新入社員

神澤直子

第1話

 僕には気になる人がいる。

 ずっと気になっている。

 一目惚れだった。

 世間一般で言う美人とは違うのかもしれないけど、とてもタイプだった。一重で背が高くて、スタイルがいい。チビの僕には不釣り合いかもしれないけどそれでもめちゃくちゃにタイプだ。

 なんで郊外のこんな小さな会社にこんな人がいるのだろうと思った。こんな美人は普通都心部の大企業にいるものだろう。綺麗なおべべを着て働いている筈だ。

 最初ずっと結婚していると思ってた。こんな綺麗な人の旦那さんはさぞかしイケメンなのだろうと思っていた。でも、そんな人はいないらしい。「彼氏は?」となんとなしに聞いてみたら、それもいないとのこと。なんでこんな美人に彼氏がいないのだろうか。

 一瞬僕は浮き足立った。

 浮き足だちはしたものの、実際僕が何かしたかと言うとそういうわけではない。アプローチをかけろと言うが、そもそもアプローチのかけ方がわからない。でも一回だけ頑張ったことがあって、僕は彼女に連絡先を渡した。

 彼女の誕生日にかこつけて、プレゼントのチョコレートと一緒に連絡先を書いたメモを入れたのだ。普段字の汚い僕が精一杯、一文字一文字丁寧に記入したメッセージカード。

 返事はなかった。

 そういうことか、と思った。

 落ち込んだ。

 落ち込んだけど、だからどうだと言うんだ?

 同じ職場で同じフロアで仕事をしていて、あからさまに避ける方がおかしな空気にならないか?全部顔に出る彼女の気まずそうな顔を見て、僕はいつも以上にとびきりの笑顔で挨拶をした。彼女は少し困った顔をして僕に挨拶を返した。

 何がいけなかったのだろうか。

 僕の容姿が悪いのがいけないのだろうか。

 そりゃ元彼の話を聞くとめちゃくちゃなイケメンだったって言う話。当たり前だ。きっと初対面で僕が想像していたような人だ。背が高くて筋肉質で優しい顔をした人。ちんちくりんの僕なんかでは足元にも及ばない人。

 ダメだ。考えると考えるだけ嫌な考えが浮かんでくる。彼女のことを考えると一瞬浮き足立って、それからすぐに奈落の底へ落とされたような気分になる。初めての感情だ。きっと恋なのだろう。同じ職場で働いている以上、フラれたからと言って簡単に諦めることなんてできない。そんなに簡単に割り切れるほど僕は器用ではない。

「荒川くん」

 呼ばれて僕はハッと顔を上げた。

 彼女がいた。いつもはストレートの長い髪が今日は巻かれている。心なしか化粧も少し濃いような気がした。

「今日、新人さんが来るから午前中、少し先外すね」

 あれからしばらく顔を合わせると気まずそうな顔をしていたが今となっては普通に僕に話しかけてくれる。

「ああ、そういえばそんなこと言ってましたね」

 僕は答えた。

「人がいないからって私が受け入れるのおかしくない?私まだ入社して三年経つか経たないかくらいかの人間なんだけど」

「でも僕はまだ一年ですし、今日うちの部署僕ら二人しかいないですし」

「そうなんだよねえ……仕方ないんだけど……でも普通人が少ない日に入社日ぶつける?」

「ははは……」

 僕は曖昧に笑う。

「男の人なんだって。珍しいよね。あ、でも荒川くんも男性か」

「ちょっと、僕だってちゃんと男ですよ。失礼ですね」

「ははは、馴染みすぎちゃって忘れてた。男の人、うちの職場の空気に慣れてくれればいいけど」

 彼女の雰囲気が違う理由をなんとなく察した。

 そうか、と思った。

 もし新人が未婚で彼女のいないイケメンだったら--。いやイケメンじゃなくても、もしかしたら僕にとっての彼女みたいに彼女の心に深く食い込んでくる人間だったら--。


 --ああ、考えたくない。


 僕は精一杯笑顔を作って言った。

「きっと大丈夫ですよ。だって僕だってうまく馴染めてるんですから」

 本心では「馴染めないでさっさと辞めろ」と思ってる。

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