・「小さなクエスト」編

第1話「蟹漁か、少女の護衛か」


 ──エルナ=マクダインは、貴族の令嬢である。


「何よ!」


 見た目は容姿端麗。黙って無表情に務めれば、まさしく美少女──しかし、内実は極めて直情的な性格に、歯に衣着せぬ物言いがそれを台無しにしていた。


 同性からは頼りにされるが、異性からは敬遠されるような人間の典型。

 猫を被っている時はまだつくろえるが、気を許した相手には途端に本性をあらわす。

 人によっては実に取り扱いの難しいであった。


 それ故に面倒ごとに絡まれやすく、事の発端も──


「……お父様は私が悪いと言うの!? 魔法の国ミスティアの連中は留学生の私達を競売の商品か何かと思い違いしているのよ!? ええ、ええ! 留学生が女性しか選ばれない理由がよく分かりました、彼らは良くて嫁探しか、せいぜい後腐れない女遊びの相手程度にしか見てないの! 中には気障キザな台詞で口説こうとする男性もいたけど外面そとづらばかりで高慢な感じがにじみ出て、気分が悪いったらありゃしない……! それでもお父様と! 国の面子があるから! 我慢して我慢して──それをいい事にどこまでも付け上がるから、この手で正しく叩きのめしてあげただけじゃないの!」


「しかしね、エルナさん。気持ちは分かる、痛いほど分かるんだけれども、やっぱり暴力はいけないと思うんだ。まずは穏便おんびんに話し合いから──」


「やってないと思う!? やらなかったと思う!? わたくしが!」


「ですよねぇ……」



*


 正歴1334年12月3日──こよみの上で秋が終わり、かんぬきの国<スフリンク>にも本格的に寒い冬の時期が訪れようとしていた。


 大陸でも外海に面した南部にある、この港湾都市では滅多に雪は降らない。

 しかし、海風は思いのほかきつく、時に身を切るような冷たさになる事も。


 さらに冬の海は荒れ易く、こんな時期に漁に出るともなれば、それは比喩ではなく命がけになる事もある。年の瀬には時節柄、一獲千金を狙って地方から王都に出稼ぎに来る者も少なくなかった。


 ──冬の名物は蟹漁。

 世界一過酷と言われている中央大陸北端の地域、氷海近くで行われるほどではないが重労働には違いなく、その分、実入りも約束されていた。


*


 ……国と同名の王都、スフリンクの中央区を歩く。


 いつもよりも人が多く、活気があるように見えるのはそんな地方出身者達が紛れているからかもしれない。

 彼が通り過ぎるだけで物珍しく振り返ったり、目で追う者も一人や二人ではない。


 衆目を集めている若者は、普段着の上から表も裏も黒に染め抜いた外套マントを羽織っていた。自分が言外に「魔術師である」と周囲に知らしめる為だ。


 魔術師という存在は普通なら早々お目にかかれるものではない。

 ──彼の名はジュリアスといった。魔術師は現在、


*


「……うわ、露骨に嫌な顔しましたねぇ。まぁ、ジュリアスさんの嫌いな仕事だとは思いますけど」


 冒険者アドベンチャラー協会ギルドの使いの者に呼び出され、応じてみると彼は狭い個室に通された。


 座り心地のよくない木製の丸椅子に腰掛けて、四角机を挟んで一対一。

 顔見知りの担当職員から見ず知らずの人間からの依頼を説明されると、その内容に対して不機嫌な表情で嘆息をいたところだ。


「……でも、普通の人なら喜んで飛びつきそうななんですけどねぇ。男の人なら、特に」


とやらのおりだからね。一般的にはまぁ、そうだね」

「ジュリアスさんは違うんですか? 建前などではなく?」


「建前などではなく。……いや、つい最近まで仲間として一緒に仕事をしていた女がいてな。そいつがまぁ、大層な美人だった訳だ」


「ああ、そうですね……ガウストさん、美人だったですね……」

「まぁね。性格的にも組んでて申し分なかった。うちには勿体ないくらいだった……いや、もう旅に出たけどな」


 ガウスト、というのは過日の事件で知り合った暗躍者アサシン教団ギルドの元所属者である。


 暗殺者アサシンとしての技術のみを継承し、その実力は若くして達人の域に達していた。

 事件の成り行きから彼女の面倒を少しのあいだ、ジュリアスが見る事になり、冒険者として何度か仕事をした後、先日、かつての仲間を訪ねて旅立っていったところだ。


「ただ、色々あって懐が寒いのも事実なんだよなぁ……」


 彼女がいずれ旅に出るのは分かっていた事なので、ジュリアスは自分の分け前から少し減らして彼女の方に回していた。さらに仲間と話し合って出し合う事にした、餞別せんべつ分も別にある。


 そういった経済事情からして、降ってわいた今回の話はまさしく渡りに船。


「まぁ、……」

かにりょう……?」


「こっちの話さ。いいだろう、受けよう。ただし、条件がある。今回の仕事は冒険者として請け負う。俺一人じゃなく、仲間二人も連れていく……当然、そいつらの分も人件費に上乗せだ。それが大前提。これを承知出来無ければ、引き受けないと先方に伝えてくれ」


「分かりました。それくらいの条件なら先方も難色は示さないと思いますよ。何せ、魔孔まこう魔物モンスター退治ですから。むしろ、護衛が増えると感謝してくれるかも」


「だといいけどね……ま、仲介よろしく頼むよ。アチカさん」

「はいはーい、任されました。大船に乗ったつもりでお待ちくださいね。……あっ、でも一応、?」


「いや、よや──予約!?」

「うふふ。冗談ですけど、まだ間に合いますよ?」


 彼女は笑顔で答えるが、発言の内容に偽りはなかった。

 ジュリアスは丁重にお断りして、そそくさと冒険者協会を後にする──




*****


<続く>

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