第2話
嫌な予感は的中した。
新入社員はなかなかのイケメンだった。年齢はたぶん僕と同じくらい。僕より歳上ってことはないだろうと思うけど、かなり下ということもなさそう。彼女より少しだけ歳上と言ったところだろう。
背が高い。180cmはあるだろうか。こざっぱりと切られた短髪。一つ一つのパーツはそこまで大きくはないが、バランスがいい。一見クールな印象だけど、たまに見せる笑顔には子犬のような愛嬌がある。好青年だ。落ち着いていて、まだ入ったばかりだからそんなに大した仕事はさせていないけど、それでも見るからに仕事が出来そうな風貌をしている。
僕は鏡を見た。
ガリガリだ、と思った。別にそんなに疲れているわけではないのに、目は窪んで濃いクマができている。顔色は青白い。ディズニーのアニメ映画に出てくる悪役のおじいさんがこんな風貌をしている気がする。あからさまに年相応とは言い難い容貌。あの新人の年相応の溌剌とした雰囲気は僕にはない。やつれている。常に暗いオーラがまとわりついている。
--ダメだ。勝てない。
大きくため息をついて僕は鏡の前を後にした。
席に戻るとあのイケメンが僕に話しかける。
「荒川さん、大丈夫っすか?顔、疲れてますけど」
顔の通りいい奴だ。
まあ、僕は疲れてるとかじゃなくて元々この顔なんだけど。
「佐久間さんも心配してましたよ」
彼女の名前を出されて僕はドキリとする。
「自分が忙しいのにかまけて荒川さんにいろいろ任せ過ぎてる気がするって」
「へえ」と僕は気のない返事をした。この男は気に食わないが、それ以上に僕は人見知りが激しい。雑談というものが苦手だ。
「俺も早く仕事覚えて、なるべく荒川さんの負担を減らせるようにしますから!まあ、いつになるかはわからないですが」
「いや……別に疲れてないから……」
ボソリと言った僕の言葉が彼に届いたか届いていないかわからないが、彼は僕にニッコリとあの子犬の笑顔を向けた。つられて僕もぎこちない引き攣ったような笑顔が顔に貼り付く。
「あら、随分と仲良しになったじゃないですか」
と僕ら二人に声をかけたのは彼女だ。
僕は彼女を見る。綺麗だった。さっきまで降ろしていた長い髪を後ろで束ねている。顔まわりがスッキリして彼女の美しい顔がよりあらわになる気がして、僕はこっちの方が好きだ。
「へへ、早くここに馴染みたくて。荒川さん、めちゃくちゃ優しいですね」
「そうなんですよ!荒川さんめちゃくちゃ真面目だし、お仕事できるし、うちのホープなんです!永道さんも荒川さんに追いつけるように頑張ってもらわなきゃ」
「なかなか難しそうですね」
「いや、僕なんか追い越すのなんて……あっという間だと思いますよ……」
「そんなことないわよ」と彼女が笑う。
「それよりもさっき萩原さんとLINEしたんだけど、二人、明日か明後日あたりあいてる?」
と彼女はそう言った。
「明日、大丈夫ですよ」と彼が頷く。
「僕も、まあ大丈夫です」
僕も答える。
「そう、よかった。萩原さんと明日永道くんの歓迎会でもしようかって話をしていたのよ。まあ、大したことは出来ないけど気楽に話せたらって思って」
そう言った彼女の瞳は僕を見ていない。いや、知ってる。彼女は最初から僕になんか話しかけていない。僕はいわばおまけだ。
そりゃ新人の歓迎会だ。彼に向かって話しかけるのは辺り前ではあるんだけど。
--でも。
僕は一種の居心地の悪さを感じた。そういえば僕が入社したとき、ちょうど感染症が流行っていた時期だったこともあるんだろうけど、歓迎会なんてなかった。
嫌な考えが頭をグルグルと回る。
笑う彼女の首筋から、朝にはしなかった甘い香水の香りが漂った。
新入社員 神澤直子 @kena0928
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます