涼 と マハル と サイクロプス


「とりあえず、マハルさんは下がってください。

 周囲にゴブリンが現れた場合、ボクの邪魔にならないよう片付けて貰えると助かります」

「わ、わかりましたわ!」


:うーん 遭遇戦かぁ

:涼ちゃんと相性悪いんだよな

:でもすごい人なんでしょ?

:真正面から殴り合うスタイルじゃないのよ

:不意打ちだまし討ち事前準備で条件揃えて特殊スキル発動が基本スタイルだもんな

:相手が正面からの殴り合いが得意なサイクロプスだから余計になぁ


 涼はお祭りサイクロプスを正面に見据えつつ、間合いを計る。

 一方で、サイクロプスの方もすぐには突っ込んで来ないで、涼の様子を伺っているようだ。

:リスナーの探索者で誰か涼ちゃんフォローしにいけそう?

:場所的には行けるけど急行しても結構時間かかる

:近場ではあるけど正直足手まといレベルの実力ゆえ申し訳ない


 しばらくの睨み合い。

 ややして、先に動き出したのはサイクロプスだ。


 筋肉が盛り上がり丸太よりも太い四肢を躍動させながら、踏み込んでくる。


「――ッ!」


 速度としてはそれなりだ。

 だが、四肢が長いということは、単純に一歩が大きい。

 だからこそ、数歩で間合いを詰めてくる。


 サイクロプスが右手で握った巨大な熊手を振りかぶり、勢いよく振り下ろす。


 涼は即座に左へ飛んでそれをかわしつつ、投擲用スローイングナイフを投げる。


 狙いは右肩。

 熊手を振り下ろし伸びきったその右腕をまずは押さえる。


 そのつもりだったのだが、サイクロプスはそんな動きなど承知しているとばかりに、熊手を振り下ろした姿勢から、強引に身体を捻る。


 そして地面についていた熊手を振り上げらるように、涼へと向かって裏拳のようにスイングされた。その衝撃でナイフも弾かれてしまう。


 涼は振るわれる熊手の軌道を読み切ると、咄嗟にペタンと地面に伏せた。


 そんな涼のギリギリ上を熊手が撫でていく。

 その風圧だけで少し痛いくらいだが、涼は即座に立ち上がると、サイクロプスの顔に向かって投擲用のナイフを投げつつ、下がる。


 顔に向かって勢いよく飛んでいくナイフは、けれどもサイクロプスが左手の甲を使って強引に弾いた。


 その時、サイクロプスの左手の甲は浅く切れたようだが、さしたるダメージはなさそうだ。

:息を忘れて見ちゃうな

:取れ高すごいけど当たったら死ぬんだよねこれ?

:素直にすごいすごい言えないよ・・・

:よしよしマハライツが良い傾向になってきたな

:それを割り切って楽しんだり心配したりするものさ

:しかし強いなこのサイクロプス

:お祭りゴブリンやトリイランナーと同じフロアにいていい強さじゃないよこれ


 涼とサイクロプスがにらみ合っていると、いつの間にやらマハルがサイクロプスの足下にいる。


:マハル様どうしてあんなところに

:逃げそびれたとか?

:あ! 構えた!

:サイクロプス気づいてない?

:もしかしてあそこ死角か?


「ぺん!」


 そしてサイクロプスが足下に気づくよりも先に、短く握ったハンマーで水平三段を発動させた。


 マハルのハンマーが、サイクロプスのスネを強打する。


「――!?」


 一つ目を大きく見開くサイクロプス。

 明らかに痛みに怯んでいる。


「ぺん!」


 痛みで驚いている間に追撃。

 ただでさえ痛かったところへ、更にもう一撃入ったことで、思わず踏鞴たたらを踏む。


 後ろへ半歩。

 よろめきながら下がったサイクロプス。

 そこでようやく足下のマハルへと視線を向けた。


 驚くサイクロプスを横目に、マハルは即座に長持ちに変えると、フルスイングするかのように三段目を繰り出す。


「ぺん! ですわ~~!!」


 サイクロプスの下がった半歩分に届かない距離を踏み込み、その代わり長く持ってリーチを伸ばしたハンマーでもって、もう一度臑を強打する。当然、その威力は前の二発よりも大きい。


「~~~~~!?!?」


 声を上げて、サイクロプスが膝をつく。

 スネを押さえて、マハルを涙の滲んだ目で睨んだ。


:あれは痛い

:想像したくない痛さ

:ナイスですお嬢様!!

:涼くんの姿が見えないけど

:涼ちんの姿が見えない?ガハハ勝ったな

:慌てて逃げるマハル様かわいい

:マハル様心臓に悪いことしないで欲しいですわ!


 ドタバタとサイクロプスから間合いを離し、それからハンマー片手で握ってビシっと突きつけ、もう片方の手を口元に当てると、ちょっと引きつり気味の顔で高笑いをあげた。


「にゃふ……にゃ、すぅ――……ほ~っほっほっほっほ!

 もう二度とやりたくないくらい怖かったですがッ、隙はッ、作りましたわ~~ッ!!」


:台詞と表情と状況が噛み合ってないw

:笑う前に微妙に素に戻りかけたの草

:最高のアシストをありがとうお嬢様!

:痛みと怒りで視野が狭まったならもうサイクロプスに勝ち目はないな

:涼ちゃんから目を離すとあとが怖いぜ?


 コメント欄の期待に応えるように、カメラがサイクロプスの背後で大きく跳躍している涼の姿を映し出す。


「武技:軻断カダン荊菖蒲イバラアヤメ


 宣言されたアーツによって、ダガーの上に本来のリーチを越える不可視の刃を展開される。

:ほら来た!

:怖い殺し屋の再登場だ!


 涼の手持ちの中で、バフや条件が噛み合った時に最高の威力を発揮する武技アーツ。あのユニークモンスター・大ネギ魔導ドレイクの首をねたのもこの技だ。


 そしてドレイクの時と同様にしっかりとバフも重ね掛けは当然で――

 故に、これより繰り出されるのは、音を殺し、息を殺し、ただただ望む結果を出すための一閃やいばである。


「……!」


 無音の気合いと共に、サイクロプスの背後からその大きな首へ向けて斬撃が繰り出された。

 お祭りサイクロプスのスペックが涼の知るサイクロプスと同じくらいならば、オーバーキルのような威力。

 だが、普段とは異なる姿である上に、出現フロアが間違っているとしか思えない存在だ。


 このサイクロプスははぐれ化しかかっていると判断し、この場で確実に仕留めたい。


:いった!

:これはキマった


 斬撃のあと、涼は音も無く着地して、残心しながらサイクロプスへと向き直る。


 一瞬、音も空気も時間すらも凍ったような沈黙のあと――ズルりと、サイクロプスの首がズレていき、身体が滑りおちた。


 頭部が地面に落ち、鈍い音を立てるのを確認した涼は、大きく息を吐くと、大振りのダガーを鞘へと納める。


:88888

:倒した~!!

:条件満たした時の切れ味やべぇな!

:88888888


「マハルさん。ありがとうございます。ナイスアシストでした」

「いえいえ。下がっていろという指示を無視して飛び込んでしまったので反省しておりますわ」

「そこは結果おーらいとしましょう。あれがなかったらもっと長引いてたでしょうから」


:涼ちんが言ってた通りジャイアントキリングできる動きだったなw

:確かにあれで怯む相手なら勝てそうという理由わかったわ

:見ててハラハラした

:ちゃんと理解してから見るとダンジョン配信怖いね

:変に怖がりすぎず一緒に探索しているつもりで見るとちょうど良いかもね


「まぁとりあえず……」


 どことなく申し訳なさそうなマハルを元気づけるように、涼は珍しく笑みを浮かべ、手をあげた。


「無事に生き延びたので喜びましょう」


 マハルはそんな涼に対して目を瞬くと、言葉の意味を理解したのは大きくうなずいてから破顔する。


「はい! わたくしたちの勝ちですわ!」


 そうして、パンと二人はハイタッチをするのだった。


:いいなぁあんなクールなハイタッチ私とはしないのに

:キミが誰か分かったがキミの場合二人そろって幼児化するからでしょ?

:敢えてキミの名前は出さないが堂々と身バレするようなコメントするなw

:え?誰?なんか涼さんの知り合いがコメしてるの?

:本業が別事務所の配信者だから深く触れるのはやめてあげて欲しい

:プライベートでも仲良しらしいからな

:マジでこの場で深く触れるとややこしくなりそうな人っぽいのでそうします笑

:マハライツが賢明な人たちばかりで助かる

:敢えて名前を伏せているチキンの皆様も賢明だと思いますわ!


「さて、サイクロプスがダンジョンに吸収される前に剥ぎ取れるだけ剥ぎ取りましょう!」

「お手伝いしますわ!」


:首を切り落とされ追い剥ぎされるサイクロプス

:追い剥ぎって・・・襲ってきたの巨人のほうじゃん?

:なら湯灌場買いかな?

