黒い服の似合うお姉さん

雛七菜

黒い服の似合うお姉さん

女性というのは男にとって魅力的な物だ。


特に八月真っ最中、女性は更に魅力を増す。ノースリーブに薄着に生足。


だから人身事故で何分待ちかもわからないこの状況でも、楽しく過ごせているのかもしれない。


イライラした様子で会社に連絡するサラリーマン。スマホをいじり時間を潰す学生。


そんな量産された背景の中に紛れる、美しいお姉さんに俺は釘付けだった。


大学生程だったと思う。黒いバケットハットに、ヒールの付いた黒いサンダル、半袖の黒いワンピースはとても大人に見えた。


このお姉さんを前に『全身黒で熱くないのかな。』なんて理性的な突っ込みが入る余地は無い。


『ただいま、人身事故の為大幅な遅延が発生しております・・・・。』


アナウンスを聞き流しながら考える。


学校を合法的にサボれるのはラッキーだった。


亡くなった人がいるのにそんなこと考えるのは不謹慎だが、


「飛ぶなら俺が会社行った後にしろ」と吐き捨てた、さっき同じベンチに座ってた会社員に比べたらマシだろう。


いやどっちも最低だな。やっぱ無しで。


学校に遅れるのは寂しいし、死んでしまった人のご冥福を祈ると共に電車の素早い復旧を願うばかりである。


お姉さんは変わらず逆のホームで静かに佇んでいた。


目の保養は万全なので後は快適さがあれば完璧なのに。


この時期は外気に触れているだけで動いてなくても汗が滝のように出る。


目に汗が入り、視界がぼやけて黒服のお姉さんが黒い点に変わってしまった。


下を向き即座に目を擦り、視界を基に戻した。そして顔を上げた時だった。


「こんにちは。」


肩を震わせた。線路をまたいで向こう側に居たはずの黒服のお姉さんが目の前に現れたからだ。


座っている俺を見下ろしていた。


「え?・・・あれ?このホームの反対側いませんでした?」


「気のせいじゃない?隣座って良い?」


不気味だった。理解できない何かがあったが、そんな警戒心は女性の魅力にかき消された。


近くで見ると更に美しい容姿をしていてむしろ俺の上に座って欲しかった。


「どうぞ。」


俺はカッコつけてそう言った。


「君は学生さんなの?」


「はい。高校生です。授業に遅れるから困ってます。」


思っても無い事を言った。


「私もそうなの。大学に遅刻しちゃうから困ったなーって。」


やっぱり大学生だったんだ。


お姉さんは線香の匂いがした。気分が落ち着いて、もう難しい事は忘れて楽しくおしゃべりしたいなと考えていた。


「もしかして今時間ある?」


「はい。勿論暇ですよ!」


何なら暇じゃなくても、暇って言いますけど。


「じゃあ少しお話聞いてくれる?」


俺が頷くと女性は電車の方に目を向けて話し始めた。


「さっきの人身事故の話なんだけどさ、死んだのって会社員の男性なんだって。」


少し声が暗くなった気がした。


「毎日頑張って働いてる人だったの。朝も早起きして、夜も早く寝て。そんな時高校の友達から連絡が来たの。話を聞くと借金の保証人になって欲しいって。最初は断ったんだけど、何度も頭を下げる友達に断り切れなくて結局サインした。」


高校生の俺でもわかる。この話のオチが。


「それから友達と連絡が途絶えて、家には取り立て屋が毎日来るような地獄の生活が始まった。外に出る事もできず、もともと友達が多い人柄じゃなかったから誰にも相談できず、病んでしまった。」


