涼 と 保護者 と 追跡者
:これやばいな めっちゃすごい
:丘一面の花畑すごいなー
:何気に咲いている花に季節の統一感がないのがダンジョンらしい
:すごいな 一枚の絵みたいだ
:斜面だからか余計に迫力みたいなのを感じるな
「来たな……!」
コメント欄が花畑に注目している中、警戒をしていた涼がダガーを構える。
「キシャー!」
:なんぞ!?
:またムカデか!
横から襲いかかってくるのは赤い
涼は素早くそれに反応すると、鎧ムカデが攻撃するべく上半身を持ち上げた隙に、懐へと入り込む。
あとは頭部と身体の鎧殻の隙間にダガーを滑り込ませるだけだ。
そのまま内側を切り裂き、鎧ムカデが足をバタバタさせてもがく隙に、懐から抜け出す。
:いつもながら鮮やか
:大きなムカデ型は攻撃前に上半身を持ち上げることおおいからな
:だからって懐に入り込めるかっていうと難しいけど
:ためらわず滑り込むよな涼ちん
「ふぅ……」
一息ついた涼は、カメラに向かって顔を向けた。
「さて、見せたかったのはこの花畑ではありません。この花畑はまだ通過点ですので」
:マジか
:これ以上があるのか
「丘の頂上――その崖からみる眼下こそが最高なんですよね、ココ」
そう言って涼は、丘をゆっくりと登り出す。
:めっちゃ良い顔だった
:これはマジで涼ちゃんのお気に入りの場所か
:期待できる
ドローンは涼の目線と同じくらいの高さを飛ぶ。
視聴者の目線も涼の目線と同じ高さにしようというモカPの計らいだ。
丘の先端が切り立ち、徐々に眼下が見えるようになってくる。
:くるか
:きたぞ
:お?
:おお!
:Oh...
:すげぇぇぇぇぇぇ
:Is this a real landscape?
:これはすごい
:やばいな
そこは、乱れ四季の杜のフロア1を一望できる場所だった。
右から左へ季節がグラデーションしていく。
どこからともなく舞い落ちて降り注ぎ続ける、花びら、緑葉、紅葉、雪もグラデーションするように、舞っている。
四つの季節を同時に一望するという贅沢。
画面越しであっても息を飲む光景に、途中からコメントの書き込み量が一時的に落ちるほど。
ふつうに生きていたら絶対に見ることのできない光景だ。
「こういうの見ちゃうと、もっと色んなのみたいってなるよね」
:わかる
:そうだな
:そうか涼ちゃんはこういうのに魅せられてるのか
:ダンジョンならではの光景をハントする理由に説得力ありすぎる
「ダンジョンからの恩恵とリスク軽減の為の探索。
それはそれで大事なコトではあるんだけど、せっかくの超人化と現実離れした異空間の中なワケだし、ならではを探したいっていうのも、悪くはないと思うんですよ」
もちろんそればかりにかまけて、探索者としての恩恵とリスク軽減という重要な仕事を蔑ろにしてしまうわけにはいかないけれど――と、涼は笑う。
「そういう意味では配信もそうですよね。
ダンジョンという異空間を撮影する。その意味を以前は図りかねてましたけど、今は分かります。
単純にゲームのような世界をリアルで攻略したり戦闘したりする光景そのものが、それを知らない人にとって楽しいというのもあるんでしょうけど……。
ボクは、自分たちの知らないものを知りたい。見たコトのないものを見たい……そういう人たちも、ダンジョン配信を見てるんじゃないかなって。
ならボクは、そういう好奇心を満たしたい人向けの配信を続けていければいいかな――なんて思います。
バトルや攻略はほかにやっている人も多いみたいですしね。
そして、ボクの配信を通して、ダンジョンという現実をみんなにより詳しく知ってもらえれば、それに越したことはありません」
:棒読みじゃないから本心か
:どういう確認の仕方?
:そういう配信もあっていいよね
:自分はまさにそれだなー>知らないモノを見たい
:なに最終回?
:まだ収益化してないのにしんみりしていいの?
「そうして同時接続数やらフォロワーやらが伸びてくれれば、香やモカPからその数に応じて高い鶏料理を奢ってもらえるので、チキンみなさん今後ともよろしくお願いします」
:知ってた
:良い話風でも鶏肉オチ
:そこのブレなさはすごい
:やはり鶏肉か いつ出発する?
:↑カオマンガ院!
:なんでそこでカオマンガイ選んだ?
:末尾を院にしやすい鶏料理がそれしか思いつかなかった
:言われてみると思いつかないな
:とっさに思いついたのむしろすげーわ
そうして真面目なのかふざけているのかよく分からない話を終えた涼はゆっくりと、丘を降りて花畑まで戻ってくる。
その後ろ姿をドローンが追う。
:そろそろ戻る感じか?
:なんか雰囲気違う?
:さてネタバラシの時間かな?
:え?
:今日の配信 違和感あったもんな
:そうなのか
:みんな気づいてた?
:お、おれは気づいてたし?
:ええ、そう、よね あたしもきづいてたわー
:配信みながら涼ちんを追いかけてる奴いただろ
:え? え?
:だからこんな回りくどい道案内してたのか
徐々にコメント欄にも理解が広まっていき――
「はじめまして。どうしてボクを追いかけていたのか、聞かせて頂いてもいいですか?」
そうして、茂みから出てきた三人組に対して涼は真面目な顔をしてそう訊ねた。
:カメラには涼ちゃんの顔映ってないから怖いな
:いつもの淡々とした顔だと思うけど
例の三人組。
彼らの年齢は二十代前半くらいだろう。
一人だけ少し年上に見えるので、こちらは二十代後半か三十代前半くらいかもしれない。
:うーん、三人組なのはわかるけどカメラに映らないな
:足下しか映さないのはモカPなりの配慮か
:向こうの出方次第だと顔もうつすだろうけどな
「ええっと……はじめまして。
何で追いかけてたと言われるとちょっと困るんだけど……」
これといった特徴のない顔に中肉中背の男性が困ったように頭を掻く。染めているのか地毛なのか、赤みの強い茶髪が揺れる。
腰にある武器を見る限りは、片手剣の使い手のようだが――
その彼の言葉に、涼は目を
「困る? 配信を見ながらボクを追いかけていたのに?」
:それはそう
:追いかけてた理由ないの?
:理由もなくここまで追ってくるのもすごいが
「ええっと、それなんだけど……。
なんというか、おれたち地方から出てきたばっかだから有名になりたくて」
角刈りの彼は腰元にハンドアクスを帯びているので、斧使いなのだろう。
「ボクを追うコトと、あなた方が有名になるコトに、どういう繋がりが?」
:あれか インフルエンサーの配信に映り込んでアワヨクバ的な
:それにしたってこんな堂々と姿を見せるかふつう?
「いやえーっと、有名な配信者だし、一緒に映らせてもらえれば……的な?」
「それ、ボクになんのメリットがあるんです?」
:こいつら・・・
:さすがにこうなんというか……
:コラボ企画とかも事前に打ち合わせとかしてのモノだって知らんのか?
:探索も配信もロクに知識なさそうだな
涼の質問に斧使いも困って頭を撫ではじめる。
「そもそも、お二人は有名になってどうしたいんですか?」
質問を重ねながらも、涼は先ほどから口を開かない年長者だろう男の方を気にかけていた。
二人はどうでもいいが、あの男だけはなんだか一歩引いた場所から様子を伺っているような気配がある。
何か仕掛けてくるかもしれない。
「どうって言われても……」
「こう自慢する……みたいな?」
要領を得ない答えを口にする二人に対し、涼は自分のこめかみを人差し指で触れながら告げる。
「ようするに有名になるコトそのものが目的というワケですか」
「そう言われると、そう……かな?」
「一旗揚げてやったぞ、的な?」
「他人の名声に便乗しただけで自分たちは何もしてないのに一旗揚げたって言えます?
