第13話 サマー5*5

まだ季節は六月だというのに、暑い日が続きます。

連日の東京の猛暑を伝えるニュースキャスターも、少し汗をかいているように見えました。

 

 今日は、いつもの制服ではなく、夏服を着て家を出ました。

夏服移行期間なので、夏服でも冬服でも良いのですが、もうだいたい全員が、すでに夏服です。


 今日の放課後は、羽村さんのアルバイトが休みだそうで、瑠々ちゃんの誘いで三人で帰ることになりました。


 「でねー、四時間目のとき、先生授業忘れてて全然来なかったんだよー。」

 と瑠々ちゃん。

 「えー!大変じゃんそれ!」 と羽村さん。

 「いやいや、ほぼ休み時間みたいで楽しかったよ、最終的にジャンケンで負けた子が呼びに行ったんだけどね。」と笑う瑠々ちゃん。

 

 私はというと、クラスのイケメン?と雑誌モデルの美人さんにはさまれて、ドギマギしていました。

 こういうと、肩書きだけで判断しているように聞こえてしまうかもしれないのですが、実際は、羽村さんと瑠々ちゃんだからこそ、これほどまでに萎縮してしまっているのだと思います。

 

 二人は、一体どんな関係なんだろう。瑠々ちゃんが羽村さんに興味を持っているのは確かだけど、私と同じ種類の興味なのかな、あるいは私より…


 「冬井さん、大丈夫?」

ふと、羽村さんから声をかけられました。ずうっと考え事をして黙っていたので、心配してくれたのでしょう。こういうところ…本当…。


 「う、うん。なんでもない、大丈夫。」

 「よかった。」と安堵した様子の羽村さん。

 「あー、もしかして優妃ちゃんのこと、またお姫様抱っこしようとした?」とニヤける瑠々ちゃん。

 「もー、からかわないでよー。」と頬を膨らませる羽村さん。またハムスターです。この表情、私はかなりお気に入り、というのかな、ちょっと偉そうかな、私。


 「なんか、夏ビンゴ大会!って感じのビンゴカードみたいなの、心の中にない?」

と唐突に瑠々ちゃんが言いました。

 「わかる!」と私、ついつい声が大きくなってしまいました。私だけだと思っていました。

 「あ、優妃ちゃん元気になった!あるよね~。」と声音が上がる瑠々ちゃん。テンションがやはり分かりやすいです。

  

 「夏ビンゴ、かあ…。じゃあやっぱ海!じゃない!?」と興奮ぎみの羽村さん。

 「いや…」「まあそうだけど…。」と私と瑠々ちゃん。

恐らく考えていることは一緒です。東京のはずれに、海はありません。

千葉とか神奈川にはあるけれど、あまりに遠いのです。

 それと、これは絶対私だけだと思いますが、水着なんて着るのは小学生ぶりですし何より恥ずかしすぎます…。

 瑠々ちゃんはスッと水着を着そうですが羽村さんはどうかな…、やめておきましょう、完全にこんなのヘンタイです。


 「じゃあ、川は?」と私。海とは全然違いますが、川なら割と近くにあります。

なんとなく言っただけなのですが。

 「川!そうだ!あそこキャンプとかもできたよね!」と瑠々ちゃん。

この前電車で瑠々ちゃんと二人で乗ったときに、恐らく瑠々ちゃんも見ていたのでしょうか。それか、もともと知っていたのかもしれません。


 「そんなとこあるの!」と目を丸くする羽村さん。

そういえば羽村さんは香川の学校から来たと言っていたなあ、海、近かったのかなあ。東京育ちの私には、あまり海が分かりません。


 「じゃあ三人で行こうよ!」と羽村さん。目をキラキラさせて。眩しいです。


 「あ。車ないよね…。」と瑠々ちゃん。

そうでした、電車で川に遊びに行くなんて、道具や荷物を考えれば無理な話です、

そうしてもちろん、全員、普通免許を取れる年齢ではありません。


 でもあの羽村さんの輝いた目を、そうして瑠々ちゃんの「夏ビンゴ」のためにも、私がどうにかしないと…言い出しっぺは私なんですから。


 「私、お父さんに聞いてみる。」

 「いいの!?」「ありがとう!」二人の視線が、一斉に私に集まります、そんなに見つめないで…私の脳もアイスのように溶けてしまいそうです。


 家に帰って。

 「で、日曜なんだけどね、友達三人でバーベキューに行こうってなったんだけどね、お父さん送り迎えしてくれない?」

 「おお、いいじゃないか、もちろん大丈夫。」お父さんは即答でした。

 「どうせなら冬井家全員で行くか?」と笑うお父さん。ビールを片手に上機嫌です。

 「お母さんはその日は仕事があるから行けないな。」とお母さん。

 「俺は、どうしてもって言うなら行ってやってもいいけど。」と優二。

絶対お姉ちゃんの友達目当てでしょ、と私は心の中でつぶやきます。


 翌日、学校で羽村さんと瑠々ちゃんにそのことを話すと、

「ほんとに!やったあ!」と二人ハイタッチをして喜びました。

「イエーイ」と両手を挙げて私にハイタッチをする瑠々ちゃん、その手はやはり小さくて、細い指は今にも折れそうでした。

 羽村さんの手は、あたたかくて、とても柔らかかったです。


 「で、優二も誘っていいかな…。」優しいお姉ちゃんだと自分でも思います。

内心、どうせ行きたいに決まっているからです。


 「あ、優二くん!もちろん!多い方が絶対たのしいもんね!」と羽村さん。

 「たしかに!誘おうよ!」と瑠々ちゃん。


勇気を出して誘ってよかった。ほっ、と胸をなでおろしました。


 家に帰って、漫画を読みながらポテトチップをつまんでいる、だらしない優二に、

 「優二も来て、ってみんな言ってくれたよ。」

と告げると、

 「へー、じゃあ行ってあげようかなー。」と平静を装う優二。

 「いてっ!」

漫画を顔にを落とす優二、動揺がバレバレです。


夏のビンゴ一マス目。今年はビンゴできるかな。



つづきます

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