第32話「灰色の決着」


「ここに運び込まれている動物が人間だと!?」


 ギアリングの兵隊長ガルダンが声を荒げる。ミリバルの勇士代表ザックも半信半疑といった様子だ。ザックは鳥籠とりかごに近寄って、しばらく観察し──ガルダンも帆布はんぷから籠をひとつ持ち出して、じろじろとあちこちから眺めている。


「……これが魔法の仕業しわざと言うんですね?」


 ザックは鳥籠から目を離すと、ジュリアスの方を振り返って尋ねた。それを見て、ガルダンが慌てて籠を元の場所へと戻す。


「ああ。そうさ」


「信じられないな……確認するが、この籠の中の小鳥は生きてるんだよね? 私には死んで硬直してしまっているようにしか見えないんだが」


「生きているよ。どの籠の動物も冬眠に近い状態にある」


「冬眠に? それにしては……確かに、死んでいるかのように眠っていると表現するけども……」


「そういう捉え方でいいと思う。とにかく、魔法をかけられて眠っているのさ」

「ふむ……」


 ジュリアスは答える。それを受けて、ザックは何事かを思案する。

 すると今度はガルダンが彼に尋ねた。


「これが本物だとして、だ。魔法がかけられていると仮定しよう。それで、被害者は元に戻るのか?」


 ジュリアスは答える。


「……今すぐは難しいね」

「そんなことは分かってる」


「いや、分かってないな。単純に誤解している。呪い自体は今すぐに解けるんだよ」

「何……?」


 聞き捨てならない発言に、ガルダンは眉をひそめる。


「──まず〝解呪アンカース〟という魔法がある。これが呪いをく魔法だ。俺も使えるが、今すぐ被害者に対して使うことは推奨されない。……何故か?」


 いかにも魔術師らしいジュリアスの勿体もったいぶった言い回しにガルダンは「早く続きを言え」とばかり、腕組みをして首を回した。


「魔術師の使う〝解呪アンカース〟は一対一なんだよ。解除できるのは、一度にひとつまで。そして、被害者たちだ。これも見れば分かると思うが、眠りの呪いのほかに最低でも、呪いがかけられているだろう?」


「……なんだと?」

「姿が変わってるね。これらを被害者と仮定するなら、だけども」


「その通り。こいつは見て分かるように変化へんげの魔法で正式には〝退行変化デグレード〟という。御多分にれず百年以上前の戦争中に生まれた魔法で……ときに二人は〝時限進化エボリューション〟の奇跡ってのを聞いたことは? それに対抗して生み出された魔法なんだけど」


「エボ……?」


「亜人連合軍の切り札だったな。神獣に変身して戦況を覆したという。だが、伝説の割に実際の戦果は乏しく、現在では使い手もいないし、正直眉唾モノだ」


 すかさず、ガルダンが口を挟む。戦史として習った知識を披露したのだろう。

 ジュリアスも特に反論はしない。


「歴史的には、そのような評価で落ち着いたが」

「……何やら含みのある言い方だね」


「まあね。そもそも、いい術ではないんだよ。その後も含めてさ」


 ジュリアスは解説を始める。


「そもそも〝時限進化エボリューション〟という奇跡は亜人が世界大戦に参戦するにあたり、神々から授けられた秘術と聞く。魔獣の肉体に神の奇跡を行使する神獣と化す訳だが、そんなことをして無事には済まない──変身中や変身後に消耗して命を落とした者も少なくなかったし、生き延びたとして肉体の一部が変質したり、機能不全を起こしたり……色々と後遺症があったのさ」


「神ならぬ人の身で……か。当然と言えば当然だが……」


 ザックのつぶやきに、ジュリアスは頷く。


「……そういった訳で積極的には使えなかったというのが一点。そして、早い時期に対抗魔術として〝退行変化デグレード〟という魔術が開発されたのも大きな理由の一つだ」


「回りくどいな。それで〝退行変化デグレード〟の効果とやらはなんだ?」


「文字通り〝時限進化エボリューション〟の鎮静化ちんせいかだよ。進化に対して退行させ、無力化するのさ」

「よく分からないな……結局、今の事態と何の関係があるんだ?」


「それが関係、大有りさ。〝退使?」


 その問いかけこそ、ジュリアスが二人に教えたかったことである。

 〝退行変化デグレード〟の魔法は人間や亜人を変化させ、動物に変えてしまう呪いなのだと。


「魔術師殿のがたい講義の御蔭おかげで効果は分かったよ。それで? 被害者を救うには結局、どうすりゃいいんだ?」


「単純に呪いを解けばいい、という話でもなさそうだが……」


 ザックはそう言って、ジュリアスの様子を見る。

 しかし、さっきの口振りからするに一筋縄ではいかないことも感じている。


「いや、単純な話ではあるよ。呪いを解けばいい。眠りの呪いを解けば目覚めるし、変化の呪いを解けば姿は戻る。本当の問題は彼らにかけられた呪いがその二つだけかどうかという話であって──」


「だから、結論を言え。結論を……!」


「この話の結論はね。悪い魔法使いなら、。そして、その可能性は高い。そういうおはなしさ」


「なんと……!」


 だが、考えてみればその通りだ。相手が悪辣あくらつな魔術師なら失敗を見越して二の矢、三の矢と用意していても不思議ではない。もし、それが致死性の呪術だったなら……慎重にならざるを得ないのも納得がいく理由だった。


「では……では、どうすればいい? 例えば彼らにかけられた呪いを正確に把握する魔法とかあるのだろうか?」


「残念だが俺は知らないな。近い魔法はあるけど、あるかなしかの大雑把おおざっぱな判定しか出来ない。代替だいたいがあるから作られていない、というのが正しいかな……そういうのは奇跡の範疇はんちゅうなんだよ」


