第2話

 超常的な力を持つ者、ミュータントやサイキック等呼び方はあるが、表沙汰に出来ない彼らを秘密裏に抹殺するエージェント。その本部は丸の内のオフィスビルの地下10階にある。

 指揮官の盛田はいつもの通りオーダースーツを着込んで、髪も入念にセットしていた。指令室の椅子に撮影でもするかのように足を組んで腕組みをしている。

「結局成果は無しという事かね。」と、勿体つけて言った。

 早瀬はうんざりした表情を隠さない。

「だったら、女の子を犠牲にしてでも優先しろと?」

「そうは言ってない…」と、苛立たしく首を振る盛田。「だが、方舟の奴らが三星工業に目をつけているのは確かだ。」

 これまでは個人でサイキック能力を悪用していたのが、組織化されつつあった。メンバーは方舟のマークを付けていた。

「ココも一応、政府機関なんだから直接聞けばいいでしょう。」

 この機関の正式名称は早瀬も知らない。ただ、ハント(Hunt)機関とだけ呼称されている。表沙汰には出来ないサイキックを秘密裏に狩りだして抹殺する為の機関だった。

「こちらの立場も複雑なんだ。超常的なパワーを持ってる連中が狙っていますからと、言えるかね。」

「その為に俺らを雇っていると…?」と、言って立ち上がる早瀬。「いいでしょう。もう一度上司を当たってみますよ。」

「頼む…こちらからもテロ集団が狙っている、と探りは入れてみる。」


 木下部長は不機嫌さを隠そうともしない。

「また、ですか。こちらも暇じゃないんですよ。」

 個室にも通さずに、ロビーでの応対だった。

「そもそも犯人は捕まったんでしょう。」

「高岡さんがそう言ってましたか?」

 木下部長は鼻で笑った。「高岡君は入院しましたよ。」

「…」

「全くこの忙しい時に迷惑ですよ。」と、木下部長は吐き捨てるように言った。

「部下の心配も疎かになるほどお忙しいんですな、そのプロジェクト。」

 きっと睨みつけ、「今度は捜査令状でもお持ちになってから来て下さい。」と言って、木下部長は踵を返す。

(警察手帳の御威光もここまでかな。)

 1人ロビーに立ち肩をすくめる早瀬に声を掛ける者がいた。振り向く早瀬は思案の表情になる。前回訪問した際にお茶を運んできたOLだった。

「木下部長ご立腹ですね。」

「ああ、流石に2回目はあまり歓迎されないね。」

「それでは外に行きませんか。」と、OLは答えた。


「高岡さんも決して悪い人じゃないんです。」

 近くの喫茶店で、コーヒーを一口飲んでから武田美沙子という名のOLは口を開いた。

「ただ、今のプロジェクトに入ってからピリピリするようになって…」

「あの部長さんの様子をみてもそれは。」と、パフェをつつきながら答える早瀬。

「東京湾にある社のドッグに通わなければならなくなりました。家を空けれることになって、余計に娘さんとも疎遠になってしまって…」

「ドッグね…」生クリームを口に放り込みながら考える早瀬。

 三星重工が最新鋭のドッグを建設した事は資料に載っていた。方舟と呼ばれる組織が狙っているものもそこにあるらしい。

 パフェから美沙子に視線を移す早瀬。「高岡さんとは親しいんですね。」

 美沙子は寂しげに笑った。「それもプロジェクトが忙しくなる前までですけどね。」


 「兄ちゃん、見かけないけど、新入り?」

 一週間後、三星重工のドッグへ向かうバスに、安物のジャンパーに擦り切れたジーンズという服装の早瀬がいた。隣の席に座っている人の良さそうな男に話しかけられる。

「そうなんですよ、まるで陸の孤島ですね。」と、早瀬は話を合わせる。

 東京湾海上に埋め立てられ設置されたドッグには全長二百メートルの鉄橋でのみ行き来できた。

「ああ、なんせ国内最大規模らしくて、海上に作るしかなかったらしいぞ。監督さんの受け売りだけど、そういうことらしい。」

 バスが駐車場に到着し、作業員がぞろぞろと降りる。早瀬は更衣室のある駐車場横の施設に向けて流れていく人の波から外れ船舶の方へと向かう。

 事前に調べたこのドッグの構造を思い出す。立ち並んでいるのは一般の船舶であり、何処にも不審な所は無い。そのままドッグの端まで歩いて行くと、倉庫エリアになる。特に警備員は配備されていないので、進んでいくが、早瀬はある倉庫の手前で、物陰に身を隠す。

 その倉庫は周りと変わりない外観だが、注意深く見ると屋根に監視カメラが設置されていた。カメラに入らないように扉に近づく。他の倉庫と異なり頻繁に利用している形跡が合った。

 早瀬はカード状の機器を取り出して、カードリーダーにあてる。十秒位経過して、解錠されると、モーター音と共に扉が動き、中に入ると自動で扉が閉まる。倉庫内にはセメント袋が並ぶ間を進む。セメント袋の山に隠れるように床に入り口が設置されている。

 極秘裏に入手したこの海上ドッグの構造図には、海中に広大なスペースが用意されていた。

(高岡たちが通っていたのは…)

「そう、そこのなのよ。」

 文字通り少し飛び上がった早瀬は後ろを向くと、美沙子が立っていた。

「アンタ…どうして…」

 何故ここに居るのか、どうやって倉庫内にはいったの疑問。自分が相手にしているのが、超常的な能力者であることを思い出す。

「そうか…鵜飼の鵜という訳か。」

「ええ、やはり簡単に情報が取得できて政府関連の組織は良いわね。」

「その為に高岡に近付いたのか…」

「ええ、でも業務については固い男でね、大事な事は漏らさなかったわ。」

「頭の中を覗けばいいだろう。」

 首を振る美沙子。「人の思考はゴチャゴチャしていて、映画みたいに上手くはいかないのよ。」

「それで、大谷…を…」

 早瀬は口が回らなくなるのに気が付いた。

「ええ、同志が良いタイミングで見つかったわ。」

 笑顔で近付いて来る美沙子に対して、早瀬は指一本動かせない。

「私の能力もそう。相手を即死させる威力は無い。でも、相手を麻痺させる事は出来る。」

 美沙子は早瀬の腕からスマートウォッチを外し、床に落とて、ハイヒールで潰した。

「音声コードが言えなければ光着も出来ないんでしょう。」

 美沙子は早瀬の上着からカードを取り出すと、入り口に向かい扉を解錠する。作業着姿の男が3人入って来る。組織のメンバーが既に潜り込んでいたらしい。

「私には戦闘能力は無いの。だから彼らにお願いするわ。」

 組織のサイキックである男達は虎と熊、それからトカゲを模した姿に変身した。

「Bクラスの俺達がエージェントをぶっ殺せるとはな…」

「流石のエージェント様も強化服が無ければタダの人さ。」

 いきり立つ熊男と虎男が身動きの取れない近付くのをトカゲ男が止める。

「お前さん達だと、あっさり殺してしまうだろう。」

 トカゲ男は舌を伸ばす。舌は早瀬の全身を覆う程に巻き付く。早瀬は全身に圧迫を感じる。

「ふふ、このままじわじわ死なせてやるぜ。」舌を巻き付けながら器用に話すトカゲ男。

 トカゲ男は徐々に圧力を強めていく。獲物の骨が軋む感触が、突然激痛に変わる。光着した早瀬は右腕のドリル、左腕のディスクソーを装備したタイプDD(Drill&Disc saw)で、拘束されていた舌を切り裂きトカゲ男の顔面に打ち込んだ。高速回転するドリルにより頭部を破壊され倒れるトカゲ男。

「詰めが甘かったな。」

 サイキック能力により動きを封じられた場合を想定して、エージェントにはESPセンサーを搭載したナノマシンが注入されており、緊急時に光着コードを本部に送信する。

 残りの獣人は動揺するが、美沙子は笑みを崩さない。

「やはり一筋縄ではいかないようね。」

 薄れていく美沙子の体は、煙のような白い霧となり倉庫に充満する。

「…それがあんたの変身体か。」

 サイキック能力により肉体構成を気体に組み替えれば、閉まった扉をすり抜ける事は容易い。

 美沙子の声が頭上から響いた。

「私には即死させる毒ガスを精製する能力は無いの…精々麻痺させる位。後は…」

 急に強化服のドリルの回転が停止した。基地のAIであるタローから警告が入る。

(出力低下、60%。タイプDDを維持出来マセン。)

 強化服の両腕からドリルとディスクソーが消えていく。

「精々電波障害を起こす位。でもそれで十分でしょう?」

「ああ、かなり不味い状況だな。」早瀬は唸る。

 神出鬼没なサイキックに対応する為に、出力と機動性の両立が求められる。重いバッテリーを背負う訳にはいかず、基地からの遠隔送電により出力を得ている。美沙子の霧は電波障害に強い特殊回線にも影響を与えていた。

「私に出来る事はここまで。後はお願いね。」

 奮い立つ獣人は早瀬に襲い掛かる。熊男の振るうカギ爪を受け止めた早瀬の身体に衝撃が走る。本来ならば、1トン未満のBクラスのパワーならば衝撃を吸収する事が可能だが、出力の低下した強化服は十分な機能を発揮出来ない。

(出力更ニ低下、50%。)

 タローからの警告に、ヘルメットの下で額に冷汗をかく早瀬。二撃目は受け止めきれずに倒され転がりながらも入り口に向かう。それを予測して待ち構えていた虎男に立ち上がり様パンチを打ち込む。だか、虎男は微動だにしない。早瀬は倉庫の中央まで後退る。

「へへ、ここから出す訳には行かないな。」虎男は鼻血を長い舌で飲めとる。

 美沙子のように分子レベルでの肉体操作が可能なAクラス程ではないにせよ、Bクラスでもサイキック能力によるDNA操作で、獣の肉体を持つ事が出来る。その敏捷性は野生の獣に匹敵する。

 獣人達の連携の取れた攻撃を反応の鈍い強化服で懸命に避ける早瀬。ギリギリで回避されたカギ爪は積んであった袋を切り裂いていく。倉庫内にセメント粉が舞う。

「タイプE(Electric)で、電撃を発生させろ。」

(現在ノ出力デハ火花ガ発生スル程度デス。)と、タローからの回答

 虎男の突進により壁に叩きつけられる早瀬。

「そうそれで良い。」

 勝利を確信して、咆哮を上げる獣人達の足元が崩れる。ドッグ中に響くような爆発音と共に倉庫の屋根が吹き飛んだ。

 倉庫の下は通路になっていた。そこに落下した獣人達は瓦礫を押しのけながら立ち上がる。罵声を上げながら瓦礫を投げ捨てた虎男の顔面にパンチが叩き込まれる。強化服の性能が戻った今度は耐え切れずに殴り倒される。驚く熊男の一撃も難なく受け止めて、その腹を蹴りつける早瀬。

「言ったろ。詰めが甘いって。」

 強化服の強化服の腹部からガトリング砲が生成される。タイプGG(GatlingGun)は弾丸も生成しながら毎秒60発の発射を行う。

 蜂の巣にされる獣人。Bクラスのサイキックの再生能力では、肉体を細切れては絶命するしかない。変身が解けるが、死体は人間の原型を留めていない。、

 辺りを見回す早瀬のバイザーに瓦礫に埋もれた美沙子の死体が映る。打撃や銃弾では無効でも爆風を浴びては気化を維持出来なかったようだ。風の吹く屋外では不向きな能力だからこそ倉庫での勝負を挑んだが、早瀬は密閉された室内にセメント粉を充満させ粉塵爆発を起こさせた。

 美沙子の手の平を取り、方舟のマークを確認する。美沙子の目を閉じてから視線を地下通路の先に向ける。そこは地下ドッグになっていた。

「これは…!」

 ドッグには巨大な潜水艦が停泊していた。スーツのセンサーが告げる全長は1キロにもなる。

 頭上から声がする。「その船こそ、現代の方舟。」

 倉庫の崩落の際に白髪の男が一人立っている。穏やかな笑顔を浮かべながら会釈した。

「お初にお目にかかります。私は方舟という組織の相談役を務めている藤原と申します。」

「この罠もあんたの差し金かい。」

「はい、障害の除去と一挙両得を狙いましたが…目的のものの存在を確認出来ただけでも良しとしますか。」

 藤原の身体が浮き上がる。「それではご機嫌よう。」

「オイオイ、ちょっと待てよ。」

 レビテーション(空中浮遊)により藤原が上空に消えていくのと同時に、走り込んで来た兵士に取り囲まれる。出で立ちから米兵のようだ。

(ESPセンサー反応ナシ。光着ヲ解除シマス。)

 強化服が基地に再電装され、米兵に銃口を向けられた早瀬だけが残された。

「やれやれ貧乏クジだよ。」と、手を上げながらぼやく早瀬。

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