第10話 揺れる月の天秤

 あっと言う間に週末は終わって、また月曜日が来ました。

目覚まし時計がジリリリ、と新しい朝の到来を告げます。止めてカーテンを開けると、スズメやカラスが忙しそうに鳴いています。もう葉桜の頃になりました。


 いつもの様に洗面所に行って顔を洗います。そうしたら、お母さんが作ってくれるサンドイッチ。今日は私が好きなハムサンドです。そういえば瑠々ちゃんはこの前たまごサンドだったなあ、好きなのかなあなんて疑問がホットミルクの湯気と共に立ち上ってきます。

 

 寝ぼけたまま玄関に向かう途中、大事なものを忘れていたことに気が付きました。

『黄昏チョコミント』。おなじみ、きゃらめりぜ先生の作品です。家には漫画を置いているのですが、持ち歩くのはもっぱら小説版です。だって、バレないから。

漫画版の方が、読者は多いと思いますが、、。


 兎にも角にもしっかりとカバンに入れて、家を出ました。

 「行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。」

いつもの会話。しかしながら今日は、いつもと違うあるミッションがあるのでした。

瑠々ちゃんと約束した、ある任務。それは…。


 教室のドアをガラガラと開けると、羽村さんがものすごい笑顔でこちらを向いて、

 「冬井さんおはよ!」と、屈託ない笑顔で。

 「おはよう、羽村さん今日いつも以上に元気だね。」と遠回しに尋ねると、

 「黄昏チョコミント、貸してくれたの読んだよ!遅くなってごめん…!」と、両手を額の前で合わせながら、顔にぎゅっと力を入れました。顔文字みたいで可愛い。。


 「ど、どうだった…?」私は内心きりきり舞いの思いで訊きました。人に何かおススメしたときに、感想を聞くのは結構ハイカロリーなのです。朝ごはんのカロリーが消費され尽くしてしまいそうです。

 羽村さんは、一拍間を置いて、

 

 「めっちゃ面白かった!初めての経験だったんだけどね、漫画であのなんていうのかな、心臓がズキューンって、バキューンって感じですっごく良かった!!」とニコニコしながら答えてくれました。

 知らない人が聞いたらバトル漫画の感想ともとれそうな羽村さんの感想、羽村さんの純粋さを目いっぱいに含んで膨らんだ感想に思えて、すごく好きでした。

 「ふふふ。」と思わず笑みがこぼれてしまいます。

 

 「え?ういねなんか変だった!?慣れてなくて…はは。」と首を傾げる羽村さん。

ずっと、イケメンの男の子が何かの魔法で女の子になっていると思われてなりません。


 今日のミッションというのはほかでもなく、目の前の栗色の髪の、チョコレート色の瞳をたたえたこの子のことなのです。


 ガラガラ、と乱暴に教室が開いて、先生が入ってきます。

 「ホームルーム始めるぞー。席につけー。」と顎をぽりぽり。

日直の子がやる気なく挨拶をして、学校の一日が始まります。

 「きりーつ、きをつけー。おねがいしまーす。」


 「連絡事項は以上、あ、あと最近、近辺でストーカーが出たらしいから気を付けろよー。」と、先生。

 「それって先生じゃねー。女好きそうだしー。」と声。

 「バカヤロー。俺はガキには興味ねーんだよ。」と先生。

 「何それ、キモー。」と、教室が笑いに包まれます。


 会話を聞きながら、淡々とした気持ちでいようと思いました。そうだよね、ストーカーとか…こ、怖いもんね…。はは、ははは。いけないことだしね…。

そんなこんな考えているうちに、一時間目の授業もすぐに過ぎてしまいました。

 チャイムが鳴って、ふたたびざわつき始めたクラス。

ノリもあったとはいえ、やっぱり尾行なんてしちゃいけないよね…、と胸の内もざわつき始めていました。

 

 「優妃ちゃーん」と、声がして、振り向くと瑠々ちゃんでした。

流石にやめようか、とかそういう感じでしょうか、きっと。

 私は勇気を振り絞って、

 「今日、ホームルームでさ、聞いた?」と尋ねました。

 瑠々ちゃんは呆気にとられたような表情で、一瞬その薄い唇をぽかんと開けましたが、けろっと元に戻ると、

 「ああ、ストーカーのやつね。優妃ちゃん気を付けてね、こういうときって清楚っぽい女の子が狙われやすいらしいよ…。」

 「え」

 「あ、でも、羽村ちゃんとかも危ないかもね、校内にファンなんて多いしさ…ってことで、ここは私たち、羽村ちゃん見守り隊の出番ってわけ!」

 確かに、危ないかも…、って待って、なんか、すごくいけない理論だよ瑠々ちゃん!

 「じゃまた、放課後ね~。」と言うと、瑠々ちゃんはスーッッと教室から出て、廊下へ消えて行きました。


 するとどこに行っていた件の羽村さんが、何も知らないまま教室に戻ってきて、

 「羽村ちゃん、ストーカー気を付けなよー。」という女子に、

 「へ。ストーカーと追っかけって、一緒だと思ってた。」とあっけらかんと言う羽村さんに、クラスの女子たちは一層、心配していました。


 ごめんね、ストーカー予備軍は、すでに後ろから見ているんです…と

白状したい気持ちと、瑠々ちゃんとの約束の天秤は、ずっと揺れ続けていました。


 つづきます

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