第2話「蟹漁と"過積載"」

 12月6日。冬晴れ──


「……昨日の今日だが、話していた仕事の話が本決まりになった。魔孔での魔物退治な。俺達三人と向こうの魔術師見習いが一人。この四人で適当に討伐を行う。先方の目的は、その見習いの──実地訓練みたいなものかな。彼女は魔法を学びに留学していたらしいんだが、色々あって情熱を失いかけててな。で、魔物退治を通じて自信を取り戻して欲しいんだと」


 ……枯草も目立つようになった草原の上に倒れ、胸で息をしている青年が二人。


 一人はやや線が細く、気弱そうな……よく言えば、繊細な顔立ちをしている。彼の名はゴート=クラース。

 もう一人は日に焼けた肌の色に短髪で前述の彼とは対照的に、はつらつとした──いや、今はすっかりへばってしまっているが。彼はディリック=ディオードと言い、皆からはディディーと呼ばれていた。


 ──彼らは今、定例の合同稽古の真っ最中。


 王都スフリンクから北の街道を進み、最初の道標みちしるべから西に外れて移動した先が、いつもの訓練場所である。

 人の邪魔をせず、人に邪魔されないところ……ここならば、例え真剣を振り回していたとしても、誰かの迷惑になる事はない。


「とりあえず、前金で銀貨100枚貰ってきた。それと仕事票な。これは俺が預かっている。お前達の取り分は銀貨100枚ずつ、俺が前金と合わせて銀貨200枚。しかも、先方は魔物モンスター退治で得た拾得物は俺達にも権利があると認めてくれた。ようするに、相談次第じゃ俺達の物になるかもしれないって事だ。……破格の条件だろ?」


「おお、太っ腹ですね! 俺も最近はなんやかんや金欠で、このままだと知り合いの船に乗り込んで、蟹漁かにりょうに参加する羽目になってましたよ!」


 体力が少しは回復したのか、仰向けに倒れた状態から体を起こしてあぐらの姿勢になり、ディディーが話に乗ってくる。


「蟹漁か……いや、俺も他人ひとのことはとやかく言えないんだよな。このところかねづかい荒かったし」


「……けどさ、ディディー。蟹漁って定番というか、冬の風物詩扱いされてるけど、実際、素人が地方から出稼ぎに来て本当に稼げるものなの?」


 ちょうどいい機会なので、ゴートは前々から思っていた疑問を船乗りの息子であるディディーに訊ねてみる。


「稼げるというか、素人でも出来る作業だからだね。例えば、網の引き上げみたいな力仕事とか魚と蟹の選別とかさ。そういった意味で素人でも船に乗り易いし、船酔いとかで駄目でも加工場かこうばでの仕事もあるから。水揚げされた蟹やら魚やらを、加工場や冷凍倉庫(※)に運び込む仕事もあるし。実際に儲けたきゃ、どれだけの日数働くかの体力勝負ってとこかな」(※)解説巻末参照


「ああ……漁だけじゃなく、それに付随ふずいする仕事も多いって事か」

「それで結構な人が王都に出稼ぎにきても、仕事が回るんだね」


「……そういう事。蟹はすっかり名物になって需要も安定してるし、供給だって今のところは問題ない。まぁ、漁自体は水物みずものだから先々さきざきの事は分からないけどね。今年は例年通りって聞いてるから、多分大丈夫じゃない?」


 ディディーは楽観的に、そう話した。

 そこで一旦会話が打ち切られ、暫く無言の時間が続く。


「……ところでさ、」


 そして、会話を再開しようとジュリアスに話しかけたのはゴートだ。


「依頼の話だけど。破格の報酬に何か裏があったりはしないよね?」

「裏、ねぇ……ま、あるといえばあるかな。取るに足らない話だけどよ」

「というと? なんかあるんですか?」


 ディディーに訊ねられてジュリアスはひとつ、咳払いする。


「──んじゃ、少し込み入った話をしようか」


 そして、話を続ける。


「……彼女は、魔法の国<ミスティア>に留学してた学生でな。表向きは冬期休暇で帰ってきたって話だが、実は同級生をぶん殴って謹慎込みで早めに帰されたらしい。でもって、向こうでの生活の中で魔術師や魔法使いってやつに幻滅してしまってな。このままだと留学を途中で投げ出してしまうかもしれないんだと……そうなったら、将来的に汚点になるかもしれないだろ?」


