涼 と 湊 と ダン材の天ぷら


「さて、これをどう料理しようか」


 鉄平の言葉に、湊と涼も考える。

 ややして、涼が「あ」と小さく声を上げた。


「涼ちゃん?」

「天ぷらとかどうですか? かしわ天」

「かしわ天かぁ……確かに脂が少なくてアッサリしたお肉だからアリかもね」


 よし――と鉄平がうなずく。


カウンター席ここだと揚げ物は無理だから、ちょっと奥で作ってくるね」

「お願いします!」


 前のめりになる涼に笑いながら、鉄平は奥の厨房へと向かっていった。




「お待たせ。バードレックスの天ぷら作ってきたよ」


 ほどなくして、鉄平が厨房から戻ってくる。

 その手の皿にはたっぷりの天ぷらが乗っている。


「洋食っぽいお店なのに天ぷら作れるんですね」


 湊がそう口にすると、鉄平は皿をテーブルに置きつつ笑う。


「メニューにフリットとか唐揚げがあるしね。

 小麦粉なんかを使う揚げ物を作る材料はあるよ」

「あ、そうか」


 なんとなくビストロという言葉のイメージが、和食である天ぷらと繋がらなかった湊だったが、言われてみればその通りだと、納得した。


「一つ味見したけど、タレより塩かなってコトで抹茶塩を用意してみた。それと、この間のブロシアの花びらで作った桜塩が残ってたから、これも試してみて」


 見るからにカラっと上がったバードレックスの肉を使ったかしわ天と、添えてある抹茶塩の緑と、桜塩のピンク。

 見た目も色合いも軽やかだ。


 ちなみに、小皿に盛られた塩は、人数分用意されている。


「では、みなさんどうぞ」

「いただきます」


 鉄平の言葉に真っ先に反応したのは涼だ。

 かぶせ気味に手を合わせて、かしわ天に手を伸ばす。


 まずはそのまま。


 唐揚げとは異なるサクっと軽い衣の食感。

 その下にある肉は、歯ごたえはありながらも歯触りよくサクサクとほぐれていく鶏肉だ。


 焼いた時には感じなかったのだが、天ぷらとなったこの肉は、鶏肉でありながら、身のほぐれ方に白身魚っぽさを感じる。


 ほぐれていく肉を噛んでいると、脂は少なくあっさりしていながらも、しっかりとした鶏の味が口に広がっていく。


 塩を付けなくても十分に美味しい肉だ。


「……うん」


 こくりと飲み込み、涼は二つ目に手を伸ばす。

 抹茶塩につけて口に運ぶ。


 塩気が肉の甘みを挽き立て、抹茶の香りと苦みが、味にコクと奥行きを与えているようだ。

 そして抹茶の持つ旨味成分が、より肉本来の旨味を引き出してくれている。


「……うんうん」


 顔を輝かせながらうなずいて、涼は三つ目に手を伸ばす。

 最後に桜塩だ。


「…………!」


 顔が光を放った。

 ダンジョン食材である桜を使って作っているからだろうか。

 ほのかに香る桜が、かしわ天を華やかに彩る。


 抹茶塩同様に、塩気が肉の甘みと旨味を引き立てているのだが、そこに華やかな桜の香りが加わるだけで、ここまで風味の広がりを見せるのかと涼は目を見開いた。


「……うんうんうん!」


 輝く顔のまま、涼は何度もうなずいて、嚥下する。


「いやしゃべれよ!」


 飲み込んだあとで、そのまま満足そうに息を吐く涼へ、香がツッコミを入れる。


「まぁ涼ちゃんの場合、顔が口よりモノを言ってるから」

「それは確かにありますね。ところでビール頼んでもいいですか?」

「完全にプライベートだし、車も持ってきてないならいいんじゃないかな?」


 湊の回答に、白凪は力強くガッツポーズをした。

 どうやら、ついに白凪はダン材料理の時に、お酒を飲めるようである。


 そんな各員の様子を見ていた鉄平が、白凪に瓶ビールとグラスを差し出してから、ニヤリと笑って涼に訊ねる。


「涼ちん物足りないよね?」

「……まだ何かあるんですか?」


