涼 と ディア と シャークダイル
満足行くまでシャークダイルの寝姿の撮影をした涼は、スニーキング状態を維持したままゆっくりとその場を離れていく。
「ぬいぐるみ、ほしいな。資料ならいくらでもあるし」
スマホでシャークダイルの写真を確認しながら、小さく呟く。
どこかでそういうのを作ってくれるサービスとかないだろうか。
ちょっと浮かれた気分で、上り階段まで戻り、五階へとあがっていく。
そして、階段を上りきって、五階へと踏み出した時に、訝しむように顔をしかめた。
「……空気が変?」
他の探索者とハチ合わせることは珍しくない。
だが、今日の雰囲気は妙だ。
「誰かが戦闘? いや、逃げてる?」
ダンジョン内は、環境や出現モンスターは、かなり方向性が決まっている。
出現するフロアや、配置などなど。
この辺りは、本当にゲームなどと似たような感じなのだが、それが百パーセント守られているというワケではない。
イレギュラー。
そう呼ばれる現象がある。
単一の現象というよりも、これまで考えられていたフロアルールから外れた出来事全般のこと指す言葉だ。
「あ。ここで遭遇したシャークダイルって、イレギュラーだった?」
悪友がこの場にいたのなら、むしろ何で今までそう思わなかったのか――と怒られそうなことを口にしてから、涼は走り出す。
「油断してるところ襲われてたなら、マズいかも」
勝てずとも危険があると身構えて行動するのと、そうでない場合では、ベテランであっても対応力が異なってしまう。
どこだ――と、周囲の様子を伺いながら、涼が走っていると、女性の声が聞こえてきた。
「ディアさん! こっちです!」
「もう……あのシャークダイルしつこい!」
やはりシャークダイルに襲われているようだ。
「話し声――こっち……ッ!」
涼は基本的に、鶏肉の揚げ物と、ダンジョンで見る珍しいモノにしか興味がない。そして興味がないことにはあまり積極的ではない。
だが――
走っていると、路地から女性が二人飛び出してくる。
「いた!」
「えッ?」
「他の探索者さんッ!?」
二人が慌ててこちらに危険を知らせようとしているのを軽く制して、涼は口早に告げる。
「シャークダイルは把握している! だからこっち! ここを真っ直ぐ走ってッ! 右への道が多いけど、全部無視して最初の左の道へ入ると階段があるッ!」
間髪入れず告げられた言葉に、二人の女性は顔を見合わせたあとで、動き出す。
「えっと、君は――」
「行って。シャークダイルなら何とかなるから。邪魔」
人によっては無愛想にも、突き放すようにも聞こえる言葉。
それでも、涼の言葉の意味を正しく理解した女性たちは、軽く頭を下げると走り出す。
それを背中で感じる間もなく、イレギュラーが姿を現した。
「ガッつきすぎだ」
路地から勢いよく飛び出してきたシャークダイルにそう言いながら、涼はナイフを投擲する。
――涼は確かに興味のないことへの関心は薄い。
それでも、誰かの危機に対してのんびり眺めていられるほど薄情でもないのだ。
「大好きなダンジョンで人死にが出るの――それも手の届く範囲でってなると、ちょっと寝覚めが悪い」
それはある意味でエゴともいえる。
恐らくは自分の知らないところで死んでる人たちは大勢いるだろう。
だけどそれでも――あるいは、だから……と言うべきか。
「ボクの目と手が届く範囲なら……伸ばして掴んで引き上げるッ!」
ナイフが飛び出して来たばかりのシャークダイルの左目を穿つを確認しながら、涼は己の矜恃に近い心境を口にする。
「ギョャアアア!?!?」
不意打ち気味の投擲だったからこそ、堅い瞼が閉じるより前に間に合った。
堂々と投げても、恐らくは見てから目を瞑って防がれる。
「寝顔は可愛いのに。暴れてる時は怖いよね」
のんきに独りごちながら、新たなナイフを取り出し構えた。
「
構えたナイフが、紫色の粘り気を感じるオーラに包まれ、涼はそれを、痛みで身悶えしているシャークダイルの口に向かって投げる。
「行けッ!」
口の中へと突き刺さり、さらに苦しむ声をあげるシャークダイル。
それを聞きつつも、涼は次のナイフを構える。
「
今度はバチバチと弾けるような黄色いオーラがナイフを包む。
「それッ!」
目の痛みと毒の苦痛により、顔を上に上げたことで、弱点である柔らかな腹部をさらすシャークダイル。
そこに向けて、涼はパラライゾスを付与したナイフを投げた。
ガポガポと口から大量の泡をはきながら、苦しそうに身悶えしていたシャークダイルの腹部にパラライゾスが付与されたナイフが突き刺さる。
すると今度は、ビクビクと
それを見据えながら投擲用ではなく、近接用の大振りなダガーを二刀取り出して構える。
「
毒や麻痺など――その手の効果によって苦しみ悶える相手に対して行う攻撃の威力が一定時間あがるスキルを自分に付与する涼。
「それじゃあ、おやすみ」
