【5回の裏】やるべきこととやれること。


3月20日(日)(松崎亜美)


 ケントさんと操縦士さん、そしてもう一人の女性スタッフさんとヘリコプターで避難所を回る。福島県から徐々に北上する感じだ。ほかのチームと違い物資の補充のためにいちいち「基地」に帰投する必要がない分効率的である。健とベンKさんにはその分負担は大きいとは思う。ただ移動手段の関係上ヘリポートになる広い敷地を持つ学校などに設置された避難所しか回れなかった。

「人目につかなければ『飛行魔法』を使っても構わないんだがね。」

ケントさんはそう言って笑う。ただ今回は「出所不明」な支援物資を届けるわけで、もっていく人間まで「不明」なのはちょっとないかな。


 東北だけあってこの時期でもまだまだ寒く、灯油ストーブやポータブル発電機、燃料はかなり喜ばれた。後はベンチコート(もちろん新品で)などの防寒具も。


 ほかには赤ちゃんや女性が使う衛生用品も不足していた。アメリカで調達するベンKさんに頼むのは気の毒だったけど仕方ない。ただベンKさんによると健のチームメイトの奥様方も物資の調達に協力してくださっているそうで,、問題はないとのこと。


 ただアメリカ製の「食品」はすべからく評判がよろしくなかった。某国製の「ただ辛いだけのカップラーメン」が「迷惑物資」になったのと同じで「ただ甘いだけ」のお菓子などは見向きもされなかった。


 ただそれは「我がまま」などではなく、避難所の皆さんもこちらが恐縮するくらい御礼を言ってくださる。ケントさんは日本の医師免許も持っており、医薬品も持参してきた(自前の収納魔法に格納してます)のでそれも喜ばれた。


「普段は治療魔法ヒールしか使わないんだけどね。」

鑑定魔法で病気の原因が判ればすぐに治せるのだが、ここでは適切な薬を渡すようだ。特に持病を持った高齢者は薬を家に置いて避難したり、継続的に服用する薬の手持ちがなくなった人も多かったからだ。


 子どもたちも余震の恐怖に怯えつつも大人たちほど深刻な表情ではないのが救いだ。一応私は教育学系の学生でもあるので、お年寄りたちと外で軽く体操をしたり子どもたちを運動させたりもした。 


 健の稼いだ金で買ったものをケントさんの稼いだ金で飛ばしたヘリで配って私が御礼を言われるのはなんとも気がひける。ケントさんはハハハと大きな声で笑ってから私に言った。

 「いやいや。これもすべて亜美の特殊魔法スキルがあってのおかげだよ。謙遜しなくてもいい。それにキミも日本を代表するアスリートなんだから、もっとそっちを前面に出した方がいいよ。」


 女子野球自体がマイナーなんですがそれは?一応ケントが私を「女子野球の日本代表選手」と紹介してくれたんだけど、みんなそれどころじゃないって。



ただ時々物珍しい人もいて私のことを知っていてサインを求めてくる人もいたりする。


 一方、健は自分が「マイナー落ち」したことの日本での評判を気にしているようだった。さすがにレイザースも公式には健のFA権(年俸調停権も含め)の資格を取るのを遅らせるためだとは言えないので殊更ことさらのように健の「メンタルヘルスに重大な疑義」というのが主な要因という主張をしているのだ。


「『ゆとり世代』はこれだから、という言い方する年寄りおとなもいるかな。例の『ご意見番』は喝を連呼してたよ。理由?もちろん『走り込みが足りないから』だってさ(笑)。」

 私がそう教えてやると大笑いしていた。震災によるものより余程大きい精神的なダメージをマイナー落ちによって喰らっているのは可哀想ではある。


 もっともほとんどのメディアはMLBの闇とも言えるこの「からくり」に気がついていて健の方には何も問題がないことをちゃんと報道していたのは言うまでもない。


 3月30日(水)


 2週間ほどのボランティアを終了して大学に戻る。50箇所ほどを回ってのべ、ポータブル発電機を50台、灯油ストーブ150台、燃料を3000リットルをはじめ多くの支援物資を届けることができた。これだけの物資を用意してくれたベンKさんやアメリカでサポートしてくれた皆さんには感謝だ。もちろん資金提供スポンサーの健にもね。


健に報告すると彼はバツが悪そうに頭をかきながら言った。

「あー、亜美もお疲れ様でした、そしてありがとうな。俺の代わりにいろいろとさせてしまって。シーズンが終わったらこの埋め合わせはするから。」

うん、あんたは早くメジャーに呼び戻されるといいね。

 

 私も再び練習の日々が始まる。




 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る