涼 と 旋 と 胃薬 と
香がテン・グリップス社で社長とやりあっている頃――
明治神宮御苑のJR原宿駅近く。
明治神宮と代々木公園の境目付近。
ダンジョン名、
通称、明治神宮ダンジョン上級ルート。
今、涼がいるのはそのエントランスだ。
森の中に、丸く切り抜かれたような空間に、
ちなみに、
「涼を原宿の探索者協会に呼び出すとこまでは良いんだがな……紡風さんよ」
不機嫌さを隠さず守がそう口にすると、旋は頭痛を堪えるような顔をして首を横に振った。
「言いたいコトは重々承知ですよ。
私個人としては府中支部で涼さんとお話をするだけのつもりだったんです。
昨日の深夜に急遽原宿になりましてね……本部の者が涼さんに会いたいそうで」
顔を隠すかのように右手を広げ、その中指でメガネのブリッジを押し上げながら、盛大に嘆息をする。
「その時点でも原宿支店で話し合いをするだけのつもりだったんですよ。
でも、そこへさらに割り込んできたお偉いさんがいまして……。その人が実際に涼さんの動きをみたいとかで、午前中の会議を経て、急遽ここになったんですよ」
「あのー……その偉い人って超人化の恩恵は……?」
「ダンジョンにも入ったコトがない人ですよ。基本デスクワークで、適性検査も受けてません」
旋のその言葉に、涼たち三人はさすがに顔をしかめる。
「協会のお偉いさんたちも必死に説得しようとしたようですが、無駄だったようです」
「……待て。待ってくれ紡風のおっさん。それってつまり、協会長よりも偉いのが
守が顔を引きつらせながら訊ねると、旋は沈痛な面持ちでうなずいた。
そのやりとりを見ながらも黙っていた涼が、おもむろに挙手をして訊ねる。
「超人化適性検査もしてないお偉いさんをエスコートしないといけないのに、何でココなんですか?」
涼の疑問はもっともだ。
明治神宮御苑と代々木公園の境目辺りにあるこのダンジョン『
また、入り口が二つあるという特徴を持つダンジョンで、JR原宿駅近くと、代々木公園の最北端あたりに、もう一つの入り口があった。
どちらから入っても最終的には、静謐中央樹海と呼ばれるエリアに出るようになっている。
涼たちがいるここ――JR原宿近くの入り口は、通称上級ルートと呼ばれており、北側の入り口は通称中級ルートと呼ばれているのだ。
その名前の通り、こちら側は出現モンスターも、罠やギミックなども、北口から侵入するよりも難易度が高いのである。
「っていうか、はじめてダンジョンに入る人が一緒というなら、同じ明治神宮ダンジョンでも、御苑じゃなくて外苑のダンジョンの方がよくないです?」
「まぁディアちゃんの言う通りだわな。その辺りどうなんだ?」
すると、旋はまたしてもメガネのブリッジを押し上げながら、嘆息混じりに答えた。
「おっしゃる通り。聖徳記念絵画館の近くにある、通称美術館ダンジョンは、駆け出し向けのチュートリアルとしても最適のダンジョンです」
それは湊の指摘通りだと、旋はうなずく。
「お偉いさんは、場所を意味する『明治神宮にあるダンジョン』と通称である『明治神宮ダンジョン』を混同しているようでして、こちらを集合場所に指定してきたんです」
「訂正しなかったんですか?」
涼の素朴な疑問に、旋は沈痛な面持ちで首を横に振る。
「したそうですよ? ただ、自分の勘違いを認められないというか、認めるのは恥だとでも思ったようでして……。
なので、協会としてはせめて中級ルートで――と抵抗したようですが、そこまで行くのは面倒だと一蹴され、ココに決定されました」
三人の探索者は、一斉に目を
その気持ちが理解できる旋は何も言わない。
「まぁこの際、
ボクは協会が『話をしたい』と呼び出すから従っただけで、ダンジョンアタックする気なんてなかったんですけど?」
だからこそ、白凪がここに来れなかったのだ。
白凪も守と同じく、話し合いの場で、涼を守る為についてきてくれたのだから。
とはいえ、涼とて質問の答えをすでに予想はしている。
お偉いさんのわがままなのだろう。
「紡風さんに言っても仕方ないと思いますが、ボクのスタイルとしては、配信抜きのマジマジ気分で挑む場合、情報収集を可能な限り完璧にしてから挑むんですよ」
それは承知の上だ――という仕草を見せた上で、旋は答える。
「急遽ダンジョン探索を見たいと言い出したんですよ。こちらとしても、準備が必要だと訴えたんですけど、腕利きなら問題ないはずだと押し切られました」
「……もしかして、ダンジョン内で暗殺されるコトを希望されてる方ですか?」
「もうすぐ来る予定なんですから冗談でもそれを口にするやめてください。聞かれたら
旋や協会関係者に当たっても仕方ないと分かっていても、やはり納得がいかないのだ。
「……お偉いさんってのは、結局ダンジョンを視察したいだけなのか、ね」
呆れたような顔ではなく探りを入れる顔で、守が口にした。
それに、旋は声のトーンを抑えて答える。
「あわよくば、我々にミスをしてもらいたいのでしょう。
形はどうあれ、つっついて騒げるネタを探しているのだと思います」
「無茶苦茶な条件で押し切って探索に着いてきてるクセにケガしたら大袈裟に喚いて危険だなんだと喚起するってか?」
「ええ。逆に何も起きないのであれば、あれこれ理屈を付けて、政治的に涼さんを取り込むつもりでしょう。
鳴鐘さんもいますので、あわよくばシーカーズ・テイルも……などと考えていてもおかしくはありません」
「そうかよ」
旋の言葉に、守は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「湊……いやディアさんって方がいいかな?」
「そうだね。うん。今回の探索中はそっちで。それで、どうかした?」
「お互いのスマホで、いつでも配信できるようにしておこう」
「それはいいけど……大丈夫なのかな、それ?」
「出来ればやめてもらいたいのですが……」
胃の辺りを撫でながらそう口にする旋に、涼は軽く首を横に振る。
「紡風さんや協会の人たちには悪いとは思います。
でも、これまでロクに興味を抱いてなかった人のクソみたいなワガママで、ダンジョン探索や配信が好きにできなくなる方が嫌なんですよ」
涼の言葉に旋は逡巡ののち、大きく嘆息した。
「二人が勝手に配信しようという話をしていた件については、私は何も知らなかったというコトにしておいてください」
恐らくは、旋の精一杯の譲歩なのだろう。
そのことを了解して、涼は一つうなずいた。
「白凪さんに、お偉いさんのワガママと陰謀に巻き込まれたっぽいから、こっそり配信するかも――ってメッセージ送ったら、配信用の枠が飛んできた」
「手際良すぎだろ。むしろ、ディアちゃんや涼ちんがそういう提案をするコト前提で、支部に残ったのかもしれねぇな」
守が苦笑している横で、涼のスマホにも香からメッセージが届く。
「あ。香も個人的な用事は終わったみたいだ。
どっかの会社の社長さんと会ってたんだって。
その社長さんから、鶏モンスターの肉をお土産に貰ったらしいんで、ボクもう帰っていいですか?」
「帰らないでください」
わりと切実に、旋が声を上げる。
「涼ちゃん。この仕事終わったら、そのお肉を一緒に料理しようね」
「……わかりました」
湊の提案に渋々うなずく涼。
その様子に、思わず旋は安堵した。
「香も原宿に来るみたいですね。
なんか、白凪さんと
あと、うちの方も配信枠が飛んできました」
それを聞いた守は人が悪い――あるいは露悪的とも言える表情で、笑みを浮かべた。
「紡風さん、腹括った方がいいかもしれないぜ?
どう考えても、カオルくんたちってば、悪巧みデートする気まんまんだろ?」
「……わ、ぁ……」
思わず泣いちゃいそうな声を漏らす旋。
彼は何も悪くないのだが、立ち位置的にどうしても苦労を背負わずにはいられないようだ。
そんな中で旋は、お腹の辺りをさする手を強めながら、切実な表情で守に尋ねる。
「あの、鳴鐘さん。のちほどで結構ですので……
「おう。頼んどくわ」
守が同情するような笑みを浮かべた時、このエントランスへ、新たに複数の人の気配が現れるのだった。
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【Idle Talk】
涼の頭の中はすでに鶏肉になっている。つまりは鶏頭。
もうお偉いさんと一緒にダンジョンに潜る件についてはどうでも良くなっており、どんな鶏肉で、湊がどう料理してくれるのかを楽しみにしている。
ついでにこのダンジョンにはどんな鶏がいるのだろうとワクワクしはじめている。
お偉いさんとやらについては、本当にもうどうでもいい。
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