第8話 ハッシュ・ティーパーティー 前編

 「優妃ちゃん、聞いてるー?」

ここは学校から何駅も離れた郊外の喫茶店。私の目の前にいるのは瑠々ちゃんです。

どうして私たち二人がここにいるのか、というと…


 数日前 学校にて。

 「優妃ちゃんいるー?」と声。見ると瑠々ちゃんでした。昨日の雨のことなんてすっかり忘れてしまったように、ピーカン照りの笑顔を浮かべています。


 席を立って向かうと、瑠々ちゃんは私の手を握りました。「えっ、」と思わず口に出てしまいました。でも、私の手に瑠々ちゃんが握らせたのは手紙でした。

 「これ、絶対に他の人に見せないでね…。」と私の目を見てお願いする瑠々ちゃん。

 「わかった。」と言って、こっそり隠しました。

 「じゃあね!」と、瑠々ちゃんはさっさと自分の教室に帰っていきました。


 手紙の封筒は、キャラクターなどはない、シンプルな封筒でした。

後でこっそり開けよう。と思って席に戻ると、カバンの中にささっと仕舞いました。

 席に戻る途中、羽村さんが不思議そうな顔でこっちを見ていたので、これは羽村さんにも言えないようなことなのか…と、ん、あれ?


 羽村さんに言えないような秘密??あれ?


何か落ち着かないような気持ちが湧き出てきます。そういえば二人ってデートするくらいの仲だし、相談するなら私じゃなくて羽村さんにするよね、ってことは…。


 ぐるぐる回る頭の中に振り回されないように、授業のノートをいつもより倍、字をキレイに書こう!と考えて、なんとか今すぐ手紙を開けたい気持ちを抑えながら、そのあとの授業を耐えました。

 もし開けて没収なんてされたら、私も瑠々ちゃんも、あともしかしたら他の誰かさんも…大損です。そんなこと分かります。


 授業が終わると、急いで教室の階のトイレに向かいました。バタン、とつい強く開けてしまったドアにごめんね、と思いながら、こっそりと取り出す手紙。

 あせる気持ちを抑えて。封筒をゆっくりと開けて中を見ると、便箋が一枚。

便箋には、かわいらしい丸文字で、こう書かれていました。

 

 「優妃ちゃんへ

   二人きりでお話したいことあるからさ、週末よければどこか行かない?

                               

                                 瑠々より」


 お、お話!?一体なんだろう、お話って抽象的な言葉だと、色々想像してしまいます。なんだろう…。私に、お話…。

 

 私はとりも直さずトイレを飛び出すと、廊下に出て瑠々ちゃんを探しました。瑠々ちゃん一斉捜索です。瑠々ちゃんは案外近くの窓のそばで女の子と話していました。

 ちょいちょい、と小さく手招きすると、瑠々ちゃんはこちらに気付いて、女の子とのお話を切り上げて、こっちに走ってきました。

 「土曜なら大丈夫、だと思う。」とささやくと、

聞いた瑠々ちゃんは急ににこっとして、「ほんと!じゃあ12時に駅前で!」とちょっと大きな声で言ったあと、白い歯を見せて、シー、とジェスチャーしました。

 私は無言でうなずきました。高鳴る鼓動が聞こえないように。焦りが見えないように、神妙に。


 と、言うのが経緯で、土曜日。

11時45分に駅前に着くと、瑠々ちゃんはもう着いていて、「はやいなあ」と内心、目を丸くしていた私に気付いて駆け寄ってきます。

 手を振って駆け寄ってくる瑠々ちゃん、ロングTシャツに下はホットパンツの、瑠々ちゃん。小さく手を振り返していると、 

 「優妃ちゃんおはよっ!」と私の腕に抱きつきました。

え、ちょっ、と言いたいのを止めて、「お、おはよ瑠々ちゃん。」と冷静を装いました。いつもと違う、香水の香りが鼻をくすぐります。クールな瑠々ちゃんと対照的な甘えん坊な瑠々ちゃん。

 じゃ、行こうか!と瑠々ちゃんに手を引かれるまま、私は、するすると、お母さんに連れられる子供みたいに、ただ瑠々ちゃんに手を引かれて着いて行きました。

 あったかい手。小さくて、強く握ったら壊れちゃうような、お人形さんの手。


 すぐに電車が来て、空いている下り電車に乗ると、ぷしゅーっという音とともに、電車のドアが閉まりました。

 瑠々ちゃんは隣に座って、「急だったのに本当にありがとね!」と言いました。

 「全然大丈夫。もともとヒマだし。」と少し自嘲すると、瑠々ちゃんもそれに気付いて、少し口角を上げました。


 ぼうっと、車窓から流れていく雲を見ていました。晴れた水色の空に、白が映えます。しばらくすると、大きな川が見えて来て、電車は大きな川をよそ目に東から西へと、ずんずん進みます。

 「あ、この川昔よく行ったんだよね!」と瑠々ちゃん。

 「めっちゃ蚊にさされたな~。」と笑う瑠々ちゃん。

一方私は、そういえば二人でお話ってなんだろう、と考え始めて、内心、考える冬井になってしまっていました。

 

 ぷしゅーっという音で、電車が停まると、ここで降りるよ!と立ち上がる瑠々ちゃんの後ろについて行きました。

 華奢な肩が、いつもよりよく分かるなあ、なんてヘンテコなことを考えながらついて行きます。

 改札を出て、歩いていきます。遠くにはまだ、あの川が見えます。


 「ここここ!」と瑠々ちゃんが急に振り向くので、一瞬びっくりした顔がバレていないか心配でした。

 見上げると、小さな民家のような建物でした。

「Cafe Hush」

と小さな看板と共におススメメニューが書かれて、扉の前に置かれていました。

 

 カランコロン、と扉を開けると、瑠々ちゃんに続いて入っていきます。

土曜日なのに割とお店は空いていて、古い扇風機が一台、ゆっくりと首を回していました。

 

 席につくと、少し呼吸が落ち着いたような気持ちでした。

何にするー?と伸びる瑠々ちゃんの細い指。

今まで気が付かなかったいろいろな瑠々ちゃんの一面。


 「優妃ちゃん、聞いてるー?」


 と言われてハッとした私に、ニコっと微笑んで、まんまるの目を少し細めました。


 「じゃ、じゃあコーヒーと、このチーズケーキ美味しそう!これにする!」と急に早口になった私。

 「すいませーん。」と瑠々ちゃんが手を挙げると、すぐに店員さんが来ました。

 

 「えーっと、ブレンドコーヒー2つと、チーズケーキ2つ、あとたまごサンド1つ、お願いします。」と瑠々ちゃんは私のぶんも一緒に注文をしてくれました。

 

 しばらくして、コーヒーと頼んだチーズケーキ、やがてサンドイッチも運ばれてきました。

 「そうだ、お話って。」私は、コーヒースプーンで角砂糖を溶かしながら、ふと思い出したふうに、訪ねました。

 「そう、そうお話。すっかり食べるのに夢中で…。」と、サンドイッチを頬張りながら瑠々ちゃんは言います。


 「相談なんだけどさ、」

ごくり、と息とコーヒーをのみました。

 

 つづきます

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