涼 と 湊 と グラスコッコ料理


 湊はキッチンに横たわるグラスコッコを前に腕を組む。


 味が良くて、しかもとても大きい。

 これは大変調理のしがいがある食材だ。


 そして、試食担当として涼がいる。

 彼の反応は素直だ。さらに鶏肉料理になると大変うるさいのは明白だ。


 そんな彼をうならせる料理を考える。

 料理人にとってこれほど心躍ることはない。


「とりあえず――」


 ここのキッチンスタジオは自宅風の調理撮影風景を『実際に料理しながら撮影できる』をコンセプトにしている場所だ。


 家庭用調理器具はだいたい揃っているし、持ち込めば本格的な調理器具だって使用できる。


 実際、包丁やフライパンなどの一部の器具は、湊の持ち込みである。

 一般的な器具はこのスタジオに揃っているものの、オーダーメイドで作ってもらった器具などはやっぱり使い勝手が違う。


(皮が美味しいっていうなら……やっぱりアレよね!)


 グラスコッコを料理するのは想定外だったが、涼たちがこのスタジオで会いたいと言ってきた時点で、湊としては彼らに何か振る舞うつもりではいたのだ。


 その為、持ってきていた牛と豚の合い挽き肉が役に立つかもしれない。


 いくつかのレシピを思い浮かべながら、湊は切り出したグラスコッコの肉から皮を剥がしはじめる。

 元々大きな鶏だ。多少剥がしたくらいではなくならないので、皮だけでも色々な料理がつくれそうだ。


 ・

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「はい! とりあえず一品目!」

「やった!」


 テーブルに皿が置かれるなり、涼が嬉しそうに声をあげる。

 普段通りあまり表情が変わってないように見えて、眦や口の端などが緩んでいるのが見えた。


「鶏皮チップス。軽く岩塩振ってあるだけだから、物足りなかったら自分たちで味つけてね」


 それだけでも十分だと思うけど――と告げて、湊は次の料理に移る。


「いただきます」


 キッチンに戻る湊を見送ることなく涼は鶏皮チップスに手を伸ばす。


 こんがりサクサクに揚がった皮は、やはり緑色を含んでいて、抹茶味のようにも見える。

 だけど、これがただそういう色の肉だというのは、承知の上だ。


「おお」


 熱々の鶏皮を食べた涼の口から感嘆が漏れる。

 サクサクなのはもちろんながら、口の中でサクリサクリと砕ける度に旨味があふれ出していくのだ。

 それだけで十分な味なのだが、そこに丁度良い塩気を持つ岩塩の味が混ざる。


 涼のその様子を見れば、香と白凪もためらう理由がなくなる。

 二人も鶏皮チップスを口に運ぶと、顔を綻ばせた。


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 サクサクと鶏皮チップスを食べていると、湊が次の料理を出してくる。


