第17話 明天コットンキャンディ
さてさて。やって参りました11日。
なんだかドキドキして、金曜の夜からあまり眠れませんでした。
起きて時計を見たら、7時でした。学校のときと変らない時間に起きてしまった!と少し落ち込みましたが、ゆっくりと準備ができるからよかった…と思い直しました。
私、ポジティブ。
ホットミルクをゆっくりと火傷しないように飲んで、今日は三つ編みにしようかな、と思いついて、鏡の前を独占中。
みんなまだ寝ているので、ゆっくりと準備ができます。
約束は午前10時。9時30分にお家を出発しても、十分すぎるほど間に合います。
準備が一通り終わって、リップを塗って、テレビをぼーっと見ていると、目をこすりながら優二が起きてきました。
「ねーちゃんおはよ、ってえ?いつものねーちゃんじゃない!」
「もー朝から失礼な!」
たしかに、いつもはこんなにオシャレする余裕もなく、気持ちも起きないような気がします。二度寝しちゃったり…恥ずかしながらそんなこともよくあります。
テレビの左上に『9:25』と出たのを見て、玄関に向かいドアを閉めました。
「ねーちゃんどこ行くのー?もしかして…。」
「ひ、み、つー!」
優二をいつものごとくあしらって、家を出ます。
今日はいつもはしないカチューシャをして家を出てきたので、なんだか視線が気になるような気持ちです。鏡を出るときは「カンペキ!」と思っていたのに、自信のなさが…!
そんな小さなブルーを抱えながら、公園に着いたのは9時50分でした。
近いはずなのに、のらねこを追いかけたりしていたらこの時間になってしまいました。子供です。
公園は朝から、家族連れやカップルで賑わっています。
「おはよー!」
羽村さんでした。
「おはよう、羽村さん!」
変な話なのですが、人はいっぱいいるのに。今の羽村さんと私は「二人っきり」のようで、いつもよりなんだか照れくさい感じがします。
「羽村さん、スニーカーかわいい!」思わず、口に出てしまいました。
ピンク色に白の差し色が入っていて、スポーティかつガーリィなスニーカー。
羽村さんにぴったりです。
「ほんと?よかったぁ…、実はこれね…
と言いかけて、遠くから声がしました。
「優妃ちゃーん、羽村ちゃーん!おまたせー!」と、息を切らしながら瑠々ちゃんがやってきました。9時58分、ギリギリセーフ、だよね?
と言いながら。
「あ!そのスニーカー!」と瑠々ちゃん。やはり瑠々ちゃんも羽村さんのスニーカーが気になったのでしょう。
「やっぱり似合うって言ったじゃん!」え?
「瑠々、今その話してて。冬井さん、これね、瑠々が『絶対似合うから買え~!』って勧めてくれて買ったんだよね。」
「そんな言い方じゃないし。」と瑠々ちゃん。
さすが瑠々ちゃんのセンスです。ファッションを見る目はすごい…。
瑠々ちゃんがコーディネートしていたら羽村さんだって雑誌のモデルさんになって、そして芸能人に…なんて夢でもない話でしょう。
でも。そうしたら今よりもっと…。
「すごーい!お花がいっぱい…。」目をキラキラさせる羽村さん。童話のヒロインがそっと花に手を伸ばすように、じっくりと眺めています。
「夏だから、お花も元気そうだね。」とよく分からないことを言ってしまう私。
「たしかに!」と瑠々ちゃん。ナイスフォロー?なのかな。
両脇をお花に囲まれながら、ゆるりと歩いていくと、大きな噴水が正面にありました。
「ふ。噴水が公園のなかに…!」と羽村さん。
「東京だとよくあるよ…、」と瑠々ちゃん。少し得意げです。
色々なものに新鮮に驚く羽村さんの純粋さには、いつも心のどこかがわぁっと、声を上げます。
「あ、そうだ、夏ビンゴ!」と私が言うと、二人は眼を見開いて、思い出したように「あー!」と叫びます。
なにかないかな、歩きながら探していると、小さなお店がありました。
カフェでした。
「ういね、かき氷食べたい!」
「たしかに、かき氷は夏!ぜったい!」と瑠々ちゃん。が同意します。
さっさ、と駆け出す二人の後ろを、慌てて、でも前髪が崩れないように、小走りで追いかけます。
「かき氷やってなかったあ…。」どよーんとした顔の二人。
