第18話 肯定トリートメント
「あら、優妃ちゃんいらっしゃい。」と、優しく微笑むのは、美容師のお姉さん。
小さな頃からずっと、この美容師さんに髪を切ってもらっているのです。
「えっと、今日はカットと、プレミアムトリートメントね。」
「お願いします。」と頭を下げる私に、
「もー、優妃ちゃん堅い~。」と笑う美容師さん。
「こちらのお席にどうぞ。」と案内された席に座ると、慣れた手つきでクロスを体に掛けてくれます。この仕草には毎回、美容師さんって格好いいな、と思わされます。
「飲み物は、いつものウーロン茶でいい?」と尋ねる美容師さん。
「はい!」と私。
飲み物は昔から、ウーロン茶をお願いしています。それをずっと覚えてくれていることが嬉しい。常連ならではの嬉しさです。
「カットはいつもの感じでお願いします。」と私。
「オッケー!」と美容師さん。これで通じるくらいには、通っています。
「あれ、優妃ちゃんがプレミアムトリートメントなんて珍しい…てか初めてじゃない?」と美容師さん。
大当たりです。
「初めて、ですね。」と言う私。
間髪を入れずに、「あ、そういうことか~。」と美容師さん。
そういうこと…?と疑問符が頭を埋めていると、
「もう優妃ちゃんも花のセブンティーンだもんね…。」と寂しげに笑います。
「いや。え。あのっ…。」と動揺する私をなだめて、
「いいの。これ以上訊いたりしないから。」と鏡越しに私に目配せします。
大人だなあ、とつくづく思います。今頃ゲームをしているであろう誰かさんとは大違いです。なんて。
「でもいいね~。私が男だったら優妃ちゃんなんて最高じゃない。」と美容師さん。
「もー、お世辞はやめてくださいよ。それに…。」と私。
「それに…?」美容師さんは興味津々です。
「それにもっと、かわいい友達ばっかりだし…。雑誌に載った子とか…。」
「え!?雑誌に載った子?」驚く美容師さん。当然です。
「ランランの五月号に載ってた、瑠々ちゃんって子なんですけど…。」
「え?あの子と友達なの!?すごいじゃない…。」と美容師さん。
「は、はい…同じ高校で。」
「えー!てっきどこかの芸能科の女の子だと…、」口を開けたまま静止する美容師さん。
驚くのも当然です。だって田舎(一応東京ですが)の普通の高校に、雑誌に載るほどの美人さんが通っているのですから。
「あの子のスタイル、色使い、何をとっても最高だよね。ビビッと来たの、覚えてるわ。」
「でもあの体型維持するのってとっても大変そう…ダイエットとか辛そうにしてない?私心配で。」
「い、いや、いつもすごく元気ですよ。」と私。
脳内では、マシュマロの大袋を持った瑠々ちゃんと、ランランに載っていた瑠々ちゃんが、交互に映ります。
「ふふっ」とつい吹き出してしまいます。
「もーなによー。優妃ちゃんなんか変。」と美容師さんも笑います。
「はい、カット終わり。どうかな。」と手鏡を広げる美容師さん。
「すっごく、良いです。」と私。
「良かったー。それじゃこちらへ…。」と席を案内してくれるのに従って、私もシャンプー台に行きます。椅子に腰を下ろして、顔に紙が被せられます。
「シャンプーおわり。プレミアムトリートメントね。」
「はーい。」
しばらくして、トリートメントを流してもらうと、また椅子を移動します。
「終わりー。乾かしていくねー。」と慣れた様子でドライヤーを動かす美容師さん。
あっという間に髪はすっかり乾きました。
「すごい、ツヤツヤ…。」
「これで、次は優妃ちゃんが雑誌に載っちゃうね!」と美容師さん。
「からかわないでくださいよー。」と私。
「からかってない。本気。だって私がかわいくしたんだから。瑠々ちゃんはなんだかチワワみたいな可愛さだけど、優妃ちゃんは三毛猫。ほっとする可愛さ。二人ともすっごく可愛いけど、向いてる方向が違うと思うの。だから二人とも自分の可愛いをもっともっと…。ちょっとお喋りすぎたね、ごめんなさい。」とはにかむ美容師さんの目は、鏡越しでもわかります、本気の目でした。
「はい、ちょうど頂きます。ありがとうねー。」と美容師さん。
「こちらこそ今日は、ありがとうございました。なんだか、自信がついてきたような…。」と私。
「それなら嬉しい。もっと可愛くなっていく優妃ちゃんの力に、ちょっとでもなれたらいいな。また来てね。」と美容師さん。
「はい!」と私。
もっと可愛くなろう、と思えたのは誰のおかげなんでしょう、でも、
『ならなきゃ。』というよりも、『なりたい。』そう思えたのはきっと…。
瑠々ちゃんはもっと清楚になりたい、そう言っていたけれど、瑠々ちゃんは瑠々ちゃんの道をどんどん進んで、と美容師さんは言ってくれました。
私は私の道を行くのでしょう。
三毛猫と、チワワかあ…。
羽村さんは、犬と猫、どっちが好きなんだろうな…、
そういえば公園に行ったとき、レストランでワンちゃんをわしゃわしゃ撫でていたのを思い出しました。あのときの、幸せそうな顔。
「ういね、ワンちゃんも猫ちゃんもどっちもスキだよ?」とさらっと言いそうな気もします。
訊きたいけれど、ちょっと怖いからやめておこう、とまだまだ臆病が治らない私でした。ケーキのイチゴは、最後までとっておく私です。
つづきます
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