 ワクワクを隠しきれない様子で涼が聞き返すと、鉄平は意味ありげに笑った。


「ちょっと待ってて?」

「はい!」


 そうして鉄平が厨房へと消えた後、ややして何かを持ってきて戻ってくる。


「どうぞ涼ちん」

「おお!」


 鉄平が持ってきたのはご飯とかしわ天の乗ったワンプレートだ。


 平らな丸皿にライスが平たく盛られ、その上の半分にキャベツの千切り、もう半分に山盛りのかしわ天が乗っている。

 さらにキャベツの上にはたっぷりのタルタルソースが乗り、かしわ天には薄茶色のタレがたっぷり掛けられていた。


「これ……テリヤキソース?」

「正解。たっぷりタルタルの天ぷら丼だよ」

「おお!!」


 涼が喜び慄いている横から、香と湊も声を上げる。


「自分も貰えます?」

「わたしもー!」

「もちろん。白凪さんはどうされます?」

「ライスはいらないので、天ぷらとテリヤキとタルタルのソースだけを」


 鉄平から問われて、白凪は幸せそうにビールを飲んでいた顔を上げて答えた。


「了解です。ではお待ちください」


 そうして鉄平が用意しているのを待たず、涼は自分の分に手を付け始める。


「……いざ」


 サクリとした衣は言うに及ばず。

 テリヤキソースの甘みのあるこってりとした塩気。

 さっぱりとした味の肉だから、負けてしまうのではないかと思ったが、そんなことはなかった。


 先ほどの塩で食べた時の繊細な旨味とは異なる、テリヤキソースの味に負けない風味を感じるのだ。


 恐らくは、塩で食べたモノの時よりも、強めに下味を付けてから揚げたのだろう。

 本来ならそれで塩気が増すと、しょっぱく感じそうなのだが、下味の塩気がテリヤキと合わさることで肉の味と旨味を強める絶妙な塩梅になっているようだ。


「…………!」

「また無言で輝きだしたぞ」

「いやぁ、本当に涼ちゃんは幸せそうに食べるね!」

「白凪さんも幸せそうに飲んでますね」

「確かに。こんな緩みきった白凪さん初めてみたかも」


 パリっとした空気のデキる女も、プライベートで気を抜いている時まではパリっとしていないということだろう。

 上手くオンオフ出来ているからそこ、デキる女である――と言うならば、その通りだ。


「三人ともお待たせ」

「待ってました!」

「涼ちゃんが輝く天ぷら丼! 楽しみ!」

「ありがとうございます」


 盛り上がる三人の横で、涼はマイペースに自分の皿のものを口に運ぶ。


「……次はタルタルと」


 瞬間、涼の顔の輝きがさらに増した。


「おお。涼ちゃんが光り輝いている」

「よっぽど気に入ったらしいな」

「嬉しい反応だね」


 タルタルソースの強いコクとまろやかな酸味の利いた味が、テリヤキソースの甘辛い風味とマッチするのは言うまでもなく。

 それがかしわ天と合わさると、肉の味が消えてしまうかといえば、そんなことはない。


 テリヤキソースだけで食べた時と同様に、しっかりと肉はその味と旨味を主張する。

 それどころか、肉だけではあっさりと消えてしまうその旨味の余韻が、タルタルソースのコクと合わさることって、長く長く続くのだ。


「これは天ぷらならでは!」


 思わず声が出る。

 その声に、鉄平がニヤリとしたのだから、計算通りの味なのだろう。


 同じ肉でも、これを唐揚げやフライドチキンなどにすると、味が強くなりすぎる。

 あっさりとした味の肉を、あっさりとした天ぷらにしたモノを、濃厚なタレで食べることで生まれる旨味の余韻。


 そしてその余韻によって、ご飯や千切りキャベツを一気にかき込みたくなる。

 当然、ご飯やキャベツとあわせても美味しい。むしろ、より美味しく感じるのではないか。


「満足感ある天丼でした。ごちそうさま」

「お粗末様。楽しんで貰えたようで何より」


 そう笑いながら、鉄平も嬉しそうに笑う。

