鋼神戦線

@sawaki_toshiya

第1話

 巨大な2本脚の一方が路肩に停車していた数台の車を踏みつぶした。もう一方の脚がコンビニの店舗を踏みつぶして前進していく。その2本脚には上半身が存在しない。円盤とその下部から伸びた脚で構成されている。

 上空から更に同型の円盤が次々に飛来してくる。円盤は地上30メートルの所で静止し、円盤の底から2本脚が伸びて地面を踏みしめる。前方の建物を蹴散らしながらゆっくりと歩行を開始する。

 横転した車や瓦礫が交通網を塞いでいる為に路上の人々は逃げ惑う事しか出来ない。2本脚の速度は遅いが、歩幅が違う。ゆったりとした歩みで人々に追いつく。円盤の底面から光線が発射される。その光線は重力を断ち切り、浮き上がった人々の体は円盤内に収納されていく。

 飛来してくる後続の円盤群。その内の最後の1機は地上に降り立つ前にレーザーを受けて爆発した。

 自衛隊チームの対異星人用の機動兵器であるデルタ型の戦闘機―剣竜が10機の編隊を組んで到着していた。レーザーを発射したのは先頭の隊長機だった。

「合体するぞ!」第8機動部隊長が叫んだ。

 第8機動部隊の内5機が先に降下していく。ロボットの下半身に変形して、地上に降り立つ。残りの機体はロボットの上半身に変形して、そこに合体した。神出鬼没の円盤群の来襲現場に迅速に駆け付ける戦闘機という役割と、ロボット兵器としての機能を併せ持つ機動兵器である剣竜。

 10機を超える円盤群も戦闘態勢に入る。天井から1本のマニュピレーターを伸ばした。ひょろ長く貧弱そうな外見とは裏腹に極めて有効な白兵専用兵器だった。ムチのようにしなりながら剣竜を襲う。

「来るぞ!」上半身パーツの5号機のパイロットが叫ぶ。

「任せとけ。」下半身パーツの6号機のパイロットが答え、両手の操縦レバーを引いた。

 剣竜の操縦は下半身パーツのパイロットが機体の操縦を行い、上半身のパイロットが攻撃を担当する。5―6号剣竜は円盤の攻撃を回避した。

 5号機パイロットが右の操縦レバーを押す。5―6号剣竜の右腕が上がり、マニュピレーターに一撃を加える。マニュピレーターの動きは一旦停止する。だが、本体の円盤の脚が5―6号剣竜を蹴りつける。それまでとは異なり極めて俊敏な動きだった。胴体に衝撃を受け5―6号剣竜は背後のビルに倒れこむ。

 完全に倒れる手前で6号機のパイロットはなんとか態勢を維持する。そこに追い打ちをかけるように機能を回復したマニュピレーターの先端からブラスターが発射される。5号機のパイロットは咄嗟に右手のレバーを引く。5―6号剣竜の右腕が突きだされ、ブラスターを受ける。右腕のパーツは耐えきれず爆発したが、残った左手の指先からレーザーを発射する時間を僅かに稼いだ。円盤はレーザーを本体に受けて爆発した。

(まだ、人を吸い込んでいない奴だよな。)

 6号機のパイロットは自分に言い聞かせる。被害の拡大を防ぐ為に、人命救助よりも円盤の撃退が最優先となっている。

「ジェネレーターの回復まで後1分10秒。」と、6号機パイロットが言った。

「待ってる暇はない。いくぞ!」5号機パイロットが返す。

 5号機コクピット内のモニターには9―10号機剣竜の頭部が円盤のマニュピレーターに掴まれて持ち上げられている映像が映っていた。円盤のそれは細見でありながら合体時の剣竜よりも、パワーは上回っている。

 円盤は二脚で地面を強く踏みしめ、掴んだ9―10号剣竜を放り投げようとする瞬間、5―6号機剣竜が円盤に体当たりをした。

 9―10号剣竜を落として転倒する円盤。5―6号剣竜がそこに馬乗りになる。残った左腕を連続で叩きつける。円盤の外装が破壊されていく様が映っていた5号機のコクピットのモニターが突如塞がれる。円盤のマニュピレーターが5―6号剣竜の頭部を掴んだのだ。そのまま握りつぶそうと出力を上げていく。

 5―6号剣竜の頭部が爆発した。同時に頭部を失った5―6号剣竜の左腕が外装を突き破り円盤の機能を停止させた。

「大丈夫か。」1号機の隊長からの送信。

「山崎が…」6号機のパイロットが呻く。

「…9号機も今の衝撃で完全に機能を停止しました。」9号機のパイロットが無念そうに呟く。

「フォーメーションを変えろ。6―10号で行け。」隊長からの指示。

 2体の剣竜は分離した。機能を停止した上半身のパーツを構成していた5号機と9号機を切り離した。6号機は上半身のパーツに変形して、10号機の下半身のパーツに合体する。

 剣竜はコスト不足の自衛隊の苦肉の対応から生みだされたロボット兵器だった。戦闘機として円盤と空戦を行える性能を保ちつつ、ロボット形態のパーツとして、上半身と下半身のどちらにでも変形が可能であり、2機あれば合体が可能である。これまでの戦闘で残った機体同士で再合体を行う。

「6―10号合体完了。」

「3―7号合体完了。」

 隊長、副隊長の1―2号機と合わせて剣竜は残り3体。円盤はまだ10体が活動可能な状態だった。円盤は単調で緩慢な動きながら確実に剣竜を包囲していく。

「隊長、突っ込みましょう!」3号機のパイロットがヘルメットの通信機に叫ぶ。

「いや…連中を出来るだけ引きつける。市民が避難出来る時間を僅かでも時間を稼ぐ。」

 円盤は等間隔で円形に並ぶ。速度は変わらずゆっくりと包囲した剣竜との距離を縮めていく。プログラム通りに対象物を破壊する為に。

 3体の剣竜は互いに背中を合わせて身構える。コクピット内のパイロットは息を詰めて待つ。1体でも多くの円盤を破壊する事だけに意識を集中する。

 剣竜を掴みかかろうと更に距離を縮める円盤群。だがそれを阻むように剣竜と円盤の間に爆発が発生する。円盤群は一定の間隔で後ずさり距離を取った。

 剣竜とそれを囲む円盤群。その百メートル程の上空に5つのロボットが浮かんでいた。

「豪竜…」第8機動部隊長は安堵の息をついた。

 5体の豪竜は剣竜を守るように着地した。

「遅くなった。」たくましい声が、剣竜のコクピットに響く。

「仕方ない。JFSさんは日本各地でお呼びが掛っているだろうからな。」第8機動部隊長が返す。

 JFS(JAPAN FORCE SPECIAL)は対異星人迎撃用の自衛隊最精鋭部隊だった。

 豪竜は5機しか存在しないJFS主力兵器だった。量産型である剣竜から合体変形機構が省かれロボットとしての徹底的な性能アップが図られている。現状地球側の兵器で、唯一ロボット形態での飛行が可能となっている。

「九州から今東京に戻ってきた所でね。後は任せてくれ。」

 JFSリーダー赤井は答えて、一歩足を踏み出す。その動きは全身に装着されたモーションフレームにより機体にフィードバックされ、赤井の乗る豪竜・紅蓮も円盤群の前に踏み出した。レバー操縦の剣竜とは異なり、豪竜の操縦はモーショントレース方式を取っている。

「やつらの中に人は?」

「いない。幸いな事に回収前だったようだ。」赤井の質問に冷静沈着な声が答える。

 副隊長の青木の乗る豪竜・氷河はセンサー機能に特化していた。

「それならば遠慮はいらんな。皆いくぞ!」

 豪竜・紅蓮は跳躍した。それに続き他の豪竜も跳ぶ。剣竜に比べより自然な人型をしている豪竜はしなやかな動きが可能となる。

「あらよっと…」

 黄崎は軽い調子で腕を振るう。それに合わせて黄崎の乗る豪竜・雷電は手にしたロッドを回転させる。雷電という機体には高出力のダイナモが内蔵されている。生み出された数千ボルトの電撃がロッドから発射される。雷電の前方の円盤2機は機体をショートして、崩れ落ちる。

「くたばりやがれ!」

 緑山は叫びながら豪竜・疾風のバーニアを全開にする。5機の豪竜の中で最軽量の疾風はバーニアの搭載数も最も多い。飛行速度は5機最速で、地上でも高速機動が可能だった。疾風は一瞬で円盤の間を通過した。通過された左右の円盤は2脚を切断され、地面に本体を激突させる。内蔵武装が無い疾風は両手にした電磁ナイフが唯一の武器だった。

「ターゲット捕捉…ショルダーキャノン発射。」

 灰島の凛とした声による指示は音声認識センサーにより、豪竜・岩鉄にフィードバックされた。岩鉄の右肩に搭載されたキャノン砲が続けざまに火を噴く。豪竜の中で最大の重火器である90mmキャノン砲は灰島の目視照準により、正確に円盤に命中した。連続して2機の円盤が吹き飛ぶ。

「これで片付いたな。」

 青木は呟いた。豪竜・氷河の両手から発射される冷凍ビームにより凍結されていく円盤2機。氷の塊となり崩れていく。

「そうだな。」

 赤井が答える。豪竜・紅蓮の足元には焼け焦げた円盤の残骸があった。紅蓮の拳からプラズマの輝きが消えていく。

「これがJFSの…豪竜の戦闘力か。」第8機動部隊長は感嘆の声を上げる。

「ええ、これならヤツラにも…」副隊長の返事が途切れる。

 残った3機の剣竜は巨大な槍に串刺しにされていた。爆発を起こして、吹き飛ぶ剣竜。後には空中で停止している槍だけが残った。槍は空中にて方向を変え主の元に戻っていく。

 その持ち主は四脚を蹴りつけて空中を移動していた。上半身は人型で、槍はその腕に戻っていた。ケンタウロス型のロボットはゆっくりとJFSの前に降り立った。

「…いつものヤツとは違う感じ。」黄崎は呻く。

 正体不明の異星人のロボット兵器には2種類あった。人を回収するのが目的の2脚の円盤。その円盤を警護する目的の戦闘用ロボットが同行していた。

「氷河のセンサーにも反応が無かった。今までの連中とは違うらしい」青木が言った。

 JFSは様々なタイプの戦闘用ロボットと交戦して撃退していた。だが、今目の前に降り立ったケンタウロス型のロボットはこれまでのどのタイプとも異なっていた。甲冑を模した装甲には異星の模様が施され単なる兵器とは異なる気品があった。騎乗した騎士の如き風格で、豪竜たちを見下ろしていた。

「同じだよ。倒せば同じだ。」

「待て、ミドリ!」赤井が叫んだ。

 だが、緑山は制止を無視して飛び出していく。バーニアを全開にした疾風は緑の弾丸となりケンタウロスに向かう。機体のバーニアはモーションフレームに組み込まれた筋電センサーにより制御を行う。自衛隊の熟練パイロット達もJFSメンバー以外ではそれを使いこなす事は出来なかった。そのJFSメンバーでも緑山はバーニア制御に特化していた。

 疾風はケンタウロスの頭上を旋回する。亜音速飛行を行いながら、正確にケンタウロスの背後を襲う。だが、ケンタウロスは槍を背後に回して柄で電磁ナイフを弾く。振り返りもせずに槍を振る。その一撃は疾風の胴体を捉えた。吹き飛んでいく疾風。

「…!」残ったJFSメンバーに衝撃が走る。

「強いわね。今まで戦ったどのロボットよりも。」冷静を保っている灰島の声にも僅かに怯えが含まれていた。

「俺が足止めをする。その間に。」黄崎が言った。

 黄崎は雷電に搭載されているダイナモを全開にする。雷電のロッドから数千ボルトの電撃が放たれ、スパークに包まれるケンタウロス。

 灰島は岩鉄のキャノンの照準をケンタウロスに合わせる。

「隊長、副隊長準備の方はいいかしら。」

「ああ。」と赤井。紅蓮の両拳が燃え上がる。

「問題ない。」と青木。氷河の掌が青白く輝いた。

「発射。」灰島が呟く。

 槍を振るい電撃を振り払ったケンタウロスに岩鉄のナパーム弾が直撃した。紅蓮と氷河が飛ぶ。爆炎に包まれたケンタウロスの左右から攻撃を仕掛ける。

「ブラストナックル」赤井が叫ぶ。紅蓮の両拳から一万度の火炎が放射される。

「フリーザーハンド」青木が叫ぶ。氷河の両掌から零下百度の冷凍ビームが発射される。

 超高温と超低温の同時攻撃。これに挟まれた敵は温度差に耐えきれず崩れ落ちていく。これまで異星人の戦闘ロボットを何体も破壊してきた。その為、爆炎が消えて無傷のケンタウロスが現れた事はJFSメンバーに大きな衝撃を与えた。

「おい!まるで効いてないぞ。」黄崎が呻く。

「落ち着け。諦めず攻撃を続けるんだ。地道にダメージを与え続ければ…」

 赤井の言葉が途切れる。ケンタウロスの姿が掻き消すように見えなくなり、次の瞬間には紅蓮を除く豪竜は吹き飛ばされていた。赤井だけが辛うじてケンタウロスの槍を回避していた。後方に跳びさる紅蓮。

 冷たい汗が流れる赤井。目の前のケンタウロス型のロボットが単に様子をみていただけで、機体性能もそれを操るパイロットの技量も自分達よりも遥かに格上だと思い知らされる。

「まぁ…こんなものかな。」

 滑らかな日本語で、男性の自信に満ちた声が確かにヘルメットのレシーバーから赤井の耳に聞こえてきた。

「お前…お前らは話せるのか。」驚く赤井。

「驚くことはあるまい。この星の言語の解析など容易い。ただ、伝える必要が無かっただけだ。」

 これまで異星人は明確な意思というものを伝えてきた事は無かった。地球側からコンタクトに応じる事も無かった。

「私はオーン星統一政府軍の最高幹部の1人ギザーラ。」

「何故急に自己紹介を?」

「貴公らは一般兵クラスとは言え、オーンナイトを多数倒している。その戦績に敬意を表しただけだ。」

「その余裕が命取りだぜ。」

「我がオーンナイトはラルグ・ゼオ。参る!」

 オーンナイトはオーン星の戦闘ロボットの総称。幹部クラスのオーンナイトである、ケンタウロス型のラルグ・ゼオは槍を両手で回転させながら、紅蓮に迫る。

 振り下ろされた槍の刃を交わす紅蓮。その背後のビルは斜めに切断され、ビルの上階部分がずり落ちていく。ラルグ・ゼオの懐に飛び込んだ紅蓮は赤熱化した右の拳をアッパー気味に打ち込む。だが、ラルグ・ゼオはそれを槍の柄で受け止める。柄から発せられる衝撃で弾き飛ばされる紅蓮。

「やはり貴公が一番楽しませてくれるようだな。」ギザーラは満足げに呟いた。

「勿論お楽しみはこれからだぜ。」赤井は萎えていく意志を奮い立たせるように叫ぶ。

「ただ、残念ながら楽しんでばかりもいられない。」

 ラルグ・ゼオの持つ槍の刃先が、紅蓮に向けられる。

「終わりにしよう。」

 ラルグ・ゼオが突進する。1秒に満たない時間に10回以上の槍の突きが繰り出される。赤井の優れた反射神経と豪竜の中でも最強を誇る紅蓮の性能がそれを回避していく。だが、徐々に槍の刃は紅蓮の装甲を削っていく。

(しまった!)

 赤井は回避しきれずに遂に紅蓮の右肩を捉えられた。紅蓮の右腕は肩口から斬り落とされる。バランスを崩した紅蓮を串刺しにするラルグ・ゼオ。

「さらばだ。」

 ギザーラはそう呟いてから、ラルグ・ゼオを操作して紅蓮を上空へ放る。紅蓮のコクピット内の赤井は必死に制御を試みるが、メインシステムが停止した紅蓮の反応は鈍い。ゼオの槍が光に包まれる。落下してくる紅蓮を貫けば機体は跡形も無く爆発する。

 だが、貫かれようとるす紅蓮を飛び込んできた黒い影が捉える、黒い影は着地して、紅蓮の機体を静かに横たえて、ラルグ・ゼオの方に向く。

 赤井もギザーラもまじまじとその黒いロボットを見た。その機体は剣竜よりも豪竜よりも人体に近く、強靭な筋肉で構成され、黒鋼の装甲に包まれていた。機動兵器というよりも神話の彫像―鋼神を思わせた。

 鋼神はゆっくりと間合いを詰めていく。ラルグ・ゼオは身構えたまま。両者の間合いがぎりぎりになった時、ラルグ・ゼオが先に動いた。槍の連撃が鋼神を襲う。神速の攻撃を鋼神は一重でかわして、ゼオの間近まで迫る。ラルグ・ゼオは槍を回転させて、柄を鋼神の頭に振り下ろす。鋼神は左腕を上げてそれをあっさりと受け止め、右拳をラルグ・ゼオの腹部に打ち込む。

 高速機動によりラルグ・ゼオの機体が後方に瞬間移動する。鋼神との距離は数十メートル。

(容易ならざる相手だ…)ギザーラはラルグ・ゼオのコクピット内でそう思考した。

 ラグル・ゼオも含めオーンナイトのコクピットにはモニターやレバー、ペダルの類は存在しない。操縦者は体を固定された状態で、頭脳に制御システムが直接リンクしている。

(全力攻撃…)

 ギザーラの思考にラルグ・ゼオの機体は反応した。幹部用の高性能オーンナイトであるラルグシリーズ。その機体の1つであるゼオは巨体でありながら、極めて高い機動性能を持つ。

 鋼神の周りを同時に複数のラルグ・ゼオが出現した。少なくとも赤井のヘッドマウントディスプレイにはそのように表示されている。紅蓮の機体は一切動かないにせよ、センサー類は正常だったが、ラルグ・ゼオの機動があまりにも高速な為に残像を解析しきれなくなっていた。

 複数のラルグ・ゼオの槍が同時に鋼神に突きたてられる。鋼神は跳躍して回避し、振り向きもせずに後蹴りを見舞う。鋼神の右足の踵が右斜め後ろに位置するラルグ・ゼオの顔面を捉える。ギザーラは衝撃を軽減する為に、ラルグ・ゼオの四脚で地面を強く蹴りつける。自ら後方に跳ぶ事で蹴りの威力を相殺した。

 着地した鋼神は焦る様子もなく、ラルグ・ゼオの方に振り返る。既に周りにいたラルグ・ゼオの残像は消えている。

(認めなければならない…)

 歴戦の猛者であるギザーラは自身の動揺を出来うる限り抑制していた。ラルグ・ゼオの高速機動には当然高速処理がパイロットに求められる。ギザーラを除いてオーン星統一政府軍の優れたパイロットの誰もが制御しきれない。その高速機動をあっさりと見切られた。

(今目の前に立つ黒鋼の鋼神は吾輩よりも強い。だがそれでも…)

 ギザーラはラルグ・ゼオという機体に搭載された全ての駆動部を瞬間的にフル稼働させた。ラルグ・ゼオが投擲した槍は音速を超えた。その槍は身を屈めた鋼神の頭上すれすれを通過していく。屈めた機体をバネのようにして前方へ突進する鋼神。その動きを予測していたギザーラはラルグ・ゼオの右前脚を蹴り上げる。位置的に低い体勢になっている鋼神の頭部にカウンターとして蹄が叩きこまれる事になる。

 眼前に迫るオーン合金製の蹄。鋼神は急制動し、前方へ掛っていた加速を上方向に切り替えた。飛び上がる鋼神の頭部に狙い澄ましたゼオの右拳が打ち込まれる。鋼神も右拳を返す。交差する鋼神と騎士の拳。騎士の拳は鋼神が頭をずらした事で外れ、鋼神の拳は騎士の胸部装甲にめり込んだ。

(今!)ギザーラは心の中で叫んだ。

 反転させた槍が鋼神の背中に迫る。槍は独立した戦闘ユニットであり、遠隔制御が可能だった。その飛行速度にはギザーラが自身の機体も貫く覚悟があったことを示していたが、鋼神は両手をラルグ・ゼオの両肩に置き、その反動で機体を更に上へ跳んだ。ラルグ・ゼオだけが槍に貫かれる事になった。

 機体のダメージは痛みとして、リンクされている頭脳に伝達される。だが、ギザーラは空中で体を反転させ、蹴りの体勢に入る鋼神を見続けた。鋼神の機体がみるみる迫り、その視界が鋼神の右踵に塞がれるまで続けた。

(後はお任せしました。ルガー総司令…)ギザーラ最後の思考。

 赤井は鋼神がラルグ・ゼオを破壊する様を見入っていた。鋼神の蹴りはゼオの頭部を粉砕した。その勢いは止まらず、下半身の騎馬部分を真っ二つにしてから、後方30メールの位置に着地した。鋼神の背後で大爆発を起こすラルグ・ゼオ。

 振り返る鋼神。黒煙がはれた後にはラルグ・ゼオという機体は跡かたも無かった。それを見届けた鋼神の機体が浮き上がる。そのまま高速で飛び去っていく。


 地球周回軌道上のオーン星統一政府軍の母艦。その司令室の中央には男が1人立っていた。目の前に浮かぶ大型スクリーンには鋼神の姿が映し出されていた。ギザーラが最後に見た光景。それは鋼神の右踵のアップで終了していた。

「…分かった。ご苦労だったな、ギザーラ。」

 オーン星統一政府軍総司令官ルガーは呟いた。オーン人も青い髪と緑の肌を除けば外観は地球人と変わらない。2メートル超える威風堂々とした容姿。身に付けている銀色の軍服の右胸には星々を砕く巨神のモチーフ。総司令にだけ許されたオーン星の守護神が刻まれている。

「ラン。」

 ルガーの横に女性の3D映像が投影される。

「お呼びですか。」

「地上の幹部連中に招集を掛けろ。」

「了解しました。」

 ランの姿が消えると、ルガーの視線はスクリーンに向いた。

 スクリーンには先ほどのラルグ・ゼオと鋼神の戦闘がリプレイされていた。


「…市だってさ。かなり近いじゃないのさ。」

 中年夫婦が細々と続けている定食屋。かみさんは店内備え付けのテレビで先程の異星人の襲撃についてのニュースを見ている。

「あー自衛隊のなんとかって部隊がなんとかしたんだろう。」

 かみさんが話し掛けるのを亭主は適当にあしらいながら、調理場で作業を続けている。

 客は1人しかいない。その客も食事を終えて席を立つ。

 「すいません。お勘定をお願いします。」

 志来はテレビを見るかみさんの背中に声を掛ける。

「ああ…はいはい。ねぇあんたも今のニュース見たでしょう。」

 かみさんはレジに向かいながら、志来に話し掛ける。

「ええ。JFSの活躍で事無きを得たそうですね。」志来は答える。

「そうみたいね~」かみさんは志来の服装を一瞥する。

 かなり使い古した黒のブルゾンとジーンズ、背負っているバックも年季は入っている。

「あんた仕事は?」

「無職でして。今は旅をしている最中です。」お代を払いながら答える志来

「ふーん。今大変の時だからね。まあ頑張りなさいよ。」かみさんはお釣を渡す。

 普段は客の詮索などしない。志来の風貌がそれを行わせた。年齢は20歳そこそこ。その顔立ちにはまだ少年の面影を残しながらも精悍さがあった。仕事上目にする自分探しの旅と称している輩とは異なっていた。

「はい。ありがとうございます。」志来は笑って引戸を開ける。

 定食屋を出た志来の横を大型トラック数台が走り抜けていく。近くに高速道路への入り口があった。交通量は異星人襲来後、明らかに減っている。

 志来は空を見上げる。雲一つ無い青空。視線を戻すと歩き始める。表情には固い決意があった。

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