名声であれ汚名であれ、何か行動を起こしたからこそ、有名になったという結果があるのでは?」
:涼ちゃん辛辣
:マジでそれだけの理由なのかこいつら
「いや、それはその……」
「でも有名になる方法を教えてくれるって
二人がしどろもどろに視線を向ける先。
涼が警戒している短剣二刀流らしき男。
自称地方出身の二人と比べると、探索にも人付き合いにも馴れた雰囲気を持っている。
いわゆる陽キャなのだろう。ただ、その明るさの奥の方に濃い陰のようなものに感じる何かがあり、
「二人ばっかり喋っていますが、貴方はどうなんです?」
元々金に染めていたのだろうが、地毛が見え始めプリンのようになっている髪の――釜瀬と呼ばれたその男は、呆れたように嘆息した。
「勝手にオレのせいにされても困るな……。
確かに教えてやるとは言ったが、お前らは聞く耳持たなかっただろ?
少なくともこの一件――オレが教えたかったコトじゃあないぞ」
どうにも本心のようで、ため息混じりのその言葉のあとに、二人を鋭く睨みつける。
二人は二人で、その眼光を受けて居心地悪そうにたじろいだ。
「なら、なぜ二人と一緒に?」
「地方出身を免罪符に、調子乗ってませんよってツラで、自分らはもっとデケェコトができるってイキる。
そういう連中が目の前でモンスターやトラップにぐちゃぐちゃにされながら絶望顔でオレを見る――そんなコトを何度も経験しちまえば、な。
お人好しにもなるってもんだろ?」
:ただの良い人だったっぽい?
:だとしたらほんとこの二人…
:このカマセってやつも大変な経験してんな
「つまりはただの付き添いと?」
「そんなところだ」
:かませ?もしかして四国の保護者か?
:四国の保護者?
:四国を中心に率先して駆けだしイキり探索者の面倒見てる兄ちゃん
:あの
:その二つ名は聞いたコトあるな
:時々四国を出て中国・近畿辺りにも顔出してたよな
:つまりガチでこの二人が死なないようについてきたってだけ?
:羽流?釜瀬羽流って元ワイアルの?
涼が訝しむ中、コメント欄では釜瀬に関する情報が流れていく。
目を眇めている涼には、もう少し説明するべきか――とでも思ったのか、釜瀬は少し言葉を選ぶように、話を始めた。
「どこだったかのギルドでだ。こいつらが次の探索場所について話し合ってるのが耳に入ったんだよ。
そしたら、涼というダンジョン配信者が攻略しているダンジョンならイケるんじゃねぇかと言っててな?」
チラリと釜瀬が二人を見る。
相変わらず居心地が悪そうに身を竦めるばかりで、反省の色がないことに、釜瀬は嘆息しながら続けた。
「高校生が配信やりながらソロで探索できるダンジョンなんざ自分らにはラクショーだろうみたいなテンションだったもんで。
見てらんなくて、声を掛けた。んで、涼。アンタの動画も見せてもらった」
そう言って涼を見る釜瀬の顔は、安堵したような尊敬するような顔だった。
「その上でアンタとアンタが潜ってるダンジョンについて調べた。
川底のダンジョンはともかく、それ以外は結構な難易度だ。その川底だってシャークダイルを思えば油断はできねぇ。
ましてやドレイク戦。たった三人であの強敵を倒す姿を見て、なお涼を高校生配信者だからと下に見る程度の実力しかねぇ奴らを、なんか放っておけなくてなぁ」
苦笑する釜瀬の姿を見て、それが本心であると納得した涼は、とりあえず身構えていた体から力を抜く。
「その生き方、貧乏くじ引きません?」
「さんざん人に迷惑を掛けて生きてきたんだ。残りの人生全部、貧乏くじ引くくらいでちょうどいいのさ」
そう言って陽気な笑顔を浮かべる釜瀬の姿に、どこか香の姿がかぶって見えた涼は、そこで完全に警戒を解くのだった。
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【Idle Talk】
いつものように涼の配信を見る湊。
その脇からいつものように眺める白凪だったが、釜瀬の名前が出ると同時に、机に拳を叩きつけてしまい周囲をビビらせてしまった。
普段ならすぐに謝罪するだろう白凪だが、それをせず――拳を握りしめ、歯を力強くかみしめたまま画面を睨み、言葉も漏らさず微動だにもせず、事の成り行きを見守っている。
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