香 と 社長 と 思惑 と
「テン・グリップス社と、十柄家。その二つの名前を後ろ盾に使う気はありませんか?」
社長の言葉に、香は失礼にならない程度の時間、黙り込み思案する。
単純な提案として考えれば、これから発生するだろう面倒なちょっかいをガードするには最適だ。諸手を挙げて喜んでもいい。
だが、これがビジネスの一環であると考えた時、素直にうなずけない。
「こちらとしては嬉しい提案ですが……そちらにどのようなメリットが?」
「もともとダンジョン関連の事業はしていますからね。配信にも興味あるのですよ。
涼ちゃんねるは、ダンジョン事業をする上で、無視できない存在になっていますから。それを支援するというだけで、ダンジョン配信を応援している企業であるとアピールできます」
「表向きは――というコトですか?」
「それはちょっと
探索者として腕利きで、理解のあるマネジャーがいて、凄腕のドローン操者のいる配信チームです。ダンジョン事業やダンジョン研究をする上で、仲良くなっておいて損はないでしょう?」
そう告げて、社長は優雅にお茶を啜る。
彼女の様子に嘘はなさそうだ。
だが、どうしもて香は疑った目で見てしまう。
「個人的には、それでもまだ理由としては弱く感じてしまうのですが」
「そう言われても困りますが……確かに茂鴨さんの立場からすると、そうなりますよね」
うーん……と眉をひそめ、社長は困ったように思案する。
それがポーズなのか、本当に悩んでいるのかすら判断が付かない。
馴れない状況のせいか、自分の思考の回転が鈍いことを自覚しながら、香は社長の答えを待つ。
「あ。茂鴨さん――貴方というか、涼ちゃんねるの皆さんって、そもそも『涼ちゃんねる』の価値を自覚されてます?」
「え?」
「今まであまりスポットの当たらなかったスキルを使いこなし、モンスターの寝顔やダン材料理という新しい儲けのタネを開拓。それらで人を集めたところで、ダンジョンに関する知識を啓蒙し、さらにははぐれモンスター相手に領域外戦闘が可能。
加えて死神エンドリーパーと交流をし、情報を教えて貰うコトでダンジョン研究の時計の針を未来へと何度も動かした。
これだけのコトやってるんで、配信とか関係なく、ダンジョン探索者チームとしてめちゃくちゃ評価高いんですよ?
ぶっちゃけ、うちを含めてスポンサーやパトロンとして名乗りをあげたがってる企業はかなり多いです」
「…………」
ある程度自覚していたつもりでいたのだが、こうやって列挙されると思わず開いた口が塞がらなくなる。
一体どこの上位探索チームの話だ――と思うのだが、全部自分たちのチームがやったことだ。
香としては涼だけの手柄だと思ってはいるのだが、外から見れば涼ちゃんねるというチーム全体の功績なのだろう。
「そうやって列挙されると、うちってやばいですね?」
「激ヤバですよ。特に先日のクラゲ退治と、昨日の死神対談はかなりやばいです。トドメといっても過言ではありません。
探索者協会から警告が行ってると思いますけど、政府すら囲い込もうとし始めてるくらいですからね?」
「……確認したいんですけど、政府ってダンジョン庁ですよね?」
「違います。ダンジョン庁という壁を無視して、防衛省や国土交通省などが動いてます」
「え?」
ダンジョン庁は政府からの要請に対しての窓口にもなっている。
各省庁や大臣などが、ギルドや探索者本人に対して直接的に依頼を受けてしまうと思わぬトラブルが生じかねない。
そもそも、IT関連にしろ医療関連にしろ、ちゃんと把握して指示を出せる政治家というのは少数だ。それはダンジョン関連とて同じこと。
だからこそのダンジョン庁なのだが――その手の防波堤としての機能を無視して動いている者たちがいるのは間違いなさそうだ。
「防衛省は単純にチームの戦闘能力に目を付けています。
国土交通省は、ダンジョン庁が作られる前からダンジョン関連に携わっていて、今も内部には部門が残ってます。まぁダンジョン庁と違って、探索者たちが自由に探索できる状況の維持とかは面倒だと思ってるようですが。
