涼 と 鳥居 と マハル様


:群れの数を見たらびっくりだけどこれは…

:あとがつかえてるww

:廊下の幅のせいでどうしても一体ずつになるの笑うw


 そうなのだ。

 コメントが言っている通り、トリイランナーの横幅の関係上、廊下ではどうしても一対一になる。


 涼からすれば群れと戦っているというよりも――


「群れというか連戦だよね、これ……」


 ――であった。


「正直、キックと踏みつけしかしてこないから距離取ってナイフ投げてるだけで勝てるの作業感あるし」


:それはそう

:部屋で囲まれると面倒そうだけど

:よもや廊下が弱点とは


 額束がくづかが弱点だと分かっているので、そこへ向かってナイフを投げるだけの作業になっているのは事実だ。

 しかも、コアである額束はそこまで丈夫ではないのか、簡単にヒビが入ったり砕けたりする。


 それで倒れるとモヤになって消えるまで後続の足止めになっているので、こちらは気持ちを改められるし、投擲とうてき用のナイフの補充もできるのだ。


 とはいえ、数が多いというのはそれだけで大変なのだが。


「ちょっと面倒くさくなってきたな」


 涼は小さくぼやくと、何か思いついたかのように投げナイフをしまってダガーを持ち直す。

:お?どうするんだ?

:涼ちん?


「あいつらの攻撃範囲って足の周りだけなんですよね。特殊な技も使ってこないようですし」


:あ

:草

:笑ってしまう

:みんななにを察してるんだ?


「行きます」


 そう宣言すると同時に、涼は身体を小さくしながら走り出した。


:そういうことw

:もはやネタモンスターだろこれw

:トリイランナー涙目www


 そして、涼はトリイランナーの下をくぐって進んでいく。


:内側への可動域狭いの草すぎる

:擬態系モンスターの中でも最弱では??


 そのまま内側を抜けていき、その最後尾――


「いた!」


:黒い、けどさぁ……

:なんだこの黒いの


 ――先ほどの女性の言っていた個体だろう黒いトリイランナーがいた。


 基本は赤いのと同じ形だ。

 だが、この黒いトリイランナーは――


:電飾?

:クリスマス仕様で?

:今は夏ぞ


 ――コメント欄に流れているように、なぜかクリスマスを思わせるような電飾を纏っている。


:いやでも電飾と一緒に怪しいお札が

:ドレスのように気味悪いお札まとってるな


「とりあえず仮称トリイダンサーと」


 名前を付けつつ、涼はそのままトリイダンサーへと向かっていく。


:トリイダンサー

:まぁ踊りそうな雰囲気ではある?

:で?どうするの?


 そのままトリイランナーと同じように、その股下をくぐり抜けた。


「背後からだとコアを狙いづらい……」


 額束があるのは正面側だけのようだ。


「じゃあもう一回くぐって正面に……」


 涼がそう口にした直後、トリイダンサーの周囲に青白い鬼火のようなモノが複数個発生した。


「む」


:さすがにランナーと同じようにはいかないか?

:多少は特殊攻撃してくるのか


 それらがゆっくりと涼に向かってくる。

 涼は鬼火を見据えながら小さな呼気と共に、踏み出していく。


「ふッ!」


:え?涼ちん?

:すり抜けてく!

:ギリ避けッ!?


 姿勢を低く、身体を丸めるように。

 鬼火に当たらないように出来るだけ小さくなって、その間をすり抜けていき、トリイダンサーの股下をくぐって正面に戻る。


 すると、トリイダンサーに巻き付いていた電飾が触手のように動き出して涼を襲いかかってくるが――


「僕の方が速いッ!」


 電飾触手が届く前に、涼は手に持っていたダガーをトリイダンサーの額束へ向けて投げ放って、即座に地面を蹴る。


 ダガーは額束に当たって跳ね返った。

 トリイダンサーの額束に多少のヒビは入ったが、まだ動けるようだ。


「ランナーより硬いけど……僕でもどうにかなる硬さだよね」


 跳ね返ったダガーを空中でキャッチすると、そのまま一閃して額束を両断する。

 同時に、電飾触手は動きを止め、周囲に浮かんでいた鬼火も消えていった。


:カッコイイ動き

:ダンサー大して強くない?

