第9話 ハッシュ・ティーパーティー 後
「相談なんだけどさ、」と、ことさらに小さな声で囁く瑠々ちゃん。
がらんと静まり返った喫茶店の中で、その声がひときわ大きく聞こえる気がします。
「うん、」と平然を装って返しました。
「どうすれば、もっとおしとやかに、んーなんだろ。女の子らしく?なれるかな」
と、予想外の言葉に虚を突かれた気持ちでいると、
「うーん。単刀直入に言うとね、どうしたら優妃ちゃんみたいに清楚になれるのかなあ、って。」と瑠々ちゃん。
せいそ?セイソってあの清楚?えっ?
「いやいや、私なんか地味なだけだよ…。」と。コーヒースプーンを回しながら、
「地味じゃない!清楚なのー!」と駄々っ子のような瑠々ちゃん。
「で、で、瑠々ちゃんはなんで清楚になりたいの?」と私が訊くと、
「だってさ…。たそちょこ(黄昏チョコミントの略です)とか、きゃらめりぜ先生の描くヒロインはさ、みんな清楚な子ばっかりじゃん…。」
少し俯きながら、瑠々ちゃんがその唇をとがらせて言いました。
確かに、きゃらめりぜ先生の描くヒロインはとっても清楚な子ばかりです。でも。
こういうとき、イケメンなら、ヒロインを射止める男の子なら、何て言うんだろう。
脳を高速回転させて、なんとか。
「でも瑠々ちゃん可愛いじゃん。」「え?」「み、みたいな、、ハハ」
あちゃー、失敗した、、と思っていると、
「なにそれ、羽村ちゃんみたい。うける。」と、瑠々ちゃんは笑ってくれました。
「だ、だよねー。」とどうにか恥ずかしさを隠しながら返します。
たしかに羽村さんなら、こういうセリフも難なく言いそうです。いや、形式の話で、内容はね、えっとまああの、なんかその、ね。
瑠々ちゃんは笑顔のまま、
「そういえばさ、羽村ちゃん、最近一緒に帰ってくれないんだよね…。なんでだろ」と思い出したように呟きました。
「そうなの?」と私。まず一緒に帰ってたの?という疑問はバレませんように。
「うん、行くとこあるから!って走って行っちゃうんだよねー。あ!まさか羽村ちゃんにも春が…。」
は、羽村さんに春が!?
おまたせー!いや、今来たトコ。みたいなこと!?
「ほ、ほんと!?」とおそるおそる尋ねると、
「いや、勝手な推測だよ。でも怪しいんだよね~。言ってくれればいいのに。」
「た、たしかにそうだよね。」と私は即席の返事。
ちょっと妄想してしまった自分を恥じます。マンガの読みすぎです、私。
「じゃあさ、今度こっそり後つけて行ってみよっかな。探偵みたいにさ。」と瑠々ちゃん。ニヤニヤと悪い顔をしても、お人形さんのような目はそのままです。
「そ、それは流石に…、」と言う私を遮って、
「じゃあ優妃ちゃんも一緒に、それなら?」瑠々ちゃんが閃いたように言います。
それはダメだよ、と思いながらも、羽村さんを射止めるような男の子がもしもいるならどんな人なんだろう、という好奇心に、たまには身を任せてみることにしました。
「じゃ、じゃあ、うん。」と言うと、瑠々ちゃんはこっちを見て、フッと笑って、
「優妃ちゃん、悪い顔してる。私もだけど。」と笑いました。
「ふふっ」
目を見合わせて、二人で笑いました。
こうして私たちは、羽村さんの秘密調査委員会をこっそり結成したのでした。
委員は二人だけ、任期は、秘密がわかるまで。
そんなことを二人で会議のように決めました。会議場からは、大きな川が望めます。
「それでは、第一回会議は、終了とする。」と瑠々ちゃん委員長。
「お疲れ様でした。」と冬井副委員長こと私。
また二人、目を見合わせて笑いました。
会議が終わって、テーブルの上のチーズケーキを食べ終えると、
「行こっか。」と瑠々ちゃん。
「うん。」と私。
お会計を終えて、外に出ると。辺りはすっかり夕方のように暗くなっていました。
第一回の会議は、どうやら長引きすぎたようです。
二人で駅に向かって、改札を抜けてホームへの階段を上がると、
「なんか、元気出たかも。優妃ちゃんに話してよかった。」と瑠々ちゃん。
瑠々ちゃんの話が、どんな話なのかどきどきしていた私は、もういません。
返事の代わりに、微笑みます。
まもなく、一番線に電車が参ります。
とアナウンスが流れて、電車がぷしゅーっと息をして、止まります。
上り電車は少し混んでいて、立ったまま、私たちは乗り込みました。
車窓からは、夕日を浴びてオレンジ色に光る川が、悠々と流れているのが見えます。
しばらくして、電車がぷしゅーっと息をして止まります。
私たちの最寄り駅でした。
改札を出て、家への帰り道。
「今日は楽しかったよ、瑠々ちゃんありがとう。」と言うと、
「私の方こそ。急に誘ったのに、本当にありがとう。」と瑠々ちゃん。
「じゃあ、また学校でね。」
「うん!またねー。」と手を振る瑠々ちゃん。
通り道だから、とわざわざ私の家まで送ってくれた瑠々ちゃん。なんて優しいのでしょう。
玄関を開けて、ただいまー、とリビングへ向かいます。
おかえりー、とお父さんとお母さんと優二の声。もうご飯の時間でした。
手を洗ってリビングのテーブルにつくと、
「ねーちゃん、デートどうだった?」と優二。
「優二、女の子にそういう事聞かないの。」とお母さんが言うと、
はいはい、とふてくされて、優二は頭を掻きます。そうだそうだ。女の子です。
いや、デートじゃ、ん、デートと言えばそうなっちゃうのかな、あれ?
今はあんまり考えなくていいかな、うん、きっとそうだよね。
お父さんがスパゲッティを運んで来てくれました。
「いただきます。」と私は優二を無視して食べました。
「どうかな。」とお父さんが不安そうに私を見ました。
「おいしい!」と言うとお父さんはぱあっと明るくなって、
「よかった。ほら母さんと優二も、食べてみてくれ。」と言いました。
「おいしい。」「ん、まあ、おいしいかな。」
お父さんは自慢げに微笑みました。
「よかった、ところで優妃、デートっていうのは。」
え、お父さんさっきの聞こえてたの、と呆気にとられていると、
「お父さん、もう。」とお母さん。
「ごめんごめん。」と謝りながら頭を掻くところは、やっぱり優二そっくりです。
つづきます
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