涼 と 湊 と 調べ物
鉄板ビストロ
入り口にはClauseの看板が出ているが、お店の中には涼と湊、香と白凪がいた。もちろんオーナーである
「良かったんですか、鉄平シェフ。配信でもないのにお店借りちゃって」
「気にしないでよ香くん。事前に湊ちゃんから確認は貰ってたしね。
こういう時にお店を自由にできるのが、個人経営の強みだし」
ようするに、いつもの四人で集まるアレを、鉄平のお店でやろうというワケである。
「ところで涼さんは何をしてるんですか?」
白凪は、ソファ席に座って難しい顔のままスマホを見ている涼を示して、香に訊ねた。
「この間の一千万本松マハルとのコラボで使ったダンジョンのお祭り化現象がよく分からないから、色々考え込んでるっぽいんですよね」
「ああ」
香の答えに、白凪は納得する。
「そういえばあのダンジョンのある神社ってお祭りとかするんですか? 配信中に調べて欲しいみたいなコトを涼ちゃん言ってましたけど」
コラボ配信を見ていたらしい鉄平の問いに、香は小さく肩を竦めた。
「一応、例祭が八月にあるようですけど、それ以外のお祭りは大國魂神社と連動しているというか、あそこも大國魂神社の一部のようなんですよね」
「そうすると、外部の環境によるモノではないってカンジ?」
湊の問いに香は小さくうなずく。
「だと思う。ただまぁ時期が時期だしな。ダンジョンに影響を与えるようなお祭り感みたいなのが――無いかと言えば嘘になる」
香は、涼からダンジョンは人の意思が反映されている可能性があるむねを聞いている。
だからこそ、あのお祭り化も、それを望む誰かの意思の影響ではないかとは思うのだが――
「とはいえ、期間限定のお祭りモンスター出現中という形で宣伝しつつ、乱神林はふつうに探索可能になっているのを見るに、ギルドは危険性は少ないと判断したのですよね?」
目を眇める白凪。
色々思うところを飲み込んでいるような彼女に、香はそれを理解した上で首肯する。
「今のところは……ですけどね。はぐれ化したサイクロプスが出現した事実もちゃんと添えてありますから、無茶をする人は少ないかと思いますし」
「レアドロのお祭りセットを稼げるだけ稼ぎたいというギルドの思惑もありそうですが」
「それはあるでしょう。何に使えるかは分かりませんけど、今しか手に入りそうにないのであれば、研究より先に集められるだけ集めろ……となったんでしょうね」
そう言葉を交わしながらも、香と白凪は内心でギルドに対して舌打ちをしていたりもする。
以前のOHR88のダンジョン占有の件といい、どうにもキナ臭さを感じる話なのだ。
政治や金儲けの為に、探索者とダンジョンが利用されている匂いというべきか。
香や白凪からするとあまり面白いとは思えない匂いだ。
そんな二人の様子を見ている湊がほっぺたを膨らませて口を尖らせる。
「白凪さんと香くんが何やら難しいモードになってしまった。
涼ちゃんも真面目な顔してスマホ見てて相手してくれないし」
「なら、俺たちは料理をするしかないっしょ?」
膨れた湊の姿に笑いながら、鉄平がそう口にすれば、湊もうなずく。
「そうですね。そうしましょうか」
「今日は何を持ってきてくれたの?」
「これです!」
湊が取り出したのは、大きな鶏肉だ。
細かく切り分けられているが、組み合わせるとシルエットは首の長いニワトリのような姿になるだろうか。
トサカから足までは、百五十センチくらいはありそうだ。
「バードレックスというモンスターですね。
恐竜のようなシルエットのニワトリです。あるいはニワトリカラーで
「オヴィラプトルのコト?」
「そうそれです!」
鉄平が小型の恐竜の名前を口にすると、湊がビシっと指を掲げてうなずいた。
「見ての通り、お肉のカンジはほとんどニワトリって感じですね」
「そうだね。首がちょっと長いのと頭が大きいからか、首回りのお肉は鶏よりも肉付きがよさげみたいだけど」
ふむふむ――と、二人でお肉を確認したところで、モモの辺りを小さく切った。
「とりあえずは、味見で」
「だね」
一口サイズに切ったモモ肉を、熱したフライパンに並べていく。
「お。なかなか良い香がするね」
「鶏肉っぽさと、何かのお花かな?」
ブロシアと違ってはっきりと香るワケではないが、なんとなく甘い花の香りがする肉だ。
もしかしたら、普段バードレックスが食べてる植物の香りなのかもしれない。
「……はッ!? 鶏肉が焼ける匂いがするッ!?」
そして、その香りが涼のところへと届くと彼は、スマホから顔を上げて周囲を見回し始めた。
「バードレックスの味見用ステーキ。涼ちゃんいる?」
「もちろんッ!」
湊の問いに、涼は力強くうなずく。
ソファ席から飛び出して、カウンター席へとやってくる涼に、湊が訊ねる。
「調べ物はどうだったの? お祭りについて調べてたんでしょう?」
「え? 何ソレ?」
「え?」
キョトンと首を傾げる涼に、湊が目を瞬く。
湊が横に居る鉄平に視線を向ければ、彼も不思議そうに首を傾げていた。
「ダンジョンのお祭り化現象について調べてたんじゃないの?」
「違う違う」
ぷるぷると首を横に振り、涼はカウンター席の椅子へと腰を掛ける。
そんなやりとりを、香が遠巻きに「え? 違うの?」という顔をで見てくるのを無視しながら、涼は答えた。
「いやほら。最近の探索で食べれそうなモンスターと遭遇してなかったから。
鶏肉なんて贅沢はいわないけど、野菜くらいは食べたいなぁ……って」
何やら向こうの席で、「なんだそりゃあ!?」という叫び声が聞こえたのを無視しながら、湊は笑う。
「やっぱり涼ちゃんは涼ちゃんだったか~」
「え? 何が?」
よく分からなそうに首を傾げる涼へ、鉄平が爪楊枝をさした肉を一切れ差し出した。
「はい。味見用ステーキ」
「ありがとうございます」
受け取るなり目をキラキラさせる。
湊と鉄平もそれぞれ自分の分を手に取った。
「いただきます」
三人はそれぞれに口に運ぶ。
「もぐもぐ」
顔こそ輝かないものの、涼は顔を綻ばせた。
「美味しいですね。ちょっと歯ごたえがあって、でもサクサクと噛み切れる感じは楽しいです」
涼の感想にうんうんとうなずきながら、湊も食べた感想を口にする。
「しっかりした旨味のわりにはかなりアッサリしてますね、これ」
「うん。ずいぶんと脂肪がすくないのかな? 肉としての旨味はあるけど、脂の旨味が少ないから、アッサリとした味に感じるんじゃないかな」
鉄平の分析に二人はうなずき、それならば、この肉はどんな料理で食べるのが美味しいのかと、考えはじめた時だ。
「あのー」
申し訳なさそうな様子で白凪がやってきた。
「私と香さんの分の試食ってあります?」
香の方も申し訳なさそうな顔をしているのに、湊は思わず吹き出しながら――
「もちろんです!」
二人の分のステーキを差し出すのだった。
=====================
【Idle Talk】
乱神林――絶景配信するならともかく、寝顔や食材探しの配信をするのには向かないかも知れないな……なんてことを涼ちゃんは考えながら、スマホで近隣でもぐって面白そうなダンジョンを探していたようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます