ディア と 誤解 と 鹿川 湊
涼と香は、ディアに指定された最寄り駅に着くと、改札口を出てすぐのところにディアとそのマネジャー兼アシスタントである
「きたきた! えーっと、そちらの背の高い人が」
「――初めまして。茂鴨 香といいます。涼が自分に興味のないコトはほとんど右耳から左耳なタイプなので、俺みたいのがいた方が良いだろうと着いてきてしまいました」
涼がのんびりと紹介しようとするのを制して、香は自ら名乗る。
その上で、まずは大角ディアに一礼し、それからマネジャー兼ダンジョンアシスタントである白凪にアイコンタクト。
香としては、ディアよりも白凪の方と仲良くしたいと考えている。
配信者として経験と点数を稼ぎたいならディアだが、配信を補佐する裏方としての経験と点数を稼ぎたいなら白凪からの覚えを良くした方がいいだろうという打算だ。
そんなことおくびにも出さないし、涼に知らせるつもりもないが。
「お二人のコトはなんとお呼びすれば?」
香が訊ねると、ディアも白凪も安堵したような顔をする。
「だから涼さんを制したのね」
「コイツにそういうの期待するだけ無駄なのでちゃんと事前に説明した上で、現場のアドリブで誘導していくのが上手くつきあうコツです」
「……ボク、香にバカにされてる?」
「もうちょっと俗世に興味を持てって言ってるだけだよ」
ぼんやりとした半眼でほっぺたを膨らませた涼に、香は苦笑する。
そのやりとりで、涼と香の仲が何となく分かったのだろう。ディアと白凪も笑った。
「改めて名乗らせて。
「よろしく湊。改めて……ボク、兎塚 涼」
お互いに握手したところで、ディア改め、湊の様子が少し変わる。
その意味に気づいた香は、軽い苦笑いと一緒に答えた。
「その辺りの誤解もありそうだし、視聴者の問題もありそうなので、俺が来ました」
「手が思ってたよりも厚くて大きいなって思ったけど……本当に?」
「二人とも、何の話?」
「いつもの誤解」
首を傾げる涼に香が答えると、涼は「ああ……」と納得したように気怠げな声を出し、遠い目をしながら自分を示す。
「ボク、性別『涼』らしいです」
「それ性別なの……?」
「みんなに色々言われるから、そう答えるようになりました」
「色々?」
「こんな可愛い子が……的なネットミームわかります?」
香が補足すると、湊も白凪も理解できたらしい。
「ずっと言われてたんですけど、最近は完全に性別『涼』って扱いされてますね」
「逆に『涼』で納得してもらえるなら、面倒がなくていいな……って思ってもいるかも……。
いやでも日に日に自分が本当の性別が分からなくなっていく気もしてるし……」
そのネットミームでからかわれてきた当の涼は、不服そうに口を尖らせている。その横顔は不機嫌な美少女でのように見える為、湊と白凪は苦笑した。
「みなさん、そろそろ移動しましょう。長話をするなら向こうでもできますし」
それに三人とも異論はなく、近くの駐車場に停めてあった白凪の車に乗って、約束の場所へと向かうのだった。
「二人ともわざわざ遠くまでゴメンね」
涼と香が連れて来られたのは、ちょっと大きめのマンションの一室だ。
玄関のドアには、『レンタル・キッチンスタジオ
湊はその玄関のドアを開けて、靴を下駄箱へ入れてから、奥へと進んでいく。
中も結構広くて大きい。
名前の通り、結構充実したキッチンが揃っているようだ。
「レンタルスタジオなんだけど、この近隣で大きめの厨房があって、モンスターの調理可能なスタジオがここしかなくて」
「調理スタジオに、モンスターの調理可能不可能ってあるんですね」
湊の説明に香が思わず問うと、白凪が答えてくれた。
「無害であると公表されているモンスターは大目に見てくれるところも多いのですけど、大角ディアのような未知のモンスターを食べてみる……となると、難色を示されるコトが多いんですよ」
言われて香は納得する。
それから、やや皮肉げな顔で告げた。
「今のところはモンスター由来のパンデミックなんて聞きませんけど」
「今のところは――と前置いている以上、理解はされているのでしょう?」
ようするにモンスターの持っているかもしれない未知の毒や病原菌などが、自分のところを中心に広まるのは困るというのがスタジオの運営者の感情なのだろう。
それを香はとやかく言う気はない。スタジオ側の言い分も分かるからだ。これまで築いてきた信用や信頼を容易に失わせてくるリスクある客に、スタジオを貸したくないのだろう。
「意地悪な言い方をしてすみません」
「ええ、全くです」
やれやれと嘆息する白凪を見ながら、湊が首を傾げる。
「白凪さんと香くんって相性悪い?」
「そう? むしろ打てば響く感覚を互いに楽しんでないかな?」
それに、ぼやっとした半眼を香に向けていた涼が答えた。
「そう言われればそうかな?」
「まぁ香は女の子が好きだからああいう会話はお手の物だろうけど」
「人聞きの悪い言い方しないでくれるか、涼ッ!?
ほら見ろ! 湊さんも白凪さんもちょっと引いちゃったじゃねーか!」
なにはともあれ――
「多くのモンスター肉は、現地で血抜きや毒抜きをするコトにしてるから、スタジオで解体するとかは基本しないようにしてるんだけどね」
鹿川 湊によるモンスタークッキングが始まりだ。
「カメラ無しのこの場限定クッキング。まずは、これを切り分けます!」
厨房に入ってエプロンを装備した湊が、大きな鶏肉の塊を取り出す。
「おお!」
それを見た、涼のテンションが上がっていく。
「それ、何の肉?」
「ヒント。高尾山ダンジョン」
「もしかして、コカトリス?」
「正解!」
尾が蛇になっている鶏型のモンスターだ。
現代医療での治療は不可能であり、ダンジョン内で手に入る薬を使わないと解消されない厄介な毒だ。
とはいえ、毒を抜きにすればそこまで強いモンスターではない。
多少の腕がある人がしっかりと対応すれば無傷でも倒せるだろう。
「毒は抜いてあるし、毒袋も切除してあるから安心してね」
そう告げて、湊はささっとコカトリスのもも肉を一口大にカットして、四切れほど焼いた。
「……唐揚げじゃ……ないッ!?」
途方もないショックを受けている涼に、湊が笑う。
「あはははは。キミが揚げ物好きなのは知ってるからね。まずは前菜」
「前菜がステーキってのも豪華ですけどね」
そうして出てきたのは、一口大のコカトリスのモモステーキ。
味付けは軽い塩と胡椒だけだ。
「みなさんどうぞ」
つまようじの刺さった一口大のコカトリスステーキを手に取る。
まるで、スーパーの試食のような感じだが――
「いただきます」
「いただきます」
涼と香はそう口にして、コカトリスのステーキを口に運ぶ。
そして、口に入れた直後、これ以上ないくらいに涼の顔が幸せそうに輝くのだった。
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【Idle Talk】
実はコカトリスのヒナも美味しい。
ヒナの名前はコカヒナス。一抱えほどの大きさであり、ひよこ姿。つぶやな瞳をもち、成体同様にお尻から蛇(ちっちゃい)が生えている。大変愛らしい。
マヒ毒や石化毒などの各種毒は使わず、主に体当たりとクチバシでの攻撃がメインの為、初心者の実戦訓練向けのモンスターとして扱われている。
コカヒナスのあまりの愛らしさに、それを解体する大角ディアの配信はある意味で阿鼻叫喚だったとか。
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