身が空に打ち上げた照明に移っていた。


 光量が予想よりも早く落ちている──元々、照明の寿命は最大でも十数分が限度。

 知識として知っていても実践したことがなければ効果が落ちるのは自明の理だ。

 達人だろうが怪物だろうが、練度が低ければ割り引かれるのは変わらない。


 だからこそ念入りに打ち上げたのだが、それでも力不足だったようだ。

 

「……おっと。火の後始末をしないとな」


 ジュリアスが弾いた松明たいまつもどきは水夫らの輪を崩すところまで飛んでいた。

 転がった先で甲板を焦がしている松明擬きを念動の魔法で持ち上げると、出入口にかれた篝火かがりびの中に放り込んでやる。


「テメエ……!」


 ──裏を返せば、敵対者が立ち直るまで雑事をする余裕があったということだ。


「見込み違いだったな」


 片膝をついて見上げる船長を見下ろしながら、ジュリアスは冷たく言い放つ。


「もう少し長引くと思ったんだがね。どうやらアンタは頑丈な人間ではなく、痛みににぶい人間でもなく、きもわっただけの人間だったようだ。人を率いるのなら必要になる個性だがね。少し、予想を外した。職業的な背景も込みで考えるべきだったな。反省してるよ」


 やはり、頭を使う職業は向いていないな──ジュリアスは自嘲じちょうする。


「タダで済むと思うなよ……! テメエら!」

「残念。時間切れさ」


「時間切れだ……!?」


「ぼちぼち港の方に複数、明かりが見えてくる頃合いだろう。打ち合わせ通りなら、そろそろ兵隊さんが乗り込んでくるのさ。それに……」


 ジュリアスはチラリと空を見上げた。

 それまで弱まる一方だった光源の輝きが強まりだしている。終わりが近いのだ。


「お前は暴力の使い方が下手くそだ。お前なんぞより遥かに強いやつを相手に手下をけしかけれると思ってるのか? 特にしたわれているでもないお前に、人が唯々いい諾々だくだくと従っていた理由はなんだと思う?」


「…………」


「暴力ってのは簡単だよな……容易たやすく人を支配できる。俺も昔は狂犬だのなんだのと恐れられたりしたもんだ。お前がそうであるように俺にだって暴力には一家言いっかげんある。賢い使い方を教えてやるよ」


 すると、ジュリアスは真上の照明を指差しながら声を張り上げて宣言した!


「俺はこれからここにいる者、全員に魔術をかける! 俺より強いと思う者だけが、それを退けることが出来るだろう! さもなくば!」


 輪になって囲む者の中には、下でジュリアスにあしらわれた者も含まれていた。


 夜風によって心と体が冷やされ、今になって痛みも増してきている──

 術を説明し終えたジュリアスは冷笑を浮かべながら、彼らに対し、これ見よがしに首を回して威圧した。


「さ、決闘の次は乱闘だ。相手をしてやるよ……一対多数でな。ただし、夜陰やいんに乗じてどうにかしようってのはだ。そこいらに魔法の明かりを散らしているからな」


 ジュリアスが魔法の飛礫つぶてを乱射した時、そこに紛れて幾つか魔法の明かりを甲板に落としておいたのだ。今も目をらせば、その明かりは見えるはずだ。光量は弱いが暗闇なら十分である。


