第6話 笑顔のエコー

 ピンポーン。鳴り響くチャイムの音。

 「優妃ちゃん、来たよー。」と瑠々ちゃんの元気な声がインターフォン越しに聞こえました。

 「はーい。」玄関を開けると、羽村さんと瑠々ちゃん、制服姿の二人が立っていました。私服にわざわざ着替えるワケないか、と思いつつも少し期待していた私がいたのは内緒です。

 

 準備オッケー、優二にもきちんと服は着させたし、大丈夫だよね。

 「「お邪魔しまーす」」がちゃん、と閉まるドアの音。緊張で高鳴る胸の音。

 「私の部屋、二階なの。階段、足元気を付けてね。」

 「「はーい。」」と二人。

 

 扉を開けて、「散らかっててごめんね」と嘘をつきました。さっき必死で片付けたので散らかっているハズがありません。多分。

 三人で部屋に入ると、いつもよりとても狭く感じました。でもその狭さが、なんだか嬉しかったのです。一人きりの広い部屋より好きだなあ、と思いました。

 「冬井さんの部屋、シンプルでいいなあ。」と羽村さんが呟きました。

 「確かに!統一感って感じ!」とハイテンションに瑠々ちゃんも賛同しました。

 「そ、そうかな、、」と私。

 「「そうだよそうだよ!」」と目を輝かせる二人、その瞳の圧力に負けて、思わず逃げ出しました。

 「あ!そうだ!お、お茶とお菓子、とってくるね!」と言って逃げました。それはそれは速く。草原のインパラみたいに速く。

 

 ジュースは、なんとなく子供っぽい感じがして、麦茶と、家にあったあり合わせのお菓子とをもって、階段を上がろうとすると、

 「ねーちゃん、俺も持つよ。」と優二が降りてきました。

もー、部屋に居てって言ったでしょ、と口に出すのはやめにして、

 「ありがとう。」と言いました。

実際、一人で全部運ぶのは一回では無理そうでしたから。

 「おまたせー。」ガチャリ、と部屋のドアを開けると、

 「ありがとー。」「ありがとね!」と二人の声。

 瑠々ちゃんが「あれ、もしかして弟くん?」

 訊かれた優二はちょっと控えめにうなずきました。いつにもなくしおらしく。

 「優二だよ、いま中学二年生。」

 「私、伊勢寺瑠々。よろしくね。」「ういね、羽村ういねです。よろしくね~」

 優二は、二人に見つめられて、ちょっと頬を赤らめて、

 「よ、よろしくです。」と言ったかと思うと、

 「じゃ、じゃあ、ごゆっくり。」ぎこちない挨拶をして、優二は去っていきました。嗚呼、わかりやすく態度に出るタイプなるかな、我が弟は。

 どうか、優二が羽村さんの好みのタイプじゃありませんように、まあ彼女いるらしいけど。


 扉を閉めて、ふたたび女の子三人の世界になります。

一つのテーブルを、三人で囲んで座ります。ケーキを三等分したような位置で。

 「冬井さんってどんな本いつも読んでるのー?」と羽村さん。

 「ま、漫画とかかな~。」学校でも読んでいることは、絶対バレませんように…。

 「どんなのどんなの!?」と前のめりになる羽村さん。声のテンションが変わりました。

 「私も気になる!」と瑠々ちゃん。まんまるの目を、こちらに向けます。

 こう二人に見つめられては、鼓動が早くなってしまいます。優二みたいに顔赤くなってないよね。みえない鏡を見たい気持ちでしたが、

 「えーっとね、」と言いながら立って本棚の方に逃げて、

 「これ!」と一冊の漫画をテーブルの上に置きました。

 黄昏チョコミントです、もちろんそうです。イチオシですから。自分のおススメを人に見せることなんてあまりしてこなかった人生だったので緊張しました。一体なんて言うのかなあ。

 「あ、私もこれ持ってる!」と瑠々ちゃん。よかった!読んでるんだ…!

 「きゃらめりぜ先生の描く女の子、ホントかわいいよね!」と瑠々ちゃん。

 「わかる!あの儚げだけど強いところもすごく好き!」とついついテンションが上がってしまう私。

 肝心の羽村さんは…?「羽村ちゃん、読んだことある?」と瑠々ちゃんが尋ねると

 「ういねは読んだことないかも、、、うち少年漫画ばっかりなんだよね、ジャンプとかそういう系ばっかり。」とつぶやく羽村さん。

 「だからイケメンなんですね~。」とニヤニヤする瑠々ちゃん。

 「やめてってば!そんなんじゃないもん!もう!」と頬を膨らませる羽村さん。ハムスターみたいで可愛いです。

 「よ、よかったら、読んでみる?貸すよ?」と私。がんばったぞ私。

 「そうだよー。あのキュンキュンを体験してないなんて損だよ!」と瑠々ちゃんが後押ししてくれます。勝手にライバル視していたことは、もうなんだかあやふやな記憶に。

  

 「じゃ、じゃあお言葉に甘えて。」と羽村さん。

キターーーーー!やった!布教成功、っていうのかな、いやそんな単純なことより、繋がりができた、絶対の話題が出来たことが嬉しかったのです。

 「まあ主人公が必殺技とか使ったりは、ないけどね。」と茶化す瑠々ちゃん。

 「もー、それくらいはわかるよう。」とまたハムスターに戻る羽村さん。

ははは、と笑いが伝播して、三人でしばらく笑っていました。


 黄昏時の日が差すころ、解散になりました。

オレンジ色の光が羽村さんの頬に影を落とします。

 「じゃあ明日学校でねー。」と瑠々ちゃんが呼ぶ声で、自分が見とれてぼーっとしていたことに気付かされました。きっと、羽村さんのその瞳に吸い込まれるように魅せられていたのです。


 「冬井さん、黄昏チョコミントありがとね。読んでみるね、キュンキュンを感じてみせる!」と息巻く羽村さん。なんだか少年漫画の主人公が夢を語るときみたいで、私は思わず吹き出してしまいました。それを見て、羽村さんもつられて笑いました。

 「ははははっ。」と二人で笑っていると、

 「ちょっとなにー、私も混ぜてよー。」とすねる瑠々ちゃんに、羽村さんは、

 「私たちだけの秘密。だよね、冬井さん。」

 「う、うん!」と私。

 「なにそれー。」と言いながら、瑠々ちゃんは笑いました。

二人だけの秘密。秘密、秘密…。頭の中を、その声がループ再生していました。

 

 「それじゃ!また明日!」と帰っていく二人に、手を振ってさようならをしました。

 

 

 「どうしたのねーちゃん、食欲ないの?」

はっ、と気がつきました。今日の事に浸って、ボーっとしていたのです。

黄昏チョコミントのこと、私たちだけの秘密、なんて、どこまでも天然イケメンな羽村さんのこと、、などなど。

 「あ、分かった!さっきお菓子食べ過ぎたんだ!」と笑う優二。

 「ち、違うし!」と夕食のカレーをモグモグと口に頬張りました。


 まるで、ハムスターみたいに。


つづきます

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