【7回の表】一つ一つ丁寧に。
4月11日(月)
朝一の飛行機でNYへ。空港でチームのバスに先に乗り込んで待っている。バレッツの持つバスよりもずっと豪華。座席も広くとってある。これがメジャーとマイナーの違いだ。
1時間ほど待つとみんなが乗り込んできた。
「健!どこで迷子になってたんだ?」
連敗中の割にみんな陽気だ。だいたい、どん底に迷い込んでんのはお前らだろうが。
「(ダーラムのある)ノースカロライナだよ。フロリダよりは少し寒かったよ。」
「やっぱりメジャーはホットだろ?」
「まあね。」
ケツに火がついて
「健!やっと戻ってこれたね。」
ヘル吉が隣の席に座る。
「僕、今日先発なんだ。」
上機嫌のヘル吉に思わず意地悪なことを言ってしまう。
「じゃあ今日は休養でいいや。」
「ねえ?すねてる?」
ボストンまでは高速で1時間半ほどだ。相手本拠地のフェンウエイスタジアムで食事をとってユニフォームに着替える。とりあえずグラウンドに出て外野へ。松阪さんの姿を探したがブルペンだった。今日の試合は先発だったか。お邪魔するのはあきらめる。
その後のビジター練習で外野で球拾い(先発投手陣の仕事)をしていると逆に松阪さんの方から挨拶に来られる。もちろん報道陣付きで。
「げ、ホントにいたよ。うちとの
もちろん、俺の情報はすでにデータ班から入っているだろうからマスコミ向けのリップサービスである。
「はい。なにしろ仮病だったもんで。やっと治ったことになりまして。」
その後は報道陣も交えて震災関連の情報交換やら募金や寄付の話に。
一番指名打者での先発出場。今季初打席が松阪さん相手というのも感慨深いものがある。初球は外角へのカットボール。2球目もやや低めだが同じコースへの球。いける!と思ったのは良いが、やや力んだのか右飛に終わる。この煩悩というか感情の揺らぎが魔法の精度に影響するのだ。
ただ松阪さん自体は本調子ではなさそうだった。続く2番デモンズに2号ソロ本塁打を浴び、2回には3安打1四球で4失点。なお走者一塁で早くも俺に2巡目の打席。
初球のカットボールがど真ん中に。無心で打ち返すとフェンウエイ・スタジアム名物のグリーンモンスターを超える今季1号2ラン本塁打。この時点で0対7と大量リード。さすがに松阪さんもこの回で降板。
次の投手はナックルボーラーのウオークフィールド。ナックルボールは投げた本人さえもどこへ行くかわからないという変化球。ただし「未来視」の神眼持ちの俺には行先が丸見えなのでただの遅い球なのだ。 4回の3巡目の先頭打者となる打席では3球目(すべてナックルボール)を中越えの2塁打。
さらには6回の4巡目の打席も内角へのナックルボール。しっかりと引き付けて右翼線を破る3塁打。7回の5巡目の打席は欲張りすぎて右飛。この時点で3対12とリードを広げる、つい昨日まで貧打にあえいだチームとは思えない。
9回、6巡目の打席。一死二塁一塁。昨季まで同じチームだったドン・ウィーラン。2球目のスライダーを逆らわずに左翼線に流す。二塁走者生還。一塁走者は三塁へ。
「健!ストップだ!ストップ!」
俺は一塁を蹴ったところで一塁ベースコーチのジョージに制止される。
「?」
思わず止まる。振り返って戻る。まあ点差も開いていたし欲張る必要もないよな。
すると場内アナウンス。
「ただいま沢村選手が『サイクル安打』を達成しました。」
そういやそうだった。「敵地」で試合をしていたのでそこまで考えていなかったし観客も期待もしていなかっただろうから気づかなかった。
レイザース側が「自前」で用意した花束を受け取り観客のまばらな拍手に応える。敵地なんでこれはしゃーない。
試合も5対16とレイザースの圧勝。試合終了後ロッカールームの近くでマディソン監督と一緒にインタビューに応じた。
「合流していきなり結果を出してくれました。正直なところ開幕から使いたかったんですが『大人の事情』で振り回す結果になってしまいました。今日を機にチームの建て直しが進むと思っています。」
監督は苦笑しきり。
花束は俺が三塁打を打った5回あたりに
「無駄にしないでよかったです。9回のヒットは二塁まで余裕でいけたので止められていなければ行ってましたね。もちろんこちらが負けていたら迷わず二塁までいきましたけど点差に余裕があったので良かったと思います。」
メジャー復帰第一戦で「サイクル安打」とは「縁起がいい」。とにかく俺はGMが俺をマイナーリーグに引っ込める理由を潰していく作業をしていかねばならないのだ。
そう、一つ一つ丁寧にだ。
沢村健の今季の成績。
(左)打席6 打数6 安打4 単打1 二塁打1 三塁打1 本塁打1 打点3
打率.667
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