「それでどうしようもなくなって電車に飛び込んだって事ですか?」


元々長い話を聞くのが得意では無かったので、俺は結論を予想し話を終わらせようとした。


「そうだね。で、君にこれを見て欲しいの。」


手渡されたのは三枚の写真だった。


思わず息を飲んだ。それは男性が路線に飛び込む瞬間の写真だった。


一枚目は笑顔で飛ぶ写真。二枚目に電車に激突する写真。


そして三枚目に胴体を肢散させ後悔の表情を浮かべる男性の写真。


思わず写真を投げ捨てた。驚く程綺麗に取れていて吐き気がした。


「綺麗に撮れてると思わない?人の覚悟や諦めが後悔に変わる瞬間。たまらない。」


「・・・・あなた何者なんですか?」


「そんな事はどうでも良いのよ。所で貴方は死にたいと思った事は無い?」


次の瞬間お姉さんが俺を包み込むように抱きしめた。


お姉さんは線香の匂いがした。俺の顔を胸に当て、汗だらけの頭に柔らかな手を添えて、優しく全てを受け入れる様に寄り添ってくれた。


初めて女の人に抱きしめられて今まで感じた事の無い安心感を感じた。


その安心感で、俺のコンプレックスがどろどろに溶けていく。


俺には母親がいない。俺が生まれた時に亡くなってしまったらしい。


父親と何度も衝突したり、他の友達が当たり前の様に持っているその存在に憧れや嫉妬を抱いていた。


でもそれは過去の話だ。高校生にもなれば、そんな感情とも折り合い付けてやっていける。


いや・・・それは嘘だ。気にして無いフリをするのが上手くなっただけで、本当は未だに心が荒む事がある。


「死んだらお母さんに会えるかもよ。」


お姉さんが耳元でささやいた。


少し良いかもと思った。お姉さんを強く抱きしめ返し、口を開こうとした。


その時だった。


ブブッ。


ポケットの中のスマホが鳴った。


お姉さんから離れてホーム画面を確認すると、漫画アプリのライフが回復した通知だった。


それを見て大事な事を思い出した。お姉さんに視線を合わせないで俺は返事をする。


「お母さんに会ってみたいけど、やっぱり死ぬのはいいです。」


「あら。どうして?」


「ワンピースの最終回をまだ見てないからです。」


うちには漫画が多くある。それは母の遺品で、小さい頃一人で寂しくても母が残した漫画を読んでる間は寂しさを忘れられていた。


漫画が大好きな母だと聞いてるから、ワンピースの最終回の話なんて聞きたくてしょうがないだろう。それをもって会いに行くまではやっぱり死ねないんだ。


「よお。お前も足止め食らってたか。」


声の方を見ると同じクラスの山田が居た。


「今日寝坊したんだけど、運良かったわ。隣座って良い?」


「いや、もう座ってる人いるだろ。すいませんお姉さん。」


お姉さんの方を見て言った。しかしそこにはもうお姉さんの姿は無かった。


結局お姉さんが何なのかはわからない。


ただ、たまらなく魅力的に見えたのは事実だった。お姉さんの要望に何でも答えようと思えるくらいには。


けど、今の俺にはできない。


まぁワンピースが連載終了した後ならお姉さんの期待に応えても良いかなと思うので、

五年程経ったらもう一度会いに来て欲しいと思った。


「なんだ?さっきまで誰か座ってたのか?」


「うん。黒服の似合うお姉さんにナンパされてた。」


「嘘つけ。」


所でそんな作り話よりもっと面白い話あってよー。だから作り話じゃねぇって!


そんな談笑をしながら二人は電車を待っていた。


「ところでさ、ワンピースって後どれくらいで連載終了すると思う?」


「もう二十年やるんじゃね?五年で終わりますって行ってから十年経ってるらしいし。なんなら一生終わらないとか?」


「まじかー…でもそれも良いかもね。」


「いや飽きるだろ。ダラダラ長く続けられてもつまんねーよ。決められた期間きっちり書くこと書いて無駄なく終わる方が綺麗だしおもしれーだろ。」


「……確かにそうかも。お前良い事言うな。」


だろ?

山田がドヤ顔した時だった。


ホームで電車再会のアナウンスが流れた。


俺たちは次の駅に進むために、列に並んだ。















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黒い服の似合うお姉さん 雛七菜 @nanana015015

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