【20回の表】ホームランダービー(続き)とレッドカーペット
7月11日(月)
俺はゆっくりと息を吐く。ナイトゲームのカクテル光線には慣れ切ったつもりだったが少しまばゆく感じる。
ベンKさんがマウンドに向かう前に俺のリクエストをもう一度確認した。そして
「健、もうこの時点である程度の賞金はついてる。……欲張らずにいけ。」
そう言って俺の背中を軽くたたいた。
ベンKさんの投げる球が打ちやすいのは、彼が投げる球筋が「気」の流れにそっていてそれが見えるからだ。もちろんそれは俺にしか見えないけど。
俺は投げられた球にバットを振りぬくことに専念する。真ん中やや低めへの4シームは俺のアッパースイングの軌道にぴたりと合う。インパクトへのコンマ数秒、コンマ数ミリの差で飛距離や方向にズレが生じることもあるが、10アウトで15本の本塁打を放つ。最長飛距離は480フィート(146m)。2位のフィルダーズの474フィートを6mほど上回った。
続くカノンも12本放ったが3本差で俺の優勝が決まった。優勝賞金は100万ドル。俺の年俸が最低年俸に近い40万ドルくらいだから、たった一晩で1年分の
観客の大歓声に帽子を取って応える。男性インタビュアーにマイクをむけられたのでファンへのお礼を述べる。今の気分を聞かれたので
「これぞまさしくアメリカン・ドリームですねぇ。最高です。」
と言っておく。
囲みのインタビューでは賞金の使い
「とりあえず球場の選手用のトイレを洗浄便座にしてもらおうかな。」
7月12日(火)
オールスターゲーム当日。俺にとって困るのは「レッドカーペット」。ドレスアップした選手たちが赤い絨毯の上を歩きその沿道をファンが埋め尽くすというもの。
ドレスアップて……。
「ユニフォームじゃダメなんですか?」
出場が決まったさいに事務長さんに聞いたら両手を広げて頭を振られた。そんな呆れたリアクションする必要ある?昨年オフに仕立てた
白いシャツに「フェニックス市の色」である
さすがに他の選手はパートナーや家族同伴。家族でファッションをコーディネートしたりとまさに
「おい健、それが『アメリカン・ドリーム』か?上院議員にでも立候補しそうな格好だな。ちなみに、俺はお前が立候補したら一票を投じてやってもいい。」
オルドスにからかわれてしまった。
「それはそれで夢がありそうだけど。」
というかあんたアメリカの投票権あるんか?
さて、レッドカーペットはみんなでそろってぞろぞろ歩くのかと思ったら1人(一組とも言うか)ずつ。何人かのサインに応じつつ結構な距離を歩く。途中でインタビューブースがありインタビュアーに訊かれるのだ。
「健、昨日は見事だったね。今日の活躍も期待しているよ。今日のファッションのコンセプトはなんだい?これもアメリカン・ドリームかい?」
アメリカン・ドリームがネタにされてるな。だが多少いじられたくらいで怒るほど人生経験(通算)は短くもない。
「もちろん。次はこれで大統領選挙にでも出ようかな。⋯⋯ただそうじゃなくて(レイザースの)チームカラーのスーツと、このフェニックス市のカラーのネクタイってだけさ。」
「なるほど。初めてのオールスターゲーム、ぜひ楽しんでいってくれ。」
いやいや、思いっきりアメリカ社会に媚びたつもりなんだが、そこは流すんかい。
俺は最初から5番目くらいの登場だったので後からくるパートナーや家族とともに登場する選手たちを見てこれが日米の違いなんだなと思い知る。アメリカは「個人主義」な国だと思われがちだが日本よりもはるかに「家族主義」だ。日本人は「男(大人)」が戦いの場に家族を連れてくることなんか有り得ないと言うだろう……そう思ってしまう俺はもしかすると日本人的というよりは「昭和人」的なのかもしれない。
レッドカーペットを渡り切ってからは日本の取材を受ける。話は昨日のホームランダービーの話がほとんど。俺のファッションについては
「なんか学生っぽさが抜けないね。健ちゃんと同い年の大学生と同じリクルートスーツみたいだね」と酷評される。いやいや、学生時代の制服とは一桁以上に価格が違うんだけどな。
「健ちゃんがスーツ姿で一人で歩いてると
それ悪口にしか聞こえない。てかちゃんとサインの求めにも応じていたでしょうが。
散々いじり倒されたあと
「いつかあなたと一緒にここを歩くパートナーや家族ができるといいですね。」
不意に由香さんに優しい言葉をかけられてちょっと涙が出そうになったのは内緒だ。通算人生のせいで同年代よりも涙腺は脆くなっているのだ。
ア・リーグの監督を務めるのは昨季のリーグ覇者テキサス・レイナーズのロイ・ワトソン監督。カンファレンスで俺は7番指名打者での先発出場を言い渡された。ア・リーグは今年はビジター側なのでグラウンド練習は後になるのだ。
俺は投票で選ばれたので先発出場は確約されてはいたがそれでも与えられるチャンスは2打席だ。「楽しんでくればいい」とは言うが、なんとかしてでも
爪跡を遺したいのが本音だ。
練習前のロッカールーム。とりあえずやるべきことは「サイン集め」。なにしろ「スター選手」がここまで一堂に会することはない。昨日会った時点でお願いした選手も多かったので今日は「回収」してゆく。
久しぶりにあったジョシュ(・ミルトン)も「旧交を温める」どころか
雑にペンと袋いっぱいに入ったボールを渡される。
「昨日会った時に渡してくれよ。」
「いや悪い悪い。俺も他のヤツらに頼んでたらお前のこと忘れてたわ。」
確かにいつ頼んでもいいやくらいには思ってたんだろうけど。それにしても何ダース入ってんだよ。
⅞
試合前の打撃練習の時も、ゲージの周りに見学者が群がる始末。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます