第2話

 JFSの基地は横須賀にある。前の住み主が一方的に同盟を打ち切って撤退した跡地に建造された。急造の為、作戦室はそれほど広いスペースは確保されていない。赤井達と指揮官の高橋一佐の6人だと若干手狭だった。

 メインモニターには鋼神とラルグ・ゼオの戦いが映されていた。ラルグ・ゼオの機体が起こした爆煙がはれ、大空に飛び立っていく鋼神。

「ふーん。一体どこの星から来たのかね。」黄崎が頭を掻きながら言った。メンバーの中で、最も背が低いが、筋肉による厚みのある体をしている。

「地球の平和を守る為にはるばる遠い銀河の彼方からやってきたとでも言うの?」と灰島。質素に長い髪を後ろでまとめている。引き締まった体だが、それでも女性らしいボディラインは失われていない。

「違うのかい?」黄崎は愉快そうに笑う。

「そんな都合のいい宇宙人がいたらJFSなぞ必要ないだろう。おそらく連中も一枚岩じゃないんだろう。反対勢力があるのかもしれない。」青木は冷静に判断する。肩幅は狭くて電柱のようにひょろ長い。愚鈍を感じさせる抑揚のないしゃべりと乏しい表情だが、防衛大随一の明晰な頭脳を持つ。

 黄崎は溜息をつく。「あーあ、夢の無い事言うなよな。折角俺達の為に戦ってくれたのに。」

「俺たちの為…かは分からない。」緑山がぽつりと呟いた。「反対勢力だろうと全て潰せばいい。」緑山は中肉中背で、美男の部類に入る顔立ちをしている。だが、目だけは異様にギラついている。

 複雑な表情を見せる一同。高橋は取り成すように言った。

「いずれにせよ。第三勢力の存在はマスコミには伏せておく。諸君らは引き続き各部隊の支援を続けてくれ。」

 高橋の声には穏やかさだけでなく力強さがあった。白髪で痩せぎすの長身という外観は自衛官の制服よりもタキシードなど似合いそうだった。だが、突然の異星人の来襲で右往左往する政府首脳陣の尻を叩いてJFSを創設した意志と行動力を持ち合わせている。

「脅威になりそうなら早めに…」

 緑山は食い下がった。その肩に赤井が手を置く。いかついが、笑うと愛嬌のある顔をしている。

「一佐の仰る通りだ。我々は一般部隊の援護に専念する。」

 その手を払いのける緑山。「あんたはいつもそうだな。上司に逆らうの不味いだろうが、ヤツらに負けちまったら出世もクソないんだぜ。」と毒づく。

 いつもの事なので、赤井は気にする風でもない。「お前さんも気がついているんだろう?」

「…何だよ?」

「結果的にはボロ負けだったが、少なくともあのラルグ・ゼオにはチームワークを合わせればある程度は戦う事も出来た。」

 そっぽを向く緑山。構わず赤井は続ける。

「だが、あの黒鋼のヤツはそのゼオよりも数段強かった。あれが敵だったら、我々は無事じゃ済まなかった。」

 緑山だけでなく、他のメンバーも無言だった。作戦室は重苦しい沈黙に包まれる。


 オーン星統一政府軍の母艦内の司令室。用意されたテーブルの一端にはルガーが座っており、その横に副官のランが立っている。もう一方の端には3人の最高幹部が座っていた。その中の1人である、貧相な小男がニヤニヤ笑っていた。視線の先にはギザーラが座っていた椅子を見ている。

「席に1つ空きが出来たな。」

「嬉しそうだな、グローズ。」横の禿頭の巨漢が咎めるように言った。

「ああ、嬉しいさ、サルテス。」グローズは悪びれる事もなく答える。「お前らがヤツの死を悼むのは勝手だ。だが俺は俺と同じ地位のヤツがいなくなってくれた事の方が嬉しい。」

「それはお前の勝手だ。」サルテスの対面に座っている長髪の男が冷たく言った。「だが現在必要なのは対策だ。」

 テーブル上に鋼神の立体映像が浮かんでいる。

「対策だって、ラファット先生?単にギザーラのヤツが油断して原住民の兵器に負けちまっただけだろう。」

 軽薄な笑い声を上げるグローズを見向きもせずに、ラファットは端正な顔の前で両手を組んだまま鋼神の立体映像に視線を注いでいる。

「先にギザーラ様が倒した5機がこの星の技術力の最高水準です。」美しいが感情のこもらない声でランが言った。

「では…この存在は?」ラファットが呟く。

「現時点ではデータが不足しているので何とも言えません。ただ、現在の地球の技術力を超えた存在である事は確かです。」分析結果を淡々と説明するラン。

「うーむ。」サルテスは腕を組んだ。「我らオーン星以外の異星のテクノロジーが流れているという事か…」

「いや違う。」グローズはきっぱりと言った。先程までの軽薄な様子は無い。

「あんたらも気が付いているんだろう。」言いながらグローズはランに視線を向けた。

「何が言いたい?」怪訝そうなサルテス。

「プロフェッサーアヤメの事だ。」

 グローズの言葉に対する反応。サルテスは驚き、ラファットは笑いの表情を浮かべた。ランは無表情なままだった。

「おいおい、お前はお伽話を信じるのか」ラファットは呆れたように言った。

「お伽話?数百年前に確実にあった事だろう。」グローズはランを指差した。

「こいつと同タイプがやらかしたんだ。抜群の知能を持った優良遺伝にも欠陥はあるという事だな。」

「いい加減にしろ。」苛立ちを隠さず怒鳴るラファット。

「お前が生まれにどんな劣等感を持っているかは知らんが、つまらん言いがかり止めろ。彼女は我々の大切なブレインだ。」

「そもそもこの宇宙でアヤメと我々が同じ惑星を見つける確率など0に等しいだろう。」サルテスがとりなすように言う。

「いやそうでもない。」興味深げにやり取りを聞いていたルガーが口を挟む。

「広大な宇宙と言っても生物が存在する惑星はごく僅かで、我々の目的に適している星となると、更に可能性は狭まる。この地球をアヤメが先に見つけだしていても不思議ではないさ。」

「ルガー様、お言葉ですが…」

 言い返そうとするサルテスを制し、ルガーは鋼神の立体映像を指差す。

「この存在はプロフェッサーアヤメの残したモノであるとして、だからどうだと言うのかね。」

 ルガーは部下を見回した。「我々の任務の前に偉大なプロフェッサーの置き土産が立ち塞がるというならば、それを粉砕するだけだ。」

 黙り込む幹部一同。穏やかなルガーの口調の中には、有無を言わせぬ鋭さがあった。

「それでは本題に入ろう…ラン。」

 ランは今のやり取りの間にもいかなる感情も露わすことは無かった。

「地上に建設する予定のプラントの計画についてご説明させて頂きます。」機械的に説明を続けた。


「…確かに解析結果に間違いはないようだな。」

 青木が覗いている双眼鏡には、谷間を埋め尽くすように建設されているプラントが映っていた。

 UFO群の一部は母船には戻らず、日本アルプス付近で、行方を眩ませていた。

「早速ぶっつぶすか。」立ち上がろうとする緑山。黄崎はその肩を止める。「いや、だからお前さんは何故そうなの。」

 3人は切り立った崖の上からプラントの様子を窺っていた。

「ふむ、建設目的らしいロボットが作業しているな。まだ完成半ばという所かな。」

 青木は独り言のように呟きながら、観察を続ける。

「だから、完成される前に潰さなきゃいかんだろう。」緑山は低く怒鳴る。

「いい加減にしないと、隊長も庇いきれんぞ。」黄崎は溜息をつく。

「…」気色ばむ緑山。

「さて、戻るか。」その言い争いにも無関心に立ち上がる青木。

「おいおい…マイペースすぎないか?すぐ横で結構険悪な雰囲気になってるぞ。」

 黄崎は青木の背に声を掛ける。

「黄崎、それは君の理解が足りないのが悪い。」

「んー?」と怪訝そうな黄崎。

 青木は立ち止まる。

「緑山。君も内心では理解しているんだろう。」

「何?」

「ここで飛び込んでも妹さんの仇は取れない。」

 ぎょっとする黄崎。横目で緑山の顔色を窺う。

 緑山は一瞬青ざめる。だが、顔色はすぐに平静に戻り、大きく息を吐いた。

「確かにな。隊長の所に戻ろう。」


 プラントから数キロ離れた場所に設置したベースキャンプに向かう3人。獣道も満足にないが、ほとんど舗装された道をマラソンするのと変わらない速度で進む。JFS隊員服の上にパワーフレームを装着している。このフレームには豪竜に内蔵されているモーターを小型化したものが搭載されている。人体の動きに合わせて滑らかに稼働して、装着者には一切のストレスを感じさせずに100キロの重量をアシストする。

 ベースキャンプから10メートル程手前で、先頭を行く青木が急停止した。後の2人も訝しげに立ち止まるが、青木の背に声を掛ける前に気が付く。キャンプ地にしている大木の下、話し声が聞こえた。赤井と別の男の声だった。

「…追加要員が来る予定があったか」と、緑山が呟く。

「人手不足の折にそんな事がある訳が無い。」と、黄崎の返答。

 キャンプ地には赤井と灰島しかいない筈だった。腰のホルスターに手を伸ばす2人。

「落ち着けよ。どうも争っている訳でもない。」

 青木は2人を制して、そのままゆっくりとキャンプ地に歩んでいく。黄崎と緑山も渋々それに従う。

 その男の黒のブルゾンとジーンズという服装は街で見かければごく普通だった。だが、ここは日本アルプスの奥地。登山をするにしても重装備が必要な筈だが、持っているものは古ぼけたショルダーバック1つ。

「何だ、コイツは?」と黄崎の第一声。

「志来坊太郎、21歳、住所不定、無職。」はきはきとした男の返答。

「いや…だから…」その返答に面食らう黄崎。

 青木は赤井に顔を向けて言った。「…彼は?」

「ここは危険だから早く離れた方が良いとさ」僅かに苦笑いを浮かべている赤井。

 緑山を除いて全員が失笑した

「あたしたちが何者か分かっているの?」と、生真面目な声で質問する灰島。

「JFSの皆さんでしょう。」世間話をしているような口調の志来。

「で、お前さんは通りすがりとでも言うつもりか。」

「…」

 黄崎の追求に無言の志来。

「話せないは通じんぞ。」

 緑山はホルスターから銃を抜いた。銃口を志来に向ける。特に怯える様子も無く立っている志来。

 慌てて黄崎が止める。「おい、民間人に銃を向けるなよ。」

「民間人?まっとうな民間人がこの格好でこんな場所に姿を現す訳が無い。」

「お前には彼に害意があるように見えるのか。」青木が諭すように言う。

「そりゃ害意はあるようには見えないさ。だが、みんな油断しすぎじゃないか?」

「つまり彼が連中の囮だと考えているのね。」

 灰島の呟きに、皆は志来に視線を注ぐ。一目で鍛え上げた体つきなのが分かる。年齢的にも自衛官の制服を着せれば誰しもが新兵だと納得するだろう。

「あなた…」灰島はゆっくりと問いかける「何者なの?」

 視線をやや上に向けたまま無言の志来。その志来に銃を突きつけている緑山。青木、黄崎、灰島がその脇に立つ。赤井は少し離れて腕を組んだまま静観している。

「答えないならばやむを得ない。作戦が済むまで拘束させてもらう。」青木が言った。

 志来には新兵には有り得ない点が一つだけあった。その眼には冷徹さが宿っている。死線を潜り抜けてきたJFS隊員なればこそ、それがはっきりと感じられた。

「…」

 視線を戻す志来。その視線を受けた緑山は目をそらしかける。志来の眼差しに鋭さが増していく。緑山の脇に立つ3人も銃こそ抜かないが身構える。

「まあ~大人しく拘束されるつもりはなさそうだな。」黄崎が言った。

 志来が4人の視界から消え、同時に響く銃声。4人が振り向くと志来の後ろ姿。志来は彼らの頭上を飛び越し着地していた。全身を紺色のスーツで覆われた男を下敷きにしている。志来の右膝は男の胸にめり込んでいた。頭部も紺のマスクで包まれており、こめかみ部分に穴が空いていた。

「つけられたな、お前達。」赤井が銃をホルスターに戻しながら言った。

「…そのようだな。」青木が呻くように言った。

 キャンプ地を囲むように同型のスーツで全身を包んだ10体の男が姿を現した。オーン星統一政府軍の下級戦闘員デック。

 緑山は手にした銃で、向かってくる一体に連射する。9ミリ弾が胴体に穴を空けるが血も流れない。銃を持った右腕に拳を振るってくる。パワーフレームを装着していなければ腕がへし折れていた衝撃。だが意に介さず緑山は左拳を目の前のデックの腹部に叩き込む。呻き声は一切立てないが、一瞬動きが止まるデックの顔面に銃のクリップをめり込ませる。それでもデックはギクシャクとした動きで、右腕に掴みかかろうとする。緑山は銃口をデックのコメカミに押し当て引き金を引く。頭の反対側から飛び出す弾丸。壊れた人形のように崩れ落ちるデック。

 緑山が視線を周りに向けると、他のメンバーもこの敵の弱点に気付き、頭部に集中的な攻撃を加えていた。

「頭脳を完全に破壊しない限りは動き続けるとは恐ろしい連中だ。」

 赤井はデックの頭部に深々と埋まった右拳を引き抜く。倒れたデックの頭は原型を留めていないが、血は一滴も流れていない。

 眉間にナイフが突き刺さりながら、勢いの止まらないデックの打撃を回避する灰島。ようやくデックが機能停止した時には大きく息を吐いた。

「体の急所は幾ら刺しても切っても無駄という訳ね。」

 言いながら灰島は激しい打撃音のする方に視線を向けた。

 志来の下段蹴りを受けてあっけなくデックの両脚はへし折れる。黒い血のようなオイルと粉砕された金属の骨の破片が撒き散らされる。デックの上半身が空中にいる間に蹴りの軌道を中段に変えて左右に振るう。両腕も同様に粉砕される。拳銃弾位ならば被弾しても瞬時に再生する機能もそれを上回るダメージには無力だった。JFSメンバーは自分達が手こずった異星の兵士の残る5体が次々と戦闘不能となる様を黙って見つめていた。

「お前さん…いや、とりあえず追求は後回しだな。」

 赤井の耳には基地の方向から、近づいてくる機械音が聞こえていた。

「おいおい、何だよ。あの音は?まさか…」

「罠だな。」

 黄崎のぼやきに、青木がにべもなく答える。

 谷間のプラント施設は次々と崩れていく。施設内部は空洞になっており、外壁を構成している形状記憶合金は指令を受けて、分子結合を解いて塵となっていく。

 同じく基地を建設するという偽装プログラムを解除された無人ロボット群シープ・ライクスも本来の戦闘形態に戻っていく。オーンナイトの中でシープタイプは無人機のシリーズである。地球人捕獲用の円盤型のシープ・ラックスと同型の脚部を持ち、針金のような胴体の先端には頭部は無く、マニュピレーターが2本設置されている。シープ・ラックスと異なり飛行能力は持たない為、無数のシープ・ライクスが谷をよじ登っていく。

「ポッドは?」赤井が尋ねる。

「後、4分30秒後に到着するわ。」灰島は腕の端末を見ながら答える。

 5つのポッドは亜音速で、日本アルプス上空を飛行していた。ポッドは緊急コールにより基地から自動発進し、豪竜をJFSメンバーの元へ高速輸送する。

「あのロボットが来るんですね?」志来は谷と反対方向を指差す。「向こうに少し開けた場所があります。そこに着陸させると良いでしょう。」

「…」一同は視線を志来に向けた。だが赤井だけは「行くぜ」と言って、志来の差した方に駆け出す。他のメンバーもその後を追う。

 腕を下した志来は身じろぎもせずにその場に立っている。その前の茂みから禿頭の巨漢が姿を現した。

「気づいていたか。」

「あなたがここの責任者ですか?」

 志来の声には男が地球外の緑の髪と紅い瞳という風体である事にも特に驚きは無い。

「ああ、一応幹部をやってるサルテスというもんだ。」ざっくばらんな口調で言う。

「聞かせてくれませんか。」

 腕を組むサルテス。「何をだ。」

 軽く腕を振る志来。「何故こんな大掛かりな真似を?」


 豪竜のコクピット内、隊員の装着したパワーフレームはモーションフレームと連結して、その一部となる。ヘッドマウントディスプレイから迫りくるライクスの大群が網膜投影される。

「灰島、とりえずぶっ放せ。」

 赤井の指示を受け、灰島は岩鉄のショルダーキャノンをオート連射する。分散した榴弾がシープ・ライクスを破壊していくが、その残骸を踏み越えて後続機が次々と押し寄せてくる。


「大掛かりな方が罠だとはバレにくい。どうしてもおびき出す必要があった。」

「JFSを?」

 サルテスは豪竜と交戦するシープ・ライクスを眺める。地球人捕獲用のシープ・ラックスよりは格闘戦用向けであり、ある程度の時間稼ぎにはなる筈だ。

「確かに連中も厄介だ。ここで処分しておいた方が良いだろう。だが…」

 サルテスは一歩前に踏み出す。

「確実におびき出して倒す必要があるのは…」

 サルテスは踏み出した足に僅かに力を込める。サルテスの身体は一瞬で志来の前まで跳んだ。鈍い打撃音が響く

「…どうやらお前のようだな。」

 サルテスは己の拳を受け止めた志来に言った。無言のままの志来に追撃を仕掛け、左右の連打を繰り出すサルテス。志来は後ろに下がりながら全て受け止める。後退を続けると背後には壁のような巨木。次のサルテスの一撃を志来は跳躍して回避する。サルテスの拳は直径数メートルの巨木をへし折った。軋む音を立てながら倒れていく巨木。サルテスが振り向くと、自分を飛び越して着地した志来の姿があった。

「お前は何者だ?」

 先程のJFS隊員と同じ疑問を呟くサルテス。体内に搭載された各種センサーが志来をくまなく検査した。JFS隊員のパワーフレームのような増幅器具を身に付けてはいない。肉体に何らかの強化処理が施された形跡もない。全く生身の身体で巨木をへし折る打撃を苦も無く受け切ったのだ。

「新真(しんま)鋼牙流(こうがりゅう)継承者志来坊太郎…」

 そう呟き志来はサルテスに突きを打ち込む。


 豪竜・紅蓮は赤熱化した右腕を手刀の形にして斬りつける。シープ・ライクスの細い胴体が切断される。豪竜・雷電は左右から来るシープ・ライクスの腕を掴み放電する。機体がショートするシープ・ライクス。

「順調かな。」

「まあこの程度なら。」

 赤井の問いかけに答える黄崎。

「何言ってる。何故一気に畳み掛けない?」

 緑山は怒鳴りながらも、豪竜・疾風を操り眼前のシープ・ライクスを切り裂く。その疾風を背後から襲い掛かる別のシープ・ライクスを豪竜・岩鉄のショルダーキャノンの鉄鋼弾が破壊する。

「カリカリしてると隙が出来るのよ。」

「そもそも俺の機体の用途は敵陣に切り込む為にあるんだよ。」

 諭すような灰島の言葉にムッとした口調で返す緑山。

「切り込むというが何処にだ?」赤井が尋ねる。

「何言っている?さっきの基地に決まってるだろう。」

「とっくにもぬけの空だろう。そもそもおびき寄せるのが奴らの目的だったのさ。」

「俺たちをおびき寄せるのにやったと言うのか?」

「違うな。俺達はあくまでもおまけらしい。」

 それまで黙っていた青木が答える。青木の搭乗している豪竜・氷河は戦闘には参加せずに他の機体に囲まれる様に立っている。青木は氷河の持つセンサーをフル稼働していた。

「その理由を今から転送する。」


 志来のローキックがサルテスの左脚にめり込む。肉体に機械化(サイバー)処理を施されてから味わったことの無い衝撃。安定しない下半身を踏ん張りながら拳を振るう。万全の体勢からではないにせよ巨象を転倒させるだけの一撃をがっちりと受け止める志来。

(もうこいつの正体などどうでもいい。)

 サルテスは構わずに拳を連打する。音を超える速度に空気が焦げ、志来が受ける度に衝撃でブルゾンが裂かれる。連打の合間にサルテスは額をぶつけてくる。志来は頭突きをバックステップして回避する。だがサルテスは更に深く踏み込み膝蹴りを見舞う。腹部に直撃した志来は、ダンプカーとの正面衝突並の衝撃に吹き飛ばされ、後方の岩場にまで叩きつけられる。

(全力で粉砕すべき敵というだけのことだ。)

 志来はゆっくりと立ち上る。腹部はブルゾンとその下のシャツまでが破れて、肌が露出しているが、鍛え上げられた腹筋に打撲の跡は一切無い。

 突進してきたサルテスの右ストレートに合わせて志来も右ストレートを打つ。両者の拳が激突して鈍い音が響く。一瞬静止の後に弾き飛ばされるサルテス。その右の拳を形成するセラミック骨格は粉砕され、背中から衝突した樹木ごと倒れていく。


「驚いたねー連中の戦いぶり。人間じゃないぜ。」

 転送された動画は網膜投影されている視界の一部に表示されている。黄崎の驚きに青木が答える。

「あちらさんは身体の大半を人工物に変えているようだ。ただ、あのお兄さんは生身のままだ。」

「生身…?プロテクターがあってもあの幹部らしき男の攻撃が直撃すれば内臓破裂は免れないわよ。」

 灰島は最後のシープ・ライクスに砲弾を撃ち込みながら言った。

「そう、まさしく連中が今回の仕掛けをした目的はあいつなんだろう。」赤井が言った。

 ゴーグルの下で顔をしかめる緑山。「別口の異星人かよ。」

「さて…その論議は一先ず後回しかな。」

 青木が呟く。氷河のセンサーが音速で飛来する物体をキャッチしていた。


 直径50メートル越える巨大な球体とその表面から伸びる無数の触手からラルグ・シンは構成されていた。その形状には不似合いな高速で主の元に向かう。サルテスの脳波端末と常にリンクしており、サルテスの危機に自動システムが作動した。触手で豪竜を蹴散らしサルテスの上空に浮かぶ。牽引ビームによりサルテスを回収しつつ、触手の一つが志来に向けてビームを放つ。回避した志来のいた場所の半径数メートルが焼け焦げたクレーターになる。

 サルテスの体はシンの機体中央部にあるコクピットに収納される。コクピット内にはレバーやモニター等のインターフェースは存在しない。唯一存在するシートにサルテスは横たえられ、拘束するかのようベルトが全身を固定していく。ヘッドレストから伸びる幾本ものコードがサルテスの頭部に接続されることで、サルテスはシンという機体と一体化する。

 シンの触手に内蔵されたカメラの映像がサルテスの視界となる。無数の触手から提供される映像により360度の視界が可能となる。周囲を囲む豪竜全機を捉えつつ、志来の姿をズームアップする。志来は胸元からペンダントを取り出していた。そのペンダントの先端にある金属片が輝く。

(次元振動波か…)


「おい!何だ、ありゃ。」黄崎が叫んだ。

 志来の頭上の空間が歪む。その歪みから巨大な像が降りてくる。

「鋼神?いえ…少し違う?」

 灰島の疑問。その像は確かに鋼神の姿をしていたが、あくまでも人型のオブジェでしかなかった。

 像の全身は霞がかかった様にぼやけていき、像の前に立つ志来の体もそれに包まれる。その霞自体は一瞬で消え去る。

「…鋼神だな。」

 赤井は感慨深く呟く。そこに立っていたのはラルグ・ゼオ戦の際に姿を現した鋼神そのものだった。

「おい、あいつは?」緑山は志来の姿を捜す。

「どうもあのオブジェとあの男のセットで鋼神ということらしい。」青木が言った。

「ふーん?興味深いがとりあえずは…緑山と協力して鋼神の足止めをしとけ。」

 赤井は青木に告げる。青木は氷河の腕を軽く降る。

「残る黄崎、灰島の両名は俺に付き合ってもらう。」

 数十メートル上空に浮かぶラルグ・シンに向け、バーニアを起動する紅蓮。雷電、岩鉄がそれに続く。

 サルテスも黒鋼の像と志来が結合する様をシンの触手のカメラにより観察していた。又、別の触手からの情報で3機の豪竜がこちらに向かって来る事も同時に認識し、戦闘態勢に入る。

 鞭のようにしなる触手の攻撃は予想以上に速く正確だった。それを掻い潜った紅蓮の拳から放たれるブラストナックル。だが熱線(ブラスト)は本体に届く前に触手により阻まれる。

 触手の届かない後方から援護射撃を行う岩鉄。その砲弾もまた触手に弾かれる。逆に触手先端からレーザーが照射され、機動性能の低い岩鉄は必死に回避する。

「やれやれキリがないぜ、全く。」愚痴る黄崎。

 雷電はロッドを振り回し触手を蹴散らすが、別の触手が行く手を阻む。

 サルテスは数十本の触手の動きを完全に掌握し、豪竜の三方向からの攻撃に同時に対応していた。

「とりあえず、地上に引き摺り下ろすしかないわね。」灰島が言った。

 援護射撃を主とする岩鉄のスコープには氷河に準ずる高度なセンサーが搭載されている。

「良い方法でも見つかったか。」

 紅蓮を一旦ラルグ・シンから距離を置いた位置にホバリングさせながら、赤井が聞く。

「あのモンスターはイオンクラフト効果で浮遊しているみたい。」

「ああーん?」黄崎が首をひねる。

「つまりあの触手一本一本が電磁場を形成しているわけだな。」赤井が補足する。

「要は強い電撃をお見舞いすればデカブツは落っこちるということか…ダイナモフル稼働!」

 黄崎の指令により雷電の機体に搭載されたダイナモが唸りを上げる。雷電はロッドを頭上に掲げた。生成された1万ボルトの電気によりロッドは青白く輝く。

「エレクトロンシャワー!」

 雷電のロッドからの放電に包まれるラルグ・シン。吊られていた糸を切られた様に落下していき、下の山林を圧し潰す。


 鋼神の前に立ちはだかる豪竜の氷河、疾風。

「おい、言っておくが…」

「コイツを調べる必要があるから先走りするな、だろう。」

 青木が拍子抜けする程冷静な緑山の返答。

「だがな、むしろ氷河は調査に専念した方が良い。」

 緑山は腰に右手を伸ばした。モーションフレームがその動きを機体に伝え、疾風は電磁ナイフを掴む。そのグリップを握った感触はフレームを通して緑山の右手に再現される。

「確かに2体でどうなるものでもないかもしれん。」青木は素直に認めた。

「とりあえず出来るだけ持たせて見せるさ。その間にしっかりサーチしてくれよ。」

 緑山のいつもとは異なる静かな口調に青木は納得せざるを得なかった。

 鋼神と疾風が向かい合う。鋼神の全長は豪竜とほぼ変わらず20メートル程度。周りの山林の天辺が機体の腰くらいの高さになる。疾風がゆっくりと歩んでいき、間合いが10メートル程に縮まる。

 疾風の電磁ナイフが閃く。右腕のバーニアを瞬間的に機動させる事で速度は倍加する。その攻撃は鋼神が半歩下がらなければ正確に首筋を捉えていた。更に踏み込む疾風。鋼神の左胸や鳩尾、脇腹…各部位にナイフを走らせる。そしてその全てをブロックする鋼神。

(人間が結合している以上、急所もそれに準ずると考えていい。適切な判断だな。)

 後輩の戦術を評価する青木。氷河に搭載されたコンピュータのメモリの大半をセンサーに振り分けている状況で疾風の戦いを観察する事しか出来ない。素質はリーダーの赤井に匹敵するものを持ちながらも任務上未熟さが目立っていた緑山だったが、今は冷静に対処している。

 右側面に回り込んだ鋼神は疾風の肘と手首に両手を触れた。触れた瞬間その関節部のモーターが全壊する。緑山の右腕に装着されていたモーションフレームは機能を停止し、ナイフを持った感触も失われる。肩からぶら下るだけになった機体の右腕からもナイフが落ちる。

 緑山の判断は迅速だった。機体の全バーニアを全開にする。疾風の機体は跳ねあがり鋼神の背後に急制動する。機体に掛る負荷はパイロットにもフィードバックされる。緑山はモーションフレームに身体を引きちぎられそうになりながらも左腕を突き出す。残った疾風の左の拳は横に機体をずらした鋼神の後頭部スレスレを通過していく。伸ばしきった疾風の左腕。その肘を鋼神の右手が下から叩く。機体の腕が折れた反動がモーションフレームに伝わり緑山は左腕を亜脱臼する。体勢を崩す疾風を氷河が後ろから支える。

「すまない。あまり時間稼ぎにもならなかった。」緑山の声は僅かに息が乱れている。

「いいや、基地のサーバに必要なだけの解析データは送ったよ。後は先輩に任せなさい。」

 氷河は支えていた疾風の機体を座らせてその前に立つ。

(とは言え、まともにやりあってもどうにもならん。最高出力の…)

 氷河の両手が青白く輝く。その手を鋼神に向ける。

「フリーザーハンド。」

 接触した物質の熱を瞬時に奪い零下百度に凍結させる青白い輝きが放たれる。

 鋼神も両の拳を突き出す。その拳から金色に輝く光線が放たれる。

(荷電粒子砲か…)

 ヘッドマウントディスプレイに表示されるデータから鋼神の兵器を判断する青木。JFSの科学陣も研究段階の代物だった。

 鋼神の荷電粒子砲と氷河の冷凍ビーム、2つのエネルギーが両者の間でせめぎ合う。


 二脚兵器で大砲を使用する場合、発射時の反動からバランスを崩しやすく、最悪転倒の原因ともなる。それを補う為に機動性を犠牲にして、パワーに重点が置かれていた岩鉄は機体にシンの触手に巻き付かれても辛うじて引き倒されずにいた。

 飛行機能を停止させられ自由に身動きの取れないラルグ・シンは獲物を引き寄せる為に更に触手に力を込める。

「スタビライザ。」

 灰島の呟きに反応して、機体の踵から姿勢制御用の杭が打ち込まれる。じりじり引き寄せられていた岩鉄の機体が踏み止まる。数秒の膠着状態の中、全身に力を張っていた灰島は一瞬だけ脱力し、上半身を大きく振った。その動きをトレースする岩鉄も機体に巻き付いた触手ごと上半身を振る。遠心力を利用した投げは二回り上のシンの巨体をも浮かし、数十メートル程飛ばした。だが本体が岩壁に叩きつけられる寸前に無数の触手が壁面に先に接触しアブソーバーとなり衝撃を吸収する。

「ごめんなさい。地上に落とせばなんとかなると思ったのは甘かったみたい。」レシーバーから届く灰島の声には落胆の響きがあった。

「いや、それでもまだこちらが有利な事に変わりはない…黄崎、雷電のダイナモの調子は?」赤井が尋ねる。

「出力70%未満だな。さすがにさっきの一発の消耗はデカい。」

「紅蓮は85%程度には回復している。これ以上の時間稼ぎは向こうも回復させてしまうだろう。」

 3機の豪竜は触手の直接攻撃の届かない数十メートルの間合いでラルグ・シンを囲む様に配置に付く。

「いくぞ。」

 赤井の合図。紅蓮、雷電、岩鉄はラルグ・シンの周りをゆっくりと走り出す。樹木や岩場をすり抜け、間合いを維持しながら徐々に速度を上げていく。時速100キロ近くになった時に各々の武装で攻撃を開始した。

 ラルグ・シンは地上でその巨体を移動させる為に触手の半分を脚として使用しなければならない。無数の触手を連動させて動く様は蛸とも百足ともつかない不気味さがあった。樹木を踏み潰しながらも時速50キロで巨体を移動する。その周りを一定の間合いを保ちながら3機の豪竜が攻撃を続ける。

(中々やってくれるじゃないか。)

 ラルグ・シンのコクピット内で、シートに括り付けられて眠っているようなサルテスの頬が僅かに笑みを浮かべる。

 決してラルグ・シンの間合いに入らない豪竜に対して、触手先端からのレーザー照射。だが攻撃に割り振れる触手の数は限られ、かつ3機を同時に標的にしなければならい。如何にサイバーリンクによる360度視界を以てしても俊敏な豪竜を捉えるのは難しい。1機を狙い撃とうとすると他の機体からの攻撃を受ける。既に何本かの触手は機能を停止し、シン本体にもダメージを受け始めている。

「そろそろ決めようぜ。」黄崎が叫ぶ。

 雷電はロッドを回転させる。まだダイナモは完全には回復していないが、それでも八割程度の威力は出せる。雷電のロッドからの放電に包まれて、身悶える様に触手を振り回すシン。

 雷電の両脇に紅蓮と岩鉄が並ぶ。岩鉄は踵から姿勢制御用の杭を打ち込み砲撃体勢に入る。

「そうだな。」赤井が答えた。紅蓮の拳が赤熱化する。

「フルバースト…」

 灰島の呟きとともに岩鉄のキャノンの連射が始まり、紅蓮の拳から、熱線が打ち込まれ、シンの周りで爆発が起こる。一瞬爆炎にシンの機体が包まれ、爆炎と共にシンの姿も消えていた。後に残った踏み潰された木々。

 岩鉄のセンサーからもロストしたシン。愕然と辺りをサーチする黄崎と灰島。赤井は直感的に空を見上げた。

 上空200メートルにラルグ・シンはいた。まだ飛行能力が復旧した訳ではない。機体に装備された全触手のパワーをフル稼働させ跳躍したのだ。

(地上に落とされたのはマイナスばかりじゃない。)

 実際の所、雷電の電撃は殆どシンに効果を与えていなかった。触手を地面に突き刺し、アースとして電気を逃がしていた。ダメージを偽装したのは豪竜の足を止めさせて攻撃に集中させる為だった。

(一か所に集まってもらわなきゃならないからな。)

 サルテスは機体を重力に任せて自由落下させる。500トンの物体がJFSメンバーの頭上に迫ってくる。

 想定外の事態にもJFS隊員は出来る限り迅速に対応した。射撃体勢の岩鉄の両脇を紅蓮と雷電が支えて、その場を離脱する。息の合ったコンビネーションにより隊員全員が下敷きになることは避けられた。だが、隕石が地表に落下した様な衝撃に機体を吹き飛ばされ、さすがにバーニアによりバランスを取る間も無く岩盤に叩きつけられる。


 数キロ離れた青木と緑山の所まで届く轟音。緑山は両腕が機能停止した疾風をぎくしゃくと立ち上らせる。

「その状態で行っても足手まといにしかならないのは分かるよな。」

「だけど皆の回線が全然繋がらないんだぜ。」緑山は泣き出しそうになりながら言った。

「分かっている。」珍しく焦りが混じる青木の声。

 冷凍ビームを撃ち続ける氷河のジェネレーターが限界に近づいていた。ヘッドマウントディスプレイに点滅するアラームがそれを告げている。しかし氷河に相対する鋼神の繰り出す荷電粒子ビームは衰えを見せない。むしろ冷凍ビームを圧しながら氷河に迫りつつあった。

(豪竜と同サイズだが、出力は桁違いだな。)

 遂に荷電粒子ビームの金色の輝きが氷河の目前に来た。

(最後のデータ転送か…・)

 転送完了のメッセージ表示を確認直後、青木の視界が真っ白になった。冷凍ビームを弾き返され吹き飛ばされる氷河。


 全身打撲の痛みに耐えながら赤井は辛うじて上半身を起こした。パイロットだけでなく機体にもかなりの損傷が出ている紅蓮の動作は緩慢だった。

 少し離れた地点に雷電と岩鉄が倒れていた。ピクリとも動かない機体に近づいていくラルグ・シン。

 立ち上がる紅蓮。赤井は足を踏み込むが、モーションフレームの反応は極めて鈍い。バーニアにも音声指令を出すが起動しない。

 ラルグ・シンの触手群のレーザー照準が2機の豪竜に合わさる。後はサルテスが撃つ、と思考するだけで、機体をハチの巣に出来た。だがサルテスが考えたのは別の事だった。

(来たか。)

 黒い影が走り込んでくる。倒れていた2機の豪竜を両肩に抱えながら、更に加速していく。幾線ものレーザー攻撃も紙一重で回避しながら紅蓮の方向へ向い2機を投擲した。

「おいおい!」赤井は慌てた声を出す。

 正確に紅蓮の頭上に落下してくる同僚達。片膝をつきながらもなんとか倒れずに受け止める事は出来た。

「無茶しやがって…」赤井は息を大きく吐いた。

 鋼神は既に向き直りラルグ・シンと対峙していた。ラルグ・シンは静止したまま触手一本も動かさない。ゆっくりとラルグ・シンに向かって歩みだす鋼神。触手の圏内に入った途端罠が閉じるように四方八方から触手が襲い掛る。


 青木は気が付いた。冷凍ビームの連続照射の影響で氷河のエネルギーは底を尽きかけている。Emptyの点滅が網膜投影されているが、なんとか機体を立ち上らせる事は出来た。疾風の機体背面が視界に入る。

「お目覚めかい」緑山は顔も向けずに言った。

「何だ、この音は?」青木の疑問。

 気絶していた青木の意識を覚まさせる程の轟音が山中に響いている。

「サーチしてみなよ。俺たちがいかに加減されてたかわかるぜ。」


 ラルグ・シンの触手は鋼神を包むように展開している。サルテスは触手のカメラアイにより、鋼神を全方位から攻撃した。鋼神の視界は触手に一色となる。

 その無数の攻撃の全てを鋼神は弾き返した。背後や頭上の死角からの飛来する触手も的確に防ぐ。触手と鋼神の腕がぶつかる度に凄まじい音が響いた。サイバーリンクによる触手群の連携攻撃を高速度カメラでも無ければ捉えきれない速度で捌きりながら一歩ずつゆっくりとラルグ・シン本体に近づいていく。

 ラルグ・シン中枢のコクピットに横たわるサルテスの額には汗が浮かんでいた。サイバー化した肉体には発汗による体温調整はほぼ不要だが、焦りが汗をかかせていた。

 鋼神の反撃に耐えきれず触手の一本が引き千切られた。更に足に巻き付こうとした別の触手も蹴り砕かれる。剛性弾性を兼ね備え、その一本でタンカーも牽引可能な触手が次々と千切れ飛んでいく。触手を掻き分けるように前進する鋼神は遂に黒い球体に到達した。

 JFSメンバーの視界にはヘッドマウントディスプレイから右の拳を振りかぶる鋼神のズーム映像が投影されていた。その拳をシンの本体に打ち込もうとしているのは分かる。だが、末端の触手を蹴散らすことは出来ても身の丈が数倍違うラルグ・シンの本体にどれ程の効果あるのかは疑問だった。

 それまでよりひと際大きな打撃音が響き、小山のようなラルグ・シンが鳴動する。JFSメンバーは地響きを立てて転がっていくラルグ・シンを驚愕の思いで見つめた。巨大なボーリングの球となったラルグ・シンが転がり樹々を踏み潰していった跡は道のようになり、その道は山の傾斜を越えて1キロほど続いた。


「驚いたね~あのお兄ちゃん。あのデカブツをぶっ飛ばしちゃった。」

 意識を回復した黄崎は身を起こしながらぼやく。

「俺たちの方も遊ばれていただけらしい。かませ犬にもなれず申し訳ない。」

 回線が回復した事で数キロ離れた緑山からの声が赤井のヘッドホンに入る。

「まあ皮肉を言うなよ。こちらの方が被害は大きかった。」赤井が答える。

 紅蓮は岩鉄の機体を支えている。灰島はまだ回復しきっていなかった。

「彼は…何処の星から来たのかは知らないけど、救い主である事は確かね。」灰島は脇腹を押さえて痛みをこらえながら言った。

「どうかな。」

「青木さん。あのお兄ちゃんが敵だとでも。」

「いや、あの男が敵かどうかは別にして、まだ無事に帰れるかは分からんぞ。」

「と言うと?」

 黄崎の疑問に対する回答が、たった今出来た道の先から急上昇した。シンのイオンクラフト機能が復活したのだ。

 完璧な球体だったラルグ・シンはその黒い外装に無残な歪みが生じていたが、パイロットのサルテスにほぼダメージは無かった。機体がどれほど激しく回転しようとも、ジャイロ式のコクピットは常に平衡を保つ。

(ここで確実に仕留める。)

 サルテスはラルグ・シンの残ったエネルギー全てを触手に供給した。触手の一本一本が輝きに包まれていく。

「あれでここら辺一帯に一斉発射するつもりかな。」緑山は無念そうに呻く。

「いいや、あくまでも狙いは鋼神のみだろう。ただ、その周りも無事には済むまいな。」青木の声にも諦めが混ざる。

「冷静に解説してる場合か?逃げろっての。」ヘッドホンから黄崎の声が届く。

「そうね…・貴方達の機体は損傷がそれ程でもない。なんとか避難出来るかもしれないわ。」折れたあばら骨の痛みをこらえながら、灰島は声を絞り出すように言った。

「…」無言になる緑山。

「俺達が乗り込んでる機体は特別なもんだ。5機全部失う訳にはいかない。」黄崎の声は何時になく真剣だった。

「いや、下手に動いても無駄だろう。」

「赤井!?」リーダーのにべもない言葉に驚く灰島。

「今動いたら狙い撃ちされるだけだ。あの男に…鋼神に任せてみよう。あいつも逃げるつもりはないようだ。」

 両手を遥か上空のラルグ・シンに向ける鋼神。その両拳から放たれる荷電粒子砲。シンの無数の触手から照射されたレーザーは集束して巨大なレーザーとなり、鋼神の荷電粒子ビームと衝突する。拮抗する鋼神とラルグ・シンの攻撃。

「これは…いけるのか?」

「氷河の冷凍ビームも難なく弾き返したし…」

 黄崎と緑山の声には希望が込められていたが、青木が冷静に否定する。

「いいや、出力が違う。氷河も含めて豪竜は10メガワット、おそらく鋼神の荷電粒子砲は50メガワットだ。だが、ラルグ・シンの集束レーザーは100メガワットを超える。」

 青木の指摘通り、シンの集束レーザーが鋼神の荷電粒子ビームを圧していく。

「あのレーザーが照射されたら数キロ四方は焦土と化すわ。」灰島の声には諦めが混ざっていた。

 集束レーザーは鋼神の頭上まで迫っていた。そのまま鋼神を呑み込むかに見えた。

「それはまだわからんぜ。」赤井が呟く。

 怪訝そうな他のJFSメンバー。だが、集束レーザーは鋼神の頭上のぎりぎりの位置で停止した。

「おお~鋼神様が出力アップかい。」

 黄崎の言葉通りシンの集束レーザーを押してじりじりと鋼神の荷電粒子ビームが上昇していく。

「いや、違うな。」青木が否定する。

「違う?どういう事だ。」と黄崎。

「…どういう事かこっちが聞きたい位だ。」困惑した声を出す青木。

 青木の困惑はセンサーのデータと実際の光景とのギャップにあった。

「そうね。氷河のセンサーに故障はないわ。岩鉄のセンサーでも鋼神の出力は上がっていないし、シンの出力が落ちている訳でも無い。」灰島が補足した。

「そんな水が低い所から高い所に逆流するような事が…何故出来るんだよ?」緑山の質問は赤井に向けられていた。

「…」赤井は答えずに上空のシンに視線を向けていた。

 荷電粒子ビームはシンの間近まで到達していた。オーバーヒートを起こすラルグ・シン。計算通りならばフル稼働の集束レーザーを20秒照射すれば鋼神を、その周辺にいるJFSメンバーの乗る豪竜も含めて蒸発できた筈だった。一分を超えてのフル稼働は多大な負荷をジェネレーターに与えた。

(もはや回避行動も無理か…)

 サルテスはラルグ・シンとのサイバーリンクに支障をきたし始めていた。明らかに出力の劣る鋼神の攻撃に圧倒されているという事態にシンのコンピュータは対処しきれずフリーズしかけていた。

(ルガー様、申し訳ありません。俺はここまでのようです。)

 サルテスは死の恐怖よりも祖国の存亡を掛けたプロジェクトの途中で力尽きるのを悔しいと感じた。サルテスの思考はそこで途切れた。

 爆発するラルグ・シン。その閃光はゴーグルの遮光機能により、眼にダメージは無いが、数秒の間視界を白いままにした。視界が回復すると、両手をかざした鋼神の姿だけがあった。

 顔は上空にむけたまま両手を静かに下す鋼神。その機体が浮かび上がり、高速で飛び去っていく。鋼神が去った後の青空を眺める一同。

「敵では無いかな。」緑山が呟く。

「敵では無いかもしれないけど…何者だ、あの兄ちゃん?」黄崎の疑問。

「本当に宇宙人だとでも言うの?」灰島の疑問。

「地球人だ。少なくともデータ上はな。」回答する青木も腑に落ちない口調だった。

「ああ、宇宙人ではない。それにしても…・」赤井はそこで口を閉じる。

(鋼牙流とはな。)

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