涼 と 学校 と 放課後 と


 兎塚トツカ リョウの表情筋は基本的に仕事をしない。

 まったく仕事をしてないワケではないのだが、クラスメイトたちからの認識は、表情があまり変わらない奴というモノだった。


 ぼーっとしていて何を考えているか分からない奴であり、だけど座学も運動も悪くない成績を保っている。


 昼休みや放課後は、隣のクラスのイケメンである茂鴨モカモ カオルと一緒にいることが多い。


 二人は幼なじみらしく、一緒にいることが当たり前になっているようなのだが――


「そういやあの二人ってつきあってるの?」

「いや兎塚は男だろ?」

「あの顔と声で男のワケがないだろいい加減にしろ」

「あんな顔と声の可愛い子が女なワケないだろいい加減にしろ」

「そもそも兎塚の性別は『兎塚』だろいい加減にしろ!」

「兎塚くんは男の子であって欲しいし茂鴨くんと付き合ってて欲しい」

「兎塚は可愛いから性別が兎塚であってくれれば争いはおきない」

「いや起きるだろ」


 ――などとまぁ、周囲は好き勝手言っていた。



 そして当然のように気にしてないというか、気にもしてないというか、気づいてもいないのが兎塚 涼という人間である。


 気づいているけれど気づいてないフリをしていつも通りに振る舞っているのが、茂鴨 香という人間である。


 色々と正反対の二人だが、自分たちに迷惑がかからなければなんでもいいや――というスタンスは共通していた。




 そんな二人は、ある日の放課後に仲良く連れだって駅へと向かっていた。


 涼は昨晩、大角ディアから連絡をもらっていたのだ。

 その内容は、「放課後にでも鶏料理どうですか?」というモノ。


 意気揚々と返事をし、ダンジョンでの出来事を含めて香に語ったところ、なぜか香は一瞬だけ頭を抱えた。

 そのあと、放課後は自分も一緒に行くと言い出したのだ。


 涼はその時点で良いとも悪いとも答えなかったのだが、香は気にせずついてくるようだった。


 なので――涼は横を歩く香の顔を見上げながら、とても不思議そうに訊ねる。


「なんでも香も来るの?」

「お前が助けた相手が相手だからな。配信者として結構有名な子だから、対応間違えると迷惑野郎が無限に沸いてくるぞ?」

「そんなの無視すればいいんじゃないの?」


 首を傾げる涼の言葉に、やはり香は頭を抱えるような顔をする。


 そもそも涼は興味もなくアンテナも張ってないことから気づいていないようだが、助けた相手が大角ディアだというのは香としてはちょっと不安になっているのだ。


 何せ彼女には、男性ファンが多い。

 この意味を、涼は分からないだろうから、香がついてきたといっても過言ではない。


 涼の性別を初見で見抜ける者は少ないとはいえ、男かもしれない程度の感覚でも暴走するヤツはいることだろう。


「対応ミスると、今後お前が唐揚げやフライドチキンを買うのを迷惑野郎に延々邪魔されるかもしれないけどいいのか?」

「ダメダメのダメ。ダメ絶対」

「そうならないように、向こうの人と話をすり合わせしたいんだよ」


 別に大角ディア本人を不安視はしていない。

 だが、救助の為とはいえ、女性配信者の生配信に男が映り込んでしまったとなると、少々不安が沸くのだ。


 とはいえ、大手――と言えずとも、悪い評判の聞かない中堅事務所であるルベライト・スタジオ所属の配信者だ。

 事務所ともども、涼の迷惑になるような立ち回りはしないとは思う。だが、念には念を……というやつである。


「だから、俺がついて行くって言ってんだ」


 なによりファンの暴走は、配信者も事務所もコントロールできないところで起きるものだ。警戒しないよりはいいだろう――と香は考えているのだが、涼はそんなの当然のようにわかっていない。