:広い場所だと面倒そうではある


 着地し、一息ついてからトリイランナーたちへと視線を向けると――


「ランナーたち、廊下だと向きを変えるコトも難しいの?」


 振り返ろうとして前後の仲間に邪魔をされているようだ。


:だんだん可愛く見えてきた

:執念深さと肉体機能が噛み合ってないなーw


「とりあえず村に戻りましょうか」


 涼は再び連続股抜けをしてトリイランナーを全部かわし、部屋エリアへと戻ると、村へと繋がる黒い鳥居をくぐるのだった。





「あ、戻ってこられましたわね!」


 黒い鳥居をくぐってエントランスである村に戻ると、先ほどの女性が駆け寄ってくる。

 ハンマーは手にしてないので、どうやらSAIにでもしまったようだ。


「無事なようでなによりです」

「改めましてありがとうございますわ!」


 丁寧な仕草でお辞儀をしてくる女性。

 見た目のハデさとは裏腹に大変礼儀正しい人のようだ。


「えーっと、こちらはまだカメラが回っているのですけれど」

「こちらは問題ありません。そしてこちらもカメラが回ってますが」

「わたくしも問題ありませんわ」


 そんなワケでお互いカメラを回したまま、やりとりを続けることにした。


「涼ちゃんねるの涼様。名乗らせて頂きますわ」


 胸元に手を当てて、胸を張りながら彼女は高らかに名乗る。


「レインボープライズ所属。

 元スパイで一般人女性としてがんばろうとしている矢先にお嬢様になる仕事を請け負ってしまった心は常に一般人! という設定の配信者、一千万本松マハルですわ!」


:自分で設定とか言うなw

:まさかのマハル様と不意遭遇コラボ


「設定盛りすぎじゃないですか?」

「わたくしも常日頃から思っております!」


:思ってるんだw

:テンション高いなこの人

:一事が万事こんなノリだよマハル様は


「そちらはすでにご存じのようですが、個人勢、涼ちゃんねるの涼です」 

「ええ、ええ! 存じ上げておりますとも! 大変ありがたい方に遭遇できてホッとしておりますわ!」


 キャラを守りつつも、言葉と雰囲気は心底から安堵している。

 涼としても、マハルが無事だったことひと安心だ。


「ところで、えーっと……マハルさん。トリイダンサー……あの黒いのとはどこで遭遇したんですか?」

「第一フロアの最奥ですわね。第二フロアへ向かう黒い鳥居のある部屋におりました。

 黒い鳥居が二つあって変だなー……と思いつつ近寄ってみたら案の定というやつでしたわ」


:マハル様そんなところで遭遇してよく無事だったな

:ダンサーについて照会してきたがたぶん未登録の新種だ

:なら稀少か変異の個体だったのか?

:そうだとは思うが…


「あの黒いのと来たら赤いのをどんどん呼び寄せやがりまして!

 一人で対応するのは無理と判断したのです。黒い鳥居から下のフロアに逃げようかとも思ったのですが、気がついたらランナーの数が増えていてそれも難しく、やむを得ず入り口へ向かってダッシュをしたのです」


:あの能力で仲間呼びを持ってるのか

:広場でやりあうには面倒な相手ではあるな

:廊下で瞬殺したのは正解だったのかもな


「マハルさん。今回の件、イレギュラー案件として正しくギルドへの報告をお願いします」

「分かりましたわ」


 涼の言葉にマハルがうなずいた時、涼が何かに気づいたように顔を上げた。


「すみません。ちょっと電話を」

「どうぞどうぞ」


 そうしてスマホを取り出すと、涼は画面を見て真剣な顔つきになる。


:モカPから何かお達しか?

:今日はお開きの可能性あるな?

:イレギュラー案件だと仕方ないさ


 小さく息を吐き、涼はスマホをしまうと、ドローンの頭頂部を撫でた。


「チキンの皆さんすみません。配信を開始してまだ間もないですが、今日はここで閉じさせてください」


:知ってた

:まぁしゃーなし

:チキンでマハルイツな俺からお礼を 推しを助けてくれてありがとう


「これからギルド行って報告や手続きのアレコレばかりになって動画的な面白みが一切なくなりますし、あんまり一般の方の顔を映すのも良くないですしね」


:それはそう

:《鳴鐘 守》一足先にギルドに報告しておくぜ

:残念だけど仕方ないか


「あ、鳴鐘さんありがとうございます。

 配信勢が報告しようとすると、ややこしくなる時あるので事前通知は助かります」


:鳴鐘ってシカテイの?

