第2話

 他人の家に居候していて、その家主がお婆ちゃん一人となれば、僕ですら少しは何かしないといけないと思い始めた。


「良いよ、何もしなくて」


 しかし、お婆さんは台所から振り返ってニコッと笑い、何も言ってくれない。

 焦ったくなり、勝手に玄関の靴の整理をしてしまった。


 お婆さんは僕を必要としていないようだ。

 ならなんで、僕はここに連れてこられたんだ?


 僕は少しだけ外に出られる様になった。

 お婆さんの家の周りはお婆さんくらいの年代の人しかおらず、僕の同世代の劣等感を刺激する人間がいなかった。


 でも散歩と言っても、まず土地勘がないため、遠くに行くと帰って来れなく恐れがあるし、十年も外に出ない生活をしていた僕には、周辺にあるものを覚える能力が大きく欠けていた。

 ただでさえ、ネオンなどなく、細い道ばかりが続く田舎道、僕は本当に道が覚えられなかった。

 お婆さんの家の近くに綺麗な川が流れているのを見つけ、そこを折り返し地点にして、散歩をする事にした。

 のどかで僕を攻撃してくるものが何もない。自然はみんな、生きるのに必死で、僕になんて構っていられないのだろう。

 鳥の鳴き声とか、近くに咲いている花とかを見ているだけで、なぜか心が落ち着いた。

 引きこもっていた部屋でギュウギュウに縮まっていた寿命が徐々に伸びて行く様な気持ちだった。


 家に帰るとお昼ご飯ができていた。


「お部屋で食べるかい?」


 お婆さんは自分の分のお膳を居間のテーブルの上に置いていた。一人しかいないのに、大きな長方形のテーブルの一辺にだけ料理がかたまって置かれていた。それを見て、あまりにもバランスが悪いと思い、その日はお婆さんと一緒にお昼を食べた。


 向かい合って座ったお婆さんと僕は無言でお昼を突いた。「何かを話さないと」と焦り、心臓の音が大きくなり、ご飯の味が全くしない。

 ただ、お婆さんに話すことが何も思いつかない。何を話せばいいのか、全くわからない。


「どこか行って来たのかい?」

「え?」

「出かけてたんだろ?」

「そこの、川に」

「そうかい」


 お婆さんは、それ以上は話して来なかった。


 食べ終わると、僕は自分の食器を台所にまで持っていった。


「その辺に置いといて」


 お婆さんがそれだけ言って、突然、雨が降って来た。


 お昼は自分の部屋で動画などを見て過ごした。窓の外の雨の音が心地よく、時間がすぐに過ぎて行った。

 小さい頃、お母さんが運転する車に乗っていて、窓の外は雨が降っていた。ただ、それだけの事なのに、なぜか守られている気がして、心地良いと感じた。それを思い出した。

 夕飯の匂いがしてきた。


 ただ、それだけの日々が数ヶ月続いた。

 お婆さんは何も言わず、僕も何も言わない。

 お婆さんと打ち解ける事もないし、一緒に何かをする事もなく、どこかに一緒に出かける事もない。

 未だにお婆さんと一緒にテレビすら見たことがない。

 ただ、何も不安はなかった。

 次第に下から聞こえてくる物音で、お婆さんのやっている事がわかる様になり、散歩していて遠くに見える人とかの立ち位置から、何か違和感を覚えたりする日も出て来た。


 そして、一番の違和感はおばあさんの咳の数が日に日に増えている事だった。
















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