 それでも、香の態度から涼なりに何かカン付くものはあるようだ。


「ダメか?」

「むしろ来て。ボクそういうの無理」

「だろ?」


 そうして、涼からの同意も得た香は、意気揚々と大手を振って大角ディアに会えること内心で黒い笑みを浮かべた。


「あ、そうだ。一応、先方にLinkerでメッセージ送っておいてくれ。

 内容は……そうだな、事務的なやりとりをする為の助っ人として友達を連れていっていいですか? って感じか?」

「わかった」


 言われるがままにメッセージを送る涼。

 すると、即座に返信が届いた。


「良いって。むしろそういう人が来るのは助かるって書いてある」

「まぁそうだろうな」


 向こうがダンジョンの中で涼をどう捉えたのかは分からない。

 だが、涼の性格や態度を思うと、少し対応が難しい人かも――くらいには思っていた可能性がある。


 それならば、事務的なやりとり可能な相手が来る――というだけで、少しは安堵するはずだ。


 まぁそういうのは香の中だけに留めておいて、涼はいつものようにのんびりしてくれればいい。


「ところで、涼って金を稼ぐコトに興味はないのか?」

「ダンジョン探索で多少のお小遣い稼ぎはしてるよ?」

「それはそうなんだけどよ」


 しれっと口にする涼に、香は苦笑する。


「未成年はダンジョンで手に入れた素材やドロップを換金しようとすると、めちゃくちゃ減額されるじゃん?」

「そうだけど……でも、何を持って行っても帰りにバンディマートのバンバンチキン買えるくらいには貰えるから、それでいいかなって思ってたけど」

「コンビニでホットフード買い食いできる程度の額とも言えるんだがなぁ」


 未成年探索者がダンジョン内で手に入れたモノを換金しようとすると、成人が同じ品を換金した時の半額からそれ以下にされてしまう。


 これは別に足下を見られたり、不当な減額というワケではなく、日本政府が定めた未成年探索者保護法によるモノだ。

 ようするに、簡単にお金を稼げるようにしてしまうと、分別のつかない未成年が、実力に見合わない無茶な探索を行って命を散らしかねないから――という理屈である。


 その為、未成年が持ち帰った素材やアイテムはそのレアリティが高いほど、そのルールによって大幅に減額されてしまう。


 涼は気にしていないようだが、大人に認められるほどの実力のある学生探索者ほど、このルールには反発が強かった。


「高級レストランとかにある高額フライドチキンとかには興味ないの?」

「あるかないかで言われればあるに決まっている」


 フンス! と鼻息荒く前のめりになってくる涼。


「だったら、もうちょっと稼ごうとかならないの?」


 香に問われ、涼は珍しく難しい顔をして思案する。

 ややして、出した答えをゆっくりと口にした。


「うーん……ならなくはない。でも手の届く範囲にある鶏肉で満足しているからなぁ……」

「欲がないなー」

「そうかな?」

「そうだよ」


 鶏の揚げ物。

 そう一口でいってもいくらでも高いモノも、珍しいモノもあるはずだ。


 香からすれば、もっとそういうのを求める為に動いてもいいように思える。

 だが、それをしないのは涼なりに言語化できないルールのようなものがあるのかもしれない。


 あるいは――これが一番大きいと思うが――涼の性格からして、たとえ好物であろうとも、自分の理解を超えたところにあるものへの興味が薄いだけかもしれないが。


「だがまぁ、無理強いはしないさ。

 お前と手を組めると、すげー稼げそうなんだけどなぁ……」

「なんかゴメンね?」

「いいよ。別にお前が悪いワケじゃない。

 それに、ノリ気じゃないやつ巻き込んでも、待ってるのはみんな揃っての破滅だろうからな。それは俺も面白くない」

「ボクもそれはイヤだな」

「だろ?」


 そうして駅に着いた二人は、大角ディアが指定した場所の最寄り駅まで行ける電車を探し始めるのだった。


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【Idle Talk】

 女の子が好きだし、暇だとナンパしに町に出たり、女の子と遊んだりが日常茶飯事の香だけど、彼の中の優先順位は 「涼 > 女の子」だったりする。

 放っておけない幼なじみであると同時に、自分の野望の為に何らかの形で協力してもらいたい……という感情によるもの。

 自称、涼の保護者は伊達ではない。

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