なので、涼ちゃんねるを便利使いできそうなチームとして目を付けているのでしょう」
「……どこに捕まるにしろ、お国関係のとこに捕まったらフリー配信とか無理ですよね?」
「無理でしょうね。色々理屈を付けて、自分たちの都合が良いように動かすだけです」
最悪だ――と、香は天井を見上げる。
涼の良さを生かす。それはダンジョン配信以外は有り得ない。
「……自分は涼に配信をやって貰うに当たって、約束したんですよね。
涼が配信とダンジョン探索を楽しむ為の邪魔な雑事は、自分が全て引き受けるって」
少なくともダンジョン庁以外の省庁などの政府筋は信用ができそうにない。そもそもダンジョンに理解のない連中からの依頼なんぞ怖くて受けられないし、やりたくもない。
だからこそ、国からのちょっかいに対する防波堤になりうる後ろ盾やパトロンは重要だ。
「仮に、そちらが後ろ盾になった場合、我々涼ちゃんねるの活動の邪魔になるような何かはありますか?」
「こちらとしては、特に何か課す気はありません。今まで通りのやり方で構いません」
そう告げてから、社長は「ただ――」と付け加える。
「支援者というか後援者というか……その辺りを時折アピールした方が良いかとは思うので、うちのダンジョン研究グループからの依頼や、うちの商品のCMなどに顔を出して頂くかもしれません」
「なるほど。一つだけ言わせてください」
「なんでしょう」
これだけは絶対に言っておくべきだろう。むしろ言っておかなければなるまい。
静かに、声を荒げず、だけど力一杯の感情を込めて、しっかりハッキリと。
「涼にCM出演とか百億万パーセント無理です」
「そんな力強くッ!?」
「芝居どころか台本を読むのもまともにできるかどうか……」
「ま、まぁ……CMというのは、あくまで一例なので。
そういう、うちと繋がりがあるぞ――というアピールは必要だ、という話です」
「ふむ……そういう話ですか」
その位ならば、必要経費ということにできるだろう。
ダンジョン関連の依頼や研究であれば、涼も嫌とはいうまい。
「お家騒動に巻き込む気はありませんが、私の名字と、涼さんの名字の読みが同じというのも、トツカ一族の関係者かもしれない……という疑いにも繋がりますから。それだけでちょっとした盾になりますよ?」
「それ、一族の皆さんも疑いません?」
「
そういう関連の嫌がらせやら文句を言われたのであれば、言ってくれれば適切に対処します」
一瞬見えた殺気に、香は内心で思いきり顔を引きつらせる。
(適切に対処する――ってのがどういう手段なのか考えたくねぇな)
ただ、少なくとも社長がこちらを無碍に扱うつもりが無さそうなのは分かった。
「一族のコトはともかくとして――もし茂鴨さんにまだ疑う気持ちがあるというのであれば、もう一つ話を付け加えましょうか」
「……というと?」
「うちとしては、配信事業に手を出したいな……と思ってるんですよ」
「その一環としてのアピールですか?」
「はい。ただ、涼ちゃんねるの良さは、涼さんのフリーダムさにあると思っています。
なので変に事務所ルールなどで縛るくらいなら、好き勝手やって欲しいんですよね。
事務所に入って欲しいですが自由にやって欲しい……その辺りの相談に乗って欲しいというのもあります。これは涼さんというより、茂鴨さんやモカPさんへの相談ですけど」
「配信ノウハウ的なのを提供ないし教えて欲しい……みたいなところですか?」
「はい」
どうやら、この社長も涼の良さの生かし方は自由にやらせることだと考えているようだ。
それだけで、だいぶ信用度があがる。
これなら、テン・グリップス社を後ろ盾にしてもいいような気がする。
「ふふ。もう一押しみたいなので、最後のダメ押ししちゃいましょうか」
いたずらっぽい笑みを浮かべ、社長が横で控えている秘書の静音を示した。
「彼女は、私にとって姉のような存在なんです。そんな人の妹さんを困らせるようなコトはしたくないんですよね」
ようするに、湊を困らせるような契約なんてしないという宣言なのだろう。
香はそれを聞いて、今度は
「あ~……それは、ズルいです。というか、最初にそれを言ってくれれば、変に疑ったりしなかったんですけど」
思わず香がそう口にすると、これまで社長の後ろで控えていた静音も笑った。
「私と湊を口実にするのは構いませんが……例えお嬢様であっても、湊を泣かせたら許しませんよ?」
「秘書ではなくお目付役の顔で言うのやめてもらえません? っていうか
「今は鹿川ですよ、お嬢様。
それはともかく……夫がシスコンでして、その影響がかなりあるのは自覚しています」
社長と秘書のそのやりとりで、香は一気に肩の力が抜けた気がする。
ふぅ――と息を吐き、お茶をグイっと呷ってから、香は社長へと真っ直ぐ顔を向ける。
「後ろ盾の件、お願いしたいと思います。
今の配信スタイルから外れるようなコトがないのであれば、そちらの芸能や配信の事務所を立ち上げた際に、協力しますし、なんなら所属も検討します」
「うちからの企業案件などは優先的に引き受けて頂けますか?」
「涼のダンジョン探索の邪魔にならない範囲で――となりますが」
「充分です」
うなずき、社長が立ち上がったところで、香も立ち上がる。
「では、よろしくお願いしますね。茂鴨さん」
「こちらこそよろしくお願いします」
そうして社長から差し出された手を、香は握り返すのだった。
・
・
・
「あー……疲れたー……」
テン・グリップス社から外に出て、ある程度離れたところで大きく伸びをする。
「土産に鶏モンスターの肉を貰ったのはいいんだが……」
貰った肉は、自分のSAIに放り込んだ。
これは涼に渡して、好きに使わせよう。
恐らくは湊と一緒に料理することになるだろうが――その時に、テン・グリップス社の社長から貰ったと配信でアピールさせるのはありだろう。
「しかし、最後にとんでもない話をされたな……」
鶏肉を貰う際に、超人化適性が全く無い人の理由の一部、その仮説を教えてもらったのだが――
「誰かに相談できるモンでもないし……」
――それは、ダンジョンのスキルの話と同じくらいの爆弾だった。
仮にこの世からダンジョンがなくなってもついて回る話だろう。
それこそ社長が、殺し合いを経験している理由でもあったようだ。
もしかしたら自分も無関係ではいられないかもしれない。
だが――
「誰も彼もってワケでもないらしいし、俺もそうだったら万々歳ってところか」
香はそこまで気にすることなく、ネクタイを緩めながら駅へと向かって歩き出す。
彼にとっては、涼とダンジョン配信を楽しむのに邪魔にならなければそれでいいだけである。
「さて涼は……っと」
スマホを開くと、涼、湊、守、白凪の四人からLinkerが届いている。
「……白凪さんは別行動か。
涼たちは……明治神宮ダンジョン? ギルドの原宿支部でやる会談は終わったのか……いや、今まさに会談の時間じゃねぇか。そのまっただ中に何でダンジョン……?」
しばし思考していると、今度はシーカーズ・テイルの
その内容に思わず舌打ちをした。
「ったく……暑っちぃからとっとと着替えたいんだが、言ってる場合じゃねーな」
香はネクタイを締め直すと同時に表情を引き締める。
「次は原宿か」
予定にはないが問題は無い。
白凪と心愛がダンジョンに潜らず原宿の探索者協会支部にいるというのもちょうど良い。
「仕方ねぇ、脳みそをもう一回ししますかね」
独りごちながら、香は原宿へ向かうために、駅の改札を潜っていくのだった。
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【Idle Talk】
秘書の静音は元々、十柄家の私兵の一人。
社長の鷲子が中学の時に専属のボディガード兼お付きになってから、ずっと付き合い続けており、秘書をしてまで今も付き合っている。
静音からすると、鷲子は雇い主であると同時に、可愛い妹でもある。
鷲子からしても静音は頼れるガードで、仕事の片腕で、仲の良いお姉さんという感じ。
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