 そんなやりとりを見ながら、香が天ぷらを味わいながら、口にする。


「しかしこのバードレックスの肉……確かに鶏肉なんだけど、どことなく感じる魚っぽさは、は虫類の肉っぽさもあるよな」

「あ。それは思った。ワニやトカゲほどじゃないけど、ほんのりそれに近い感じするよね」


 香の言葉に、心当たりがあるらしい湊もうなずいた。

 実際、バードレックス自体が、ニワトリ感の強い恐竜といった雰囲気のモンスターなので、案外間違ってはいないのだろう。


「え? ワニやトカゲって鶏肉の味するの?」


 二人のやりとりに、耳ざとく口を挟むのは涼だ。なにやら興味ありげである。


「鶏肉そのものじゃあないんだけどな。鶏と魚の中間っぽい感じはするな」

「鶏と魚の中間っぽいって感じが分からない」

「まぁ確かに食べてみないとピンとは来ないかもねぇ」


 あははははは――と、笑うところから、湊は試したことがあるのだろう。


「モンスターに限らず、その手のお肉は日本だとなかなか食べる機会はないですからね」


 まだ酔うほど飲んでいないだろうに、どこかとろけた顔で白凪が言う。

 天ぷらを食べて、グラスを傾けて、幸せそうに息を吐いているので、ああやってのんびりと楽しむのが彼女のスタイルなのだろう。


「白凪さんはその手のお肉は?」

「湊さんのマネジャーになってから急に増えましたね」


 その言葉に、涼と香と鉄平は、「ああ……」と思わず納得して、湊を見る。


「三人ともその視線は何かな?」

「チャレンジ精神は大事だと思うぞ」

「うん。大事だとは思うんだけど」

「巻き込む人は見極めようね、湊ちゃん」

「三人そろってどういう意味かな?」


 うがーと犬歯を剝く湊を無視して、香は最後に残っていた天ぷらを口に運ぶ。


「涼は、は虫類系のモンスターでも採取してくるつもりか?」

「それもアリかなって。乱神林は、寝顔や食材探すにはちょっと物足りなかったし」

「確かに一階だけしか探索してないとはいえ、トリイランナーとゴブリンじゃなぁ……」

「絶景も寝顔もモンスターも全部揃ってるダンジョンって少ないよね」

「それを求めてるのはお前くらいだけどな」


 そうなってくると、涼にとっては、東京美食倶楽部が一番探索してて楽しいダンジョンということになってくる。


 涼と香で次の予定を考えるような話をしていると、横から湊が訊ねてきた。


「あ、そうだ。

 ダンジョンがどうこうってワケじゃないけど、涼ちゃんと香くんって、夏休みの予定空いてる? 何人か誘って、海水浴とかキャンプとか一緒にどう?」


 そのことに、涼と香は顔を見合わせる。


 ダンジョン探索とダンジョン配信以外の予定がなかった二人は、湊にうなずいた。


「まだちゃんと予定は立ててないけど、大丈夫だな。涼は?」

「ボクも特にはダンジョン以外の予定はなかったし」

「なら、近いうちにLinkerで連絡するね。一緒に行こう!」


 そんなワケで、夏休みの予定の一つが決まったようである。



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【Idle Talk】

 今現在の作者の悩み。

 こんな〆かたをしておいて何なんですが、涼ちんの水着姿が決まらないコト。



===


 カクヨムコン期間での更新はこれでラストになります。

 期間中、♡、コメント、☆、レビュー、フォローなど応援などありがとうございました٩( 'ω' )و


 もちろん、期間前からの応援してくださっている方も、期間後も応援してくださる方も、ありがとうございます


 これからの、マイペースにやっていきますので、今後ともよろしくお願いします

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