涼 と 香 と 追跡者
一千万本松マハルを助けてからギルドへと向かい報告をした。
とはいえ、即座にどうこうするワケでもないのでその場で解散したワケだが。
その後、何人かの探索者が乱神林の様子を見に行ったが、トリイダンサーには遭遇せず。しかし、映像が残っている以上は嘘ではないというのは証明されている為、しばらくは要注意ダンジョンという扱いになるようだ。
もっとも、トリイダンサーが出てこないのであれば、その注意もすぐに解除されるだろう。
涼としてもこれ以上はどうにもならない。
そうして、マハルを助けてから一週間ほど経った。
涼たちは、夏休みに突入していた。
「暑いな」
「暑いね」
今日は完全にオフの日だ。
探索や配信の予定はなく、なんとなく二人で駅前に繰り出してきたのだが……。
「ファミレスとか行くか?」
「そーだねー……あ! それよりカツカラ行きたい」
揚げ物がメインの定食屋の名前を口にする涼に、香は汗を拭いながら苦笑する。
「涼みに入るような店じゃないだろ。まぁ腹も減ってるからそれもいいか」
どんなに暑くても、夏バテとは無縁に近い二人だ。
食欲には自信があるので、油物だろうとドンと来いである。
二人は、夜になると盛り上がる飲み屋街のような路地へと足を向けた。
平日の昼間でもランチをやっている居酒屋や、定食屋などもあるので、この時間でも人はいるが、薄暗さは否めない。
そんな路地へと足を踏み入れた時、涼は小声で香に訊ねた。
「……誰か付けてきてない?」
「来てる。素人みたいだが……さて、どうするか」
こちらが気づいているというのをカン付かれないようにしながら、二人は背後へと視線を向ける。
「あそこのカレー屋の看板のところ?」
「間違いないな。あの女の子だ」
背後を意識しながら歩いていると、明らかにこちらに注意を向けている少女が、カレー屋の看板の影に隠れたのを見た。
「あの人、誰か分かる?」
「んー……まぁ分かる。見覚えはある。あるんだがなぁ……」
香は頭を掻きながら、眉を
「どうかした?」
「ぶっちゃけ、彼女からストーキングされる理由が分からん」
「あー……」
配信者としての涼を追いかけているワケでも、女性から声を掛けられやすい香を追いかけているワケでもなさそうだ。
「次の横道に入ろう」
「カツカラは?」
「行くけど、あのストーカーをどうにかしてからだな」
「……りょーかい」
渋々と涼はうなずき、香と共に横道へと入っていく。
同時に、二人は散開して、気配を消しつつそれぞれ物陰に隠れた。
ややして、女の子もこの道へと入ってきて――
「あれ? 二人の姿がない?」
不思議そうに周囲を見回しながら道を進む。
そして、二人で示し合わせたワケでもないが、同じタイミングで彼女の背後に姿を現す。
「生徒会長。俺と涼になんか用ですか?」
「え?」
赤いフレームのメガネを掛けた少女――
「にゃ~!? 背後? え? なんで?」
「ダンジョン領域でなくとも、こういうコトが出来るヤツってのはいるんですよ」
ヒェッ――と、本気でビビった声を出されて、香はわざと脅かすように声を掛けておきながら、ちょっとだけ罪悪感を覚えた。
「俺と涼に何か話があるっていうなら、ふつうに声を掛けてくれれば良かったんですけどね」
「あー……うん。そうだよね。なんでか、尾行っぽいコトしちゃった」
たはははは――と、誤魔化すような笑いを浮かべてから、大きく息を吐く生徒会長。
その様子に、涼は目を眇めてから、香のシャツの裾を引いた。
「どうした涼?」
「とりあえず、カツカラ行こう」
「いやお前このタイミングでそれを言うのか?」
「そうじゃなくて。会長さん。たぶんそろそろ限界」
「……あー、そういうコトか」
