第11話 ホームズは研修中?

  「じゃあ、今日のHR終わります。」

先生がそう言うと、皆が生き返ったように各々、喋りはじめたり、帰る支度を始めます。

 その中でも、羽村さんはいつも、素早く準備をして、教室を出ます。

今日も、例外ではないのでした。どうしようと迷っている暇はありません。

後なんてつけないよ、つけないよ、とは思いつつも、やっぱり羽村さんが心配で、私もなるべく自然に、席を立って教室を出ます。


 「羽村ちゃんばいばーい。」「ばいばーい!」羽村さんファン?の女の子が声をかけるのに、華麗に対応する羽村さん。

 そういえばストーカーのこと追っかけって言ってたの、こっそり聞いちゃったな。

そんなことを考えながら、栗色の髪の毛を見失わないように歩きます。


 でも一体どこに行くんだろう、


 「優妃ちゃんー!待ってたよー。」手を振る瑠々ちゃん。玄関で待っていてくれたようでした。「ごめんね、遅くなっちゃって。」「ぜんぜん!」

それから瑠々ちゃんはニヤリと笑って、

 「じゃあ行こっか。」と小さく囁きました。

私は小さくうなずきました。瑠々ちゃんの前では、私はすっかり言いなりでした。

あの力強い瞳で見つめられては、身動きが取れない気持ちでした。

それも、まったくイヤではない、不思議な感情でした。


 そうこう話していると、羽村さんはもう玄関を出て、校門に差し掛かる所でした。

早足で歩く羽村さんを見失わないように、私と瑠々ちゃんは気付かれないように、たわいもない会話をしながら同じ道を歩きます。


 「きゃらめりぜ先生のデビュー作ってなんだっけ。」と瑠々ちゃん。

 「うーん、確か『ぱにっく!』じゃなかったかな…。」

なんでもない会話なのに、二人ともいつもより声が上ずっている感じです。

瑠々ちゃんも、見せないようにしているけれど、きっとドキドキなんだと思います。


 羽村さんの、秘密。

瑠々ちゃんにも言わないようなこと…なんだろうな。

スタスタと街を歩いていく羽村さんの後ろ姿を、いつもよりじっと見つめます。

瑠々ちゃんにもどう思うか訊きたいけれど、「羽村ちゃんの話は禁止!自分の名前って呼ばれるとすごく気付くものだからさ。」とのお達しがあったので、訊けません。


 「あっ!」と瑠々ちゃんが突然声を上げました。

 羽村さんは学校にほど近いファミレスに入りました。

あ、ここは。羽村さんが転校してきてすぐに、面接を受けていたところです。

と、いうことは羽村さんは恐らくアルバイトに合格して働いているのでしょう。

 

 「は、入る?」と私が尋ねると、「そうだね、もう分かったし。」と瑠々ちゃん。

自動ドアを開けると、初夏には嬉しい、心地よいエアコンの風が体をなぜます。

 「二人で、」と瑠々ちゃんが店員さんに告げます。羽村さんではありませんが。

流石にまだ、着替えたり準備をしている時間でしょう。


 「私ドリンクバーにしようかな、お腹はあんまり空いてないから…。」と私。

 「ドリンクバーとは粘る気だねえ。」と瑠々ちゃんはすこし上目遣いでにやり。

 

 「すいませーん。」

結局瑠々ちゃんは、エビのサラダと、辛いチキンと、コーンスープを注文しました。

瑠々ちゃん、前も少し思ったけれど、結構食べるのです。細いのに。

私よりずっと細いのに…。


 「ご注文の品、以上でお揃いでしょうか。」爽やかな、大学生くらいの男の人でした。

 二人で顔を見合わせて、「まさか…。」と同時に言いました。

考えていることは一緒だったのです。少し笑い声が漏れてしまいました。


 コーヒーにガムシロップを注ぐとき、いつも、絵の具みたいだな、と子供っぽいことをいつも考えてしまいます。美しいカフェラテくらいの色になるまで混ぜます。

 瑠々ちゃんがサラダを食べるシャキシャキという音が、テーブルの向かい側から聞こえています。

 「まだかなー。」と退屈そうに瑠々ちゃんが言います。

羽村さんはまだ見かけません。

 「制服とはまた違った羽村ちゃん…んー想像しただけでイイ!」と瑠々ちゃん。

 「ちょっと聞こえちゃうよ!」と小声で言います。

 「ごめんごめん。」とその丸い目をくしゃっと潰して笑いました。


 「んー、来ないね…。」

瑠々ちゃんは、もうすっかり料理を全部食べてしまって、ただキョロキョロしていました。私も、ちょっともう飲み物とかは無理っぽいお腹具合です。

 「これ以上いてもお店に迷惑だし、帰ろっか。」努めて明るく言うと、

 「うーん、だよね…。」と不貞腐れながら、瑠々ちゃんもしぶしぶ同意しました。

 

 「ありがとうございましたー。」

私と瑠々ちゃんはすごすごと、帰路につきました。

 「見間違えだったのかなあ。」と瑠々ちゃん。

 「でも入っていったのは一緒に見たよね…。」

謎は深まるばかり。

 「明日、直接きこうよ。こんなこと続けてたら、羽村さんも可哀想だしさ。」

私は、こころに突っかかっていた思いをやっと言葉にできました。

 「そうだよね、なんかつき合わせちゃってごめんね。」と瑠々ちゃんはすこし寂しそうに笑いました。小さな唇が、ふっと緩みました。

 

 日も暮れ始めて、橙色の太陽が、優しく私たちを包みました。


 つづきます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る