涼 と チキン と 違和感ムーブ
季節の境目と呼ばれる場所。
カメラに映る光景は、その名の通り、夏と秋の境目のようになっており――手前は新緑の森、奥は紅葉の森となっている。
夏の森では、常に緑の葉がひらひらと舞っていたが、秋の森では紅く色づいた葉が、はらはらと舞っている。
境目であるこの場所ではそれらが入り交じって舞い踊り、足下では緑と赤の入り交じる美しい絨毯を作っていた。
もっとも、その美しい絨毯はこの地を歩くものからすれば、滑りやすいだけの厄介な足場なのだが。
「さて、秋エリアに差し掛かりましたが……ここの夏と秋の境目には、ボクの苦手なムカデが多いので、コメント欄を閉じた上で、突破優先の動きをさせてもらいます」
:OK
:汗こそかいてるけどあっさり夏を越えたな
:28度前後を暑いと感じるかどうかだと思う
:りょ
:クーラーの設定温度じゃん
:基準なだけで暑かったならクーラーの温度は下げてえんやで
:最初に言ってたムカデ地帯か
:むしろ下げるべき
:コメント欄はなんでクーラーの話してるんだ?
:なんで涼ちんムカデ苦手なんだろうな?
:足が多いから?
四方八方に話題を飛び散らせながら盛り上がっているコメント欄の表示を切ると、涼は秋エリアへと踏み出していく。
コートの長めの襟を掴み、口元まで上げながら慎重に進み出す。
:探索者ニキ 聞きたいんだけど ムカデってそんなやばいん?
:堅いは堅いが涼ちんなら余裕で勝てる相手だとは思うんだ
:涼がなんでそんな警戒しているのかマジで分からん
:まぁ鎧ムカデや兜ムカデに混ざって大王ムカデとか時々いるからな
:大王ムカデはさすがに大変な相手なのは確かだけど
:でも涼ちゃんのスニークテクなら大王も逃げやすい相手だろうに
配信を見ている探索者たちは、コメント欄に投げられる一般人からの質問に答えながらも、油断なく思考を巡らせていた。
コメントに流れている答えは、その通りだと思う。
だがやはり、涼が警戒しすぎていることが、どうしても気になるのだ。
もしかしたら自分たちの知らないムカデ型モンスターがいるのかもしれない。あるいは、ムカデ型モンスターに関して自分たちの知らない特性があるのかもしれない。
そこまでは多くの探索者チキンたち共通の思考。
この先から、思考が枝分かれしていく。
思考がそこで止まる者、その先まで考え出す者。
普段の涼であれば、どう危険なのか説明した上でスニークを行う。だというのに、今回に関してはムカデに関する情報が伏せられている。
そのことを疑問に思える者たちは、余計に訝しんだ。
それが深読みか邪推なのかまでは分からないが、探索配信の裏で何かが起きているのでは――という疑問を抱く者たちが少数ながらいた。
とはいえ、自分たちに出来ることは特にないので、見守るしかないのだが――
「あー……これは避けられないな」
涼が、岩陰から道の先にいるモンスターを見ながら口にする。
それこそ、話題の元となっているムカデ型モンスターだ。
:
:避けられないってどういうコトだろう?
:色もそうだけど頭部がゴテゴテしいんだよな兜の方は
:鎧は赤っぽいしな
:能力的には何か違うの?
:全身堅いのが鎧、頭部が異様に堅くそれ以外は鎧以下の堅さの兜
:単純に攻撃力が高く足も速くて凶暴なのが鎧 毒液ばらまいたり奇襲してきたり絡め手が得意で狡猾なのが兜
:どっちも鬱陶しいじゃないですかヤダー!
:なお全身が兜の頭部並に堅牢で、鎧より高いパワーとスピードを持ち、そのクセ毒液や待ち伏せといった奇襲や絡め手が得意なのが大王
:大王がクソすぎる件
:しかし避けられない……か
ムカデに関する情報で盛り上がるコメント欄を余所に、涼は岩陰から慎重に動き出した。
迂回するように、兜ムカデの背後を通り過ぎようとして――
:え?
:は?
:気づかれた!
――兜ムカデは上半身を持ち上げながら、その首を涼へと向けた。
「ち」
小さく舌打ちすると、涼は兜ムカデに向かって走り出す。
それに対応するように、兜ムカデは動き出した。
だが。
「悪いけどとっとと終わらせる」
涼はワシャワシャと動く無数の足を避けながら、兜ムカデの下へと滑り込む。
そして、頭部の鎧殻と身体の鎧殻のちょうど中間に当たる隙間へとダガーを滑り込ませた。
そのまま隙間を縫うように、深々と刺したダガーを一閃。
「――――キキキ!!」
兜ムカデは悲鳴のような音を立てると、仰け反るように身体を起こし、地面に触れていない足を一斉にピンと伸ばす。
その瞬間に涼は兜ムカデの下から離脱。
一瞬遅れて、兜ムカデは足を畳みながらひっくり返った。
「ふぅ」
:鮮やか
:お見事
:excellent!
:何が苦手なんだろう
:涼ちんふつうに倒せるじゃん
:鎧殻放置もったいないけど涼ちんだと稼ぎにならんのだっけ?
:未成年探索者保護法のアレなー
コメント欄は倒したことへの賛辞と、涼が苦手と宣言していることへの疑問で埋まっていく。
涼がこのエリアでコメント欄を見ていないことは分かっているのだが、それでも撃破後に一切の説明なく探索に戻っていくことに違和感はある。
何より、気づける者は気づいている。
明らかにスニークスキル発動中の涼を目で追ってきたムカデの動きに。
涼が苦手と言うのは、このスニークスキルで避けられないからということだろう。
だというのに、涼は一切の説明なく探索に戻っている。
明らかに普段とは異なる動きをしている涼。
だけど、違和感を最小限にするように気を使って喋っているように見える。
その様子は、人によっては見ていて疲れるのだが――一方で、どうしてそれをしているのかという結末は知りたくもなるのが人の好奇心だ。
結局、色々と訝しむチキンたちも、途中で見るのをやめたりせずに、視聴を続けていた。
「さて、秋の森名物の看板までやってきました。この看板を見つけられると、秋の森もだいたい中腹ですね」
看板には、日本語で――
←冬 ↑春 夏→
――と、書かれている。
「正規ルートで次のフロアへと行きたい場合は、この看板に従って春の森に入ってそこを経由しつつ冬の森を目指す必要があります。
素直に冬の森に行っても、森の中を迷路のように張り巡らされている踏み固められた道が、途中で途切れます。
三叉路、四叉路が繰り返された挙げ句、どこにも正解がないので結構メンタルにくるんですよね」
:春→夏→秋の流れから冬に行くと行き止まりとかトラップだろ
:最初にこのダンジョンでこのトラップにハマった人は泣いていい
:A trap that doesn't kill is a good trap!lol
:まあでもトラップの中じゃ有情も有情だよな
:英語チキン分かってるな 確かに人が死なない罠は良い罠だ
「ゲームだとよくある宝箱ルートってやつなんでしょうけど、それでも行き止まりの数の三分の一くらいしかなかったようなので……」
:後続はその宝箱も開封済みなワケだしな
:一応、草や木の実を採取できるエリアみたいなのはあるらしいけどな
:それにしたってなぁ・・・
「行き止まりの話はさておき。
ボクがこれからどこに行くかというと、こっちです」
涼が指を差すのは、看板に描かれた↑春とは真逆の方向。
つまり看板には描かれていない方角の――茂みである。
当然、踏み固められたような道が存在しないルートだ。
:またそういうところ入ろうとする
:デスヨネー
:まぁ涼ちゃんらしい
「では行きましょう」
そうして茂みの中へと入っていく涼の姿はいつも通りなのだが。
やはり、チキンの中に混ざる思慮深い探索者たちは訝しむ。
いつものように道なき道を行く涼の姿のはずなのに、どこか違和感がある。
普段よりも音が大きい?
不必要に小枝を折ったり、草を踏みしめたりしていないか?
探索者でなくとも、常連チキンたちも、訝しみだしている者たちはいた。
だが、だれもコメントで指摘した様子はない。
それ故に、コメントするべきかどうかを悩む。
なまじ、そういうことに気づけるだけの観察力や思慮があるからこそ、みんな分かっててコメントしていないのではないかと考える。
「あの看板から真っ直ぐ進むと、この大きな枯れたイチョウの木にたどり着きます」
:このイチョウをどれだけの探索者が知ってるんだ?