「それは……確かに……」


「……だから、魔物退治という名目で軽い気分転換でもして。魔法への興味というか情熱をもう一度取り戻してもらって。再びへ送り出してやりたい、と。まぁ、そういう親心な訳だよ」


「聞くだけなら、なんかすごいコっすね……喧嘩けんかぱやいのかな……?」

「まぁ、そこらは詳しい事情を聞かなきゃ分からないけどね……」


「そうだな。ちなみに、段取りとしては明日が移動日で、依頼人と対面して向こうのお嬢さんと仕事するのは翌々日って事になるな。そういう事だから今日は思う存分、体をいじめても大して問題にはならない訳だ」


 ……ゴートの傍には長剣ロングソードが、ディディーの傍には革帯ベルトから鞘ごと外された舶刀カトラスが二本ある。


「また、ですか……?」

「おっ、気に入ってもらえたようで、何よりだ」


 ジュリアスは意地悪く言って、ニヤリと笑う。


「ただまぁ、もう少し休憩時間を取ろうか。その間、解説してやろう。"過積載デッドウェイト"という魔法について」


 "過積載デッドウェイト"──それは簡単に言えば、対象を重くする魔法である。


「生きとし生けるもの……いや、この世に存在する全てのものには等しく『重力』が発生している。……重力、とは何か? 今更、説明することでもないが生命いのち輪廻りんねは大地を介して天地てんち開闢かいびゃくから現在いまに至るまで永遠に循環じゅんかんしている。言い方を変えればこのすべてのものは生まれてから死ぬまでの間、常に大地にかえろうとしている訳だ。つまり、大地に引っ張られているんだな。これが──」


 ジュリアスは解説を続ける。


「重力は発生している。が物質だろうが魔孔から生まれた魔物モンスターだろうが例外はない。"過積載デッドウェイト"という魔法は、そのだ。熟達すれば対象を大地に縛りつけたり、或いは、道具だけに絞って重くしたりする事も可能だな。ちなみに、逆転の発想から生まれた"空"エンプティという魔法もある。こいつはだがこれは──補助魔法でも相当高等な魔法だから、おいそれと使えないがな」


「軽くするのは難しいんだ」


「これは魔術に限らない原理原則で、ことわりに従うのは簡単で逆らうのは難しいんだ。難しいだけで決して不可能ではない、というのがややこしいところだな」


「ようするに、宙に浮かんだりする魔法使いは滅茶苦茶やばいって事ですね」

「物語の中にしかいないけどな、そんな無駄な事をするやつは……」


 そう言って、ジュリアスは苦笑する。


「ま、その様子だと今日は素振りだけだな。次の段階を予告すると、鈍重な状態から斬りかかる訓練だ。……その時は、魔法障壁について解説してやろう。使いこなすと便利なんだぜ、魔法障壁ってやつは」




*****


<続く>




※「冷凍倉庫について」

「(原理は『魔術師と剣のひらめき・前日譚』第三話参照の。それを強力に、さらに大型化、施設化したものです。冷凍の魔石を用い、その原動力は"精気吸奪エナジードレイン"の魔法を応用して不特定多数の労働者から少しずつ精気を分けて貰い、賄っています。これは冷凍倉庫に限ったものではなく魔法を大々的に利用した施設などは大体、似たような仕組みになっています)」


「(……ちなみにですが、この解説のようなものは作者の独り言めいたものでもあり以後も度々、発言していたりします。主に設定の捕捉とか裏話的なものですね)」

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