【10回の裏】女の意地、男の矜持。

4月30日(土)【松崎亜美】


 春季リーグ、つくば大学はいきなり4戦全敗で勝ち点無し。最下位になると2部落ちもあるのでなんとか打開したい。


 「女なんか使ってる場合じゃねーだろ。」

女子が一人だけなのでロッカールームは別なのだがそんな声が出ているらしい。


 とはいえ、ここ4試合での私は15打数 7安打 3四球 2犠打と1番打者としては十分に機能しているし。打点こそないもののチーム全体でここ4試合で5点しかとってないんだから。


 投手としても中継ぎとして2試合に登板、2回を投げてまだ失点どころか被安打すらない。私が「女」かどうかは関係の無い話だ。


 「やっぱり私たちがお邪魔するのが悪いのかしら。」

今日から1週間ほど由香さんが私の直接取材に帯同している。いつもは由香さんの日本でのパートナー、有希ゆきさんが取材に来るのだ。


 今日から首位の東海総大との対戦。プロのスカウトとおぼしき人たちがずらりと客席にいる。目当ては当然私ではなく、東海総大のエース、清野すがのさん(4年)である。リーグNo.1は当然どころか大学球界No.1右腕と目されている。


 今頃健は「世界最高峰」の投手たちを相手にしているのかと思うと私も怯んではいられない。女、女というけれど女にだって意地はある。


 私は1番指名打者での先発。なにしろ目下リーグ「首位打者」なんで。

最初の打席は。初球のアウトサイドへの147km/hの4シームをセーフティバント。これが見事に成功。


 昨年首位打者を取るまではどの投手も「女」の私には結構「甘め」な球を投げてきたけど、今年からはそれもない。送りバントで二塁に到達したけど後続が続かず。


 3回の2巡目は遊ゴロ。変化球を打てるのを知っているからこそ力で押してくるのだ。女子野球では決して存在しない「重い」球だ。


 6回の3巡目は外角低めへの4シームを掬いあげて遊撃手後方へのいわゆる「ロブ打ち」。これが安打になる。これがこの男の世界で私が這い上がっていくための武器だ。


 結局5打数2安打。試合は0対2の完封負けだった。


5月1日(日)


 東海総大戦はある程度「負け」を見越しているところはある。それくらい選手層の質と厚さは違うのが現実だ。


 再び1番指名打者での先発。私のセーフティバントを警戒しているのか、とりあえずバスターで三塁手の頭を超える安打。今回は4番の谷野さんにタイムリーが出て私は生還、先制点に。ただ7回に2対3と逆転され一死三塁。しかもクリーンアップ。ここで私がマウンドに呼ばれた。


「亜美、どうせ盗塁はされないから全部ナックルでいくぞ。」

私にも軌道は予測できないがミットには着実に収まる「魔法のような」ナックルでそれ以上傷口を広げることなく2者連続三振。大学日本代表になったことがある4番の多中広丞さん(4年)も首を傾げていた。


 結局試合はそのまま2対3で敗れて勝ち点献上。ただ清野さんを見に来ていたスカウトの何人かが私に話かけてきた。


「女子野球三冠女王の亜美『ちゃん』ですよね?」

「昨日のバントのバットさばきとか、あのロブ打ちとかヰチロー並みのうまさだったね。さすが女子最強だけはあるね。ひょっとして『男の世界』でも通用しちゃうんじゃない?」

「ウオークフィールドって知ってる?亜美ちゃんのナックルはその域に近いよ。」


 本音ともお世辞とも判別しがたい論評と名刺を残して去っていった。ちなみにナックルは健がウオークフィールドさんに教えてもらったものを教わっているんだけどね。


 ただ私がスカウトに声をかけられたのを面白く思わないチームメイトも多い。

「まあ『女』だから珍しかったんだろ。」

陰口はもう少し「陰」でたたいて欲しい。そして私が女じゃなかったらとっくに高卒でプロ行ってますよ。なにせ私に「無いもの」とは「筋力」だけなのだから。


 その晩、「移動日」だった健に私の話をたっぷりと聞いてもらった。健はうんうんとうなずきながら聞いてくれた。

「でもさ、NPBで女性版ヰチローさんを目指すのは有りだと思うけど。亜美にはバットコントロールに関してはマジで天賦の才能があると思うし。そりゃ女子選手の世界じゃ無双するよ。」


なんかヘンな褒められ方をされて複雑な気分だ。まるで可愛くない女みたいだ。健は続ける。

「そんなことないよ。亜美は彼氏である俺より20cmも身長が低いんだぜ。俺が175cmだったら亜美は相対的に155cm、平均身長じゃん。可愛い可愛い。」


……お前、その言葉に責任持てよ。

 

 




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