香 と 海 と いつメンと


 涼と香の地元駅から、電車を乗り継ぎ一時間半ほど。

 気軽に足を伸ばせる場所な上に、人も多くて混雑している海水浴場。


 その一角で、ハーフパンツタイプの水着の上に、ジップアップのラッシュガードの前をあけて羽織っている香が、レジャーシートの上に座っていた。 レジャーシートの上には、香のモノだけというには多い量の荷物があるので、荷物番をしているのが見てとれる。


 パラソルの下、香は陽光を見上げて目を細める。

 さすがは夏だ。基本はもとより、その日差しが強さは刺すようだ。


 どこからともなく視線を感じ、香は周囲を見回す。

 どうやら一人でいる香に声を掛けるかどうか悩んでいる女性グループがいるようだ。


 それ自体は良くあることなので余り気にせず、香はさらに周囲を見回す。

 いくつか似たような女性グループは見つけたが、怪しそうなやつは特にいない。


 涼ちゃんねる絡みで何度か顔を出している香は、悪意のある誰かに見られてたりする可能性を考慮して警戒した。だが、見たところそういうのはなさそうだ。


 香が小さく安堵していると、そこにいつもの面々がやってくる。


「香くんお待たせ」

「……お待たせしました」


 湊と白凪だ。

 だが、どこか白凪が落ち着かない様子だ。


「湊、白凪さんどうしたんだ?」

「水着をあんまり着てこなかったから恥ずかしいみたい」

「なるほど」


 顔が赤くなったりしないのは、いつものクールさの現れかもしれない。だが少しクールさが崩れた顔もしているので、照れや羞恥があるのが分かる。


 香は一つうなずくと、自分のカバンから自分が着ているのとは別のラッシュパーカーを取り出した。


「白凪さん。オレので良ければ、どうぞ。

 前を閉じれば隠せますし、これはそのまま水にも入れるやつなので。泳ぐのには向きませんけど」


 差し出されたそれを見て、白凪は少し葛藤した上で、受け取った。


「すみません。お借りします」

「どうぞ」


 そのやりとりを見ていた湊が、なんとも胡散臭いモノをみる眼差しを香に向ける。


「……どうした……?」

「いや手慣れすぎているというかスマートすぎるというか……」

「涼にもよく言われるんだよなそれ」


 苦笑する香に、「だろうねー」と苦笑を返して、湊は訊ねた。


「白凪さんの水着、選んだのわたしだったんだけど、ダメだった?」

「さすがは湊だな。よく似合う水着を選んでる。湊自身のも自分で選んだだろ? それも似合ってて可愛いじゃん」

「……ナチュラルに人を褒めるね。嬉しいけど。でも、それなら別に隠す必要なくない?」

「本人が周囲の目が気になって恥ずかしいっていうなら、そこは和らげてやらんとってなるだろ? 一緒に来てるんだから、出来るだけ楽しめるようする方法を選んだだけだよ」

「そっか。そう言われるとそうだね」

「白凪さんの水着選ぶのは良いけど、ラッシュガードとかは考えなかったのか?」

「正直、全然考えてなかったんだよね」


 あはは――と笑う湊。

 海には行きたかったけど、ほとんどノリだけで準備してきたのだろう。

 あるいは、白凪と水着を買いに行きたかっただけなのかもしれない。


 なので……というワケではないが、香は念のために訊ねる。


「そういや湊、日焼け止めはあるのか? 馴れてない白凪さんだと持ってきたりしてない可能性があるけど」

「……あ!」


 しまった――と、顔をしかめる湊に、やれやれと香は嘆息した。

 そして、自分のカバンから日焼け止めを取り出す。


「何であるの!?」

「自分用のとは別に、誰かが忘れた時とか、足りなくなった時とか……必要な時に見つからない時とか用の予備はストックしてきた」

「ぐ……ありがたく使わせてもらいます」

「なんで悔しそうなんだ?」


 香が首を傾げると、ラッシュガードを羽織った白凪が横から口を出す。


「たぶん、そういう用意周到なコトをして、香さんや涼さんからの好感度を稼ごうとか画策してたんだと思います」


 白凪を見れば、ファスナーが上がりきらず胸の途中までになってしまっているようだ。

 そのせいで、胸元が強調されてしまっているように見える。そのせいで水着の時よりもかえってエロティックさを感じる姿になっていた。だが、本人は気持ちが落ち着いてきているようなので、香は敢えて指摘しないことにする。


