ディア と 配信 と シャークダイル


「――ようこそ私の厨房へ! ディアーズ・キッチン! 今日はダンジョン食材の採取配信でーす!」


 可愛らしさと、ダンジョン探索者としての装備を両立した格好をした少女。

 彼女が自分の頭の上に両手の指を乗せ、鹿のツノを意識したポーズをとりながら、ウィンクをする。


 ウィンクをした先は、メガネを掛けた女性の構えているカメラだ。


「今日のダンジョンは、『川底の深海』です。

 第一層にも食べられそうなモノが色々ありますが、今日は思い切って第二層に行ってみたいと思います!」


 カメラに向かって話しかけている少女の名前は大角オオツノディア。

 ルベライト・スタジオという事務所に所属しているダンジョン配信者だ。


 ダンジョンで食べられそうなモノを採取して、料理するという動画をメインで配信している。

 

 人気としては中堅どころ――といったところだろうか。

 ダンジョン配信動画は、ダンジョン攻略やモンスターと戦うようなハデな動画が人気になりやすい。


 ディアの人気が中堅止まりなのは、そういうハデなシーンの配信が少ないからだと言われている。


 そんなディアの今日の目的は、自分でも口にしている通り、食材の採取だ。


「では、第一層はサクサクと進んで行きたいと思います」


 そう宣言したディアは、マネジャー兼アシスタントの女性にカメラを回してもらいながら、ダンジョンの中を進み始めるのだった。


 ・

 ・

 ・


「褒めてくれるみんな、ありがとー!」


 強い、すごい、と言った視聴者からコメントに返事をしながら、ディアはダンジョンを進んでいく。


 第一層のモンスターには危なげなく、片手剣とそれを用いた戦技アーツスキル。

 さらには物理攻撃に強いモンスターへは初級の攻撃系魔技ブレススキルを用いて華麗に戦う姿に、視聴者も沸いている。


 単純な戦闘力という面だけみれば、同世代でも頭一つ飛び抜けているのは間違いない。


 それでも前線での攻略や、モンスターとのバトルよりも料理配信をメインにしていることを勿体ないと言う者は少なくない。

 だが、本人は戦うよりも向いていると、ダンジョン食材の調達と調理を優先していた。


 そんなディアが愛想良くファンに手を振っている途中に、表情が引き締まる。


「……! 白凪シロナさんッ、うしろにシザーマン!」


 カメラで撮影をしてくれているマネジャー兼探索アシスタント――鰐浜ワニハマ 白凪シロナの名前を鋭く呼ぶ。


 その声に反応して、白凪が背後を見ずに自分の正面方向へと一気に跳ぶ。


 跳んでくる白凪と入れ替わるように、ディアが前に出る。


 シザーマンは上半身がカニ――というよりカニの下側から人間の足の生えていると説明するのが正しいモンスターだ。


 意味があるのか分からないが、ふつうのカニ足もちゃんとある。地面にはついていないのだが。

 両手のハサミは大きく、ハサミ以外の部分は長めの人間の腕のよう。


 このダンジョンに出て来るシザーマンは、シザーマン・サワードという名前で、沢ガニベースの姿をしているというが、ディアには他のシザーマンと色が違う程度にしか感じない。


 シザーマンの両手のハサミは危険だが、逆に言うとそれ以外の脅威は少ない。


 その為、ディアは思い切り踏み込んでいく。

 あのハサミに捕まらなければいいのだ。


「えええええいッ!」


 すれ違い様にシザーマン・サワードをひと薙ぎ。

 それで倒せなかったが――


「いきます! 魔技ブレス:フレア・バレット!」


 白凪が追撃するように、指先から炎の弾丸を放つ。

 火弾はシザーマン・サワードにぶつかると炸裂し、よろめかせる。


「これでおしまい! 戦技アーツ:ハイスラッシュ」


 その背後からディアが両手持ちした剣を力一杯振り下ろし、トドメを刺した。


「白凪さん、大丈夫ですか?」


 カメラが声を拾わないように、白凪はうなずく。


「良かった」


 白凪へ微笑むディアの姿をカメラが捉える。カメラを持っているのが白凪なのだから、当然正面だ。


:かわいい

:さすディア

:守りたいこの笑顔

:シロナさんも無事で良かった

:シロナさんいないと配信成立しないしな


 探索中のカメラ担当であり、戦闘中は時折、魔技ブレスを使ってディアを支援するし、ディアもその名前を呼ぶことがある為、ファンからも名前を知られている。


 それでも白凪が積極的に喋らないのは、ディアの配信中はあくまでもアシスタントに徹するつもりだからだ。

 そこにディアのファンは、プロ意識のようなモノを感じ取っており、仕事の邪魔にならない程度の感謝のコメントを投げていくことが多い。


「油断せずに行こうね。二層のモンスターくらいなら苦戦はしないと思うけど」


 安全マージンを取りつつも進んでいくのはいつものことだ。

 ディアの言葉に白凪がうなずくと、二人は再びダンジョンを進み出すのだった。



 

「二層に来たけど、出会うのがシザーマンとヤゴラドンばかりだねぇ」


:シザーマン人型の足がなければ食べれそう

:足が人っぽすぎて食べる気起きないよね

:ヤゴラドンはヤゴすぎてな

:ディアちゃん昆虫食いける?


