言乃 と 白凪 と マネジャーと
言乃が涼ちゃんねるの二人にコラボをお願いした三日後。
いろは坂ダンジョンにて――
「ひぃぃぃぃぃ~~……!!」
飛びかかってくるスモールゴブリンに悲鳴をあげながら、その場でうずくまる女性がいる。
「せいッ!」
その女性の頭上を、香の足が通り過ぎ、スモールゴブリンを吹き飛ばした。
香の蹴りでゴブリンを倒せはしないものの、女性との距離が離せれば十分だ。
「先輩ッ!」
「りょーかいッ!」
吹き飛ばされ地面を転がるスモールゴブリンに向けて、言乃が踏み込んでいく。
今日の言乃は、言乃としての探索者スタイルだ。コスプレはしておらず、探索者らしい動きやすい装いの上で、ウォーハンマーを携えている。
「それ!」
そんな言乃が、転がるスモールゴブリンへ向けてウォーハンマーを振り下ろす。
当然、ぺしゃんこのグロ画像状態になるのだが、言乃は気にした様子はなく、むしろ小さく安堵の息を吐いた。
「ダメですよ、言乃さん」
そこへ、道中を共にしている白凪のムチが閃く。
白凪の振るったムチは、安堵する言乃へと襲いかかろうとして大型のイモムシのようなモンスターを切り裂いた。
「目の前のモンスターを倒したからといってすぐに気を抜くのは厳禁です」
「すみません」
すぐに頭を下げて反省する言乃に、白凪はメガネのブリッジを押し上げながら微笑むと、うずくまる女性のところへと向かう。
「大丈夫ですか、
「ううっ……
白凪が差し出した手を握って立ち上がる涙目の女性の名前は、
ドイツ人のクォーターで、その銀髪は地毛らしい。
背が高くスラリとしていて、何もせず立っているだけならモデルと言っても差し支えないほどの美女だ。
ただ常に猫背気味で、デフォルトで気弱そうな表情と、やぼったいメガネのせいで色々と台無しである。
「あの、ダンジョン配信者のマネジャーってこんな怖い思いしないとダメなんですか……?」
ムチを腰元のホルスターに戻す白凪に、恵流が訊ねる。
その問いに、白凪は思案し、言葉を選ぶようにしながら答えた。
「私の場合は、私自身が探索者ですからね。カメラを携えてディアさんと一緒に潜るスタイルを選んでいるだけです。
スキル連動型だと、配信者の目をカメラと連動させるコトになりますし。それだとどうしても配信者の顔を撮るのが難しくなってしまうじゃないですか。
モンスターを倒した時、素材を手に入れた時……そういう生の感情が出ている、取れ高のある絵を撮るには、自分でカメラを回したいというのが私なりの考えです」
「そうですか……」
難しい顔をして恵流はうなずくと、今度は香の方へと向き直る。
「茂鴨さんのところもそうなんですか?」
「うちはドローンですよ。操作担当が別にいて、ダンジョンの外から操作して中の配信者を撮って貰ってます」
「あれ? じゃあ茂鴨さんがダンジョンに潜る必要は……」
「ないですね。そもそもオレ、ダンジョン適正ってやつが皆無なので」
「ダンジョン適正?」
「超人化とか超人恩恵とも呼ばれますけどね」
首を傾げる恵流に、香はザックリと解説する。
「ダンジョン内で超人的な動きができるかどうかの適正ですよ。
適性が高い人ほど、ダンジョン探索すればするほど、より超人的な動きができるようになっていくんです。
オレは皆無なので、ダンジョンをどんだけ探索しようと超人化されないんですよ。なので素の運動能力でどうにかなるダンジョンくらいしか潜れません」
「素の運動能力……」
何か信じられないモノを見るように恵流は目を瞬き――気を取り直して訊ねた。
「でも、そうすると、ダンジョンに潜るって危ないのでは?」
「危ないですよ。でも、時々こうやって探索体験しておかないと忘れそうになるんですよ」
「忘れる……ですか?」
「ええ。ダンジョン配信者は、常にこういう状態で配信をしているんだってコトをです」
「…………」
嘘つき――と、白凪は内心で思ったのだが口にはしない。
香であれば潜らなくとも、探索の危険性を忘れることはないはずだ。
それでも今回、こうやって一緒になって潜っているのは、恵流への――ひいてはレインボーサプライへのメッセージなのだろう。
「畠暮さんは一千万本松マハルのマネジャーです。
そして、こんな危険なコトを、動きを阻害するようなコスプレさせて、しかも専用の装備をロクに用意せず、自費で装備を用意させてやらせているんだという自覚をしてください」
元々臆病そうな顔をしている女性だが、今はとても悔しそうな顔をしている。
香も白凪も、言乃からは、恵流がマネジャーとして優秀な人だと聞いていた。それを思えば、この言葉の意味だってすぐに理解できたことだろう。
「よし。それじゃあ白凪さん、大山根先輩。もうちょい上へ行きましょうか」
「はい」
「はーい」
「ええ……まだ進むんですか?」
顔を引きつらせる恵流に、香はとても言い笑顔で告げる。
「だって、まだ入り口も入り口ですよ? もうちょっと進まないと面白くないでしょう?
