ある夜の合議

鈴ノ木 鈴ノ子

あるよるのごうぎ

岐阜県中津川市にあります、苗木城跡に足音が一つ響きました。

 草木も眠る丑三つ時、しかしながら不気味さはなく、天には白く輝く満月が煌々とあたりを照らし出しておりました。


 スーツ姿の中年男性がこの深夜にも関わらず、ゆっくりとゆっくりと山城であった頃より格段に歩きやすくなりました山頂の天守へ向かう道を、しっかりと磨かれた革靴でゆっくりと登ってゆきます。

 片手には川下屋の栗饅頭と恵那ビールを携えておりました。


「失礼、ご身分を拝見」


 山門跡の前で迷彩服の男性が数人、山城の兵のように自動小銃を吊り下げて歩哨をしております。

 その中の小隊長と思しき人物は、歩いてきた男性に声をかけて歩み寄リました。男性はスーツ内側のポケットから手慣れた動作で小刀を1つ取り出しました。


「これでいかがでしょう?」


 黒漆に塗られたその小刀に刻まれております家紋を確認した小隊長は、手を上げて小銃を構えている歩哨へ銃口と道を開けるように指示を出しました。


「どうぞ、お通りください。みなさまお待ちでございます」


「ありがとう」


 昔から真面目一徹の性格を表すかのようなそのしぐさは、時代をいくつも経ましても変わることはございません。今では地元の金融機関の頭取として堅実健全な経営手腕で、この日の本でも名を馳せておりました。

 ゆっくりと確実な足取りで急な上り坂を上り切り木組みでできました立派な展望台がございます。その脇の階段を上がり終えますと、数人の人影が小さなランプの光の下に月夜とコンビニで大量に買いそろえましたお摘みを肴に宴会をしておりました。


「おそくなりました、おお、皆さま、始めておられまするな」


「おお、遅かったな、先に始めておるぞ」


 一風変わった画家風の髭の長く整った顔立ちの男がそう言って扇子を振りました。

 この画家は無名の新人画家でありながら、無謀にも世界に打って出た男でございます。最初は嘲笑われ馬鹿にされておりましたが、その才覚によってあれよあれよと言う間に画壇を駆け上がって行きました。その筆遣いは今までない手法が取り入込まれており、時代を一歩先んじたような絵でございます。


「おお、お待ちしておりました」


 日本で唯一、新進気鋭のIT企業をお輿して世界に打って出た男でございました。実家は貧乏でございまして学歴は中卒でございましたが、世に取り入り、世間の荒波で磨き抜かれたましたるその才能によって一代でのし上がった強者でございます。


「これはこれは、遅くまで大変でしたなぁ」


 この日の本の首相となった男でございました。

 若い時より艱難辛苦を舐めるような政治人生でございましたが、それが長きを見据えるという視点を磨かせましたことにより、鵺の住む永田町で一大勢力を作り上げるまでに至りました。現在では4期目の長い長期政権ながらも腐敗の少なく、スキャンダルも少ない、立派な政権の長として日夜奮闘しております。


「これ、土産です」


「おお、待ってました!」


 社長が気前よくそれを受け取ると、各自に手慣れた手つきで分配してゆきます。

 皆が一応に飲んでおりました酒をその場へと置いて、恵那ビールの蓋をプシュッと軽快な音を立てて開きます。


「では、4人が揃うたところで、乾杯!」


 画家が缶を月へと向ける如く高々に掲げますと、皆もそれに合わせるように高々に掲げました。


「あれより、数世紀が過ぎましたが、なんとか程よい世の中になったのお」


 画家はビールを飲みながら眼下に見える恵那の街並みを見つめました。

 夜景の町が美しく輝き、夜半の静かな街並みに各々が視線を向けて優しい目で見つめます。


「乱世より幾年月、思えばあの合議により、なんとか良い国へと向けることができましたな」


 首相がそう言ってちびり、ちびりとビールを飲みながら、時よりスマホに入ってくる連絡にうっとおしそうな顔をしながらも、的確な指示を飛ばしていきます。


「あの合議より天下を欺く謀略を起こしましたからなぁ」


 社長はビールをぐいぃっと一気に飲み干すと次の缶へと手を伸ばし、プシュッと蓋を開けて陽気に笑いました。

 

