涼 と 香 と 雑談配信
香の自宅である庭付きの大きな家は、両親の持ち家だ。
父が古武術を嗜んでいることもあって、わざわざ庭の片隅に小さな道場も
香も父から武術を習っているし、涼もダンジョン内で戦闘するので、その鍛錬も兼ねて時々貸してもらっている。なので、そこは馴染みの場所でもあった。
「雑談配信って何を喋ればいいの?」
「雑談だよ雑談。まぁ前回の配信の時にリクエストあったし、ダンジョンと探索者について語れば?
配信コンテンツとしてのダンジョン探索を知ってても、本物のダンジョン探索について知ってる人って意外といないだろうし」
「うーん……」
その道場の中で、配信の準備をしながら、二人はそんなやりとりをする。
元々は香の部屋で次の配信の打ち合わせをしていたのだが、せっかくだから雑談配信しようぜ――ということとなり、今に至る。
とはいえ、学生服のまま配信するワケにもいかないということで、涼は一度家に帰って着替えてきていた。
最初は香の家にある和服を適当に見繕っても良かったのだが、性別を隠す方向でいくのであれば、涼は私服の方が都合がいいということになったのだ。
この辺り、ご近所さんというのはラクで良いな――などと、香は思ったりした。
そんなワケで夕方の五時半頃。
涼ちゃんねるの突発的雑談配信の準備はだいたい終わった。
「んじゃー、
「おー」
涼の了承を得て、香はWarblerで告知を投稿する。
【ちょっと時間が出来たので、突発雑談配信をしたいと思います。一時間くらい。配信は17:45~】
直後に、告知へディアからリプライがつく。
【うわーん!今出先だから視聴できないいいいいい!!!】
それを見て、香は思わず苦笑した。
泣き言をリプライしながらも、ちゃんと
それを義理堅いというべきか、彼女なりの布教活動というべきかは、判断しづらいところだ。
「平常運転だなぁ、大角ディアさんは」
「あのノリと勢いはどこからきてるんだろう……?」
「確かにわりとナゾいよな」
香はケラケラと笑いながら、配信準備の仕上げをしていく。
「これでよしっと。あとは時間になったら始めるから、よろしくな」
「喋れなくなった時用のカンペよろしく」
「おう」
今回は道場の真ん中に箱を置いて、その上にドローンを乗せてある。
カメラの正面――ちょうど良い位置に座布団を敷き、涼はその上で
まだ放送そのものは始まっていないのに、すでに配信サイトの放送枠に集まってきている人たちはコメントをつけてくれている。
:まだかな
:涼ちん初の雑談楽しみ
:この間モカPに相談するって言ってたしな
:わくわく
それを見ていると、涼は不思議な気分になる。
これまで、あまり他人には興味なかった。
そんな自分が喋るだけの配信を心待ちにしているようなコメントが流れていくのだ。
コメントを見ていると、何とも不思議な高揚感を覚える。
香に言わせると、集まってくれる人の人数はまだまだらしいのだが――それでも、少人数でも心待ちにしてくれている人がいるのだ。
せめてその人達くらいは、楽しませたいな――という感情が、涼の中に芽生えていた。
「はじめるぞー、涼!」
「わかったー」
そうして香の合図で、ドローンのカメラが涼を映し出す。
:お
:きたー
:はじまったー
:私服涼ちん!
「あ、どうも。涼です。
突発で始めた雑談に来ていただき、ありがとうございます」
:やっぱり棒読みだ
:こんちゃー
:私服かわ
:いえーい
:こちらこそ雑談配信ありがとう
:雰囲気もマニッシュなら私服もマニッシュか
:あぐらかいてる涼ちゃんよき
ドローンの頭頂部に表示されるコメントを追いながら、涼は馴れない喋りというモノを続けていく。
「雑談といっても何を話して良いかわからないので、モカPのカンペ作ってもらってます」
:正しい
:モカP有能
:介護が手厚い
:ところでモカPレイク・コンソメ飲んだ?
:《モカP》めっちゃうまかった
:モカP無能
:ズルい
:ギルティ
:モカPを許すな
カンペを用意していたことを褒めているコメントたち。
だが、モカPがコンソメを口にしたと答えた途端、手のひらが返っていく。
「みなさん」
:あ
:涼ちん怒る?
:ちょっと調子のりすぎた?
:許されよ、許されよ
:すまぬ
「モカPにはどれだけ辛辣でもボクは許します」
:お許しだった
:やったー
:怒られなかった
:《モカP》おいコラ涼
香を巻き込み、コメント欄と少しわちゃわちゃする。
普段、人との交流があまり多くない涼には新鮮な感覚だ。
「モカPいじりはほどほどにするとして、何か聞きたいコトあります?」
:今一番聞きたいのは涼ちんどこで配信してるの?かな
:↑それ
:↑わかる 道場?
「ああ、ココですか?」
コメント欄の質問にうなずいてから、視線を香に向ける。
香は心得た――とばかりに、ドローンを少し動かした。
香は自分を映さぬように、道場をぐるりとドローンのカメラに映していく。
:やっぱ道場っぽい
:壁に色んな長さの木刀あったな
:すごいキレイに使われてる場所なのはわかった
「ココ、モカPの実家の道場です。庭に小さな道場があるんですよ」
:マジで?
:庭に道場??
「モカP格闘技有段者なのでダンジョンの外だとボクより強いです」
:つまりモカPは探索者としても強い?
「いえ、モカPは探索者としては弱いです。新人以下。
視聴者の中には現役の探索者の方がいるようなので、その方は理由がわかると思うんですけど……」
:ダンジョン適正がないのか、モカP
「そうなんです。一般的に無いって言われている人より無いです。ゼロゼロのゼロ」
:そのレベルで無いのか
:ダンジョン適正?
:なにそれ?
:意外と知られてないモンだなぁ……
「簡単に説明すると、ダンジョン内でスキルを習得できるかどうかの適正ですね。アーツやブレスのようなモノだけでなく、身体能力を底上げしてくれるパッシブに対しても適正が全くないんですよ、モカP。
パッシブを習得しないと、漫画やゲームみたいな超人的な動きはできないので……」
チラリとモカPを見れば、彼は気にしてないよと肩を竦めて苦笑してみせる。
:つまりダンジョン内で身体能力が増えたりしない
:必殺技や魔法はもとより、探索用のスキルも使えないワケだな
:そうかぁ……
:ドンマイモカP
「あ、良い機会なのでみなさんに聞きたいんですけど。
現役の探索者さん以外で、どうして探索者がダンジョン内では超人化しているのかって知っている人……どれだけいます?」
:実はまったく
:気にしたこともなかった
:そういえば
:現実じゃすごくないの?
「ダンジョンも現実ですよ。でもまぁそうですね……もしよければ少し説明させてください」
:OK
:頼む
:教えて
「ダンジョンの内部と、そのダンジョンを中心にした外部の一定範囲内をダンジョン領域と呼びます。
このダンジョン領域の中には、通称マナと呼ばれるチカラが満ちており、これが身体能力に色々作用するんです。
そのマナがどれだけ作用するかは、人によって様々です。
探索者は、体内に溜まったマナを、身体能力を底上げされるパッシブや、
このマナを体内に留められる量を、マナ許容量と呼んだりします」
:ゲームの最大MPみたいなモンだな
:最大MPとスキル習得の為のスキルポイントを兼ねてる感じだよ
:ダンジョン領域の外にでるとMP残量はゼロになる
:じゃあモカPはその許容量の最大値がゼロなのか
:最大MPもスキルポイントもゼロなのか……
「コメントにありましたが、まさにその通りです。
最大許容量は少しでもマナを体内に取り込めると、そこから少しずつ拡張されていくのですけど――あ、これはゲームのレベルアップに近い感じです。なので、そう認識していただいてもOKです。厳密には違いますが今回は割愛。
……で、モカPの場合――そもそも体内にマナを取り込めないんです。経験値の一切入らないLv1のゲストNPCみたいなヤツなんですよモカPって」
:それはちょっと切ないな……
:モカPにドンマイとも言いづらい
「あ、マナ許容量の話もでたのでルーマについても語っちゃいますか。結構みんな知りたい話だろうし」
:ルーマ?
:ルンバ?
:ずんだ?
:神田?
:お前らさぁ……w
:正式名称はルーンマナな
:ぶっちゃけちゃうと経験値だw
:ぶっちゃけ解説助かる
「モンスターを倒した時や、素材などの採取をした時など、色々なタイミングで放出される特殊なマナです。それをルーンマナあるいはルーマと言います。
目には見えないそれを体内に取り込むことで、マナ許容量が増えたり、パッシブの効果が増えたり、武技や魔技あるいは探索に使えるスキルなどが習得できます」
:よく探索者さんは習得っていうけどどんな感覚?
:突然使えるようになるイメージあるけど
:実際突然使えるようになるんだよな
:何か使い方が脳内に突然わく感じ
「現役探索者さんのコメントの通りですね。なんか閃くというか唐突に思い出すというか、そういう感じで。
ちなみに自分がダンジョンで取っている行動で、ある程度の習得できるスキルに偏りを作るコトはできます。原理はよくわかりませんが。
剣を使ってると、剣を使った武技とか使えるようになるのは、そのせいですね」
:はへー
:勉強になる
:強い人っていうのはダンジョン内で鍛えてるワケだなぁ
「あと、ダンジョン内にある宝箱の中身や、モンスターを倒した時のドロップ品の中には、スキルを習得できる――マテリアルと呼ばれるアイテムが手に入るコトがあります。
飴玉みたいなこれを握り砕くと、新しいスキルを習得したり保有してるスキルが強化されたりしますね。
ただスキル習得数は、個人差はあれど天井はあるようでして。天井に到達している人は、レベルアップだろうがマテリアルだろうが、もう何をしてもスキルを習得できないそうです」
:ほーん
:個人の上限値わからんの?
:今のところ確認方法ないな
:だからマテリアル手に入れても悩むんだよな使うかどうか
:そりゃ悩むだろうな
:ゲームと違ってガチで生死に直結するもんなスキルの有無
:あとマテリアルは買い取り金額が美味しい
:なるほどそれも悩む原因か
コメント欄を見ながら、結構みんな真面目に聞いてくれるな――と、涼は思った。
探索配信の時よりも同時接続数が少ないからか、あるいはみんな興味があるからか。
どちらにしろ、もう少しダンジョンに関して知ってもらうチャンスかもしれない。
そう考えた涼は、視聴者に訊ねた。
「そんな超人化の恩恵のあるダンジョンですが、みなさんはそもそも探索者が何でダンジョンに潜っているのか――考えたコトってありますか?」
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【Idle Talk】
コメントこそしていないが、雑談配信を見ていたとある現役探索者も、涼がダンジョンについて語ることを応援している。
彼もまた配信を通してでも構わないので、ダンジョンと探索者に関して一般の人々にもっと興味を持って欲しいと考えているのだ。
ちなみに、コメントしている視聴者の中で現役探索者は、今回の放送内では二人いる。
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