「お、面白くないって……!?」
「カメラは回ってないですけど、やっぱ撮れ高っぽいモノは意識したいじゃないですか」
そうして、体力的にも精神的にも悲鳴をあげる恵流と共に、一行は峠道のようなダンジョンを上っていくのだった。
夏休み前に涼と共にランチを食べた崖の近くで折り返し、無事にダンジョンから生還した一行は、駅前のカフェに入った。
そんな中で、恵流だけは届いたドリンクに手を付けず、テーブルの上に突っ伏している。
「えーっと、畠暮さん……大丈夫ですか?」
「いろんな意味で大丈夫じゃないです」
言乃の心配に、疲労と一緒に本当に色んなものを滲ませた恵流がうめくように答えた。
「こんなのッ、流行に乗った程度の感覚でッ、ゲーム実況的にやってたらダメじゃないですか……ッ!」
突っ伏しているのは、きっと臆病や恐怖ではない、マネジャーとして情けない泣き顔を見せたくないからだろう。
「だから、私を含めたうちの配信者たちが何度も皆さんに言ってたじゃないですか」
「そうなんですけど……そうなんですけどッ……!」
涙声の恵流は、今にも嗚咽を漏らしそうだ。
「このまま溶けて銀の液体となってどこかへ逃げたい」
「いつもそう言って実際逃げ出しますけど、最後に戻ってくるじゃないですか」
「…………」
しれっと言乃にツッコミを入れられて、恵流は沈黙する。
衝動的に逃げても最後は戻ってきてしっかりと仕事を全うするようなので、香や白凪も敢えてツッコミを入れるのは控えた。
「あ、そうだ先輩。
いろは坂タンジョン登山周回するの、オレの時間があれば付き合うので、事務所の他の配信者さんとマネジャーさんも声かけておいてください」
今回の企画は、先日の相談を受けて、コラボする前に必要なこととして香が企画したマネジャー巻き込みダンジョン周回だ。
香だけだと説得力が低いが、白凪という事務所所属ダンジョン配信者のマネジャーが一緒にいることで、ダンジョン配信に危険性や怖さなどの説得力を高めている。
「ほんと? それは是非お願いしたいな。みんなからもお願いされると思う」
「私も時間があればご一緒しますよ」
「白凪さんもありがとうございます。助かります」
三人のやりとりを半分溶けながら聞いていた恵流は、ふと身体を元に戻して起きあがらせて、白凪を見る。
「あの、鰐浜さん」
「はい?」
「事務所の違う鰐浜さんが、どうしてこんな積極的に協力してくれるんですか?」
その問いに、白凪はなんとも言えない苦笑を浮かべてから、答えた。
「見てられなかったから……ですかね」
「見てられない?」
「ええ。レインボーサプライのダンジョン配信はどれも見ていてハラハラするんですよ。心臓に悪い的な意味で」
「…………」
「配信者が危ないのはもちろんなんですが、リスナーのコメントも、事務所の対応も、炎上直前のようで本当にハラハラしてました」
恵流が顔を覆ってテーブルに突っ伏す。
身体が溶けかかっているのは、それだけダメージがあったからか、それとも今すぐ逃げ出したいからか。
というか、実際に身体が溶ける人なんだなぁ――などというツッコミが、香と白凪の中にぼんやりと芽生えるが、敢えて口にしなかった。
「とはいえ、別の事務所の配信です。会社の違う自分が口を挟めるコトではないでしょう?
なので、ずっとモヤモヤだけはしていたんです」
「それって……茂鴨さんも?」
「まぁ、そうですね。この間、涼がマハルさんを助けた時に、そっちのコメントがチラっとカメラに映ってたんですが……まぁやばそうだな、と」
「やばい?」
恵流は顔を起こして真面目な視線を香に向ける。
香はうなずいて、言葉を続けた。
「リスナーの中には、うちやルベライトのリスナーだっているとは思うんですが……。
そういう人たちの啓蒙的コメントが完全に押し流されて、ゲーム的な楽しみ方をしている人ばかりだったのが、怖いな……と」
「…………」
やばい――その言葉の意味を漠然と理解し、恵流は口をつぐむ。
そこへ、白凪が補足するように告げた。
「ゲーム実況であるなら、コメントが団結し配信者を危険地帯に突っ込むよう誘導するのも楽しさの一環になるでしょう。
ですが、ダンジョン配信はリアルです。ゲームではありません。ゲームオーバーとはつまるところ死です」
「…………」
感じていた漠然とした感覚が言語化され、ますます言葉を失う恵流。
続けて、言乃がトドメを刺しにくる。
「今日は私がゴブリンを何体もぺしゃんこにしてましたけど、私があんな姿になる可能性があるのがダンジョン配信なんです」
「…………」
青ざめていた恵流は、耐えきれなくなったのか、パシャリと音を立てて液状化すると、すごい勢いで店の外へと飛び出していった。
それを見送りながら、言乃が首を傾げる。
「二人とも、あんまり驚かない?」
「旨いモン喰うと顔が光輝く知り合いがいるからな。メンタルに限界が来ると液状化して逃げ出す人がいても不思議じゃないだろ」
「そうですね。あの輝く顔を見慣れると、そういうモノかな……と」
「二人とも感性を一般に戻す努力をした方がいいと思うにゃ」
「先輩もだいぶ手遅れ感ありますけどね」
ややして、飛び出していったのと同じ勢いで戻ってきた恵流は、すぐに人の姿に戻ると、涙を流しながら言乃に平謝りしはじめる。
ともあれ、こんな感じで、香と言乃はコラボの為の根回しをしていくのだった。
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【Idle Talk】
Q.一方その頃、涼と湊は何をしてますか?
A.どっかのダンジョンで一緒に次のネタ探しをしています。こういう小難しいやりとりが多い時に二人がいると邪魔なので、香と白凪がわざと遠ざけました。
Q.恵流ちゃんって何者ですか? 人間なんですか?
A.作者もよく分かってませんがそういう人間あるいは生き物だと思ってください。そんなつもりなかったのに書いているうちに急に溶け出したんですよ、この人。
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