多様性のある桃太郎

白ノ光

多様性のある桃太郎

 長屋に二人の男がいる。

 「それで、おれに見てもらいてぇものってなんだい、風間」

 「わざわざ来てもらってすまねぇ、政正の旦那。知っての通り、あっしは戯作者だ。新しい草双紙(注:江戸時代の絵本)を書こうと思ったんで、旦那の知恵を貸してほしいんだよ。ほら、旦那は長崎の出島で、異人と仕事をしてきたって話じゃないか。あっしには考えも及ばぬところから、助言してくれるんじゃないかってね」

 「そうかい。そんじゃあ、おれを呼んで正解だったな。異人さんの思うことは、おれらとは全然違う。出島の商人どもと話すうちに、おれも多少なりとも、異国風の考えが“身についた”と思っててね。こっちの古い考えを見直してやろう」

 「頼もしいな。それで、これから書く草双紙の内容なんだが、題名をまず『桃太郎』ってんだ。政正の旦那も聞いたことはあるんじゃないかい? 全国津々浦々に伝わるあの噺を、思い切ってひとつの草双紙に纏めようって……」

 「ちょいと待ちな、風間」

 「ん?」

 「名前がちょいとよろしくねぇんじゃねぇか、『桃太郎』ってよ」

 「えぇ? でもよ、桃から生まれた太郎なんだ。それ以外にあるか?」

 「だからそれが古いってんだ。草双紙ってのは、俺ら庶民が読むもんだろ? なのに、主役を男に限定する太郎はいただけねぇな。女子供も読むんだ、語りの中心を太郎にしちまったら、気持ちが入り込まねぇだろう」

 「なるほど、確かにな。あっしも女が中心に出てくる草双紙なんて読みにくいし、一理ある。さすがは政正の旦那だ」

 「題名は『桃童子』だ。これなら性別は関係ねぇな。ああでも、性別がはっきりしねぇのも困るか。じゃあ、主役を二人にしよう。題名は改めて、『桃童子たち』でいい」

 「主役を二人に!? ……まあ、話の大筋には関係ねぇか。それじゃあ、『桃童子たち』の具体的な中身を説明しましょう。旦那も知っている箇所があると思いやすが、草双紙としての物語ということで、確認してくだせえ」

 「おう」

 「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」

 「待て待て」

 「ん?」

 「そのじいさんとばあさんは夫婦なんだろ? しかしなぁ、ちょいと広がりがねぇんじゃねぇか? 異国じゃあ、男同士、女同士が一緒になることだって普通らしい」

 「旦那はつまり、おじいさんとおじいさん、もしくはおばあさんとおばあさんにしろって言いてぇのかい」

 「そうだ。おばあさんとおばあさんがいいな。物語に広がりがある」

 「分かったよ。じゃあ、片方のおばあさんが山へ柴刈りに、もう片方のおばあさんが川へ洗濯に行くとする。そこで、川上から桃が流れてきて、おばあさんがそれを家に持ち帰るわけだ」

 「ああ」

 「二人のおばあさんは、桃を食べようと鉈を入れたところ、桃がひとりでに割れて、中から子供が出てきた」

 「男女がそれぞれ一人ずつ、桃童子たちだな」

 「おうよ。桃童子たちはすくすく育ち、あっという間に大きくなる。それで、鬼たちが村を襲って財宝を奪っては、鬼ヶ島で宴をしているという話を聞いて、義憤に燃える。鬼退治に行こうと決意するわけだな。旅の備えとして、おばあさんがきびだんごを捏ねてくれて、それを受け取る」

 「おばあさんがだんごを捏ねる、か。これは、あれだな。女だから料理のひとつできて当然みたいな、そういう価値観を植え付けることになるんでねえか」

 「ええ? でもよ、親を両方おばあさんにしろって言ったのは、政正の旦那じゃねぇか」

 「それはそうだが、そういう、性別で仕事を決めるみたいなのはよくねぇ。平等じゃないとこれからの時代に遅れちまうよ。そうだ、きびだんごは桃童子たちが自分で作ったことにしよう。それがいい」

 「あ、ああ、そうかい。じゃあそうしよう。旅の話に戻ると、道中、犬、猿、雉を道連れにして鬼ヶ島に向かうわけだが」

 「待てい」

 「またか。今度はなんでい」

 「その動物たちが、桃童子たちの友達であり仲間なんだよな。ううん……」

 「どこに気になるところがある? もしかして、性別のことか? 三匹だから、雄と雌を決めると、どっちかに偏っちまうな」

 「いや、動物の性別はどうでもいいんだ。ただ、そうだな、色が足りねぇと思って」

 「色?」

 「生まれつき肌の色が濃い人とか、いるだろう。逆に、おしろい塗ってんのかってぐらい肌が白い人もいる。主役の側なのに、そういう配慮がされてないのはどうにも」

 「旦那は思慮深いなあ。言いたいことは何となく分かるや。要するにこれも、自分と似た人物が主役側にいねぇと、気持ちが入らねぇってことだろ?」

 「まあその通りだが、一番は疎外感が生まれるからな。誰もかれも平等な世の中が来てるんだよ。動物は犬が一匹いればいいだろう。猿と雉はそれぞれ、人間にして登場させるべきだ」

 「猿役、雉役で登場人物を増やすってか。じゃあまず、猿役はどうする?」

 「そうだなあ、なるべく多くの人に共感してもらいたいから……弥助を土台にするってのはどうだ」

 「弥助? 誰だいそりゃ」

 「知らねぇか、あの信長の家来だよ。異国から日ノ本まで来た“ばてれん”の奴隷で、肌が真っ黒ときた。そいつを登場させて、仲間に入れよう」

 「信長の家来がどうしたって鬼退治に行くことになるんだい。しかも元奴隷で肌が黒いって、目立ってしょうがねえ」

 「なんだい。肌が黒けりゃ目立っちゃいけねえのか」

 「いや、そういう話ではなくって……」

 「なに、あくまで土台にするって話だ。弥助そのものじゃなくて、名前を変えてそういう人物として出せばいい。名前は猿飛佐助に倣って、猿助でいいんじゃないか。弥助とも韻を踏んでいるし」

 「分かったよ。雉役はどうするんでい」

 「弥助が男だから、女がいい。ただし、心は男になりたいと思ってる」

 「はあ?」

 「女として生まれて女として育てられてきたけど、本心は自分を男に向いていると思って、男として生きたい、そういう願望がある女だ」

 「政正の旦那の言うことは難しくってな。異国にはそういう女子が多いのかい」

 「多くはないが、存在はするんだ。そういう女がこういう草双紙を読んで、女らしい女しか出てこなかったら、寂しくなっちまうだろ」

 「寂しくなるかなあ。自分は自分、物語は物語じゃねえか。まさか、この浮世と、本の中の話をいっしょくたにするわけもなしで」

 「何言ってんだ風間。異国の文化を学んできたこのおれが言うんだから間違いない。どれだけ大勢に受け入れてもらえるかってのが、これからの時代の作品なんだよ」

 「……で、話を本筋に戻すと、それぞれの仲間を連れた桃童子たちは、鬼ヶ島に船で渡るわけだな。すると、鬼たちは丁度、宴の盛り。桃童子たちは刀を持って討ち入り、酒に酔っていた鬼たちを一網打尽に切り殺し、奪われた村の宝を手に入れる。それで、荷車一杯に宝を乗せて、えんやらやえんやらやと帰って終いだ。うん? 政正の旦那、具合の悪そうな顔をしてどうした」

 「なんだ、そんな配慮に欠けまくった描写のされた物語を聞かされちゃ、こうもなるわな」

 「今度はどう物申す気だい」

 「まず、刀は駄目だろうがい。刀を振るって酔っぱらった相手を一方的に皆殺しなんざ、とても子供に見せられる噺じゃねえ」

 「いや、鬼退治に来たんだが」

 「退治だからって殺していいってことにはなんねえよ。しかも、桃童子たちはその名の通り童だぞ。体が大きく成長したからって、童であることに変わりはない。子供が武器を手に取って敵と戦うってのは、前々からどうも解せねえと思ってたんだ。残酷だよなあ」

 「別に、子供だって必要なら戦うだろうし、いくさを通じて成長するってのも、昔はよくあったこったろうに」

 「おれが話してるのは昔じゃなくて今のことなのさ。とにかく、そういう描写はいけねえ。鬼の首を刀で切り取るとか、論外だ」

 「じゃあどうしろってんでい。そう言うってこたあ、代案があるんだろ、旦那」

 「話し合うべきだとおれは思うね。刀は鞘に収めたまま、まずは対話の意志を見せないと。話し合いで解決すれば、互いに血を流さなくて済む」

 「相手は何度も村を襲って、人間を取って食うような鬼なんだがなあ。刀を抜かなきゃ、こっちがやられちまう」

 「馬鹿だな。それは、刀を抜いたから食われてるんだよ。話し合う心意気をこっちから示すことで、相手にも理解してもらえるってもんだ」

 「そうかなあ」

 「最後は、鬼たちの宴で一緒に踊る、ぐらいがいいんじゃないか。本来分かり合えないような隣人とも、お互い歩み寄ることで手を取り合って踊れる。どうだ、その場にいる全員を切り殺すより、よっぽど平和的な解決だろ。何より平等だ」

 「うーん」

 「これでざっと完成したな。もう一度、初めから読み直してみるか」


 『桃童子たち』

 昔々あるところに、おばあさんが二人で暮らしていました。おばあさんは互いに好き合っていました。

 ある日、おばあさんのひとりは山へ柴刈りに、もうひとりは川へ洗濯に行きました。すると、川上から桃が、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきます。おばあさんはその桃を家に持ち帰ります。

 桃を割ろうとしたとき、中から二人の子供が出てきました。男の子と女の子です。子供のいなかったおばあさんたちは大喜び。おばあさんは二人の子供を、桃童子と名付けます。

 桃童子たちはぐんぐんと大きくなっていき、鬼たちが村を襲っているという噂を聞くと、鬼たちと話し合ってきますと言いました。桃童子たちが旅の備えとなるきびだんごを捏ねている間、おばあさんたちはそれを応援します。

 桃童子たちが鬼の棲む鬼ヶ島へ向かっていると、道中、犬が出てきました。「お腰につけたきびだんご、おひとつくださいな」。犬はきびだんごを貰うと喜び、桃童子たちに付いて行きます。

 犬を連れてしばらくすると今度は、肌の黒い大男が出てきます。鬼のような背丈は、桃童子たちの隣に立つ木と同じぐらいあります。「お腰につけたきびだんご、ひとつでいいからくれないか」。彼の名は猿助。遠い異国からやってきた奴隷でしたが、過酷な仕打ちに堪えかねて主人の元を逃げ出し、山道を歩いていました。

 桃童子たちは、川で釣ってきた魚を食べようと猿助を誘うと、断られます。「宗教上の理由で、果物や野菜以外を食べることができないんだ」。桃童子たちは謝って、犬と魚を食べました。

 犬と猿助を連れてしばらくすると今度は、戦装束の女性が出てきます。顔は真っ白く、身につけた甲冑は重そうです。「お腰につけたきびだんご、おひとつ寄越しな」。その人の名は雉子。体は女性そのものでしたが、生まれたときから男として生きていたいと思い、武者修行のため山に籠っていました。

 桃童子たちが親交の証として、おばあさんから貰った簪を雉子に分け与えようとすると、断られます。「見た目で判断しないでほしい。おれは女じゃない、男だ」。桃童子たちは謝って、犬に簪を付けてあげます。

 犬と猿助と雉子を連れた桃童子たちは、海岸で小舟を作ると、鬼ヶ島へ。

 鬼ヶ島に上陸した桃童子たちが、鬼たちの様子を窺うと、鬼たちは宴の真っ最中でした。村から奪った財宝を背に焚火を囲んで、お酒を飲んでいます。

 「やいやい我こそは桃童子。鬼さん、一緒に踊りましょう」。桃童子たちは両手を広げ、鬼と手を繋ぎます。焚火の周りを輪になって、犬も猿助も雉子も、鬼と一緒に笑いました。

 桃童子たちは鬼から村の財宝を返してもらうと、それを村の人々に渡して、おばあさんの待つ家に帰ります。

 めでたしめでたし。


 「政正の旦那、ちょいといいかい? やっぱりな、旦那に助言を貰った箇所、なかったことにしようと思うんだ」

 「なに!? そいつぁどういう了見でい!」

 「まず、余計な情報が多すぎる。おばあさんが女同士で好き合ってる設定が、その、好き合ってる理由がねえっつうか、後の伏線になるわけでもねえし、意味を感じられない。わざわざ女同士で暮らしてんなら、相応の理由が必要だと思うんだ。猿助も雉子もそうだけどよ、無駄に設定を凝らせて尺を取って、その割に中身がない。そもそもの登場に脈絡がない。無理矢理登場させたせいで話全体の纏まりが悪い。読者は一体どこに重点を置いて読めばいいんだかさっぱりだ。なあ旦那、知ってるかい? 『桃太郎』のお供が犬猿雉なのは、鬼門に関係してるんだって。鬼門のことは説明するまでもないと思うけどよ、北東だ。十二支の丑寅の方角だな。で、鬼門の反対が裏鬼門、未申。未は角があって鬼みたいだってんで、そこから反対方向に進むと、申、酉、犬。三って数字はキリがいい縁起モンだ。だから『桃太郎』に登場するのはその三匹ってぇわけだな。だからよ、いきなり猿や雉を人間にして登場させるのは理にかなってねえ。元々の作品の意味を知らずに改変した跡ってか、そういう理解のなさが分かるんだよな」

 「な、な、なんだって!?」

 「最悪なのは最後だなあ。この話では鬼が明確な悪役なわけだよ。その、鬼のやってきた悪行を一切合切無視して、話し合いで済ませた挙句に手を繋いで踊るときた。どう考えてもこれはおかしい。頭ん中の霧が全く晴れずにもやもやしたまんまだ。元々の『桃太郎』にある勧善懲悪が成り立たない。物語を平和に終わらせようとするあまり、罰を受けなけりゃならない悪がのさばったまんまで気持ち悪りぃ。道理がない物語に読者は共感しねぇ。その点、『桃太郎』の展開はどうです。悪事を成した鬼は残らず殺されて、死んだ村人も浮かばれるってもんだ。ああ、気持ちいいじゃねえか」

 「おい、おれに助言を求めたのはてめぇじゃねえか! 求めた答えじゃなかったから、おれの話は聞けねえってか? まさか、おれの方が年下だからって心の中で軽視してるんじゃあるまいな。平等じゃねえぞ!」

 「待ってくだせえよ旦那。あっしはそんなこと、欠片も思っちゃいません。ただ、旦那があっしの草双紙に意見するんだから、あっしも旦那の意見に意見したっていいでしょうよ。旦那の好きな平等じゃあねえですか」

 「でもよ、さんざん俺の提案をこき下ろしやがって……」

 「事実ですからね。あっしは旦那から、物語の構成とか、表現の仕方とか、そういう助言が欲しかったんですが、どうも中身の話ばかりしたもんで。旦那、これは『桃太郎』の話をひとつに纏めた本なんです。つまり、『桃太郎』の作り直しと言ってもいいでしょう。『桃太郎』を知ってる読者がこれを手に取って、中身が自分の知ってる『桃太郎』と全然違うものだったらどう思います? そんなの、失望するしかねえわな。金返せと戯作者の家に押し寄せて奉行所も出張る騒ぎだ。だからやっぱり、作り直しにあたって、余計な要素は入れちゃいけねえんです。ええ、旦那の意見が全て間違ってるとか、そうは言いませんよ。程度がほどほどであれば、その意見が必要なこともある。でもそれは、自分の作品でやればいいんです。他人の作品の名前を使って、その作品の読者を困らせるようなのは、駄目でしょう。大勢に配慮した結果、大勢に受け入れてもらえないのは、それこそ旦那の言うことに反するわけで……」

 「知らねえ間に口達者になりやがって、風間。戯作者なんて止めて、奉行所に務めた方がいいじゃあねえのか」

 「考えておきやす。ああそれと、最後にひとつ、大事なことを言い忘れてやした」

 「なんだ、せっかくだから聞いてやる」


 「この『桃童子たち』、これっぽっちも面白くない!」




 草双紙『桃太郎』は、画工の手により絵が付け足され、地本問屋(注:江戸時代の版元)を介して、庶民向けに売られた。

 大人から少年少女と年代を問わず求められる、人気の草双紙であったという。

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多様性のある桃太郎 白ノ光 @ShironoHikari

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