涼の言いたいことを理解した香は、小さく嘆息して生徒会長の手を取った。
手を握った感じは確かに、良くない熱の帯び方をしているように感じる。
「こんな炎天下でダベってるのもナンですしね」
些か強引だが、香は彼女の手を引きながら歩き出す。
「これから俺と涼は昼メシなんで、メシ喰いに行きましょう。会長の分もオゴるんで」
「え? え?」
「これから行くお店のお冷やはレモン水なので、今の会長にちょうどいいんですよ」
「え? え?」
熱中症か脱水か。
ともあれ、会長の発汗や肌の感じなどから危険を読み取った二人は、戸惑う彼女を連れて、予定通り定食のカツカラへと向かうのだった。
「あー……お水が美味しい」
「やっぱ限界だったんじゃないですか」
「うー……面目ないです」
カツカラのお冷やで人心地ついた生徒会長にそう告げると、彼女は本当に申し訳なさそうにうめいた。
「ガキども。女の子連れてくるならもっとマシな店があっただろ」
お冷やのおかわりを持って来ながら、厳つく頑固そうな店の大将がそう笑う。
「大将がそれを言います?」
「暑さで彼女が倒れそうだったので、取り急ぎ……みたいな感じです」
「おっとそうだったか。ほら、嬢ちゃん。お冷やはおかわり自由だ。飲みたいだけ飲んでくれ」
「あ、ありがとうございます」
あまり広くない店内は年期の入った雰囲気で、いかにも働く男たちの為の店という趣だ。
昭和から時が止まっているようにも見える店――と言わればそうかもしれない。
もっとも、店内に設置されているテレビなどは、最新型だったりするので、完全に時が止まっているわけではないようだ。
「うちはボリュームあるから調子悪い嬢ちゃんは無理して頼まなくていいぞ。だが男どもはなんか頼んでけ」
「唐揚げ定食大盛り。塩ダレで」
「唐揚げのダブル、醤油とニンニク。ご飯少なめで」
「あいよ」
「あの。私もいいですか?」
香と涼が注文しているのを横目に、壁に貼られたメニューを見ていた生徒会長が手をあげる。
「チーズカツ定食を」
「あいよ。さっきも言ったが結構ボリュームあるぜ?」
「えーっと、それなりに食べれる方だと思いますので」
「そうかい? んじゃ、少々お待ちを」
大将はニヤリと笑うと、彼女の空になったグラスにお冷やを追加して、厨房へと戻っていく。
「さて会長」
そうして、厨房で大将が料理を始めたところで、香が切り出す。
そこへ、彼女は手を上げて待ったをかけた。
「お話の前に……その、会長って呼ぶのやめて欲しいにゃ~って」
「でもボクたち、会長の名前ちゃんと知りませんし」
「あ、そっか」
会長が納得したところで、香が不満げにうめく。
「いやお前と一緒にすんな」
「え? 香は知ってるの?」
「そりゃあ、生徒会長の名前だしなぁ。
「うっわ」
「……なんで引くんだよ、涼」
「名字だけとかなら分かるんだけど、フルネームどころかクラスまで知ってるとか」
涼がわざとらしく身体を引かせて告げれば、生徒会長――言乃も乗っかるようにうなずく。
「確かに。同学年ならまだしも、別の学年ともなるとそこまで把握はあんまりしないよねぇ」
「コイツのコトだから三年生だけでなく、一年生も含めて女子は全部把握してますよ、きっと」
「それってマジな話かにゃ?」
「マジマジのマジです」
「何気に失礼だな、涼」
ヒソヒソと――香には完全に聞こえる形だが――涼と言乃がやりとりをしているのを見て、香は不満そうにうめく。
「俺は男子女子あわせて全校生徒の名前とクラス把握してるだけだぞ?」
「うわぁ」
「ええぇ」
涼と言乃はそろって引いた。今度のはややマジだ。
二人の空気を、香は咳払いで払拭すると、話を変えるように言乃へと向き直った。
「ま、まぁ……俺のコトはともかくとして、です。大山根先輩。結局のところ、俺と涼に何の用なんです?」
