第2章

第5話 クリスティアの覚悟

「それじゃ、今からお茶を出すから待っててね」


 ブランケはそれだけ言うとすぐにキッチンへ去っていった。

 クリスティアがドアを開けると、確かに20畳以上はありそうな部屋で、2人の居る位置から向かって左側に天蓋付きの紫色のベッドがあった。


 既に疲労困憊のクリスティアはすぐにベッドに寝転んだ。

 間もなく、ドアをノックする音がした。


「お茶を用意したわ。入るわよ」


 母のような優しい声でブランケが言った。


 クリスティは寝かけていたところを跳ね起きて、部屋の中央のソファーに腰掛けた。

 窓辺に立って外を見ているモリアーティ236世を呼ぶと、彼女もソファーに座った。


「2人とも疲れたでしょう? 外は暑かったでしょうし。冷たいハーブティーは如何? ゴガゼ山脈とイハゼゲイネ山脈から採れた新鮮なハーブ2種をブレンドしたのよ」


 クリスティアが驚いた表情をする。クリスティアは以前にもブランケの居る国へ来たことがあるので、この国の地理もわかるのだ。


「あの2大山脈から採れたハーブですって?! 美味しそう! いただきます!」


 2人はハーブティーを飲んだ。


「あの2大山脈から採れたハーブだけあって美味しいわ!」

「美味しいわね。初めて飲んだけど、おかわりがほしくなるくらい気に入ったわ」


 ローテーブルの上にはティーポットがある。


「好きなだけ飲んでちょうだい♪ じゃあ、二時間後にわたしの弟町なか案内と果実狩りの手伝いをさせてくれるから、それまでごゆっくり」

「「ありがとう、ブランケ」」


 キングサイズのベッドで寝転んで、美味しいハーブティーを飲んで疲れが吹き飛んだのか、クリスティアは荷解きと整理を始めた。


 持ってきた魔導書は全て、備え付けの机の上のブックスタンドで挟んだ。

 予備で買ってある魔法の杖は引き出しの1番下の段に仕舞った。

 インク瓶を机の上に置き、その中に羽根ペンを入れてから、クリスティアはモリアーティ236世のほうを振り向く。


 彼女はまだ紅茶を飲んでいた。よほど美味しいらしい。


「全部飲んで良いのよ、モリアーティ」

「何を言っているの。貴女の分が無くなってしまうわ」

「あたくしは今は少しでも寝ていたいから、いいのよ。ブランケの弟くんが来るまであたくしの分まで飲んどいて」


 モリアーティの小さなため息をクリスティアは聴いた。



 それからおよそ2時間後、ブランケの弟にドアをノックされた。

 クリスティアはその音に跳ね起きた。すぐにドアを開けると、垂れ耳のキャラメル色カラーの髪色の背の低い青年がにこやかに立っていた。


 パレッタ族とはうさぎの獣人たちのことをいうらしい。


「冒険の準備はお済みですか? まだなら廊下で待ってますから、呼んでください」


 クリスティアとモリアーティは貴重品だけ服のポケットに入れた。


「えぇっと、アーノルド君?」

「はい。アーノルド・ハーミットです。準備はお済みですね?」

「えぇ、そうよ」

「では、先ずは町なかをご案内します。クリスティアさんがどこまで覚えてるか、勝負ですね」


 アーノルドはニヤニヤしながら言った。

 気にせず、クリスティアはモリアーティ236世を振り向く。


「行くわよ、モリアーティ。私たちについて来て」


 3人は通路の片側を空けてアーノルドを先頭に、1列に並んで歩き始めた。

 開放された応接室の窓の向こうはまだ明るい。

 風が吹いているのか、時折窓ガラスがカタカタと音を立てている。

 しかし3人は気にせず、玄関を通って外に出た。

 雨は全く降っていないようだ。

 通りはそこそこ人通りが多い。

 3人は離れないように少し早足で歩いていく。


 大通りに出て人気が少なくなってきたところで、アーノルドがクリスティアに聞く。


「さて、ここから東側には何があるでしょう?」

「それくらい覚えてるわ。えーと、確か、図書館があるのよね。町内1番の蔵書数を誇る大きな図書館が」


 アーノルドが舌打ちした。


「正解です。モリアーティさんも、ここから東側には大きな図書館があること、覚えといてください」


 さてさて、と、クエスチョンはまだ続く。


「ではでは、西側には何があるでしょう?」

「そんなこと、洋服好きなあてくしなら一発で分かるわ。洋服屋よ」


 アーノルドは苦笑した。


「正解です。悔しいほどに正解です。モリアーティさんも覚えておいてくださいね」

「大丈夫、これから行こうと思ってたの。パレッタ族の衣服を身に纏うのに憧れがあったから、これからモリアーティと一緒に買いに行こうと思ってたところなのよ」

「では、僕は東側の図書館で待ってます。2時間後にこの大木たいぼくの下で待ち合わせしましょう」

「わかったわ。じゃ、行きましょ、モリアーティ」

 十字路で3人は1度解散した。


 クリスティアとモリアーティは1階のレディースフロアで好きな柄の衣服を買った。

 お会計はもちろん、クリスティア持ちで。


 2時間後に元の場所に戻ると、先にアーノルドが待っていた。


「それでは、今日の町歩きはここまでで。明日はブランケ姉さんが案内してくれるので、明日もお楽しみに。さぁ、帰りましょうか」


 30分後、3人はハーミット邸に帰った。


 それから10分後、今度はアーノルドに中庭へ連れてかれて、果実狩りの仕方を教わり、籠の中になみなみと果実を入れていった。狩った果実は夕食後のデザートの一部として出てくるらしい。

 

 果実狩りのあとは、「コーファ」という牛の乳を絞るのを手伝った。ブランケによれば、絞り取った乳で乳製品が作れるのだとか。


 夕食時には本当にチーズケーキが出てきて、モリアーティ236世は大層驚いたものだ。

 コーファの乳で作られたチーズケーキは生地がふんわりして、優しい甘さが口の中いっぱいに広がるのが特徴なのである。

 



 夜、夕食後、クリスティアはブランケに呼出される。


「本当にうちで暮らす覚悟はあるのね?」


 ブランケは黒くて大きな瞳で、真剣な表情で聞いてくる。


「勿論よ、ブランケ。向こうで覚悟を決めてからきたんだもの」

 

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