第3話
「しばらく謹慎していたまえ。」
司令室に入って第一声がそれだった。盛田は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「あれほど秘密裏にと言っておきながら…」
「俺も死にたくはないですからね。」肩をすくめるしかない早瀬。
「まさか爆発騒ぎを起こしたその下が米軍のドッグだったとは思わんでしょう。」
「分かってる。三星重工の奴ら、こちらから問い合わせた時は白を切っていたクセに。」
盛田は心底忌々しそうに吐き捨てた。
地下ドッグに停泊していたのは最新の核融合炉を搭載した米軍の潜水艦だった。艦内に生活プラントの設置作業が行なわれていた。
「政府を通してない闇営業。隠しておきたいでしょうね。」
坂田や高岡も関わっていたこのプロジェクトを明るみにしない為には三星重工としてもひき逃げを揉み消すしかなかった。
「何もよその国の企業に頼まんでも良いでしょうに。」
「腐ってもメイドインジャパンだ。元々は宇宙旅行用途に開発したプラントで、艦内で数年間百名程が生活可能で、核戦争想定の合衆国要人とその家族使用人が避難するというプロジェクトにはうってつけだろう。」
「…」
興味なさそうに頭を掻く早瀬に、焦れたように盛田が口を開く。
「で、どうなんだ。」
「どうとは?今後の日米関係についての見解ですか。」
「それは暇で仕方ない時にお聞きしよう。連中の目的だよ。」
早瀬は何を今更という表情をした。「原子力潜水艦の奪取でしょう。」
「迫害される同胞を乗せる方舟だと?」
「そりゃ組織に御大層な名前を付けてる以上当然それが最終的な目標なんでしょう。連中の目的にとっても新型原潜は正にうってつけ。」
頭を抱える盛田。「日本の領域で、アメリカの軍事機密が、奪われる。サイキック能力でちょっと悪さをするのとは次元が違うぞ。」
「大変ですね〜」まるで他人事の早瀬は席を立つ。
「…おい、何処へ行く?」
「いや、謹慎と言ったのはあんたでしょうが。」
「それはあくまでも建前で、ドッグの警備には他の者をあたらせるというだけだ。お前には別の任務をやって貰う。」
司令室を出て愚痴りながら廊下を歩いていると、男が歩いて来る。年齢や身長はは早瀬と同じ位で、服装は早瀬よりもきっちりとしている。
「相変わらずだな、ナンバー4。」男は皮肉っぽく笑った。
「ああ、山田か。お前さんが任務を引き継いでくれるのか。」
「…コードネームで呼べ。ナンバー19だ。」と、憤慨して答えた。
「お前さんも相変わらず堅苦しいな。」辟易とした表情の早瀬。
「その軽薄な言動はエージェントに相応しくないと言っている。」
「落ちこぼれは一般人のボディガードでもやっているさ。」
早瀬は山田−ナンバー19の肩を叩いて廊下を進む。山田はその背に声を掛ける。
「認めたくはないがお前の実力はトップクラスだ。だが、情に流され易いのが欠点だ。」
早瀬はくるりと振り向く。
「任務とはいえ人の命を奪うんたぞ?割り切れる訳ないだろうが。」
「ゾンビ映画の主人公がゾンビを撃ち殺すのに躊躇するか?それだけの事だ。」
珍しく真顔になる早瀬。「サイキックは特殊な能力を持っている生きた人間だ。人間ってのはな、生き残る為にはがむしゃらになるんだぜ。そこは映画のゾンビとは違う。」
ナンバー19は首を振った。「…いや、違わない。こちらの任務は無害な死体にするだけさ。」と言って司令室に向かった。
こじんまりとした一軒家が並ぶ中で、早瀬は今西という表札を見つけインターホンを押す。
「はい…」インターホンからの音声。
「どうも〜警備に派遣された者です。」
ドアを開けて現れたのが若い女性と分かり、早瀬は慌てて背筋を伸ばした。
「あの、お聞きになってると思いますが、警備に派遣された早瀬と申します。」
年の頃は二十代前半位。紺のブラウスを華奢な体に身に着けている。微笑みながら「お待ちしておりました。お入り下さい。」と、言った。
部屋はきちんと整理されて、高くはないが品の良さそうなインテリアが適度に配置され家の主の人柄を伺わせた。
場違いな雰囲気に早瀬は居心地悪そうにリビングの椅子に座っている。そこへコーヒーが運ばれる。
「すみません、わざわざお越し下さって…」
早瀬の向かいに座った家の主、今西理恵子は頭を下げる。
「いえいえ、お構いなく。」
早瀬は久しぶりのレギュラーコーヒーを飲みながら質問する。
「それで狙われていると言うお話ですが。」
「ええ…」表情を曇らせる理恵子。
一ヶ月ほど前から悪夢にうなされるようになった。
「こちら側に来い…みたいな事を言われるんです。でも、それだけなら疲れて変な夢を見ただけなのかと。」
一週間程前に悪夢にうなされ起きると、目の前に人が立っていて愕然とする。
「ごめんなさいね。驚かせてしまって。」立っていたのは女だった。
「呼びかけに答えてくれないので直接お伺いさせて頂いたわ。やはり女性のお部屋なので私が使者の方が良いだろうと言う事でね。」
「呼びかけ…?」
「そう…テレパシーで語りかけていたの。でも、あなたの心が私達の呼びかけを拒絶して、悪夢になっていたようね。」
「一体あなたは…いや、それよりどうやって部屋に…」混乱する理恵子。
「単刀直入に言うわ。貴方には特別な才能がある。凡人に混ざっているべきではない。私達の元に来なさい。」
「何を言って…」突然体が浮きあがり驚く理恵子。
「サイキック能力よ。それが貴方にも眠っている。どう?私達なら貴方の眠れる能力を引き出して上げる。」
「私には…そんなもの…必要ありません。」理恵子は恐怖で息も絶え絶えになりながらも気丈に告げた。
「そう…」
女はサイキック能力を解いた。ベッドに戻されるが、声も出ない理恵子。
「でも諦めた訳じゃない。また伺うわ。」
女は窓の方に向かうと、窓を開ける事もなく姿が掻き消えたという。
「その女性というのは…割とOL風じゃなかったですかね。」
早瀬は美沙子の印象を思い出しながら質問する。
「暗いし慌てていたので、はっきりとは憶えていませんが…そういう感じの人だったかもしれません。」
「…」
顔をしかめる早瀬の前に白いカードが差し出される。
「ここまでなら悪夢の続きかとも思えたんですが、朝になってテーブルにこのカードが置いてあったんです。」
その白いカードには見覚えがあった。大谷の部屋にもあった方舟のマークが描けれたカード。
「駄目で元々と思って警察に相談に行ったのですが、本当に警護に、来て頂けるなんて…」
「ええ、最近物騒な輩が増えてるんですよ。それにしても…」早瀬はコーヒーカップを置いた。
「仮に悪夢の中としても、特別な能力が手に入るなら誘いに乗ってみようとは思いませんでしたか?」
「それは…」
玄関が開き足音が近付いて来る。リビングのドアが開いた。
「ただいま〜」ランドセルを背負った男の子が入って来る。
「弟の健児です。」理恵子は早瀬に紹介する。健児に向きながら「こちらは早瀬さん、警護に来て下さったの。ご挨拶をして。」
「オースッ!」こういう時の早瀬は屈託が無い。
「あ、どうも。」健児も緊張を解いて笑顔になる。
「だから、僕の言った通り相談に言った方が良かったろう?何だかチャラそうな人だけど、贅沢は言ってられないし。」
「まあ、健ちゃん…」
理恵子が咎めようとするのを早瀬の笑い声が遮る。
「坊主、見る目があるぜ。だが、お前の姉ちゃんは必ず守る。」
早瀬の力強い眼差しに健児も笑顔になる。「うん、お願いだよ。」
健児は手を振ってリビングを出る。2階に上がって行った。
「元気な弟さんですね。」早瀬はコーヒーカップを持ちながら言った。
「ええ、母はあの子が幼い頃に、父も数年前に病気で亡くなって…それからも悲しい顔を見せずに頑張ってくれましたから…」
理恵子は微笑み、それからひと呼吸程おいて上を見上げた。少し不思議そうな表情をしている。
「どうしました?」
「いえ…いつもならカバンを置いたら、おやつを食べにすぐさま下りて来るんです。早瀬さんともお話したそうだったのにどうしたのかしら…」
「…」
早瀬はコーヒーカップを置く。やにわに立ち上がってリビングを飛び出す。階段を駆け上がって、健児というプレートの付いたドアを開ける。
室内では、ベットの上に健児が押し倒されている。侵入者は平凡な中年男。男は健児の口を塞いでおり、もう一方の手に握られたナイフが振り上げられていた。
早瀬は侵入者に体当たりをかまし、健児を確保する。
侵入者は窓際で体勢を整える。地味な服装の地味な男だった。
「不粋な真似を…彼女を同志に迎える儀式。それを何故邪魔する。」
「お前な、これから仲間にしようとするやつの家族を殺してどうするんだ。」
早瀬は健児を2階に上がってきた理恵子に預ける。
「無能な肉親は足枷でしかない。その足枷を取り除く事が必要なのだ。」
一見平凡そうな男だが、眼が異様な輝きを放つ。その姿が銀色に変わっていく。
「姿だけでなく心まで、バケモンになっちまったか…光着!」
強化服を装着した早瀬と変身したサイキックは窓を割り路上に降り立つ。
「ふふ、切る。障害となるものは切る、切り裂く。」
そのサイキックの変身体は両足がハサミ、両腕がナイフで、胴体が肉切り包丁の切っ先部分に眼と口があった。
(民家ガ密集シテイル為、銃火器ノ使用ハ認メラレマセン。)と、タローが告げる。
「分かってる。タイプSS(Sword&Shield)を頼む。」
強化服の右腕に剣型、左腕に盾型のアタッチメントが形成される。
「切る、切る…」
両腕のナイフの波状攻撃が繰り出される。早瀬は左腕の盾でそれを受け止める。チタニウムとセラミックの多重層の装甲板は、砲弾はもとより最新のさく岩機でも傷を付けられないとの開発部の触れ込みだったが、みるみる傷が付けられていく。
サイキックパワーにより肉体が再構成されるサイキックの変身体はその精神が具現化した形状となる。ある種のサイコパスの場合はよりそれが顕著となる。
「…切る、切る、切る!」切っ先部に付いた三白眼が狂気に輝く。
サイキックの右腕のナイフが強化服のヘルメットを掠めるが、早瀬はその右腕を剣で切断した。
それでもサイキックは「切る、切る…」と、繰り返す。左腕のナイフを繰り出して楯を貫通させるが、タイミングを測っていた早瀬は盾を分離させる。ナイフにより盾は真っ二つにされたが、懐に飛び込む事には成功する。
早瀬はサイキックの残った左腕も切断するが、仰向けに倒れたサイキックの両足のハサミに右腕の剣を挟み込まれた。剣の根本部分からヒビが入っていく。振り解こうとするが、ビクともしない。遂には剣がへし折られ、更に首に迫って来たハサミを飛び去って躱す。
「切る、切る…理想を邪魔するものは…切る…」
「お前さっきからその台詞ばっかりじゃないかよ。」
毒づきながらも早瀬は懸命に転がる。サイキックパワーによる瞬間的な加速を掛けて頭から突っ込んで来たサイキック。その胴体部の肉切り包丁が、早瀬の背後に駐車していた乗用車のフロント部分からリア部を通過する。運転席と助手席の間から綺麗な切断面を見せて両側に倒れる乗用車。
(瞬間秒速40mヲ越エマス。)
「台風並みの速度で、馬鹿でかい包丁がぶっ飛んて来るか…」
(コノ攻撃ヲ防グ近接戦装備ハアリマセン。一旦退却ヲ提案シマス。)
「アホか、警護に来てるんだよ。逃げられるか。」タローからのアドバイスに毒づく。
サイキックは反転し、再加速して、突進して来る。だが、今度は逃げずに身構える。その切っ先を白刃取り出来たのはAI制動ではなく、早瀬の本能だった。掴んだ切っ先を捻る。突進の加速がそのまま刀身に掛かり、砕ける金属音が辺りに響く。
(ESPセンサー反応消失。光着ヲ解除。)
タローの判定通りに、早瀬の前には首の折れた男が息絶えていた。男はシリアルキラーとして、年齢性別を問わず被害者を切り裂いていた。警察の捜査を掻い潜り続けられたのは、無意識にサイキック能力を使っていた為で、組織に勧誘されてからは、切り裂くという歪んだ欲望によりサイキック能力を伸ばしていった。
「兄ちゃん!」
光着を解除した早瀬に健児が飛び付いて来た。
「もう大丈夫だ。泣くなって…」早瀬は健児の頭を撫でる。
「ありがとうございます。」理恵子も涙ぐんでいる。「でも…」
「ああ、残念ながらさっきの話は夢じゃないんだ。」
「…」表情を曇らせる理恵子。
「また狙われるだろう。しばらく身を隠して貰わなきゃならない。」
「分かりました。」理恵子は決意固めた表情になる。
海上ドッグの柱を無数の半魚人が張り付いている。ドッグに登りきると、半魚人達は前屈みの姿勢で、立ち上がる。そのままそのまま倉庫の方に向かう。
人気の無いドッグ内をのそりと不気味な鱗を持った半魚人や無理矢理に人型にしたような蛸や烏賊などの水棲系のサイキック変身体が歩いて行く。
倉庫の手前で、2つの人影が立っていた。
「さあ、ナンバー50、初任務だぞ。」ナンバー19は、隣の女性に声を掛ける。
「…分かっています。」ナンバー50は緊張のあまりやや上ずったような声だった。パンツスーツを着た姿はナンバー19の肩程の身長で、ショートヘアで、凛々しい顔立ちではあるが、それでも少女の面影がまだ残っていた。
半魚人達は声を上げる事もなく、歩みを止めない。
「光着!」2人はスマートウォッチな音声コードを伝える。
ナンバー19は緑、ナンバー50は赤の強化服が装着される。
エージェントとの距離が数メートルになった時、半魚人達はそれまでの鈍足とは打って変わり迅速に飛び掛かる。
「タイプE(Electric)。」
2人の強化服にガントレットとアンクレットが形成される。ナンバー19は、頭上を飛び越そうしたピラニアの顔をした半魚人の足首を掴み、地面に叩き付ける。電撃を流しながら、踵で顔面を踏み抜く。
ナンバー50もシーラカンスの顔をした魚人に組み付き電撃を浴びせる。肉が焼ける音がして痙攣しながらも呻き声もなくシーラカンス男はナンバー50の首を締め上げる。動揺するナンバー50は背後から蛸男の触手に羽交い締めにされ、バランスを崩す。
ナンバー19は羽交い締めにしていた蛸の脳天に肘を脳天に打ち込む。
「頭を狙うんだ。サイキック能力の源を。」と、指示して、ナンバー19は他の半魚人の掃討に掛かる。
「…タイプDD(Drill&Disc saw)!」
ナンバー50は首を締め上げているシーラカンス男の両腕を左腕に装備されたディスクソーで、切断する。流石に呻き声を出して倒れるシーラカンスの顔面に、意を決したナンバー50は右腕のドリルを突き立てる。
ナンバー19は電撃で、動きを封じつつ確実に半魚人の頭部を粉砕していく。だが、組み付いてきた烏賊男は触手により電撃の威力を分散させ、懸命にナンバー19の腕を放さない。そのナンバー19に最後に残ったイモリ男が飛び掛ってくるが、ナンバー50の左腕のディスクソーにより、首を刎ねられる。
その隙に強化服をフルパワーにしたナンバー19は、触手を振り回し、烏賊男の頭部を床に叩きつけて潰した。
「こんなものかな…」辺りを見回してみるが、ESPセンサーに反応は無い。
(光着解除シマス。)と、タローからの音声と共に2人の光着は解除される。
「せいぜいBクラス程度の連中。組織も様子見という所だろう。」
サイキック能力が消えるのと同時に半魚人の死体も人間の姿に戻っていく。その様を見て思わず嘔吐するナンバー50。
ナンバー19はそれを介抱するでも咎めるでもなく、ナンバー50が落ち着いた頃に声を掛ける。
「そろそろ行こうか。」
歩み出すナンバー19と、その背を慌てて追い掛けるナンバー50。しばらく無言のまま歩く2人。
「モンスターも魔法が解ければただの人だ。」先に口を開いたのはナンバー19だった。
「モンスターと割り切って処理しても、後に残るのは人の死体。精神的に具合の良いものじゃない。」
ナンバー50は、ドリルを突き刺したサイキックの死体を思い出して、ぶり返した吐き気を懸命に堪える。
「死ぬか重傷を負って辞める者も多いが、精神を病んで離脱する者も多い。碌でもない仕事ではある。」
「では、何故この仕事を続けているんです。」ナンバー50が尋ねる。
「割り切ってやれば、真っ当な仕事ではあり得ない刺激と報酬がある。そう考えれば悪くはない。」
「…」
「フフッ、不満気な顔だな。まあ、割り切らずに突っ走る馬鹿もいるがね。」ナンバー19は初めて笑顔を見せた。「全ては君自身が判断する事だ。」
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