「次の品! 鶏皮餃子おまち!」


 名前の通り、餃子の皮の代わりに鶏皮であんを包んだ餃子だ。


「それと数が作れない手羽先餃子を涼ちゃん用に一つと、私と白凪さんと香くん用に切り分けた奴を」


 さらに手羽先の中に餃子の餡を詰め込んだ手羽先餃子。


 その二つ料理が熱々の湯気を立てながら、テーブルへと置かれた。


「おおおおお!」


 テンションあがりまくりの涼が、見るからに熱そうな鶏皮餃子を一つ口に運ぶ。


「はちちちち……」


 焼けた皮がぶつんとちぎれると、中から挽き肉で作られた餡が顔を出す。

 皮の旨味と、合い挽き肉でつくった肉餡から溢れる肉汁の旨味が合わさってたまらない。


「湊、これ餡に鶏挽も入れた?」

「入れてないけど……すごいよね?」

「うん! これすごい! 肉餡から溢れる肉汁からも鶏肉の味がする! しかもそれが挽き肉の味を上回っている!」


 これは鶏皮から出た脂。

 焼くときに内側へと溶けだした鶏皮の脂だろう。

 それを肉餡に染み込むことで、肉餡そのものの水分とジューシーさを保ちつつ、風味をプラスして、うまみを跳ね上げているようだ。


 涼と湊が喋っている横で、香と白凪も鶏皮餃子を口に運ぶ。


「これは……白メシ欲しくなる」

「あの……今日はお酒、NGですよね……?」

「帰りに二人を駅まで送るのに車使うじゃないですか」


 白凪が悲しげに口にした言葉へ、湊は苦笑気味に返した。


「そうですよね……。

 でも、この味でお酒を飲めないのは……拷問……」


 美味しそうに食べながらうなだれるという高度なことをしている白凪を無視して、涼は手羽先餃子に手を伸ばした。


「んんー!」


 手羽先餃子にかじり付くと、涼は嬉しそうな声をあげた。


 肉餡への脂の染み込み具合でいえば、皮の方が上だった。だけど手羽先餃子の場合、皮だけでなく鶏肉そのものも一緒にかじるのだ。


 すると、皮の時とは異なる鶏の味と、肉餡の味のハーモニーが生まれる。


「これは完全に鶏が主役……挽き肉の牛と豚は……完全に鶏の引き立て役になってる……」


 そう。いうなれば、肉餡はただのタレと化しているかのようなのだ。

 グラスコッコの手羽先は、風味が非常に強いからこそ、牛と豚、香味野菜などの味が、それを支える役割になっている。


「だけどこの味は、手羽先だけ焼いただけじゃあ――鶏肉だけじゃあ味わえない! 他の肉と一緒だからこその味! だけど間違いなく最高の鶏の味……!」


 涼の顔が輝き出すと、湊は迷わずガッツポーズを見せた。

 もはや、彼女はその顔の輝きを不審になど思わず、料理への批評パラメーター扱いだ。


 それを見れば、香も白凪も気にならないワケがない。


「うわ……すごいですね、これ」

「手羽先って部位のせいで、一羽から二つしか作れないのが勿体ねぇ……」


 二人からも好評なようで、湊もニッコリと笑う。


「続いて、これは――ふとした思いつきで作ったスペシャル鶏皮餃子!」


 三人の前に一つずつ、小さな鶏皮餃子が置かれていく。


「材料と手間の関係上、それしか作れなかったんだ。ゴメンね」


 湊はそう謝るが、涼はその謝罪に首を横に振る。


「むしろそんな一品を作ってくれたコトに感謝です」


 そして、涼はそのスペシャルな一口鶏皮餃子を口に運ぶ。


「……うわ、これはこれですっごい!!」


 噛む度に、強烈なまでにグラスコッコの旨味が暴れ回る。

 鶏皮餃子ながら、ひたすらにグラスコッコの味が爆発する。


「グラスコッコの挽き肉を作って、それを餡にしたんだよね?」

「正解!」

「……でもそれじゃあ説明できない風味の強さが……って、あ! 鶏皮チップス作った時に出た鶏油チーユで焼いたの?」

「それも正解!」


 つまり、グラスコッコの皮で、グラスコッコの挽き肉を包み、グラスコッコの鶏油で焼いた鶏皮餃子というワケだ。


「付け加えると、塩を振った鶏皮チップスをみじん切りにしたモノを餡に混ぜ込んでるから、味付けもグラスコッコだよ」

「なるほど……!」


 これはこれで、すごく美味しい鶏皮餃子だ。

 ただ――


「でも、味付けにグラスコッコはやりすぎだったんじゃないかな?」

「やっぱり涼ちゃんもそう思う?」

「これはこれで美味しいし、グラスコッコの旨味が暴れ回る感覚は悪くないけど、ちょっと砕いた鶏皮チップスが混ざるのは、くどかったかな……て」

「そっかー……それが顔の輝かない理由かな?」

「たぶん」


 正直、涼としては自分の顔が輝くというのもよく分かっていないのだが。


「確かに涼の言う通りだなぁ……美味しいは美味しいけど、グラスコッコの風味の強さがくどすぎますね」

「個人的にこの嫌みのないくどさはすごい好きです。

 キンキンに冷えたビールで一気に洗い流すの、絶対気持ちいい……最高の肴です……!」


 お酒を飲めるかどうかで、少しばかり感想が違うようである。


 それぞれの感想を聞いた湊は、次の料理のことを考えながら時計を見た。


「さて、グラスコッコのすべてを使い切れなかったけど、時間的に次がラストかな」


 そう告げてから、湊は残りをどうしようかという顔をする。

 それに気づいた涼は、湊へと告げた。


「あ。余ったグラスコッコはあげるよ」

「え? いいの?」

「うん。湊のSAIに入る?」

「入る入るッ! 私が貰ったのって運良く結構大容量でッ、時間遅延効果あるのだったからッ!」


 嬉しそうにそう答えながら、湊は最後の料理に取りかかるのだった。


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 ・


「最後は涼ちゃんお待ちかね!」

「きたッ!!」


 ガタっと音を立てて立ち上がるほど待ちわびていた一品。


「グラスコッコの唐揚げッ!

 ちょっと肉質硬めな鶏だから、サイズは小さめにしてみたよ」


 軽い山のようになっているそれを見て、涼の双眸が子供のように輝いている。

 ふだん表情の分かりづらい涼にしては、珍しいわかりやすい顔。


「食べる前から喜んでくれるのは嬉しいな」


 それを見ると、他の料理片手間ながら、しっかり仕込んだ甲斐があるというものだ。


 湊は、鶏皮チップスを作る傍らで、肉を小さくカットして、醤油ベースの調味液に、ショウガやすり下ろしたタマネギなんかを加えたモノと一緒に、袋へと放り込んでいた。


 それをよく揉み、冷蔵庫で寝かしておいたのである。


 そして鶏皮チップスや餃子を作ったり楽しんだりしていた、だいたい四十分ほどの間、寝かしておいたそれを取り出した。


「寝かしている時間はちょっと短い気もするけど、肉には軽く串を刺して穴をあけといたから、味染みは悪くないよ」


 どうぞ、召し上がれ――と、湊は涼を促せば、彼は待てを解除された犬のように唐揚げへと手を伸ばす。


 彼はそれを口の中へと放り込む。


「……!!」


 次の瞬間、涼の顔が眩く輝いた。


「これ、コカトリスより好きかも!」


 歯ごたえ――というより弾力というべきか。それは最初に食べたステーキ同様にしっかりとある。

 だけど、ステーキに比べると圧倒的に柔らかいと感じるのだ。

 恐らくは歯切れの良さのせいだろう。


 噛みしめると力強い弾力を感じさせながらも、サクッとほぐれていく。ほぐれながら内側から弾けるように飛び出してくる肉汁は膨大だ。


 タレの味のついた肉汁のその量は、まるで溺れてしまうかのようである。


 当然のように熱い。

 出来立ての唐揚げから溢れ出る肉汁だ。


 だけど、その熱が良い。

 熱々の熱と、鶏の旨味、タレの味。


 サクサクの衣とともに、噛みしめる度にそれが味わえる。

 確かに平均的な唐揚げのサイズよりも小さく作られている。


 だが、この一つで食べた時の満足度は、一つで口の中がいっぱいになるような大きな唐揚げをまるまる一つ頬張ったかのようなのだ。


「コカトリスはしっかりとした鶏の味の中に、何か別の風味があった。それがコカトリスの唐揚げの味を何倍にも高めていたのは事実。

 たぶんだけど……あれはヘビの味だったのかもしれない。でも、このグラスコッコにはそれがない。純粋に、鶏の味だけでコカトリスに匹敵する味がする!!

 何より強い弾力と、サクっとちぎれる歯切れの良さがいい!!」


 恐らくはタレに含まれているすりおろしタマネギの効果だろう。

 鶏肉も串で軽く穴を開けていたといっていた。


 味染みはもちろんだが、同時にタマネギの持つ肉を柔らかくする成分が、その穴から染み込んでいったことでこの口触りになったのかもしれない。


「グラスコッコ……持ってきて良かった……」


 顔を輝かせながら、至福にとろけた顔を見せる涼。

 その顔を見て、湊はとてつもなく嬉しくなる。


 食材が良かったのもあるだろうけれど、自分の料理をここまで喜んで食べてくれる人がいるという事実が、どうしようもなく嬉しいのだ。


「なるほど、涼の言うコトも分かる。

 ステーキだけならコカトリスの方が上だったかもしれないが、唐揚げとなるとグラスコッコの方が旨い」

「……お二人ともすごいですね……私にはもう、どちらもすごい美味しいくらいにしか分からないんですが……」


 どこか申し訳なさそうな白凪に、湊は笑う。


「なら問題ないです白凪さん。美味しいなら万事OKです!」


 そうしてみんなで唐揚げに舌鼓を打ったあと、丁寧に後片づけをしてから、スタジオを後にするのだった。


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【Idle Talk】

 生の鶏肉をキッチンにドカンと乗せちゃったので、湊が持ってきていた次亜系のモノを筆頭に何種類か持参している消毒液やら、食卓用やコンロ用などの各種ウェットタオル、各種フローリング用お掃除シートなどを使ってキチンと掃除して帰りました。


 しっかり掃除をすることに、涼も香も異論はないのでちゃんと一緒に掃除した。


 大角ディアはとその所属事務所のルベライトは、金払いも良い上に、片付けなどをとても丁寧にやってからスタジオを返却をしてくれるので、キッチンスタジオ万亀としても、大変ありがたいお客さん。

 ただダンジョン食材を使う一点に、いろいろ判断に困っている模様。


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