:ルート外れてこんなところまで来る奴はふつういないんよ
「ここから夏の森の方向へと向かいます」
そう言いながら、枯れたイチョウの木に沿って動き、すぐ近くにある特徴的な捻れ方をした松の木の脇から、茂みへと入っていく。
:すげぇ形の松の木笑
:盆栽がそのまま巨大化したかのようだw
それに気づいてコメントする者たちも当然いる。
こうなってくると、やはり涼の動き方に違和感が強く感じる者たちが増えてくる。
目印もない茂みの中を進むにあたり、分かりやすい目印を示すかのようだ。
まるで誰かを誘導しているようにも見えてくる。
そこまで考えた視聴者の中に、まるで――ではないのかもしれないと、結論づけた者も出てきた。
そうなると誰を誘導しているのか――という話になる。
まるで視聴者を誘導するような動き。
となれば、涼を追いかけている視聴者でもいるのだろうか。
動画の中で、涼はそれらしい言動も気配も見せていない。
ただ、誘導しているように見える動きをしているだけだ。
しかし涼のそれも巧妙で、違和感を覚える視聴者がどれだけいるのか分からない。少なくとも多くはないはずだ。
つまり、追いかけている視聴者に悟られたくないのだろう。
ならば違和感を覚えた視聴者である自分は、迂闊なコメントはしない方がよさそうだ。
聡い視聴者はそこまで考えて黙りを決め込む。
中には道案内しているようだとコメントをする者もいるのだが、大量のコメントの中に流されているので、そこまで問題にならないはずだ。
ましてや追跡者は視聴の傍らに探索をしているのだ。
細かいコメントまでは拾えてはいまい。
そこまで悟ることのできた後方腕組みうなずき系常連勢たちは、ここでは敢えて触れずに楽しむのが吉だと判断する。
「ひたすら進むとこのように、夏の森なのに一本だけ満開の桜が咲いている木とぶつかります。
この木にぶつかったら、そのまま木に沿って右へ四十五度ほど移動。
そのまま桜を背に木々の隙間を伺えば、向こうに斜面が見えるはずです。そこを目指します」
:隠しエリアへの道案内っぽくてワクワクするw
:涼ちんは良くもまぁこんなルート見つけたよな
「斜面の入り口にたどり着いたらすぐには上らずに、そこに沿って春の森を目指します。
それと、この斜面のところにある夏の森なのに紅葉している木。帰り道の目印なので覚えておきましょう。
ここから上っても良いんですけど、ルートや現在地が分からなくなってしまいやすいので、目印のあるところまで移動するんです」
:そうか闇雲に茂みを探ってるんじゃなくて目印を定めつつ茂みを探ってるのか
:うわ 非正規ルート探索の勉強になりすぎる
:確かに純粋にこの斜面目指すだけなら夏の森の適当な茂みからもこれなくはないもんな
:ちゃんと帰る為の道順を作りながら進んでるのか
「ここですね。春と夏の狭間。
こから、斜面を登っていきます。ここなら帰り道も間違えようなありませんので」
:帰りに斜面を降りてきたら斜面沿いに夏の森へ行って紅葉している木を探すワケか
:わざわざ秋の森から大回りしてきたのも目印を確実に作る為だっただ。。。すごいな涼ちん
「ちなみにこの斜面。フロア1をぐるりと囲んでいる土の壁の麓みたいなやつです」
:まじか
:そんなところに上ろうとするヤツいるの?
:ゲームとかならいるだろうけど
:ダンジョン探索は現実だしな…
「登り切るとすごい綺麗な花畑があるんですが、ムカデ型のモンスターのナワバリにもなっているので、油断はできません」
そうして、涼が登り切り、追いかけていたドローンの視界が開けた時――
コメント欄は花畑の美しさへの感嘆の言葉で埋め尽くされるのだった。
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【Idle Talk】
守
「これ、道順はわかりやすいが歩きづらすぎるぞ……!
なんで涼ちゃんはこれをスルスル進んでるんだ……?
探索者やりも森や山を守るレンジャーのような動きをしてるじゃねーか……!
ったく、見るのと進むのとじゃあワケが違うぜ……。
あのストーカー三人組も、茂みに入っていったが……ちゃんと涼ちゃんを追いかけられているのかねぇ?
わざわざ踏み固めてくれている茂みから、外れて迷子になってたりはしねぇよな?」
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