そして、毒と麻痺に身悶えしているシャークダイルを、踊るような連続攻撃で切り刻むのだった。
「ふぅ」
地面に横たわるシャークダイルを見ながら、涼は小さく息を吐く。
しばらくして黒いモヤのようなモノに変化してしまうと難しいのだが、そうなる前に解体などをすれば、鱗や肉、牙などの回収もできる。
どうやら長い時間、地面に触れているとモヤ化をするようで、切り分けて地面から離せば消えることがなくなるのだ。
だが、涼はそういうモノに興味がないので放置である。
必要があるならそれを狙ってダンジョンに潜るが、今日はそういう目的ではないので、無視をする。
「一応、声を掛けるか」
シャークダイルが完全に絶命しているのを確認すると、涼は階段のあるエリアへと引き返す――いや、引き返そうとした。
「すごい。ソロで倒しちゃった! すごいよ! キミ!」
だけど、どうやら様子を見ていたらしい女性が、駆け寄ってくる。
「どういたしまして。そっちは無事?」
「うん。おかげさまで」
そう答えてから、女性はもう一人のカメラを片手に持っているクールビューティな雰囲気のメガネの女性に「ね?」と訊ねる。
すると、メガネの女性も涼へと深々とお辞儀をした。
「無事ならいい」
用も済んだとばかりに、涼が歩き出そうとすると、元気な感じの方の女性が肩を掴む。
「待って!」
「なに?」
「お礼がしたいんだけど……」
「いらないよ」
「そ、そっか」
お礼が欲しくて助けたワケではないのだ。
危険な時には、探索者同士とて助け合う。そういうものだと涼は思っている。ようするにお互い様だ。
「ええっと……そうは言っても……助けてくれたし。
あ! 何か食べ物とかどう? 変に残るモノより、そういうのが後腐れないかなって」
「まぁ、そういうお礼なら歓迎するけど」
女性の言葉に異はない。美味しいモノなら大歓迎だ。
「好きな食べモノとかある?」
「うん。唐揚げ、フライドチキン、かしわ天、
うっとりと料理名を列挙する涼。
そこにすかさず、ツッコミが入る。
「揚げ鶏がフィーバーしてるラインアップね」
「鶏の揚げ料理さえあれば、この世に他の料理はいらない」
「他の料理がないと揚げ鳥の引き立て役がいなくなるわよ」
「それは困る。いまのナシ」
「じゃあ、今度美味しい鶏の揚げ料理でお礼するから」
「その時まで長生きする糧ができた」
「短命の方で?」
「ふつうだと思う」
「何だか独特のテンポだね……」
「よく言われる」
思い返してみるとあの幼なじみで悪友のアイツは、そういうことを言ってこない気がする。そう考えて、涼の中で悪友の評価が微増した。
「ごちそうする時に連絡入れたいので、
「ん」
そうして涼は助けた女性たちと、自己紹介も軽くしながらスマホ向けチャット型SNSアプリ
その為に、アプリを起動したスマホをフリフリと振るのだった。
「……川底でスマホをフリフリする……これはダンジョンの中らしい珍しい、新・体・験!」
「ふつうは水中でID交換とかしないもんね」
言われて見ると珍しい体験かもしれない……そんなことを呟きながら笑う彼女に――
「でしょ?」
涼はちょっとドヤ気味に小さく笑うのだった。
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【Skill Talk】
《ポイゾナス》
《パラライゾス》
どちらも、持っている武器に状態異常付与の効果を持たせる。分類上は
ポイゾナスは毒、パラライゾスは麻痺が、攻撃時に発生するようになる。
ハイスラッシュなどのような特定の武器でないと使えないスキルと異なり、どんな武器でも使用できる。
付与された武器でダメージを与えることに成功すると、付与された効果が発揮される。
大きな傷を与えたり、口の中などの肉体の内部を傷つけたりした時は、付与成功率や、付与時の効力が高まる。
刃物に限らず、打撃武器などであっても、殴ったり口に手を突っ込んだり等をすれば、相手への状態異常を付与できる。
成功するかどうかは、相手の耐性や体調、状況による。成功すれば大きいが、そんなコトをチマチマやるくらいならとっとと倒せば良い――という脳筋が多いことから、使用者は少ない。
《マシフルスタブ》:
中級に分類される特殊な
本編中にある通り、毒や麻痺などの状態異常を起こしている相手に、攻撃の威力が高まるオーラを纏う技。
これを纏った状態で、高威力の武技を放てば倍率ドンどころかドドンがドンという具合なのだが、状況が限定されすぎている為、使われない。
そもそも状態異常付与系のスキルは、あまり使い手がいないので、当然ながらこの技の使い手も少ない。
このスキルの存在を知らない探索者もいるくらいには見向きもされていない技。
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