涼 と 香 と 大ジャンプ
「デルク、くらげについて詳しく聞いても?」
「詳しくつってもなぁ……」
香に問われて、エンデルクは困ったように自分の
「基本的に、潮騒の領域を筆頭に海辺のダンジョンの中にふよふよ漂ってる感じなんだよな」
「怒らせるとやばいって聞くけど、どのくらいで怒る?」
「結構きまぐれだ。まぁうっかりぶつかったりしたくらいだとそこまで怒らないな。明確な敵意を持ってぶつかると怒るっぽいんだが」
「うーむ」
エンデルクからの答えに、香は難しい顔をして唸る。
「このまま漂われて市街地へ出られると困るな。
怒らせるにしても、浜辺で済ませたいところだが」
「それについては同感だが……怒らせると電撃というかビームのような攻撃をぶっぱなしてくるんだよな。超人化なしだと直撃したらもちろん、カスってもやばいぞ、あれ」
「サイズアップしてるなら、そのビームの射程と太さもサイズアップしてるかもしれないぞ」
「だとしたらやばいな。ここからでも市街地に向けて撃たれたら被害がでるぞ」
険しい顔をするエンデルクに、香は肩を竦めて嘆息した。
「リアルでゲロビ対策考えるとなると、こんな面倒なんだな」
「ゲロビ?」
「あー……ゲロビームっていうゲーム用語でな、元々はロボットモノで口っぽいところから吐く太いビームのコトだったんだが、それが転じて対戦アクションなんかだと照射時間の長い太めのビーム攻撃全般のコトを指すんだよ」
「なるほど。ならマジで怒らせたらゲロビってのが来ると思った方がいいぞ」
「聞きたくなかったよ」
やれやれ――と、香はくらげを見上げる。
「ダンジョン領域に追い返すにしても、どうやったものやら。
触った程度では怒らないだろうが、そもそも触れる高さにいねぇしなぁ」
「超人化しているダンジョン内ならともかく、外じゃあ少しばかり難しいよなぁ……」
ジャンプして手を伸ばしても少々足りないくらいの高さにフロートジェリーはいる。
「触手くらいなら掴めそうだが、くらげ相手にそれはな」
「やめとけやめとけ。触手ごとに、毒針、ビーム、物理攻撃……と役割が違うが、ぱっと見じゃあ区別つかんしな」
「毒針触ったらアウトだろうしなぁ」
触るにしても傘の部分でないと、危険そうだ。
「そもそも触ってどうするつもりだったんだ?」
「風に揺られてる感じだったし、優しく
余裕があるなら、潮騒の領域に入って、通常種で試してみるのもありだ。
だが、人の多すぎる浜辺で、監視の目を減らすのはあまり良いこととは言えない。
「香!」
エンデルクと二人でフロートジェリーを見上げていると、小さなボディバッグをたすき掛けした涼が駆けてくる。
足下はビーチサンダルからブーツに履き替えており、最低限の戦闘モードだ。
「俺のスマホは」
「これ」
「おう」
軽く手を上げて訊ねると、バッグから香のスマホを取り出して投げ渡す。
それを受け取り、即座に操作。
巨大なフロートジェリーの写真を撮って、涼ちゃんねるのアカウントで、現場急行はぐれ対応中と、
「涼、こっちの人はデルク。今、この人と対応考えてた。
デルク、こっちはオレの相棒の涼だ。ダンジョンでオレが役立たずな分、涼はすごいぜ。はぐれ対応もよくやっている」
「涼です。よろしく」
「デルクだ。はぐれ対応経験者が増えるのは助かる。何せ俺は初めてだからな」
「あと、大山根先輩も来てる」
「うん。それは知ってる。少し手前で白凪さんと一緒にいたから声は掛けてきた」
「湊は?」
「わかんない。ロッカー前までは一緒に戻ったけど、お互いに準備が終わり次第、現場に向かおうって言って分かれたから」
涼の言葉に香は少し思案し――
「ちょっと白凪さんのところ行って来る。
涼、くらげ観察は交代してくれ」
「わかった」
――そうして野次馬たちが一定のラインを越えないように見張っている白凪に声を掛ける。
「白凪さん。うちのアカウントで枠を取るんで、撮影頼んでも?」
「わかりました。湊さんが来たら、こちらのアカウントでも共有します」
「わたしも――と思ったけど、身バレとか問題になっちゃうから難しいなぁ……。
こういう時、普段はVアバターで、ダンジョンではコスプレしてる配信者として協力しづらいにゃぁ……役立たずっぽい」
少ししょんぼりした様子に言乃に、白凪が笑った。
「そんなコトはありませんよ。こういう時の情報共有配信なんていうのは、無理してやるコトでもありませんから」
「そうそう。避難誘導や勧告などをやって、今も野次馬の警戒してる人が役立たずなワケないじゃないですか」
白凪と香の言葉に、言乃は顔を上げてうなずく。
「あ、そうだ。私のSAIの中にモバブを用意してあるから、必要なら言ってね。ライトニングも二種類用意してあるから」
「それはかなり助かりますね」
そんなやりとりの中で、香は枠を作り、涼ちゃんねるのWarblerアカウントで
そして、撮影モードのスマホを白凪に手渡した。
「白凪さん、よろしくお願いします」
「ええ」
それからすぐに涼のところへと戻った。
「白凪さんにスマホ渡して何やってんだ?」
「ん? ああ、オレらは配信やってるからな。配信枠を使って、この状況をリアルタイムでの公開を始めたんだ。白凪さんはその辺りのカメラマンとしての能力が高いからお願いした。
まぁこれは配信ネタっていうより状況説明と状況証拠作りの意味が強いんだが」
「リアルタイムのライブ配信なら、最悪ボクらが全滅してしまっても、撮影していたところまでの情報はネットに残りますしね。野次馬のやらかしとかも含めて」
気負いなくそう答える香と涼に、デルクは若干顔を引きつらせる。
「ガキらしからぬ覚悟が決まりすぎてておっさん怖いぜ……」
そんなデルクの様子に、二人は疑問符を浮かべながら仲良く首を傾げた。
「それより、何か分かったコトあるか涼?」
「とりあえずだけど、まぁ」
香の言葉にうなずき、涼は空へ向かって人差し指を掲げた。
「あのフロートジェリー……おっきいからギガントジェリーって呼ぶけど。
ギガントジェリーは、間違いなく風に乗ってる」
そう言って、涼は指先を風の動きをなぞるように動かす。
「今は無風に近い穏やかな風だからギガントジェリーはここに留まっているようだけど、それでも今の風向きはあっち」
涼が指を指すのは市街地だ。
「つまりこのままオレらが手をこまねいていると、ギガントジェリーは市街地に出ちまうワケか」
「時限爆弾の処理みたいになってきたか?」
「時限爆弾と違って天候次第でカウントが早まったり逆回ったりする分、大変かもだけどな」
軽口を叩きあって、香とエンデルクは肩を竦め合った。
「もう一つ。今、調べたけどこれから日が落ちるに連れて風が強まってくみたい。風向きはほとんど同じだけど」
涼は自分のスマホに表示した天気予報を二人に見せる。
「風に流されだすと領域へと追い返すのが面倒になるな」
「市街地の方にながれちまうと、逆風の中で追い返す形になるだろうし、それは避けたいな」
ほぼ無風である今のうちに手を打つ必要があった。
「しゃーないな……涼。手を貸してくれ。レシーブの形で」
「わかった」
レシーブ? とエンデルクが首を傾げていると、涼はギガントジェリーに背を向け、膝を曲げ腰を軽く落として両手を合わせた。
それは確かにバレーボールのレシーブの構えに似ている。
「領域外でやると結構痛いんだから、失敗しないでよ」
「オレを誰だと思ってんだ、涼」
告げて、香は地面を蹴ると涼の手の上に、片足を乗せ、膝を曲げる。
同時に涼は組んだ両手を真上に向かって振り上げる。
その勢いに合わせて香は、涼の手を蹴って大きく飛び上がった。
涼を飛び越え、そのままギガントジェリーへと気か付いていく。
「届いたッ!」
香は手を伸ばすと、攻撃するのではなく優しくその傘を押す。
潮騒の領域が存在する入り江へと向かうように。
「……怒るなよ……!」
それを見ながら、エンデルクは祈る。
涼の腕への負担は大きいが、これでギガントジェリーが怒らないのであれば、解決の可能性が見えてくるのだ。
ぽよよんと傘を震わせたギガントジェリーは、その反動で入り江の方へと流れていく。
着地した香は即座に見上げて、ギガントジェリーの様子を伺い――
「怒らない……か?」
「うん。コアは緑のままだ。今くらいのタッチなら行けるのかも」
――香と涼は顔を見合わせてうなずきう。
「お前に負担掛けちまうが」
「大丈夫。高く付くけど、最悪はココアさんからポーション買う」
涼は再びレシーブの姿勢を取った。
「終わったらちゃんと鶏肉おごるぜ!」
「楽しみにしてるからッ!」
そうして、香は涼のチカラを借りて再び大きく飛び上がるのだった。
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【Idle Talk】
エンデルク
『二人ともカッコいいな。あれだよな、怪盗とかみたいに壁に背をやってレシーブで飛んでもう片方が壁の上から引っ張り上げるみたいなの、やったコトあるのか?』
香
『やるやる。そうやって壁を乗り越えたコトも何度か』
エンデルク
『ダンジョン適性がなくともこういうところで息がピッタリってのは強みだよなぁ……』
涼
『……ダンジョン領域外で使うコトが多いですね』
エンデルク
『どこで使うんだよ? ……って、おい悪ガキども! 俺の目を見て答えてくれねぇかな?』
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