「用意周到からほど遠い忘れ物しまくってるのは気のせいか?」

「だから悔しいんだと思いますよ?」

「……白凪さん、解説しないで……」


 謎のダメージが入っている湊を見ながら、香はくつくつと笑う。

 そんな湊は、話題を変えようと、周囲を見回してから香に訊ねる。


「そういえば涼ちゃんは?」

「更衣室で色々悩んでたけど、そろそろ来るんじゃないか?」

「悩んでた……つまり女物をすすめたの?」

「それはない」

「えー」

「なんで不満そうなんだよ……?」


 苦笑しながらふと見ると、白凪も少しだけ残念そうな顔をしているように見えた。


(どんだけ女物を着るコトを期待されてるんだか……)


 まぁそういう立ち位置にいるよな――などと香が苦笑していると、フード付きラッシュパーカーをダボっと着、フードを目深に被った小柄な人物がこちらへと向かってくる。


「ほら、噂をすればなんとやらだ。来たぞ」


 それを見、香がその人物を示せば、二人がそちらへと視線を向けた。


「すみません、お待たせしました」


 フードの下からのぞくのはいつもの涼の顔だ。

 ラッシュパーカーのお腹の辺りにあるポケットに左右から手を突っ込んでいる。


「ダボダボのいーね涼ちゃん!」

「そうですか? 動きづらくて個人的にはイマイチなんですけど」

「そうなの? 見た目はいいと思うんだけどなー!」


 実際、涼の着ているフード付きラッシュパーカーはダボついている。

 長袖なのもそうなのだが、恐らくサイズが涼の適正サイズよりだいぶ大きいのだ。

 そのせいで、裾が膝上くらいまであり、水着を隠してしまっている。


「香さんの見立てですか?」


 白凪からの問いに、香はうなずく。


「涼の売りは性別不明なところにありますからね。

 ちゃんねるリスナーに見られても、そこが判然としないスタイルを考えた結果、こうなりました」

「なるほど」


 ダボっとしたサイズの大きいラッシュパーカーが水着を隠しているので、男物であれ女物であれ何を着ているのか分からない。

 それでいて、軽くまくった腕や、裾からスラリとした肢体が見えているので、性別問わずどこか目を引くコケティッシュさがある。


「まぁ本気で海で泳ぐっていうなら、脱いでもらいますけどね。

 白凪さんに貸してるそれも、水に入る分には大丈夫ですけど、泳ぐときは危ないんで、そのつもりで」

「わかりました。気をつけます」


 香と白凪はいつも通り、落ち着いたやりとりをする。

 一方で、普段よりテンション高めの湊と、普段以上にローテンションな涼が、いつものようなやりとりをしている。

 テンションはともかく、どちらもいつも通りに楽しそうだから問題なさそうである。


 そんな二人を見ていると、何とも昔ながらの友人のような気がしてくるから不思議だ。


「どうしました? 妙な顔をしてますけど」

「いやぁ、なんつーか……出会ってそんなに経ってないはずなのに、気がつけばこの四人がいつものメンツみたいな感じになってる気がしましてね」

「そう言えばそうですね。私だけ少し浮いてる気がしますけど」

「そうですか? 気にしすぎだと思いますけどね。

 今回だって、プライベートの遊びに、湊が誘ったワケでしょう? なら、仕事以外の場面の時は、友達とか姉とか、そういう扱いなんじゃないですかね。アイツの中で」


 告げれば、白凪は驚いたように目を瞬き、それから感慨深そうに細めた。


「では、あなたや涼さんはどう思ってくれているのですか?」

「似たようなモンですよ。プライベートでは年上の友人って感じですね。そちらの失礼になってなければ、ですけど」

「失礼だなんて思ってませんよ。むしろ、そう思って頂けるのは嬉しいですね」


 そう言って笑う白凪の笑顔は、いつものクールな笑顔とは異なる、どこかあどけなさを感じる柔らかな笑顔だった。


「正直、あの事件からこっち、上京してきて以降は、バイト三昧探索三昧でしたから。社員登用されてからも仕事三昧探索三昧。

 湊さんのマネジャーになるまで、プライベートなんて探索以外だと料理やお酒が美味しそうなお店が目に入った時に気まぐれでフラっと入ってみるくらいのコトしかしてませんでしたし」


