涼 と 言乃 と お願いと


「あれ? 先輩固まってません?」

「どう考えてもお前のその唐揚げの山を見て思考停止したんだろ?」

「だよねぇ……おばちゃんからして、何度見てもすごいモノそれ」

「そう?」


 分かってなさげに首を傾げる涼に、お店のおばちゃんは仕方なさげに肩を竦めて仕事に戻っていく。


「とりあえず大山根先輩。正気に戻ってください」

「にゃ!? とてつもない大ボリュームのご飯が出てきた夢を……あ、夢じゃない」

「箸どうぞ」

「あ、どうもです」


 正気に戻った言乃コトノは香から箸を受け取りつつ、礼を告げる。


「食べきれなくても持ち帰りで包んで貰えるので、あまり気にせず食べればいいと思いますよ」


 香の言葉に、言乃は納得したようにうなずく。


兎塚とつかくんも持ち帰り前提のボリュームだったワケかぁ」

「あー、いえ……あいつは完食します」

「にゃー?」


 何を言っているのか分からないという様子で言乃は首を傾げ、現実逃避気味に手を合わせた。


「ともあれ、いただきます」


 カツは大きいがちゃんと食べやすいようにカットされている。

 まずはソースを付けずに口に運ぶ。


 サクっとした衣と、柔らかい鶏肉、そして中から出てくる溶けたチーズ。


「あ、美味しい」


 軽やかながらしっかりした味。

 ソースが無くても、十分な下味がついているのもあってか、これだけでご飯が進む味だ。


「先輩、いい顔で食べますね」

「え? そ、そう? 変?」

「いやいや。メシ屋に来て難しい顔されるより、ずっと良いですよ。

 いっぱい食べる子って可愛いと思いますしね」

「にゃ、にゃにゃ……?!」


 香の言葉に、その手の言葉をリアルで言われ慣れていないらしい言乃は、顔を真っ赤にする。


 その様子を見ていた涼は、頬袋をパンパンにしたハムスターのような顔を香に向けた。

 何か言いたげな涼に対して、香は冷たく告げる。


「テメェのそのツラは見飽きてるからとっとと飲み込め」

「もぐもぐ……ごくん。いっぱい食べてるのに」

「お前って時々、謎に良い根性見せてくるよな」


 やれやれと嘆息しながら、香も自分の料理に手を付け始めた。


「そういえば先輩、言いかけてた頼み事ってなんです?」


 自分の唐揚げの山を崩しつつ、香が訊ねる。

 言乃は口元に手を当て、口の中のモノを飲み込んでから答えた。


「あー……そういえばそういう話だったよね。

 なんか料理のボリュームに飲み込まれて忘れてた」


 お冷やを飲んで一息ついて、言乃は顔を上げる。


「これ、まだ私の独断で、正式に決まったコトではないっていうのが前提なんだけど」


 言乃がそう前置くと、それだけで香の目が鋭くなった。

 香は口の中の唐揚げを咀嚼そこそこに飲み込むと、言乃が口にする前に訊ねる。


「事務所へのダンジョン啓蒙けいもうの依頼ですか?」

「正解」


 コクコクとうなずいて、言乃はチーズカツを口に運ぶ。

 それを飲み込み、答え合わせをするように、答える。


「正直ね、今の配信スタイルはシンドいの」

「コスプレ探索ですか?」


 口の周りにタレをべったり付けている涼の問いに、笑い出すのを堪えながら言乃はうなずく。


「それもあるんだけど……事務所もリスナーも、ゲーム実況の延長としか思ってないし、私を含めた資格持ちの苦言というか苦情というか、ともかくそういう言葉を上が正しく把握して貰えてない感じなの」

「具体的にはどんな?」


 香は、お手拭きで涼の口を強引に拭いながら、訊ねる。

 さらに笑いを堪えながら、言乃は少し思案して答えた。


「別にコスプレ探索をしろというならそれでも構わないんだけど……。

 それならそれで、ダンジョン素材でコスプレ衣装を作りたいワケ。そうでなくとも、ダンジョン探索用の仕込みができる工夫や細工がされたモノを着たいにゃ~というのが、私たちの主張」

「まぁ、そうですよね」


 香と涼も、理解を示すようにうなずく。

 実際、言乃の言っていることは最もなのだ。


「先日出会った時に履いてたハイヒール、そういう仕様でしたよね?」

「あれはねー……にゃんと自費で作ったんだにゃ!」

「わざわざ?」

「だってさー、ハイヒールで探索とか正気じゃ無いじゃん? それでも履けと言われたから、それなら探索仕様じゃなきゃやってられないっしょ?」

「それって予算出なかったんですか?」

「んー……というよりも、やっぱりね。上や関係者から理解が得られてない――が正しいかな。あれすらゴツすぎるから止めて欲しいと言われたのを説得して履いたくらいだし?」


 そこで、香は大きくうなずいた。


「必要性の理解が得られてないんですね」

「それにゃ! なんて言うかね、感覚が一般人なのよ。運営側が」

「でも、ダンジョン配信やってるんですよね?」


 唐揚げマウンテンの片方を制覇し終えた涼が首を傾げる。

 いつの間にか唐揚げが大幅に減っていることに驚きつつも、言乃は涼へと視線を向けた。


「うちの事務所ってVの大手なのは知っての通りなんだけど」

「V?」

「ブイチューバーのコトだよ。まぁあとで説明してやるから脇に置け」

「わかった」


 香の説明に相づちを打つと、涼は唐揚げを一つ口に運びながら、話の続きを促す。

 どうやら、しばらくは口を挟まないという意思表示のようである。


「だけどダンジョン配信には後手に回ってる。

 だから、流行に乗ろうと必死なんだけど、なんて言うのかな……知識やノウハウ、あと絶対的な危機感が足りてないのよ」

「危機感って言うのは事務所倒産的な?」

「そっちは大丈夫。ダンジョン配信以外の配信分野じゃあ、やっぱり今も強豪だから、うち」


 キャベツの千切りを口に運びながら訊ねてくる香に、言乃は首を横に振った。


「じゃあ、危機感というのは?」

「ダンジョン配信中に、配信者が命を落とすかもしれないっていう危機感」


 あー……と、涼と香の声がハモる。

 それは、先日のマハルの様子からも、なんとなく感じていたことだ。


 二人の様子を見ながら、言乃はチーズカツを口に運ぶ。

 美味しいランチを食べながらする話じゃないよな――と思いつつも、この二人の協力を得るには必要なことだと割り切っていく。


「なので配信をしつつも、ちゃんとダンジョン探索に理解あるリスナーを育てている涼ちゃんねるに、手を貸して貰いたいのです」


 その言葉に、思わず箸を止めて涼と香は腕を組んで難しい顔をする。


「涼。実際にどうするかは別にして、お前はどうしたいか教えてくれ」

「感情だけで言うなら、協力したい……かな」


 ディアたちとの一件があるせいで、簡単なことではないと理解しているのだろう。

 やりたいけれど、簡単にできることじゃないよね――というニュアンスが言葉に混じっている。


 その言外に含まれた言葉にうなずきつつ、香は言乃へと視線を向けた。


「先輩。オレたちは個人勢です。プライベートでメンバーと親交のあるルベライト・スタジオとだって、裏ではあちらの部長やマネジャーたちと、色々な取り決めをした上でコラボをしています」

「だぁよねぇ……」

「単純に啓蒙目的のコラボであれば、むしろルベライト・スタジオに声を掛けた方がいい」

「それを言われちゃうと弱いにゃぁ……」


 厳しいことを言うようだが、言乃の所属するレインボーサプライは大手だ。中堅のルベライト・スタジオと比べても、おそらくはしがらみが多い。


 個人勢である涼ちゃんねるがほいほいとコラボできる相手ではないだろう。


「ご近所付き合い感覚で顔を合わせられるルベライトと違い、レインボーサプライはオレたちからしても未知の相手です。

 個人勢で大手とコラボするというのは、相応のリスクもあります。むしろリスクの方が大きい可能性もある」

「うぅ……」

「オレたちに大きなリスクを背負わせてでもコラボをしたいのであれば、やはり相応のメリットを提示してもらわないといけません」

「メリット……メリットかぁ……」


 香が言葉を重ねるたびに萎れていく言乃を見るのは心苦しくはある。

 だが、香としても簡単にはうなずけないし、横で聞いてる涼とて、大物相手にメリット無しで挑むのはナンセンスであることくらいは理解できている。


「なんだいなんだいケツの穴のちっちゃい兄ちゃんだねぇ」


 そこへ、お冷やを次ぎに来たおばちゃんがそんなことを言ってきた。

 その言葉に苦笑しながら、なんと言うべきかと香が思案していると、大将がおばちゃんに声を掛ける。


「おう。水を注いだらお前はすっこんどけ。俺たちが口を挟んでいい話じゃねぇよ、そいつらがしてるのは」

「なんでだい? ゲームかなんかの遊びの話だろ?」

「違ぇよタコ。本物のビジネスだよ。ナリはガキだが、そいつらは仕事の話をしてるんだ。バイトとかじゃねぇ。マジで看板背負ってやってる仕事のな」

「え?」

「話している内容は半分も分からねぇが、サラリーな嬢ちゃんが自営の坊主どもに協力をお願いしてるってトコだろ?」

「すごいっスね大将。そこから料理しながら聞いててちゃんと理解してる」


 香がうなずくと、大将は難しい顔をしながら軽く目を伏せる。

 そして、目を開くと言乃に向けた。


「嬢ちゃん。嬢ちゃんは自営の看板を背負ったコトあんのか?」

「ないです。担当募集に応募してオーディション受けて、合格して今の場所に入ったので」

「なるほど。吹けば呼ぶような自営の看板の重みをちゃんとは理解してないワケだ」

「ううっ……」


 うつむく言乃を見て、おばちゃんはハラハラした様子を見せるが、自分が口を出せることではないと判断したのか、何も言わずにいる。


「元サラリーマンで、今は自営やってる俺から言えるコトは、だ。嬢ちゃん。

 嬢ちゃんは坊主どもが求めるモノを提供できるかどうかが一番のカギだ。それが分からないなら……」

「分からないなら……」

「情熱とプライドと熱意で思って拝み倒すしかねぇな!」


 ガハハハハ――と大将は大笑いすると、キョトンとしている言乃に不器用なウィンクをした。


「小さい坊主はよく分からんが、大きい坊主はだいぶやり手だ。

 だがアンタ相手にかなり手加減した上に、譲歩までしてくれてるようだぜ?」

「え?」


 言乃が思わず香の方を見ると、香は仕方なさげに肩を竦めている。


「そういうネタバレやめてくれません? 先輩の為にもならないんで」

「んあ? そうか嬢ちゃんの為だったのか、それはマジで申し訳ねぇな!」


 なんとも言えない顔をしている香の横顔を見ながら、涼はランチの続きをつつき始めた。

 香の横顔には、最初から了承するつもりだったと書いてあるのだ。


 ならば、自分は何も気にせずランチを食べていればいい。


「良かったな嬢ちゃん。コラボってやつ、してくれるらしいぞ?」

「え? ええッ!? 今の流れでOKだったんですかッ!?」

「あーあ……言っちまいやがって……」


 頭を抱えながら、香も残った唐揚げの山を崩し始める。


「待っておくれよ。アンタも兄ちゃんも! あたしもこの子も話の流れがサッパリだよ!?」

「本当だよ! なんか上手く行かなそうな流れだったよね!?」

「お前も嬢ちゃんも、何事も勉強ってヤツだよ。な? 坊主」

「そうそう。勉強ってやつですよ先輩」


 そうして大将は料理に戻り、香もランチの続きを口に運び出す。


「あ、大将。塩ダレ唐揚げ追加で」

「あいよ!」


 そんな中、二つあった唐揚げの山を制覇した涼は、唐揚げのおかわりを注文する。


「にゃにゃ!? 兎塚くん、まだ食べるのッ!? っていうかもう食べ終わってたのッ!?」

「とりあえず善は急げといいますし、ご飯食べたら先輩のマネジャーと連絡とりましょうか」

「茂鴨くんこの状況でふつうに話進めるのッ!?」

「涼がやりたいと言った時点でやる気でしたし、オレとしても断る理由も特になかったんで」


 困惑する先輩を余所に、男子二人はマイペースに食事を続けるのだった。



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【Idle Talk】

 涼と香の御用達定食店カツカラ。

 地元民とデカ盛り好きが集う揚げ物定食のお店。

 食べ盛りの万年欠食児童系大食いボーイズには大変ありがたいお店であり、もちろん、いっぱい食べたい社会人の皆様にも人気がある。


 人気の一位は、唐揚げ定食。いくつかあるタレを選べるのも好評。

 二位はトンカツ定食。分厚いのに柔らかくて食べやすい。通は塩とわさびで食べるらしい。

 ボリュームに関しては融通は利くので、注文の時に確認すると、量を調整できる。


 そしてなんのかんのと、言乃も完食した模様。

「お、思ったよりサラっと食べ切れちゃって、自分でも驚いてるにゃ……」


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