サイキックハント
@sawaki_toshiya
第1話
室内は荒らされた形跡は無く、遺体はベッドに転がされていた。
「死亡推定時刻は?」
「昨夜1時以降でしょうか。」
「死因は?」
刑事の質問に鑑識官は言い難くそうに答えた。
「おそらく最初に腕を引き千切られた時点で、ショック死していた筈です。」
「つまり…死んだ後にも繰り返したのか。」
遺体は四肢と頭部がバラバラにされていた。
「それで凶器は?」
刑事は部屋を見回す。広々としたリビングルームを捜査員達が調べている。
「ありません。」
刑事は検視官の方を向く。
「つまり…外で何らかの手段でバラバラにしてから…」
「いいえ、殺害現場はこの部屋です。」
焦れたように刑事は「じゃあ、この部屋に重機を運び込んだとでも言うのか。」と、言った。
「そう…その通り!」
その声の主はリビングの入り口に立っていた。身長は175センチ位。応援の刑事にしては長髪でネクタイも付けていない姿は場違いだった。
「犯人は重機を持ち込んだんですよ。」
男は部屋の中に入って来た。
呆気に取られていた刑事が口を開く前にスマホが鳴る。電話に出ると神妙な顔になる。
「撤収だ。」と、片手を上げ「何も言うな。上からのお達しだ。」と、言った
その一言で、部屋から引き上げて行く捜査陣だが、決して納得していない事は入って来た男をギロリと睨み付けていくことからも分かる。
男は険悪な雰囲気にもまるで気にしていない。「どうも、どうも。すみませんね~」と、頭を下げる。
「仕事柄色んな遺体をみます。」と、年配の検視官が、若い刑事に小声で語る。
「真夏に凍死したり、ドロドロに溶けていたり…明らかにおかしな場合には、捜査は一旦打ち切りになります。」
部屋は乱入して来た男1人になる。男は遺体に目もくれずに窓際のデスクに向かう。デスク上の開いたままのノートPCの電源を入れるが反応は無い。男はスマホを取り出す。
「早瀬ですーはい、やっぱりそうみたいですな。死体の回収お願いします。」
そのまま早瀬も現場を立ち去る。
被害者は三星工業の社員である坂田という男。家族からの連絡により発覚した。
「特別調査…そんな部署があるんですか…」
坂田の上司にあたる木下という男は胡散臭さげに早瀬の提示した警察手帳を見つめる。
「お疑いなら問い合わせても構いませんよ。警視庁の公認の手帳です。」
公認ではあるがそんな部署は無く、早瀬も警視庁の所属では無い。
「まあ、良いでしょう。お話しする事はありません。坂田君には気の毒ですが…」
「心当たりは無いと…」
「はい。」
会議室に沈黙が降りる。木下は深く息を吐き出す。早瀬が口を開いた。
「坂田さんはどんな業務を?」
「そんな事何の関係が!」声を荒げる木下。
「坂田さんは仕事用に借りていたマンションで殺害されていた。週末には帰る筈が心配になったご家族の方が訪れて発覚しました。」
「だからと言って我が社が関係あるとは限らないでしょう。」
苛立つ木下は僅かに息が荒くなっている。
会議室のドアが開く。「失礼します、お茶をお持ちしました。」と、お盆を持った女性社員が、入って来る。
「アケミ君…」と、咎める口調の木下。「良いんだ。もうお帰りになる。」
「いやいや、折角淹れて頂いたんですから。」と、早瀬は茶碗を取る。
「失礼します。」と、一礼して退室する女性社員。
早瀬の息を吹いてお茶を冷ますのを苦々しく眺める木下。
「坂田さんのお部屋にあったパソコンが壊れてましてね。」
木下は露骨に狼狽した。「データが抜かれていたと仰るんですか…」
早瀬は呑気そうにお茶を啜る。「そこまでは…」
木下は額に汗をかいている。
早瀬は飲み干した後茶碗を置いた。「どうも、猫舌なもんで〜」
木下は早瀬が部屋を出て行くのにも気付かない。
30分もしない内に木下は出て来た。タクシーを掴まえる。
(動いてくれたか。)車を発進させる早瀬。
タクシーは港区に向かっていた。坂田のマンションにも近い場所で降りる。
(やはり他のメンバーがいたか。)
4階でエレベータを降りた木下は表札も無い廊下の端の部屋に向かい、インターホンを押す。ドアが開き木下より若い男が現れる。
「どうしたんです、部長。血相変えて。」
「高岡君、何を言っているのかね。大変な事になっているんだよ。」
「大袈裟だな。」
「いや、大袈裟ではないですよ。」
振り向く木下と高岡に早瀬は微笑みかける。
「何だ、あんた…警察らしいが、マンションまでズカズカ乗り込んでくる権限はあるのか。」
高岡という男は青ざめているだけの木下よりは肝が座っているらしい。
「同僚の事件にご協力頂きたいだけですよ。」
「話す事など何もない。お引き取り頂こう。」
(同僚が惨殺されても警察の肩書きを出しても怯まない…というのはそれなりの後ろ盾があると言う事か。)
「いいでしょう。今日の所は退散しましょう。」と、言った。それから早瀬はエレベータで、地下駐車場に降りる。高岡の部屋番号の付いたスペースに車は無かった。階段で1階に上がる。階段の横にある管理人室の受付窓口のガラス叩く。
「すみません、いいですか。」
「はい、何でしょうか。」と、管理人が顔を覗かせる。
警察手帳はオートロックを開けて貰う際に見せている。
「高岡さんの車が見当たらないようですが…」
「ああ、今修理中なんだそうです。」
「事故にでもあったんですか。」
「さあ…一月前位かな。青い顔して同僚の方とタクシーで戻ってきました。」
「同僚というのはこの人?」
坂田の写真に頷く管理人。
「高岡さんが何か?」
管理人は好奇心を丸出しの顔をする。高岡に良い印象持っていないかもしれない。
管理人の問い掛けには応えずに立ち去る早瀬。停めてあった車まで戻ってきた所で、スマホが鳴る。
「はい…早速反応がありましたか。警察の方に抗議があった。」
車に乗り込みながらスマホからの音声を聞いていた早瀬は口を歪める。
「なるほど、事件を揉み消してるから警察としても強く出れないと。」
坂田と高岡は人身事故を起こしていた。少女を跳ねているが、碌な捜査も無く打ち切られている。
家族は父親のみ。土木作業員をしている大谷という男で、そのアパートの前に早瀬は車を停めた。ガタガタ軋る階段を上がる。西日が当たる部屋のドアにはインターホンも無い。ノックするが返事は無い。だが、隣のドアが開いた。中年女性が顔を覗かせる。
「あの、何か。」如何にも噂好きなおばさんだ。
「あ〜どうも。」警察手帳を見せる早瀬。
「大谷さんはお留守でしょうかね。」
「そうなの、一月位前から…それまでは仕事にも行かずにお酒ばかり飲んでいたんですよ。」
好奇心剥きだしにして一気に話したが、心配そうな表情になる。
「美香ちゃんがあんな事にならなければね…捜査は進んでいるんですか。」
早瀬は迷ったが、「順調ですとも。」と、答えた。
所属していた工事会社でも同様の返事で、大谷の足どりは摑めなかった。
(必ず高岡の所に来るか…)
早瀬は高岡のマンシヨンに向かったが、自宅に戻っていた。
高岡の自宅は郊外にあった。元々資産家らしいお屋敷で、上品な門構えの前に下品な輩が立っている。
「ナンダ…」と口を開きかけるチンピラに警察手帳を突きつける。
「いいから、御主人を呼びなさい。」
やって来た高岡は露骨に顔をしかめる。
「何です。刑事さん、手を引くように言われてるんじゃないんですか。」
「あんたね…」高岡の態度にも怒る事も無く諭すような口調の早瀬。「悪い事は言わん。事故の時に酒を飲んでた事を認めなさいな。」
「今更綺麗事を…既に揉み消してる以上、バレれば警察も只ではすまんのたぞ。」
「今回の事件はそれが発端でしょうが。」
「ちっぽけな労働者など返り討ちしてくれる。」
顔を歪める高岡を眺めながら、早瀬はため息をつく。
「お好きなように。」
早瀬は車に乗り込むとスマホを出して、電話を掛ける。
「…はい、籠城する様です。大谷は必ず現れるでしょう。ええ…」早瀬は高岡邸に視線を向ける。「連中の目的を探るのが優先?見殺しですか?死んで当然?まぁそうですが…」
高岡邸は地元の暴力団が用心棒をしていた。警戒厳重のつもりだろうが、無駄に組員を配置しているだけの庭にはあっさりと忍び込めた。植木の一つによじ登る。大して剪定されておらず、十分に身を隠す事が出来た。目を閉じて、意識の一部を残して眠りにつく。
深夜、正門から叫び声により早瀬は意識を覚醒させる。
「ナンダ…」と、チンピラの台詞は最後まで言う前に悲鳴に変わる。門が叩き壊される音。大谷が屋敷に侵入してきたらしい。屋敷内からも組員のものらしい悲鳴が響いてくる。
居間のガラス戸がぶち割れ高岡が転がってくる。ガラスの破片で切った額から血を流しているが、顔が青褪めているのはそのせいでは無かった。
大谷は組員の首根っこを掴んだまま庭に出てきた。早瀬は初めて大谷の姿を見る事になる。
黄色いアームに掴まれていた組員の首が鈍い音と共に背中側に曲がる。組員の死体を目の前に投げ出されて腰砕けになる高岡。
「どうした、あの時の威勢は。」金属が軋るような声の大谷。
「そ、その姿は?」
メルヘン映画に出てくる擬人化された乗り物のように、大谷はショベルカーが人型になったような姿をしていた。メルヘンと異なるのは運転席のウィンドウについた眼がギラギラと復讐に狂っており、その眼の下にある口が嘲り歪んでいた。
「オレの隠れた能力を目覚めさせてくれた連中がいるのさ。」
(やはりサイキックか…)
思念により物理法則に干渉出来る超能力者。強力な能力者は肉体構成を組み替える事も出来る。
「その組織からの要望でね…」
大谷はショベルアームで高岡の胸倉を掴む。片腕で成人男性の体を軽々と持ち上げる。
「教えて貰いたいんだとさ。あんたらのプロジェクトについて。」
高岡の顔から更に血の気が抜けて真っ白になる。
「知っ知らん…」
そのやり取りを早瀬は樹の上からサイキックの能力を目覚めさせて、利用している組織がある。その目的を探るのが早瀬の任務だった。
「いいんだぜ、話したくなきゃさ…」
大谷の口が更に歪む。もう一方のアームで、高岡の左肩を摘む。軽く摘んだだけでも肩が外れた。高岡の悲鳴が庭内に響く。
屋敷の外にも漏れているだろうが、今の所パトカーのサイレンの音は聞こえない。管制が敷かれているのかもしれない。上司からも組織の目的を探る事が最優先であり高岡の生命はやむを得ないと言われている。
「…言うわけにはいかん。」
高岡は脂汗を流しながら掠れきった声で言った。
大谷は金属を軋らせるように笑った。高岡の首を掴む。
「むしろその方が好都合だ。」
その時、屋敷の方から声がする。「パパ…」10歳位の少女が立っている。
大谷は高岡を放り、少女の方へ向かう。現状を理解出来ぬ少女はワンピースの背中を摘み上げられても声も出せない。
「ゆ…由香。」肩を押さえながら呻く高岡。
「オレの娘の名前は美香だった。」大谷は少女を高岡の突きつけながら言った。
「このお嬢ちゃんがどうなっても?」
高岡の顔に迷いが浮かび、消えた。「…やむを得ない。」絞りだすように言った。
「パパ!」悲痛な少女。
そのやり取りを見ていた早瀬はため息をつき、植木から降りる。
「立派だよ。そこまで仕事に忠実ならな…」
少女の首に手を掛けようとする大谷。その前に立つ早瀬。
「あんたさ、娘さんの仇を取るからって、他のお嬢さんを手に掛けるのは違うんじやないのかい。」
大谷は少女を放し、早瀬と向き合う。早瀬を見降ろしながら言った。
「お前さんが連中の言っていた…言いだろう邪魔をするなら。」
大谷はショベルアームを振り下ろす。早瀬の立っていた芝生が爆発したように小型のクレーターになる。
後方に跳んだ早瀬は身構えながらスマートウォッチに呟いた。
「光着申請、ナンバーフォー。」
スマートウォッチから本部基地サーバーからの返信。(ESPセンサーチェック完了…コウチャクセヨ、エージェントフォー)
早瀬の姿が光に包まれる。基地から都内各地に設置された中継局を経由して、エージェントの元に金属粒子とナノマシンが電装される。基地内の3Dプリンターの指示によりナノマシンは金属粒子を光造形して、0.9秒で対サイキック用強化服が形成される。
突進する大谷。生身ならば吹き飛ばされる重機の突進を強化服にアシストされた早瀬は受け止める。黒い外観の強化服は蛇腹状で、装甲そのものが伸縮する強化筋肉になっている。強化筋肉の駆動は基地内のAIが管理し、装着者に掛かる衝撃を軽減しつつ、1トンのパワーを発揮出来る。
霊安室に横たわっていた娘の姿が脳裏をよぎり大谷は咆哮する。憎しみがサイキック能力を増大させる。掴まれていたショベルアームを一気に振りほどき、早瀬に叩きつける。百キロの強化服ごと早瀬の身体は球のように転がる。
ヘルメット搭載のヘッドホンからAI…タローのメッセージが入る。
(物理的出力1トン越エ。危険性Aクラス。)
「そうだろうね…」
強化服でも吸収しきれなかった衝撃に息が詰まりながら早瀬は上体を起こす。
(銃火器ノ使用ヲ許可シマス。)
「ありがたいね、タイプR(Rifle)。」
基地内の3Dプリンターにより強化服の左腕に追加武装が形成される。銃身だけでなく、構造の複雑な弾丸の形成でも数秒で完了する。
トリガーは筋電センサーで行われる。視線照準により大谷の腹部に向けて対戦車ライフル弾が発射される。本来は片手撃ちが無理な反動も強化服が軽減して肩に負担は掛からない。
凄まじい発射音と共に大谷の腹部に20mm徹甲弾が吸い込まれる。戦車の装甲を貫く徹甲弾は大谷のショベルカーをモチーフとした変身体にも後ろの風景が見える程の大穴が空く。だが、サイキック能力により維持されている変身体は大穴も徐々に塞がっていく。
「タイプE(Electric)。」
早瀬の指示により格闘用の装備であるガントレットとアンクレットが両腕両足に形成される。大谷の顔面…に相当するショベルカーの運転席の部分に叩きこむ。強化服の動力は基地から遠隔送電されており、ガントレットから三千ボルトの高電圧を発生させる事が出来た。
大谷は苦悶の叫び上げながらもショベルアームを振るう。サイキック能力を身体に空いた穴の再生に回している分アームのパワーは落ちている筈だが、強化服を通しても受け止めた腕が痺れそうになる。
(穴が塞がる前に仕留めるしかないな。)
早瀬はキャタピラを模した脚にローキックを打ち込み、アンクレットから高電圧が流れる。肉体組成が金属に置き換わり、電気伝導も高まっている変身体の各部から火花が走ると共に全身がぼやけたようになる。生身ではあり得ない激痛によりサイキック能力が途切れかけ、変身を維持出来なくなりつつあった。
(娘さんの仇を討ちたくはないのかね。)
薄れゆく意識に届いたテレパシーが大谷を動かした。ショベルアームで早瀬の両肩を掴む。強化服の伸縮する装甲は出力を全開にすれば2トンの外圧にも耐えられる筈だったが、フルフェイスメットのバイザーに赤い警告表示が点滅する。
(2分デスーツニ限界ガ来マス。)
「つまり中身共々ペシャンコかい…タイプS(Speed)。」
機動性を高めるイオンバーニアが踵や背中に形成される。速力は時速40キロから80キロ、跳躍力も10メートルから15メートルまで高まる。
早瀬はバーニア全開で跳躍して、大谷の拘束から脱出する。空中で膝を折り曲げ回転する。垂直に落下しながら打ち込んだ右足が大谷の頭頂部めり込むのと同時に急制動用のスパイクを足裏から射出する。サイキック能力は精神から生み出される。サイキックを倒すには頭部を破壊するしかない。
大谷の重機をモチーフにした変身体がぼやけていく。後には作業着の男が息絶えていた。怪物ではない平凡な男が横たわっていた。
(ESPセンサー反応消失。光着ヲ解除。)
早瀬の姿が再度光に包まれる。強化服が分解され、基地に電送されていった。早瀬はしゃがみこみ高岡の手を取る。手の平には簡略化された方形の舟のマークが施されていた。
(方舟か…)
最近サイキックが組織化されており、そのメンバーにはこのマークがあった。思案していた早瀬は高岡に胸倉を掴まれ強引に立たされる。
「貴様!何故もっと早くに助けなかった。見殺しにしようとしたな!!」
早瀬は軽く振り払いながら「あんたね、娘さんを心配したらどうだい?」と、
言った。
我に返った高岡は娘に声を掛けた。
「由…由佳。」
父親が近づいて来るのを少女が顔を歪めながら後ずさる。
早瀬はぶち破られた門を出た。
「雨か…」と、雲に覆われた夜空を見上げながら、(何時でも戻って来いと、伝えてくれませんか。)と建設会社の上司が言っていたのを思い出した。
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