【19回の裏】ホームランダービー

7月11日(月)【小原由香ダルトン】


 私にとっての「沢村健」は「飯のタネ」という俗な表現を超える。「ライフワーク」とも言うべきだろう。彼と初めて出会ったときの衝撃は忘れられない。

 

 それは全米の学生選手たちによるホームランダービーの試合。当時中学3年生だった沢村はそこで15~16歳の部で圧倒的な打力で優勝したのだ。私はその時、その少年が創り出すのは「時代」などではなく「歴史」なのかもしれないと直感したのだ。そしてすぐに彼の密着取材を始めるに至った。そしてその6年後、その感覚は間違っていなかったことが証明されたのだ。


 今日はそれこそ「頂点」のホームランダービー参加である。実は本番であるオールスターゲームよりも視聴者数が多い人気のコンテンツなのだ。


 今回の参加者は8人。ア・リーグからバチスカーフ(トロント)、オルドス(ボストン)、カノン(NYヤーナーズ)、沢村(タンパベイ)の4人。

ナ・リーグからはフィルダーズ(ミルウォーキー)、ウォークス(ミルウォーキー)、ハラデー(セントルイス)、カンプ(LAドルフィンズ)の4人。


 リーグを代表する強打者が集うインタビューはなかなかの壮観。身長195cmの沢村もその中に混じって遜色ない。ただやはりまだ「線の細さ」は感じる。昨季よりは一回り身体は大きくはなってはいるが。

 世間の注目は前半戦で30本塁打をクリアしたバチスカーフと沢村に集まっていた。


 沢村は日本向けの個別の取材にも対応。意気込みを尋ねられると

「試合で打つのとかなり勝手が違いますので必ずしもシーズンの成績通りというわけにはいかないんで、ただの『お遊び』と思ってくだされば良いと思います。ただ賞金の額が額ですので、そこは本気を出さざるを得ないですね。」

優勝賞金は100万ドル。沢村自身の年俸よりも高額なのだ。


 日本からの報道陣は大はしゃぎ。公共放送も日本時間12日午前9時からの地上波での同時中継も決まった。


 ホームランダービーの形式(当時)は3ラウンド制。まず第一ラウンドで8人中上位4人が第二ラウンドに進出。第二ラウンドで上位2人が決勝ラウンドに進出という流れ。


 ルールは「10アウト制」。空振りは1アウト。そして本塁打以外のゴロ、フライ、ファールも1アウト。ただし「見逃し」はアウトに入らない。10アウトで終了する。


 沢村はバッティング投手に彼のマネージャーを務める熊野慶吾ベンジャミン氏を指名。ちなみに熊野氏は元甲子園球児。捕手だったこともあり沢村のクセも好みも知りぬいているのが頼もしい。


 登場順番は今季の本塁打数順。沢村は7番目(最後から2番目)の登場。

トップはカノンの8本。次いで5本で3人が並ぶ。6本以上打てば第二ラウンドに進出する4人に入れる。  


 バッティング投手を務める熊野氏がマウンドに、左打席に沢村が入る。真ん中やや低めによくコントロールされたボール。沢村がバットを一閃すると打球は高い放物線を描いて右翼席へと飛び込む。


 その後も順調に「柵越え」を放ち、8アウトで10本打った時点で2アウト残してやめる。最後のバチスカーフはそれにプレッシャーを感じ過ぎたのか4本どまり、第一ラウンドで姿を消した。


 ちなみに5本で3人並んでいたため「プレーオフ」が行われ、プリンス・フィルダーズと昨年のホームランダービーの覇者オルディスが第二ラウンドに駒を進めた。


  第二ラウンド前にシンガーによるショーがあり、その「幕間」にも進出者たちによるインタビュー。沢村は好調の理由を聞かれると

「バッピ(バッティング投手)の差じゃないですか。打つ方じぶんはちょっと力んでましたけど、それに合わせた良い球でした。やっぱりこの競技で勝つためにはいちばん重要なことだと思います。」

とパートナーの熊野氏を絶賛。


 第二ラウンドでは沢村が最後に。直前に登場したカノンが沢村の記録を超える12本を放って沢村にプレッシャーをかける。フィルダーズとオルディスがともに4本。5本放てば決勝ラウンドに進出だ。


 沢村は右打席に立つ。観客がどよめいた。さきほど左打ちで好調だったのだからそのまま左で来ると思ったのだろう。ただ沢村は周りの心配 をよそに快音を響かせつづける。


 7 アウトで10本の本塁打を放った時点で終了。見事に決勝ラウンド進出。

決勝前にもショーがあり、その間にもインタビュー。賞金をもらったら何に使うかという問い。沢村は少し考えてから言った。

「それを言うと獲れない気がするのでやめておきます。」


 決勝ラウンド、先行は第二ラウンド10本の沢村。観客は「沢村」の最初の三文字である「SAWソー」を連呼。その大歓声の中左打席に入りバットを構えた。


 


 


 








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