:湯灌場買いは確かに死体から古着回収してるけど自分で殺して剥ぎ取ったりはしてないはずだろw

:知らない職業がコメに流れてくる

:読み方がわからんw

:「ユカンバガい」な ユカンバってのは家無し死体を洗う場所のコト

:江戸時代にあった仕事だっけか

;死体を洗うことを湯灌って言うんだけども

:なんかコメ欄で歴史の授業が始まった


 何故か湯灌場買いの話題で盛り上がっているコメント欄を余所に、涼たちはお祭りサイクロプスから法被、ハチマキ、熊手、フンドシを回収した。


「サイクロプスのおフンドシ……無駄に大きかったですわ」

「お嬢様にフンドシ回収させたりしてすみません」

「問題ありませんわ! おフンドシ回収お嬢様! 大いに結構です! ネタが広がりますわ~!」

「まぁ、マハルさんが問題にしないなら構わないんですけど」


:おフンドシ回収お嬢様というパワーワード

:言葉だけだとシチュエーションが分からなすぎて草

:サイクロプスのフンドシってワードも大概だけどなw

:お嬢が汚れちまった・・・

:だいぶ最初から汚れてただろ

:それはそう

:この間のゲーム実況で「おファッキン野郎」とか「おクソですわ!」とか叫んでたし

:熱くなっても自分のキャラ忘れないの配信者の鑑じゃん

:一般人に憧れてるのにお嬢様やらされている元スパイなんですよこの人

:その設定ってちゃんと生きてる? 大丈夫?

:大丈夫ですわ! お嬢様本人も時々忘れてしまいますので!

:マネジャーさんも時々忘れちゃうらしいしな!

:そうか なら大丈夫か

:大丈夫の定義がだいぶおかしなことになってるな


「さて、マハルさん」

「はいですわ!」


 涼が改めてマハルの名前を呼ぶと、マハルはしっかりと返事をして涼に向き直る。

 それにあわせて雑談のようなノリが盛り上がっていたコメント欄も一気に落ち着いた。


「もう少しやりたいところなんですが、はぐれに近いサイクロプスが出たとなると、少し話が変わってしまいます」

「ですわね。報告案件……ですものね」

「そうなりますし、このダンジョンの危険度があがってしまいましたから。

 このまま指南しながら配信しながらの探索は難しいかな、と」


:まぁそうなるか

:え? まだ時間あるのに終わっちゃう雰囲気?


 涼はドローンを手招きに、その頭頂部に触れてコメント欄を表示させる。


「涼ちゃんねるでは良くあるコトですが、マハルさんのところだと初めてかもしれませんね」


:よくあるんだ

:チキンの人はそれでいいの?

:良いも悪いもダンジョンと探索ってのはそういうモンだと思ってるからなぁ

:そうそう 本来の探索って町の平和を守る意味もあるから

:さっきのサイクロプスとか放置してたらダンジョンの外に出てたかもしれないしな

:え? モンスターって出てくるの? 外に?

:新鮮な反応だなぁw


「コメントでの説明と補足ありがとうございます」

「そうなのですわ。わたくしの配信ではあまり説明してはいないのですが、はぐれモンスターという現象がございまして……探索者というのは、それが発生しないようにダンジョンのモンスターを間引きするという責務がございます」


:責務ってコトは資格とったら必須の業務ってこと?

:ライセンスを維持するノルマとして設定もされてるぞ

:はぐれはダンジョン内のモンスターの数が増えると発生するらしいからな

:ただ遊びで潜ってるワケじゃないのか

:超人化して暴れるのが楽しいってのも一面的にはあるけどなw

:ダンジョンで採取した素材は家電や日用品にも使われてたりするぞ

:え? そうなの!?


「ダンジョン、モンスター、探索者の仕事など、詳しいコトを知りたい場合は、ダンジョン庁のホームページを見ると色々書いてありますよ。

 探索者協会のホームページの初心者向けQ&Aコーナーとかも良いかもしれません」

「探索者というお仕事を理解した上で、わたくしを含めたダンジョン探索配信というモノを楽しんで頂けるのが、一番ですわね」

「……とまぁそんなワケで時間的にはまだ余裕がありますが、早めの報告や諸々の事務手続きや処理が必要な状況となってしまいましたので、ここで一度終了したいと思います」

「こうなった場合の埋め合わせコラボ配信についても事前に決めてありましたので、後ほどSNSなどで告知させて頂きますわ!」


:埋め合わせ配信あるのか

:この抜かりなさはどっち由来だ?

:どっちもだろ ダンジョン配信のプロと配信コンテンツのプロのタッグだぞ


「本日もお付き合い頂きましてありがとうございましたですわ!

 それでは皆様、次回もまたお屋敷の隠し部屋でお会いしましょう!」

「それでは、次回の配信でまたお会いしましょう」


:〆も棒じゃん!?

:涼ちゃん定型文苦手だから

:これがないと始まらないし終わらないのよ

:二人ともお疲れさまー

:楽しかったしためになった

:マハル様これまでごめん!これからもよろしく!

:乙でしたー



===この配信は終了しました===



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【Idle Talk】

 チキンやマハメイツ以外の視聴者も多かったらしく、同時接続数はかなり良い数字だったようである。

 また各種解説の切り抜きは、それぞれ有用な情報として、探索者たちの中でも拡散されているようだ。



体調不良でストックが増やせなかったのと、本作とは無関係ですが商業案件の締め切りが迫ってきておりますので、次の話までちょっと間が空くかもしれません。

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