第7話 しとしとピッチャン

 ー太平洋沖から、つよい雷雨を伴う台風が接近しています。

ニュースキャスターが伝えます。朝の食卓は、曇り空のせいで、少し暗いです。

今にも雨と雷を吐き出しそうな雲。少しユウウツな気持ちでバタートーストを食べ終えて、玄関に向かいます。

 「行ってきまーす。」と、ドアを閉めると、いつもより早歩きで学校に向かいました。

 

 学校に着くと、下駄箱のそばで、偶然羽村さんに会いました。

 「冬井さん、おはよー!」と投げかける羽村さんは、雨ニモマケズといった元気さです。「おはよう。」と返すと、太陽のような笑顔をこちらに向ける羽村さん。

 その光で、私の心の雲はすっかり晴れてしまった気持ちでした。


 HRが始まるまでの時間、羽村さんはみんなにその元気を振りまいていたので、

 「羽村ちゃん今日も元気だねー。」「台風とかどーでもよくなったわ!」

とクラスのみんなが、太陽の光に照らされる月のようでした。


 正午を過ぎたころ、ぽつぽつと雨が降り始めました。

じめっとした空気が、教室を占拠していました。

 「やっぱし降ったねー。」「それなー。天気予報当たりすぎ。」

方々で、ため息に似た嘆きの声がこだまします。

 ふと前を見ると、羽村さんは小さな鏡とにらめっこしながら、前髪を直しています。すると、鏡の中の羽村さんと目が合いました。

 「もーさ、前髪うねって困っちゃう…。うねうねういねー。なんつって。」

 急にこちらを振り返って、大きな瞳でこちらを見つめる羽村さん。

私は急なことで慌てて、何も返せずにいると、ごおおおん。と大きな音がしました。

私はびっくりして、頭を抱えてうずくまりました。小さい頃から雷が苦手なのです。

 

 「大丈夫。大丈夫だよ。」子守歌のような声で、羽村さんは囁きました。

その優しい声に、ゆっくりと顔を上げると、美術室の聖母マリア様のような微笑で、羽村さんは座っていました。


 太陽が、雷に勝った瞬間でした。 


 午後の授業中は、雷が鳴ることはなく、ただ雨の音だけが激しく窓を叩いていました。

 「今日は気を付けて帰れよー。あと危ないから寄り道は禁止だぞー。」と先生。

「じゃあ先生車で家まで送ってよー。」「バカなこと言うな、逮捕されるわ。」と、お笑いのボケとツッコミのようなやり取りに、クラス中わっ、と笑いに包まれます。


 玄関で上履きから長靴に履き替えて、そこで気が付きました。

傘がない…。朝、ぼーっとしていたせいで、傘を忘れてしまったのです。

今日の私の問題は、傘がない。そんなシャレを言っている場合ではないのですけど、どうしようか。先生の車に…ってそれもギャグです。

 

 学校の玄関を出て、屋根の下で雨宿りをしながら、考えます。お母さんはお仕事だし、優二は多分、まだ学校だし…。と考えを巡らせていると、


 「あれ、帰らないの?」と後ろから声をかけられました。

振り向くと、瑠々ちゃんがいた。いました。

グレージュの髪を、今日は一つにまとめて、前髪もピンで留めていました。

 「傘、忘れちゃってね。」と言うと、

 「じゃあ、相合傘しよっか。」と瑠々ちゃん。

あ、相合傘!?子供のころ、黒板に男子が書いて冷やかしていたアレ??

しかしそう言う瑠々ちゃんの目には、邪心が全くないのがすぐに分かりました。


 無言でうなずいて、ふたり、傘の中。

「いやー、私たちも悲しいね。イケメンと相合傘、だったらお互い幸せなのかもねー。」と言う瑠々ちゃんに、笑いながらうなずきました。

 イケメンと、かあ。私は、うーん。もう分かっていることを証明するのって、あながち難しいことのような気がします。ぐるぐる巡って、辿り着けない目的地みたいです。

 

 学校からそう遠くない我が家に着くと、瑠々ちゃんは、

 「それじゃね!」と瑠々ちゃん。

 「ありがとう。今度何かお礼するね。」と私。

 「じゃあ考えとくねー。はは。ばいばーい。」と颯爽と帰っていきました。

 

 私は、誰と、相合傘をしたら幸せなんだろう。瑠々ちゃんは、モデルさんとか、お人形さんみたいで、すごく綺麗だけど、ルネッサンスの絵画を見ているときに似た感情を、一緒にいると抱いてしまいます。おお、すごいな。みたいな。

 

 相合傘をしたい人、隣にいてほしい人…。

濡れてしまった靴下を洗濯機に入れて、ぐるぐる回るドラム式を見ながら、頭の中でぐるぐる考えていました。

 

 ピー、ピー、ピー。洗濯機の音で目を覚ましました。どうやら疲れて眠ってしまったようです。

 ドラム式洗濯機が回るのを止めても、私の頭の中の洗濯機は、ぐるぐる回り続けていました。

 しとしと、とおとなしくなった雨音を聞きながら、靴下を干しました。

 

 こんなとき、家にもし太陽があればすぐ乾くのにな、なんて子供みたいなことを考えながら。


 つづきます


 

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