 あれより幾年月が巡って回っておりました。


 時は戦国まで戻ります、京の都の一画に廃れも廃れたあばら家がございました。

 土壁はとうに崩れ、屋根や庭には雑草や木々が茂りに茂る酷い有様でございました。その1部屋に1つの明かりがぽつりと灯っておりました。


「このままでは、いずれ元の木阿弥になってしまうぞ」


 南蛮のマントに身を包んだ武将が1人上座に座って日の本の地図を扇子で叩きました。


「しかし上様、撃ち滅ぼしましょうにも数が多すぎまする、時も掛かりすぎまする」


 その右に座ります武将が思案の際に愛用しております金瓢箪を撫でながら同じように地図を見つめました。


「うむ、そうなれば我の後継者を巡って争いとなるであろう」


 上座の武将が自分の子供達を考えながら少しばかり考えあぐねて、そう言ってため息を漏らします。


「では、どうされますかな?何か良い手を考えねば」


 いつぞやの負け戦の折に描かせた自画像の如く苦い顔をしながら、左手に座る武将が頭をコツコツと叩きました。


「私に妙案がございます。但し、これ事を起こせば、皆さまに多大なご迷惑をおかけいたしまするし、上様には大変なご不興をかってしまうかもしれませぬが」


「細かいことはよい、出せ」


 上下分け隔てなく付き合いのでき、最も上様に信頼されております武将が1人、着物の内より書き物を記しましたる半紙を取り出して地図の上に置きました。一様に読みふけりますと、皆が大笑いをいたしました。


「これは良い、傑作じゃ」


「うむ、これならばなんとかなるであろう」


 左右に座る武将がうんうんと頷きながら、ちらりと上座に腰かけます武将を見やりました。


「わしもよかろう、じゃが、迷惑千万を被るのは貴様じゃぞ」


 上様と呼ばれた武将が心配そうな目を向け、地図を挟んで目の前に腰かけます武将へと詰問します。


「委細、覚悟の上でございます」


「なら、よかろう。是非もなし、では各々、これに従いことをなすのじゃ」


「畏まりましてございまする」


 3人の武将が深々と上座の武将に頭を下げ、そのままその場を後にして行きました。一人残りましたる上座の武将は立ち上がると抜けた屋根から見える真ん丸の月を見つめながらそっと言葉を漏らしました。

 

「ようやく、乱世の終わりが見えた」


 この合議の数か月後のこと、本能寺に火の手が上がったのでございます。その後、国は徐々に徐々に纏まる様になっていったのでございました。


「国もまぁ、あのような乱世にはなりませんよ」


 首相がちびりとビールを飲みながら、手元に引き寄せためざしをパクリと口に含みました。


「それならばよいが、少し舵を取り間違えた時代もあった故な、気をつけねばならん」


 画家が煎餅を片手で細かく割りそれを口へと含みます。割れた破片がパラパラと床へと散ってゆきました。


「まぁ、そうならぬように、我々も頑張りませんとな」


 社長が缶の端を撫でながらうんうんと頷きます。つい最近、資金を募って平和財団を設立してばかりでございました。


「そうですな、気を引き締めてゆきましょう、あの大役は二度と御免被りたいですからな」


 頭取が頷いてビールをグイっと飲み干すと、ほっと一息ついて明るい月を眺めます。


 輪廻転生と申しますから、この時代に再び出会えた縁でございましょうか、数世代前の記憶を各自が取り戻しましたのは、数年前のことでございました。テレビ雑誌に活躍します各々方へ書簡を送り、それとなく話を持ち掛けたのが頭取でございました。


 結果といたしまして、このようにあの懐かしい合議の続きのようなものが出来上がったのでございます。


「さぁ、明日は皆休みじゃな、羽を伸ばすこととしよう」


 画家が手に持った扇子をパシリと叩いて、昔のように指図を致します。


「上様、畏まりましてござりまする」

 

 3人は頭を下げてそれに応じながら、顔を上げると皆が高々に声を上げて笑い合います。


 尊い平和の時代を迎えた今日を、乱世を生きた彼らだからこそ愛おしく感じておりました。

 

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ある夜の合議 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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