 彼らが使うだろう戦法を予想し、先手で潰しておくのは常道である。

 もっとも、今夜の月明りは十分だし、遠いとはいえ篝火もあるから効果はいまいちだろうが。


「いつの間に、なんて言わないでくれよ? 説明はしただろう? それじゃあ、話は終わりだ……二次会パーティやろうぜ」 


 ジュリアスは不敵に笑う。

 ほどなく、目映まばゆい光を放って照明が消滅し、再び夜の静寂が訪れる。

 しかし、動き出す人影はジュリアスを除いて皆無だった──




*****




 ミリバル自警団の勇士とギアリングの兵士が船までやってくると、ジュリアスはその代表者と面会した。


 ジュリアスが希望した通りに話は通してくれていたのだろう、彼らに説得のような作業は必要はなく、事後処理は円滑に進んでいく。


 ……船長を含めた水夫らは十数名の兵士、勇士らに留置場へ連行されていった。

 朝を待って事情聴取がされるという。


 その後、ジュリアスの進言で船には数名の見張りを立てて、夜明けを待つことに。

 さらに勇士と兵士の代表者一名ずつを連れ、再び船内へ降りていくのだった──




*




「……本当にたった一人であいつらを制圧したんだな。驚いたよ」

にわかには信じられんがな」


 ジュリアスを先頭に、三名が中層に続く階段を降りている。

 ミリバルの代表者、ザックが彼の背後から話しかけた──だが、相槌あいづちを打ったのはジュリアスではなく最後尾にいるギアリングの代表者、ガルダンである。


「例えるなら子供と大人の喧嘩さ。幼児が束になったところで、大人には勝てない。それだけの話だ」


「……異論を唱えたいところだな。正々堂々と鎮圧した訳ではあるまい? 魔法なら確かに、やりようによっては一対多でも制圧できるだろう。それは彼らの異常な様子からも明らかだった」


 ガルダンは隊長の役を担っている。身分までは詳しく聞いていないが、おそらくは正騎士であるのだと思う。


 ──彼らが到着した時、水夫らは体を硬直させ、彫像のように動かなかった。


 当然、魔術の仕業である。騎士の中には魔術師のだまちのようなやり口に反感を抱く者も少なくないから、例えとしても認めにくいのだろう……ジュリアスはそのように解釈した。


(むしろ、こうして人目のつかないところに来てから言及を始めたのを彼なりに配慮していると考えるべきかな……)


 ……この三名は一応、我々は協力関係であるのだから。


 ──船内中層の中央部、船尾に向かう通路前でジュリアスは足を止める。

 そして、後ろを振り返って答えた。


「今の俺は魔術師以前に一介の冒険者さ。冒険者っていうのは、らしいからな。その流儀にならえば、手段の是非は問わないものなんだろう」


 どこか他人ひとごとのように、ジュリアスはガルダンに答える。


「例え卑怯な手を使っても、か?」

「手段にこだわる必要はあるかい?」


「あるな。容赦のない人間というのは敵であれ味方であれ警戒対象だよ。目的の為に手段を選ばないのは、危険人物のやることだ」


「なるほど。一理ある」


 ジュリアスは反論しなかった。むしろ、その通りだと思ったからだ。

 口から出た言葉は皮肉ではなく、素直な感想だった。


「お二人とも、そこまでにしよう。それで、ジュリアス殿。我々に見せたいものとは何かな?」


 ミリバルの自警団を代表するザックは年長者である。

 見た目からでも分かるくらいには二人より年上だ。彼は口論に発展してはまずいと思い、その前に口を挟んできた。


「失敬。二人にわざわざご足労いただいた理由はの二部屋にある。まず、部屋を開けよう」


 ジュリアスは引き違い戸に触れると、魔法によって〝閉鎖クローズ〟されていた出入り口を同じく魔法によって〝解放リリース〟する。そうして魔法の働きを消すと、片方の戸を全開にして部屋に入った。


「これは……!」


 ザックが声を上げる。

 部屋の中には帆布はんぷあみ吊り床ハンモックと、網から吊るされているのは鳥籠とりかご。帆布の中にも籠が複数置かれている。


 杖の先から天井に光を飛ばし、魔法の明かりで見えやすくする。

 その後、ジュリアスは杖を革帯ベルトの内側に挟みながら、




「それぞれ、籠の中には小動物が寝かされている。。呪いによって姿を変えられ、寝かされて運ばれている……ようするに、そういうことだ」




*****


<続く>


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る