「そうだったそうだった」
言乃はそううなずいてお冷やを飲んでから、猫を思わせる笑みを浮かべた。
「まずをお礼を。トリイランナーから助けてくれてありがとうございました」
「え?」
「は?」
言っている意味が即座に理解出来なかった涼と香は、目を
そんな二人に対して、言乃は身を乗り出して小声でささやく。
「わたくしを助けてくださったのに、もう忘れてしまいましたの?」
その言葉で二人はピンと来たのだが、言乃とのイメージが一致しない。
「正体を明かしたのは二人が初めてだから、誰にも言わないでほしいにゃ~」
言乃はとぼけた口調でそう言うが、その目はマジだ。
涼は、その手の事情にあまり聡くはないが、それでも湊という知り合いというか前例があったためにすんなりと理解し、うなずく。
「お礼だけだったらつきまとわなくても……」
香の言葉に、言乃は少し困ったように答える。
「いやほら。正体が正体だし。あんま人の耳が多い場所だとちょっとね」
「あー……」
それもあって話すタイミングを伺っていたようだ。
「あとはまぁお願いもしたかったから」
「お願い?」
涼が首を傾げた時、注文していた料理を店のおばちゃんが持ってきた。
「はい。塩ダレの唐揚げ大盛りお待ち」
「あ、おばちゃん。俺です」
千切りキャベツの上に、大きめの唐揚げが十個ほど乗り、ゴマとネギの混じった半透明のタレが掛かっているものが、味噌汁と超山盛りのご飯とあわせて香の前に置かれる。
「にゃ、にゃ~?」
想定以上のボリュームだったのか、言乃は固まった。
「次に唐揚げ二種のダブルのご飯少なめはまぁキミよね」
「あれ? 完全に把握されてる?」
「こんな注文するのキミだけだからねぇ」
そうして涼の前に置かれたのは唐揚げの山だった。
千切りキャベツの上に乗っているという点で言えば、香のモノと同じだ。
だが、その量がおかしい。
香のところに置かれた唐揚げ山の倍くらいはありそうな山なのだ。しかもそれが二つある。
それぞれの山で唐揚げは二十個ぐらいはありそうだし、それぞれの山に醤油ダレとニンニクダレだと思われるタレが掛かっていた。
それが、一つの大皿の上に作られているのだ。
あと、ご飯少なめのわりに、言乃の目には、一般的なふつう盛りよりも多く見える。
「……にゃ? にゃ?」
完全に思考が停止しかかっている言乃のところへ、彼女が注文したチーズカツ定食も到着する。
「はい、お嬢ちゃん。お待ちどおさま」
それもデカかった。
鳥の一枚肉をそのまんまチキンカツにしたかのようなサイズだ。それが二枚。
もちろん、千切りキャベツも山盛りだ。
当然のように味噌汁もあるし、ご飯もがっつり大盛りだ。
どうやらこの店は、人より多少食べる量が多いくらいでは、太刀打ちできない店のようである。
「にゃ……ァ……」
その圧倒的ボリュームに語彙力を失った言乃は、すっかり小さくて可愛い感じの生き物になってしまうのだった。
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【Idle Talk】
大山根先輩は、自覚があるのか無自覚なのか、時々猫っぽくなる。言葉遣いもそうだし、仕草とかも。
そのせいもあって、フルネームをもじったオオヤマネコ先輩とか、オオヤマネコ会長とか、影で呼ばれていたりする。
どこかで密かに行われた猫耳カチューシャつけて欲しい生徒、堂々の1位である。
なおベスト10の中には、涼の名前もあったりする。
涼ちゃんは絶対うさ耳派という過激派閥も存在するらしく、猫耳派と水面下で対立しているという噂。
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