:せやで あの人ヘビィなチキンだよ


 チキンたちのコメントと軽いやりとりをした涼は、タイミングを見計らって締めようとした。


 そこへ、おずおずとマハルが声を掛けてくる。


「あのー……涼様。ちょっと失礼かとは思うのですが、チキンの皆様に一言お詫びをさせて頂いても?」

「お詫び、ですか?」

「ええ。チキンの皆様がせっかく楽しみにされていた時間を奪ってしまう原因になったのがわたくしですし……」


:あ、そこは気にせずに

:そうそう 涼ちゃんねるじゃあ日常茶飯事

:マハル様が無事で良かったね で終わる話です

:涼ちゃんねる的には良くあるコトなので


「……これが良くあるのはよろしくないのでは?」


 割と素でツッコミを入れたっぽいマハルに、コメント欄が笑いに包まれる。


「まぁチキンの皆さんの言うとおりなので気にしないでください。

 ボクは配信者であると同時に探索者で、必要があれば探索者としての責務を優先するというのは、チキンの皆さんもよく知っているコトなので」

「そうでしたか。出過ぎたマネをいたしましたわ」


 一礼して一歩下がるマハルにうなずき、涼はドローンへと向き直った。


「そんなワケで本日はここまでです。

 チャンネル登録とか、Warblerワーブラーのフォローとか、なんかそういうヤツ。みなさんよろしくお願いします」

「とても棒読みですわーッ!? ……と、失礼しました」


:ナイスツッコミ

:思わずツッコミ入れちゃうマハル様草

:マハルちゃんだっけ?ちゃんねる登録しておこう

:マハルの公式ワブをフォローしてきた


「あら? あらららら!?

 み、皆様それでよろしいのですかッ!?」


:いつもの棒読み挨拶にツッコミが加わって新鮮

:涼ちゃんお疲れー

:マハルさんもお疲れ様


「次の配信もWarblerで告知しますので、そちらをチェックしてください」

「やっぱり棒読みですわー!?」


:wwww

:ツッコミが入ると新鮮だなw


「ではまた次回にお会いしましょう」



 ===この配信は終了しました===



「はッ!? 人の配信の様子を見学していて自分の配信のコト忘れておりましたわッ!?

 わたくしも、今日の配信を締めたいと思いますわ!!」


 慌てた様子で左腕に付けている腕時計のようなモノに触れるマハル。

 すると、腕時計からホロウィンドウが浮かび上がり、コメントが流れていく。


「マハライツの皆様のコトを忘れてしまっていて申し訳ありませんわ!

 今回はイレギュラーが生じてしまいましたので、これに関する報告や事務手続きが必要ですので、ここで終わりたいと思います!

 慌ただしくて申し訳ありませんが、その辺りが無事に終わりましたら、SNSなどで報告したいと思います」


 涼が遠巻きから様子を伺っている中、チラっと見えたマハライツの方々のコメントは、途中で終わってしまう不満が多いようだ。


 この辺り、探索に関する啓蒙けいもうが進んでいる涼ちゃんねるや、部長からしてガチ探索者であるルベライト勢の視聴者との差があるのかもしれない。


「不満は重々承知ではございますが、探索という命に関わるお仕事に関するコトですのでご理解くださいませ!

 それでは皆様、またわたくしのお部屋でお会いいたしましょうね! ごきげんよう!」


 そうして、配信を終了したマハルは大きく息を吐いた。


「はぁ……」


 ややして気持ちを改められたのか、顔を上げたマハルは元気な笑顔と共に涼へと向き直る。

「涼様。一緒にギルドに来て頂けるというコトでよろしいのですよね?」

「ええ。そのつもりです」


 マハルの言葉に涼はうなずく。


「ではよろしくお願いいたしますわ!」

「はい」


 二人の配信者は、そうしてダンジョンから出ると、外で待機していた香と合流しつつ、探索者ギルドへと向かうのだった。



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【Idle Talk】

 動画配信者をメインに抱える事務所レインボープライズ。

 箱としては大手ながら、探索配信という分野においてはやや出遅れ気味。

 人気の配信ジャンルであることは把握しているがノウハウを持つものとのツテが薄い。

 その為、抱えている配信者で、リアル・V問わず探索者資格を持っている配信者に協力してもらいながら、探索配信事業を手探りで進めているところ。

 Vの中の人が資格者の時は、アバターのコスプレしてもらい手元配信的なノリに近い方向でなんとかやっている。

 その各種探索配信は、どれも好評のようで、ゲーム実況配信のような盛り上がり方に、事務所は安堵しているようだ。



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