「しょうがないよ、他のビンゴさがそうよ!」と私。なんだか前向きです。
公園をずんずんと進んでいくと、大きな池がありました。
大きな池には、沢山のボートが浮かんでいます。アヒル、カヌー。さまざま。
「これ!これだよ!」と興奮する瑠々ちゃん。
「ういね、アヒルのやつ乗ってみたいなあ…」と、羽村さん。
一瞬、頭の中でとなりに座って至近距離で見つめる羽村さんを想像して、なんだか恥ずかしくなって俯いてしまいました。
「冬井さん、どうしたの?」と私の顔をのぞきこむ羽村さん。
あれ、これは現実?あれれ?と動揺しながら、「大丈夫!」と気丈に振る舞います。
「アヒルのやつ、二人までだってー、」と瑠々ちゃんが残念そうに呟きます。
「じゃ、じゃあ私はここで待ってるよ…。」と私が言うと、
「だめ!ういね三人で思い出沢山作りたい!」と羽村さん。
「だよね!さすが羽村ちゃん!」と瑠々ちゃん。
ありがとう、本音を言えば、一人で待っているなんて辛すぎます。目の前の二人を見て、また妄想の池を泳ぐだけなんて…。
そうして、三人で乗れるのは自分たちで漕ぐカヌー式ボートということで、それに満場一致で決まりました。
誰が漕ぐか、という重要なジャンケン。
負けたのは羽村さん。ごめんね、と思いながら、仕方ないのです、ジャンケンの神様のせいです。
「よいしょ、よいしょ…。」と羽村さんがこぐボートは、ゆっくりと池の上を進んでいきます。
「あ、カモだ!」と瑠々ちゃんが叫んで、三人とも、カモを見つめます。
「たしかあっちがオスで、こっちがメスだったよね。」と私が言うと、
「詳しい~。」と二人。
「じゃあ、カップルってことか!」と瑠々ちゃん。
「アツアツだね~!」とヤジを飛ばす瑠々ちゃん。
他のお客さんがちょっと照れくさそうにしているのが、遠くながら分かります。
「あーー、疲れた~…!」とこぼす羽村さん。
「変わろうか、羽村さん。」と私。漕いでみたいだけなのですが…内緒で。
「ほんと!やったあ!ありがとー!」と羽村さん。ぴょん、と跳ねて場所を変わると、私が運転手のボートが動き始めます。
「あれ、もしかして羽村ちゃんより上手い?」と瑠々ちゃんが言うと、
「もー、じゃあ漕いであげない!」とむくれる羽村さん。
視点が変わったせいで、やけにそのスニーカーが目に入ります。
似合ってる、似合ってるのは、間違いないんだけど…。
「いやー、景色綺麗だったけどやっぱり疲れたねー。」
「いや、瑠々は乗ってるだけだったでしょ。」とすかさずツッコむ羽村さん。
「ふふっ、」と私も笑います。
「疲れてお腹すいちゃったなあ、ん?なんかいい匂いが…。」
バレバレの演技でもっておどける瑠々ちゃん。
ついて行くとそこには、テラス席の大きなレストランがありました。
自然を一望しながら、ご飯が食べられるお店です、近くにあるのに、知らなかった…
「ピザ!ピザ!ピザあるよ!」とはしゃぐ瑠々ちゃん。よほどお腹が空いていたのでしょう。
そんな瑠々ちゃんの選ぶままに、三人でピザを食べながら、そよ風に髪をなびかせる羽村さんを、そっとちらりと、見たりして。
「あーワンちゃんいるよ!かわいい~。」と羽村さん。
ワンちゃんを連れたお客さんのところへ行って、ご挨拶をして、ワンちゃんをなでなでしています。なんかこのワンちゃんがオスだったらちょっと嫌かもな、いやメスだったらっていう話でも…なんて考えていると、
「優妃ちゃん、食べないの?」と瑠々ちゃん。
瑠々ちゃんは瑠々ちゃんで、すっかりピザの虜です。
気付くともう時刻は夕方になっていました。
太陽が一日の仕事を終えて、赤く疲れています。
私たち三人組は、というと、
「絶対にかき氷を食べるよ!」
という瑠々ちゃんの、本心からなのか、羽村さんのためなのかよく分からない宣言のもと、公園を出たのでした。
しばらく歩いたところ、よく何かのイベントが行われているところに着いたとき、瑠々ちゃん隊長の鼻が何かに気付きました。
「ここ、なんかありそう…。」
その言葉を信じる隊員二人が、恐る恐る看板を見てみると、
2F cafe glitter
ここか!と思ってお店の前にあるパネルを見ると、『かき氷』の三文字が!
ふふーん、と得意げな瑠々ちゃん。
食事の神様は、きっと瑠々ちゃんの味方なのでしょう。
「イチゴミルクかき氷と、抹茶アイスかき氷と、黒蜜きなこかき氷、お願いします。」
と注文をすると、ふう、と誰からともなく、ため息が出ました。
公園で沢山遊んで、ここを探し当てるまで、歩きっぱなしだったので、当然です。
「お待たせしましたー、」と三人のかき氷がそろって、いただきまーす。
と食べ始めます。抹茶の甘みを、ミルクがふんわりと包んで、幸せな味がします。
「んー!美味しい!でも頭がー!」と頭を抑える羽村さん。
手元のイチゴミルクは、羽村さんに選ばれてうれしそうだな、なんて思います。
抹茶は、私に選ばれてうれしいかな?
黒蜜は…そんなこと考える間もなく食べられちゃいそうだな、なんて。
「抹茶おいしい?」と瑠々ちゃん。あ、食べようとしてる。瑠々ちゃんの目は獲物を前にしたケモノの目でした。
「一口たべ…」「え!いいの!」と文字通り食い気味で瑠々ちゃんが言います。
「えー、ういねも食べていい?」と羽村さん、こっちはこっちで、ストレート。
「おいしい!」と口をそろえる二人。
「優妃ちゃんも食べてみて!これ!」と瑠々ちゃん。
「私のもおいしいよ!」と羽村さん。
「イチゴの酸っぱさとミルクの甘さのハーモニー!」と私が言うと、二人はグルメレポみたい、と言って笑いました。通じた、よかった。
というか、選ぶもなにも、瑠々ちゃんのかき氷はもう一口分しかなかったのです。
お腹いっぱいだねー、と誰からともなく言いながら、帰路につきます。
お日様はすっかりお布団に入って、街はすっかり暗く、小学生の帰宅を促す放送が流れています。
私の家が一番近いというので、二人とも、私の家の前まで来てくれて、それからお別れとなりました。
「今日でビンゴ、二つ空いたね!ヘトヘトだけど…」と瑠々ちゃん。でも顔はとても満足そうです。
「ういねも、やっぱり瑠々と冬井ちゃんといるの、すごく楽しい!」と羽村さん。
まったく疲れていなさそうな、羽村さんのタフさには驚かされます。
「それじゃあまた月曜日ね。」
と告げて、家の中に入って、ただいま、と告げると、
「ねーちゃんおかえり!ねえデート?デート?」と優二。
しつこいところは誰に似たのでしょうか…。
「それでね、かき氷すごくおいしくて、イチゴも抹茶もね、」
「え、ねーちゃん二つも食べたの…!?」と優二。
「優妃、いつもそんなにご飯我慢してたのか?お代わりまだあるぞ!」とお父さん。
早合点をするところはそっくりです。
「いや、一口貰っただけだよ…!」と言うと、
「え、それ間接キスじゃん!」と囃し立てる優二。
「と、父さんは別に…それくらいよくあることだと思うぞ…うん…」と言い聞かせるお父さん。動揺がモロバレです。
間接キス…、か…。
湯船の中、小声でつぶやきます。
確かに言われてみればそうだけど、なぜかそう言われると少し、頬が熱くなる気がしました。
こんなに頬が染まるのは、きっと今日のお風呂が熱すぎたからでしょう。
つづきます
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