「奇跡? 神官の? ……ああ、神聖魔法か!」


 ザックのだした答えにジュリアスは正解とばかり、うなずいた。


「その通り。例えば神官の使う神聖魔法……その中に〝御託宣〟インスピレーションという奇跡があって願いが聞き届けられたら、かけられた呪いすべてを看破かんぱしてくれるかもしれないし、もっと簡単に〝浄化クリア〟の奇跡を願えば、かけられている呪いを。魔術と奇跡では出力が違うからね。神様は偉大なり、といったところさ」


「……つまり、ここの籠を全部、町の神殿に運び込めば解決か」


 そう聞いた途端、顔色を変えて「待った」をかけたのはザックだ。


「申し訳ないが、そう上手いことはいかないかもしれない……」

「どういうことだ?」


 ガルダンが問い詰めると、ザックはばつが悪そうに白状する。


「町の神殿は小さいし、余所に比べて立派でもない。だが、それ以上に神官がね……ジュリアス殿はスフリンクの人間だから分かると思うが、神殿はそちらと同じ海の神ネヴィラのものだ。そして、ネヴィラは酒を禁じてはいない……早い話が、彼は度を越した酒好きというか、なんだよ」


 ……古来より海の神と港、船乗りは切っても切れない関係にある。

 船乗りと酒についても、だ。海の神は飲酒を禁止せず、むしろ航海の友と容認している。神官の中には「酒は百薬の長」などと、堂々とうそぶく者までいた。


「となると……北のパスカールまで移送するか? 時間はかかるが、確実ではある」


「パスカール? ……いや、ここの神官と神殿でも特に問題ないと思うがね。神殿は飾りじゃない、。蘇生みたいな難しい条件の奇跡ならともかく〝浄化〟くらいの奇跡なら神殿が小さかろうが古かろうが、例え神官が見習いであっても問題なく成功するだろうさ」


「試すだけ試してダメだったらパスカールまで移送すればいいだけの話か。それじゃ早速、手配して──」


「ああ、待った! 魔法の中には位置を知らせるのもあるんだ、ちょっと待ってくれ。 船に人を残してもらったのもその為だ、移送には万全の体制で臨みたいんだよ」


「なんだと? ……じゃ、あれか? もしかして相手に悟られたら何処かに転送されるような罠でも仕掛けられてるってのか?」


「いや、転送の魔法は大地の力を利用しなければ無理だ。船という状況的に自動的に機能しない。不発に終わるだろう。だがね、魔術師自身が乗り込んできて〝転移〟を行うなら別だ。この程度の籠なら少し持っても超過はしないしな……」


 ──ジュリアスの懸念けねんはそれだ。

 万が一、敵の魔術師と遭遇しても負けることなど有り得ないが、人質になるものが多すぎる。


 しかも相手は重要参考人だけにりが推奨される。

 やむを得ず殺害したとしても、それはそれで魔術が解ける保証もなければ、余計な魔術が発動してしまう可能性だってあるのだ。


(ここは穏便に相手に諦めてもらい、妥協するしかない……)


 魔術師のジュリアスにしてはいささか消極的な案だが、冒険者のジュリアスにとってはそれが現実的な落としどころでもある。


 これ以上、何も起きなければ事件解決となる運びだ。


「……ともあれ、夜明けまでは大人しく警備を重点して欲しいんだ。日が昇ってから増員して、神殿に運び込んでもらいたい」


 ガルダンは嘆息をつき、了承した。

 結局、その後は何事も無く──一度いちど休憩と称して少しの間、ジュリアスが船内から抜け出したが──朝を迎えている。


 船内にいた被害者の人間、亜人たちはこの町の神官によって無事に元に戻された。

 この被害者救出をもって、今回の誘拐事件及び一連の失踪事件などは一応の解決はみせたのだが……




*****


<エピローグへ>




・「退行変化デグレード

「(人を動物に変えてしまう魔法です。元ネタは色々ありますよね。物語だったり、神話だったり。ウチでは本文にある通り、対抗魔法の二次的効果という設定ですね。変化へんげする動物は元々持っている因子に引っ張られてしまう感じ。亜人なら蜥蜴トカゲとか、鳥とか。人間はカエルネズミ、豚など様々です。魔法使いだと黒猫やカラスになるかな?)」




・「神聖魔法の成功率」

「(基本的に神官と神殿の宗派が一致していれば解呪、解毒、治療等は成功します。裏を返せば神殿という増幅器がなければ神官の実力次第です。ちなみに一度に複数の呪いを解くとか石化など高等な呪いの場合、単身では相当な実力が要求されます)」




・「神聖魔法で修得する奇跡について」

「(主神の奇跡が〝浄化クリア〟や〝治療ヒーリング〟など一般的なものなら、従属神はどんなものかというと。例えば作中の海の神なら〝船酔いになりにくくする〟とか〝足をらないようにする〟とか、そういう感じですね。こう書くとアレですが、前者は三半さんはん規管きかんの強化や保護、後者だと筋肉きんにく痙攣けいれんの防止・解消とかなら、アリではないでしょうか? ちなみに如何いかにもそれらしい〝水上浮遊フローティング〟なんかも当然あります)」


「(また、奇跡には一部、魔術師が使えるものもあります。但し制限はあり、高等なものは真似出来ませんし、本家に比べると効果も少し落ちます)」



・「御託宣インスピレーションについての補足」

「(この奇跡は願うと神様が質問に答えてくれるというそれだけのものです。勿論、いつも答えてくれるわけではないし、あまりにもくだらない質問をすると神罰が下るかもしれませんが。また、成功失敗に関わらず一日一回の制限です)」


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