 もしかしたら、白凪は湊のマネジャーになるまでは、だいぶ張り詰めたモノがあったのかもしれない。


「友達らしい友達も出来ませんでしたからね。

 仕事の同僚とか先輩とか後輩とか上司とか、そういう関係性ばっかりで」


 それを解きほぐしてきたのだとしたら、湊も大したものだろう。


「だから――というワケでもないんですけど、私、今日はちょっと浮かれているかもしれません」

「いいんじゃないですかね。夏の海なんて浮かれてナンボだと思いますし。湊なんて海に行くって決まってからずっと浮かれてるじゃないですか」

「それもそうですね」


 涼と喋っている湊は、浮かれているせいでいつも以上にボディランゲージが多くなっている。

 涼の性別を失念しているのか、抱きついたり顔を近づけたりしているので、さしもの涼すら少し赤くなって困っているほどだ。


「湊さん、香くん、そろそろ海入ろ~!」


 ブンブンと手を振る湊に、香と白凪は軽く手を上げて応える。


「さて、大丈夫だと思うけどこれをやっときますか」


 香はカバンからネットのようなものを取り出して荷物に掛けた。

 それから、ネットの隙間とカバンの一部を番号式南京錠でくっつける。それをカバンの数だけやった。


「盗難防止用のネットとカギですか?」

「ええ。そんなしっかりしたモノじゃないですけどね。人も多いし、こういう場なんで一応やっておこうかな、と」


 これだけで完全に盗難は防げない――どころか、ネット自体はハサミとかで切れるようなシロモノだし、何ならネットごとカバンを持って行けるので、そこまで信頼できるものではない。

 人数が少ないので誰かが荷物番をするというのも難しいからの苦肉の策だ。


 もっとも、そういう防犯意識を持つ客である――と思わせるだけで牽制にはなるのだ。その辺りの理解力や判断力が低い阿呆には通用しない牽制ではあるが。


「ダンジョントラップのように、正しい手順で外さないと、電気が流れたりガスが吹き出したりする仕掛けというのもアリな気もしますが」

「どう考えても他の人に迷惑になりますからやめましょうね」

「ですよね」


 そもそもそれをやると、恐らくは湊が一番被害を受けるだろう。何も考えずにネットをバサっと開けそうだし。


「さて、湊が待ちくたびれてるようですし、行きますか」

「そうしましょう」


 そうして香と白凪の二人は、ネットを仕掛けている間もずっと手を振っていたらしい湊と、両手をポケットに突っ込んだままぼんやりと待っている涼の元へと向かうのだった。



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【Idle Talk】

 白凪さんは、友達が出来なかった――というよりも、本人は無自覚ながら友達や仲間を作ることに臆病になっていたが、正しい。

 探索中の臨時パーティや、ふらっと入った居酒屋で相席となった際に盛り上がったメガネのお姉さんなど、友達を増やす機会がゼロだったワケではない。


 出たがり部長が白凪を湊のマネジャーにしたのは、白凪の実力もそうだが、湊との相性を考慮したもの。

 湊の良い意味で分け隔て無く、誰でも引っ張っていく明るさとパワーで、臆病な白凪の殻が割れてくれれば……という目論見が部長の中にあったのかなかったとか。

 

 実際に部長の狙いの効果があったのかはともかく、湊のパワーに、香の気遣い、そして釜瀬と再開したコトで、白凪の心の中で時間が止まっていた部分が、少しだけ動き出したのは間違いない。



===



 本作とは無関係なのですが、作者の別作品『魔剣技師バッカス』のコミカライズが始まりました。

 コミックノヴァにて連載中でございます。

 https://www.123hon.com/nova/web-comic/bacchus/

 興味がありましたら、よろしくして頂ければ幸いです٩( 'ω' )و



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