「昆虫食……昆虫食かぁ……。

 正直、精神的なハードル高いよね」


:そのダンジョンってフロア6にはこれよりも大きいヤゴラドンが出て来るんだっけ?


「そうそう。オニヤゴラドンっていうやつ。

 見た目がちょっと怖いよね。ヤゴラドンたちって」


:モンスターは微妙だけど二層はキレイだよね


「ほんとだよねぇ。ここの三層はもっとキレイで好きなんだよね」


 ファンからのコメントを拾って歩きながら周囲を見回す。

 

「五階に行くと、噛みつきサーモンが出るし、もう一つ下に行こうかな」


:噛みつきサーモン?

:おいしさと物騒さを兼ねてる名前だ

:どんなモンスター?


「人なら簡単に噛み千切れそうな大きな口と鋭い歯を持った大きいシャケ?」


:ピラニアかな?

:どう考えても怪獣

:噛みつきなんて可愛い名前でいいの?


「よっと! ほんと、名前の響き以上に物騒ではあるんだよね」


 襲いかかってくるヤゴラドンを切り裂きつつ、答える。

 それから僅かに思案して、一つうなずいた。


「よし。尺も考えて――次の階段までささっと向かうね!

 またちょっと見辛くなると思うけど、ゴメンね?」


 そう宣言すると、白凪へと視線を向け、二人はうなずきあうと足早に動き出すのだった。





「さて、五階に来たワケだけど」


:いるかなサーモン

:会っても倒して解体までできるかどうか

:食べられるように倒すのも難しそう

:六階にはいかないの?


「六階はねぇ……シャークダイルっていうワニとサメの合いの子みたいなのが時々でてきてね。これが、ちょっと出る階層間違ってるくらい強いんだ」


:どんなキメラだよ

:サメもワニも食べられるぞ

:食べる?

:噛みつきサーモンが可愛く感じるくらい凶悪そう


「食べたいけどちょっと食べられる形を残して討伐は難しいかな」


 正直に言ってしまうと、これはファン向けの見栄だ。

 単純に真正面から戦おうとすると、苦戦は免れないだろう。

 あるいは、最悪の場合もありうる。


「それに、今日は採取用の装備で来ているから、シャークダイルと出会ったら逃げるね。五階にいるって聞いたコトはないけど」


:おk

:しゃーない

:無事が一番

:安全第一でね

:ディアちゃんファンは敗北スプラッタ望んでないしね


「それにしても……なんか四階に比べてモンスター少ないなぁ……。

 モンスターだけでなく、襲ってこないモブの小魚も少ない気が……」


:言われてみれば

:なんかの予兆とか?

:ディアちゃん気をつけてね


 心配のコメントをしてくれるファンたちに微笑みかけて、ディアは慎重に歩みを進める。


「確かこの十字路を右に行くと、噛みつきサーモンが多めにいるエリアだったはずなんだけど……」


 独りごちるようにそう口にしながら、曲がり角を曲がった時だ。


「え?」


 目の前に、見慣れない巨大なモンスターがいた。

 モンスターの方もなにやら、驚いた顔をしている。


「……え?」

「ディアさんッ!!」


 最初に正気に戻ったのは白凪だ。

 手を伸ばし、ディアの襟首をつかんで引っ張った。


 直後に、動き出したモンスターが、直前までディアがいた場所に噛みついた。


:どうした?

:なんかデカいな

:噛みつきサーモン?

:どうみてもサメ

:いやワニだろ

:ちょっそれって

:サメとワニ

:シャークダイルってやつ?

:やばくね?


「……シャークダイル? どうしてこんなところに……」

「ディアさん! 逃げないと!」

「あ、そうだ! はい!! 逃げます!!」


 そうして、二人は慌ててきびすを返すのだった。



=====================



【Skill Talk】


《フレア・バレット》:

 初級に分類される攻撃系魔技ブレススキルの一つ。

 指先から炎で出来た弾丸を放つ。本物の銃弾と比べると弾速は遅め。

 溜めも短く、消耗も少なく、それでいて射程と威力がそれなりあるという、非常に使い勝手が良いブレス。

 ブレスをメインで戦うとする探索者の多くが、自身の得意属性に関係なく採用しているスキル。

 武技アーツをメインにする探索者であっても、中距離での牽制や、攻め込むキッカケを作る為に収得していることもあるほど。



《ハイスラッシュ》:

 中級に分類される剣による戦技アーツスキルの一つ。

 力を込めて剣を振り下ろすシンプルな技。

 スキルによって強化された振り下ろしである為、通常の振り下ろし以上の威力を発揮する。

 ザックリとした計算式として【(素の腕力+剣の性能)×スキルによる強化=ハイスラッシュの威力】となっている為、素の腕力や高性能な剣を使っているほど、性能がある。

 スキル強化値はだいたい1.2~2.5と言われており、練度が高いと腕力が低くともバカに出来ない威力になる。

 習得しやすく適当にブッパしても悪くはない威力が出るので、剣使いの中では人気のあるアーツの一つである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る